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何でも屋猫の手本舗

「これは…凄いですね…」



 どうも仕事から戻って来たアンリさんがファンシーな外観の家を見て感嘆の声を漏らすその後方でチアラさんと一緒に腕組みドヤ顔する僕です。


 時刻はすっかり暗くなった18時頃…アンリさんが追加の資材を持って来てから6時間経っていますが、僕は満足いく家が出来た興奮で元気いっぱいです。



「どうですか?僕とチアラさんの最高傑作は」


「凄いというのが率直な感想ですけど…何というか、可愛らしい家ですね?」



 そう、外観は真っ白の家だが三角屋根の部分に猫耳、二階には丸窓、一階には肉球の形をした窓を設置したおかげで遠くから見れば猫に見える様になっている。


 その胴体部分になる白い外壁には様々な模様の猫が丸まって寝ていたり、二本足で立って背伸びしていたりと猫のイラストと肉球もあしらってある。


 まだ掛かってないが、首輪部分に当たる一階と二階の中間部分に『何でも屋 猫の手』と看板を掛ければ完成だ。



「一目見て『何でも屋 猫の手』って分かるようにしたかったんです。中も見ますか?」


「ええ、是非」



 道との境を作る為に立てた白い木柵を通って庭に入ると肉球型の飛び石。


 今は土だけだけど、ここにアンリさんが持って来てくれた芝生の種を撒いて芝生を敷き、切株何かも置けば外観は完璧だ。



「遊び心が凄いですね?」


「チアラさんのおかげですけどね?」


「いや~…ほんっとシオン君の要望難しかったっすよ~…」


「でもいい家が出来たじゃないですか?」


「っすね!お陰でアイディアドバドバ湧いて来るっすよ!」


「役に立ててよかったです」



 チアラさんと拳を合わせて金色のドアノブにぶら下がっている三毛猫が描かれた白いドアを開き、中に招き入れるとすぐに僕とチアラさんの拘りポイントが目に入る。



「入ってすぐのこの場所は依頼を受ける受付になってます。拘りはこのカウンター…見ててくださいね」



 チアラさんやアンリさんにとっては腰元、僕にとっては胸元の少し高い招き猫が下に描かれたL字カウンターに入って裏側に設置された形のいい魔石に触れて魔力を流すと、



「…!高くなっていく…!」


「はい、これでいい感じに高さが調節出来るので僕の身長が伸びても低すぎるとか、お客さんにとって低すぎるって事が無いんです。更にもう一つ…」



 隣にあるもう一つの魔石に触れて魔力を流すと今度はカウンターの真ん中が割れて天板がせり上がりテーブルの幅が広くなる。



「こうやって手狭になったらテーブルの幅を広げる事も出来るんです。凄くないですか?」


「す、凄いですね…」



 カウンターの裏側を興味深そうに覗くアンリさん。


 実はこれ、途轍もなく簡単な仕組みで出来てるんだよね。


 中の構造は物を回転させるだけの誰でも描ける魔法陣でギアを回してせり上げてるだけ。


 だから魔法陣部分をハンドルにすれば魔法陣なんて無くても出来るんだよね。



「で、カウンター裏にある右側の扉が物置部屋で、正面にあるのが居住スペースに繋がる扉です。この左側の部屋はまだ何も置いて無いですけど応接室兼執務室…詳しい話を聞いたり書類仕事する時に使う部屋ですね」


「…使われている木材を除けば普通…ですかね?」



 次に案内したのは家具も何も置かれていない10畳程の部屋で、そこを見たアンリさんは何かホッと一息を吐いていたけどしっかりここにも仕掛けはあるのだ。



「侮るなかれですよアンリさん。今は応接室モード…この魔石に触れると…」



 部屋の一番奥にある魔石に触れると魔石を中心に光の線が部屋に走り、壁や床から本棚や書類棚、執務机がさっきのカウンターと同じ要領で登場した。



「どうですか!?ここ、チアラさんと一緒に滅茶苦茶頑張ったんですよ!カッコ良くないですか!?」


「特に触った時に青白い線がぶわーっ!って駆け巡るのがかっけーっすよね!」


「……」



 …あれ?あんまりアンリさんの反応が良くないな?



「…あんまりすごく無かったですか?」


「い、いえ…凄いんですけど…普通に部屋を分ければよかったんじゃ…?」



 痛い所突いてくる…でも、胸を張って言おう。



「…カッコイイっていいじゃないですか。ロマンですよロマン」


「はぁ~~…先輩ほんと分かってないっすね~~…かっこよければいいじゃないっすか」


「えぇ…?これ私が悪いの…?」



 不服そうなアンリさんだけど利便性よりもカッコイイを優先したからね、押し切らせてもらうのだ。



「基本的には『何でも屋 猫の手』は受付とここで事足りるので…次は居住スペースを紹介しますね」



 そう言ってカウンターの裏にある物置部屋じゃない扉に入ると右側に伸びる段差のある廊下に三つの扉と二階に繋がる階段。



「二階が完全に居住スペースなんですけど、まずはここですね」



 そう言って階段を上らず三つある扉の内、一番手前の部屋を開けると床と壁が石で出来ていて大きな竈がある部屋が見える。



「ここは鍛冶部屋です。仕掛けとしては耐火とか遮音のこまごました魔法陣が施されてるだけですね。頂いた鍛冶の道具とかも全部設置済みです」


「かなり本格的で立派な設備ですね」


「まぁ、設備が立派でもそれを扱う腕があるかはまだ分からないですけどね。それでも武器の整備が自分で出来るのはいい事かなと」



 鍛冶場の紹介を終えた僕は廊下の一段高くなっている所で靴を脱ぎ、チアラさんも勝手知ったるや靴を脱ぐが…



「え…ここで脱ぐんですか…?」


「はい、ここからは居住スペースなので土足厳禁です」


「ほら、ちゃっちゃと脱いでくださいっす先輩」


「は、はあ…」



 アンリさんは渋々といった感じでヒールを脱いで段差を上がった。


 簡単に言えばこの段差は玄関。


 鍛冶場はどうしても汚れるから土足で入れる様にしてあるけど、僕からしたら家の中を土足で歩くのがとても気持ち悪い。


 この世界では土足が基本で靴を脱ぐのはお風呂に入る時か寝る時だけだから抵抗があるんだろうけど…流石に汚れ対策に魔法陣を仕込んでたとしても土足で上がられるのは気分的に嫌だからね。



「で、ここがもう一つの作業場です」



 そう言いながら隣の扉を開くと繋ぎ目の無い真っ白の床と壁の部屋が現れる。



「薬とかを調合する調合部屋ですね。まだ機材が無いので空っぽですけど…」


「ここにはどんな仕掛けがあるんですか?」


「ここも特に仕掛けらしい仕掛けは無いんですけど、温度を一定にする効果の魔法陣とか清潔に保つ魔法陣…後はガラスとか落としても割れない様に耐衝撃と耐震の魔法陣を床に施してるぐらいですかね?」


「ほぉ…凄いですね」



 …あまり仕掛けをしていない二部屋の方が執務室兼応接室より反応がいいのが何か納得いかないけど仕方ない。



「で…一番最後の部屋が脱衣所と浴室です」



 一階最後の扉を開けば広めに作られた少しでこぼこした白い床の部屋で、その奥には浴室に繋がる木で出来たスライド式の扉。


 その扉を開けば泳げるぐらい広い木の浴槽と壁から飛び出た銀色の管が五つ…いわゆるシャワーと椅子が僕達を出迎える。



「これは…かなり広く作りましたね?」


「ええ、もし狼型とか獣系の魔獣とかをテイムしても綺麗に洗える様に広めにしました。しかもこのシャワー…伸びるんですよ」



 シャワーヘッドを掴むと金属蛇腹が壁から引っ張り出される。


 実はこの金属蛇腹が曲者で、チアラさんが唯一匙を投げかけた物だ。


 最初は金属がグネグネ曲がるというのがなかなかイメージ出来なかったらしく、こんなの出来ないっすよと匙を投げようとしていたのだ。


 だから僕が羊皮紙で金属蛇腹の構造をそれとなく説明しつつ、一緒に試行錯誤してようやく完成させたもので…この家作りで一番時間が掛かった部分といっても過言ではない。



「おお…洗いやすそうですね?」


「……」


「…?何か変な事言いました?」


「べっつにー。何でも無いっすよー」



 それを構造が気になるとかじゃなく、簡単な感想で片付けられたチアラさんがムスッとする気持ちは分かるけどね。



「という感じで一階は終了ですね。次は二階です」



 頬を膨らませて腕を組んだまま歩かなくなったチアラさんの背を押しながら僕達は二階へ。



「階段上ってすぐある左右の部屋は客人用の寝室で、男女で分けてあります。作りは同じなので片方だけ説明しますね」



 階段を仕切りに見立て左右に分かれる廊下には対になる様に設置された四つの扉と突き当りにある二つの扉。


 その客人用の寝室の扉を開けると壁に不自然な窪みが左右に三つずつある何も置かれていない白い正方形の部屋が見える。



「この寝室は壁にベッドを仕込んであります。この壁の窪みに指を引っかけて壁を引っ張ると壁からベッドが出てくる感じですね」



 壁の一部を寝床になる様に床と水平に倒し、窪み部分から壁を支える折りたたんだ足を出せばこれだけでベッドの完成だ。



「なるほど…置いたらそのままが普通のベッドを収納出来るとなると掃除も楽そうですし、ベッドが無いだけでかなり広く部屋を使えますね。飲み物を零して汚す等も無さそうですねしかもこの安定性…凄いですね…これは本当に画期的です」


「はい。あの木材の強度は嫌という程知ってますからね、重装備の巨漢がここで立って飛び跳ねても壊れませんよ」


「私もピョンピョンしたんっすけど全然壊れなかったっす。こういう無茶な設計が出来るのもその木材のお陰っすからねー…一般で実現するにゃ家自体全部金属で作らないと無理っす」



 そうなんだよね…こんな5㎝ぐらいしか厚みの無い薄壁を寝床にすれば普通に子供の体重でも真ん中からへし折れる。


 だけどこの木材ならそんな無茶も可能にしてしまう万能木材なのだ。


 まぁ…伐採しに黒樹の大森林の奥地に行く危険度と、頑丈過ぎる黒樹を切り倒す難易度の所為で安定した供給は出来ないだろうけど。



「なるほど…ちなみにチアラ、こういう技術の発案、その技術を使わせてもらう利用料はしっかりシオン君と話してるんですか?」


「もちっす!私の家に使うなら無料、商売として利用するなら売り上げの一割って決めてるっす!」


「一割…少ないんじゃ?」


「いえ、僕が一割でいいって言ったんです。大体チアラさんに依頼する人は貴族…そんな金払いのいい相手からの一割ならそれだけでいい金額になりますし、使いきれない額になりますよ。それに高い利用料の所為でチアラさんの発想の妨げになるのは嫌ですし…無料でもよかったんですけどユウリさんにもこってり叱られましたしね。一割って事で僕もチアラさんも納得してます」


「…そうですか、両者が納得しているなら何も言いません。シオン君の厚意に恥じる様な事は決して許しませんよ、チアラ」


「分かってるっす!いつかシオン君をあっと驚かせる建築をしてやるっす!」



 ようやく機嫌が直ったのかあっはっはと笑うチアラさんに笑みを向けた僕は残りの三つの部屋をアンリさんに案内する。



「ここは僕の寝室になる予定でさっきのお客さん用の寝室と変わりは殆ど無いです。で、向かいにある扉が何かあった時に自由に使う部屋…で、ここがお手洗い、最後のここがくつろぐ場所、リビングです」



 そう言って最後の両開きの扉を開くと目に入って来るのは現代日本と変わらないスタイリッシュな巨大な部屋。


 黒く艶々と光を反射させるフローリング、明るさを落とした灰色の壁、高い天井で生まれる空間を余す事無く使う為の階段と広々としたロフト、そのロフトの下には台が光を反射させる程の光沢がある黒石のL字カウンターキッチン。


 家具が無いから殺風景に見えるが、それでも明らかにこの世界の建築様式とは全く違う部屋にアンリさんはあんぐりと口を開き、僕とチアラさんはしてやったりと拳をぶつけた。



「どうですか?びっくりしました?」


「…はい、見た事が無い間取りなのに洗練された美しさがありますね…正直、私の家も改築してもらいたいぐらいです」


「お?じゃあお安くするっすよー?まぁ…シオン君の木材次第っすけどね?」


「まだまだいっぱいあるので僕も安く譲りますよ。定期的にってのは無理ですけどね…休憩がてらにご飯を用意するんでかけてください」



 ようやく全部案内し終えた僕はチアラさんとアンリさんをカウンターキッチンに誘導し、もうお馴染みとなった高さ調節でいい感じの高さに設定してマグカップになんちゃってコーラを注いでテキパキと晩御飯の準備をし始める。



「さて…キッチンは上手く使えるかどうか…」


「ワクドキっすね!」



 カウンターから身を乗り出して手元を見つめてくるチアラさんとそれを真似するアンリさん。


 黒い石の台に魔力を流すと白い線の魔法陣が浮かび上がり徐々に赤く色付いていく。



「その魔法陣は?」


「これは熱の魔法陣です。ここにフライパンを置けば焼けるんですよ」



 イメージは電気コンロ、火力が欲しければガスコンロの様に火も出せるし本当に魔法陣万歳だ。



「それじゃあ適当に晩御飯を準備―――」



 そう言って黒樹の大森林で狩った余りの肉を取り出そうとした時、リビングにカランカランと鐘の音が鳴った。



「っ!?この音は!?」


「誰かが庭に入ったみたいですね。お客さんですよ」



 バッと飛びずさったアンリさんに苦笑しつつ、小走りでロフトに上がって窓から外を眺めるとそこにはリベーラさんとユウリさん、エルルさんにメルクリアさん、パトラさんとパトラさんについて来たであろう冒険者ギルドのギルマスとサブマス、ジゼルさんとミミさんがいた。



「うわぁ…かなりの大所帯…何でこんな事に…?」


「…多分私の所為かと。仕事終わりにリベーラさんにシオン君の家を確認してくるという伝言を残したので…」


「んー…」



 お披露目は別日に予定してたんだけど…折角来てもらったのに追い返すわけにはいかないか。



「ごめんなさいアンリさん、部屋の説明とかで時間稼ぎしながら連れて来てもらっていいですか?」


「分かりました」


「ちゃんと靴は脱がせてくださいね?」



 流石に何もない部屋でおもてなしは出来ないし、カウンターキッチンもあの人数が座れる程広くはない…これはご飯を作ってる暇はないな。



「すみませんチアラさん、まだ材料ありますか?後日って事になってた家の家具をオーダーメイドで作ってもらいたいんですけど…」


「全然いいっすよ!ちゃっちゃかやっちゃうっすか!」



 下から迫って来る賑やかな声を聞きながら僕はリビングに設置する家具のデザインを羊皮紙に描き殴り、チアラさんはそのデザインを元に次々と家具を作り続け…



 ………


 ……


 …



「ごちそうさまでした」



 時刻は20時頃。


 何も無かったリビングには大き目の黒いローテーブルとふかふかのラグ、三人が並んで腰を下ろしても余裕がある茶色のソファー、クルクルと回るローチェアーや大きな本棚等が並び、ローテーブルの上にはポコポコと穴が空いている鉄板と平たい鉄板、人数分の取り皿が置かれていた。


 いわゆるたこ焼きとお好み焼きパーティーを開催したのだ。



「シオン君、片付けを手伝うよ」


「ありがとうございますユウリさん」



 食べ終えた皿とたこ焼き器をキッチンで水魔法を使いながら洗う僕とユウリさん。


 リベーラさんとパトラさんはアンリさんとチアラさんとこの家について談笑中で、ミミさんはジゼルさんに助けてもらいながら憧れのエルルさんとメルクリアさんと談笑中。


 …男女比がおかしい、8対2って。


 ちなみに何でこんなに知り合いが集まったかというと、アンリさんが僕の家の確認をすると伝言を残す。


 フェアレイン家から帰って来たリベーラさんがその伝言を確認した所に修行中に僕が訪ねて来ていた事を知ったエルルさんがレトワールに登場。


 エルルさんはそんなの行くに決まってるとメルクリアさんを連れてここまで来る。


 リベーラさんは僕の対応でお疲れのユウリさんに休みを与える名目で誘い、一緒にパトラさんが居るであろう冒険者ギルドへ。


 パトラさんに僕の家を見に行くかと伝えると僕と親しいからという事でジゼルさんとミミさんも連れて行く事に。


 そしてその一団は僕の家に集まり、内装に散々驚きながら家具をせっせと作っている僕とチアラさんの元へ辿り着き、チアラさんは僕がユニコードだと知らなかったから滅茶苦茶質問攻め。


 僕はこのままじゃ肉を焼くだけで時間が掛かると判断して黒樹の大森林で採れた卵や牛っぽい動物から絞っていた乳と、王都で薬草を揃える時に買い揃えていた小麦等の食材を使ってパーティーを開催…という流れだ。


 自炊は元々してたし料理は得意だからね…よかったよ、おもてなし出来て。



「にしても凄い家だね?俺が住みたいぐらいだよ」


「そこはチアラさんのおかげですね。僕一人じゃ無理でしたし、他の人に頼んでたらここまでの家は出来てなかったですから…運に恵まれましたよ本当に」


「ははっ、驕らずに運か。商人じゃないのが惜しいよ本当に」


「驕って得になる事の方が殆ど無いですしね。もし気に入ったものがあればまた提供しますよ?」


「やっぱりシオン君は商売上手だね」



 皿を洗いながらたこ焼きとお好み焼きのレシピ、たこ焼き器の販売許可等でまた大金が舞い込んだ…本当に運に恵まれてる。



「チアラさんに家を建ててもらうなんて羨ましいな~」



 そう声を掛けてくるのはカウンターに座ったエルルさん。



「運に恵まれた結果ですね。後で魔法陣の出来を見てもらってもいいですか?」


「まっかせて!」



 お気に入りのなんちゃってサイダーをぐびぐび飲み、今やっている修行の話をしていると後ろからなんちゃってコーラを持つリベーラさんが。



「シオン、さっきのたこ焼きとお好み焼きという食べ物はかなり美味かったが…レシピはあったりするのか?」


「ええ、既にユウリさんに話してあるので商品として販売しても問題ないですよ」


「そうか、仕事が早いな」



 エルルさんの隣にある椅子に腰を下ろしたリベーラさんの表情は昨日の余裕のない表情とは比べ物にならない程にとても柔らかく…昨日の腹を割った家族同士の話し合いは上手く行ったんだと伺える。



「その表情ですし聞くまでも無いと思いますけど…どうでした?」


「私もそれを話そうと思ってな」


「何か大事な話なら私席外そうか?」


「いや、問題ない。この場に居る者にだったら聞かれても何もマズい事は無いからな」



 そうやって聞かされたあの後の顛末はこうだ。


 まずは各々誰に対してどう思っていたのかを包み隠さず伝えあい、ダグラスさんはいつも貴族という立場と家族という立場の間で揺れ動き四苦八苦していた事、リゲルさんがリベーラさんに負い目を感じていた事、リベーラさんは本当の子じゃないのにこの家に居ていいのかと苦悩していた事、そんな家族をリュートさんが歪ながらも修復しようと頑張っていた事が発覚。


 そのタイミングで意識が戻ったセシルさんは見違える程に元気になり、セシルさんを交えて話し合いながら皆でご飯を食べて睡魔を耐えながら皆で心残りが無くなるまで存分に話し、ダグラスさんはフェアレイン家をリゲルさんに継がせる事に決め、引退してこれからは家族と向き合う事にしたらしい。


 そうなるとリゲルさんは当主となり、貴族としての責務から逃げる事は出来なくなって今まで断っていた家を存続させる為の妻探しの為にお見合いに本腰を入れる…と思いきや、まさかの傍付きメイドだったシアを娶ると宣言したらしい。


 流石にダグラスさんは貴族としての体裁を考えて難色を示したが、リゲルさんが顔を真っ赤にするシアの目の前でダグラスさんに思う存分貴族の令嬢なんか目じゃないぐらい素晴らしい女性だと語り、リュートさんも家の乗っ取りや利益だけを求めてすり寄って来る貴族じゃないし、人柄を知っている事や、シアが若くてもこの世界の結婚の適齢期を過ぎている事を考慮してシアとリゲルさんを後押しした。


 ちなみにセシルさんはいつも傍にいて甲斐甲斐しく世話をしてくれていた事を知っているからもちろんOKだし、リベーラさんもシアの事は知っているからいいと思うと後押し。


 それからしばらく考えたダグラスさんだったが、フェアレイン侯爵家の象徴である火の適性があり、火の上位属性である爆破属性にも辛うじて適性があるという事と、貴族としての教養を他家の貴族以上に徹底的に学ぶ事が決め手になって婚約する事を許可したんだと。


 まぁ、いくら家族を大切にしろと言っても貴族としての責務もちゃんとあるからね…悩んだダグラスさんを否定する程僕も鬼じゃないさ。


 それと今度からシアさんって呼ばないとね。


 そういう事でリゲルさんの後継ぎ問題が終わると、チラッと想い人がいると爆弾発言をしたリュートさんに白羽の矢が立つ訳だ。


 その想い人は平民から名誉男爵の爵位を叙爵された女性で、今はリュートさんの副官なんだとか。


 火や爆破の適性は無いけど家を継がないリュートさんには関係なく、一応貴族だし叙爵される程の有能な人材だからかダグラスさんもそこまで反対せず今度会わせろと話は終わったらしい。


 そしてリベーラさんはフェアレイン家に出入りする事を認められ、リベーラさんも今後はちょくちょく顔を見せにいくらしいのだが…



「―――という事でシオンもこれを持っておけ。これを門番に見せればいつでも入れるからな」


「わ、分かりました…」



 目の前に差し出されたフェアレイン家の紋章があしらわれている白と赤の鞘に納められた短剣を受け取る。


 要するに僕も連れて来いという事だ。


 まぁ…マナの祝福の服薬期間中は経過を見ようと思ってたからいいけど。



「シオン君めっちゃ大変な事してたんだね…手伝えなくてごめんね?」


「いえいえ、大師匠が助けてくれましたし、エルルさんのやりたい事を邪魔したくなかったので。それに薬師の弟子にもなれましたしね」



 そういえば言ってなかったなと思ってそう言うと、エルルさんの目がカッと勢いよく見開かれずずいと顔を寄せてくる。



「弟子の掛け持ちー!?なにそれ!?聞いて無いんだけど!?」


「今言いましたし…」


「誰その師匠は!」


「さっきまで話してたミミさんですけど…」



 まるで瞬間移動の様に一瞬でミミさんの元に行って肩をがっしりと掴むエルルさん。



「なーんかミミがそわそわしてると思ったらそういう事だったんだねーシオンちゃん」



 その勢いに押し出される様にカウンターに座るのはなんちゃってメロンソーダを飲むジゼルさん。



「ええ、薬師として素晴らしい腕前でしたから学びたいと思って」


「ふーん…回復魔法じゃなくて薬学の弟子ねぇ…」



 何かを探る様な…きっと教会や聖女絡みの事で警戒してるんだろうけどそれは無用の心配だ。



「だって僕には魔法に関して世界最高峰の師匠が二人もいますからね」


「…確かに。ちょっと見ない間に史上二人目のユニコードの弟子になって?更に大豪商のラザマンド商会会頭の一人娘だもんねぇ?」



 …あれ?まだジゼルさんは僕が女の子だと思ってる?


 ミミさんとかパトラさんが言ってると思ったけど…ああ、ミミさんは僕の事を黙ってて、パトラさんは面白いって理由で黙ってそうだな。



「いや、シオンは男だから息子だぞ」


「…え?」



 あらら、言ったの僕じゃなくてリベーラさんですからね?



「そうなの…?」


「そうですよ?」



 食らえ、満面の笑みアタック。



「…女の子にしか見えないけど…」



 ふっ、決まったな。



「…絶対ミミに変な事しないでよ?」


「僕は小さな紳士ですからね、心配しなくていいですよ」


「ふーん…まぁ、いいや。んじゃ、ミミに教わった薬とか作ったら冒険者ギルドに卸してよ。ギルドに備蓄してある薬関係は全部ミミ一人で作ってるからさ」


「うわぁ…それは大変…まぁ、ミミさんの時間を頂く事になるので満足いく品質の薬が出来たら是非卸しますよ」


「本当!?助かる~!正式な依頼は後日させてもらうね!」



 そう言ってジゼルさんがぐびぐびとなんちゃってメロンソーダを飲み干し「んんっ~」と声を漏らしながら背を伸ばす。


 ミミさんに変な事する云々よりジゼルさんの方こそ気を付けた方がいいと思うけどな、結構危ない格好してるし…。



「おいおいジゼル、小さな紳士様が呆れてるぜ?」



 お、パトラさん…!



「呆れるって何がよ?」


「男の前でアピールするとかミミの事言えねーじゃねーかよ?」


「アピールぅ…?」



 ジゼルさんの肩を抱き寄せてパトラさんが耳打ちすると一気にジゼルさんの顔が赤くなって開けさせていた着物をしっかりと着込んだ。



「小さな紳士様に感謝しろよ?」


「き、気を付けるわ…」



 流石パトラさん…!僕の気持ちを本当によく汲んでくれる…!



「んで、シオンに伝えておく事があんだよ」


「…?何ですか?」


「アタシ、明日フルールに帰るわ」


「えっ!?」



 唐突な事に僕が声を漏らすとパトラさんはニヤリと笑い僕の頭をガシガシと撫でる。



「別に今生の別れって訳じゃねーだろ?流石に長く空け過ぎてっからな…それに今頃ネリンはアタシに恨みを募らせてるかも知れねーしな」


「そうですか…」



 会おうと思えば確かに会えるけど…何だか悲しいものを感じる。


『俺』じゃ絶対に味わわなかった感情だ。



「…じゃあ、今日は泊ってってください。僕は越してきた挨拶も兼ねて隣の酒場でお酒を買って来るのでこのまま送別会しましょう!」


「い、いや…そこまで―――」


「そうだな、やるか」


「おいリベーラ!?」


「そうだねーやるかー!」


「ジゼル!?」


「わ、私もやりたいです!」


「ミミまで!?」



 その声で皆も頷くとパトラさんは少しだけ顔を赤くし―――



「…はぁ、んじゃ、遠慮なくやらせてもらうぜ?」



 僕は残り少ない時間を楽しむ為に笑顔で酒を買いに行く…。

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