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難しい報酬

本日の投稿はここまでです。

「おい!待てシオン!!」



 どうも雪が降る夜の街を全速力で走る僕です。


 せっかく薬を持ってきたのに何やら落ち込んでいる雰囲気だったリベーラさんを元気付ける為にちょっとした追いかけっこを挑んだのですが…



(速過ぎだろ…!?)



 ズルいスタートダッシュから明らかに馬以上のスピードで馬車道を駆ける僕に追い付きつつあるリベーラさん。



(これ…『空爪駆(あまがけ)』使わないと追いつかれるぞ…!?)


「っ!捕まえ―――」


(まずっ!?)


「なにっ!?」



 足の裏に風を生み出して身体を弾いたのかたった一歩で50m近くの距離を詰められ服を掴まれそうになった僕は、反射的に『空爪駆(あまがけ)』で身体を弾いて加速し間一髪でリベーラさんの手から逃れる。



「そう簡単には捕まりませんよ!?」


「…いいだろう…私も少し本気で追いかけるとするか」



 本気になったのか背後から殺気の様な力強い気配が膨れ上がり、



「…!見えた!フェアレイン家の屋敷!!」



 僕は前方に見えるフェアレイン家の屋敷にいち早く辿り着く為に手を伸ばす様に『空爪駆(あまがけ)』を伸ばし―――



「…私から逃げられると思うなよ?」


「っんぎっ!?」



 瞬間、僕は200mも後方にいたはずのリベーラさんの肩に担がれフェアレイン家の屋敷の前にいた。



「な、何者だ!?」



 そりゃいきなり爆速で向かって来たら警戒するよね普通。


 ていうかリベーラさん速過ぎだろ…元王国騎士副団長は伊達じゃないって事か…。


 やっぱり真っ向勝負となると僕は非力だなぁ。



「…こんな訪問になって済まない。リゲル・フォン・フェアレイン氏に取り次いで貰えないか?名をリベーラ・ラザマンド、ラザマンド商会の会頭だ。私の名を告げて来れば何の用件で伺ったか分かるはずだ」


「っ!?と、とんだ御無礼を!少々お待ちください!」



 剣を向けていた門番達にも話が通っていたのかビシッ!と騎士の敬礼をして一人を残し屋敷へ駆けていく。



「それで?何でいきなり勝負を?」


「…リベーラさんが何か難しい事を考えて勝手に落ち込んでたみたいなので元気付けようかと。そんな状態で会ってもセシルさんは喜ばないと思ったので」


「……そうか」



 そう言うとリベーラさんは僕を下ろして申し訳なさそうな表情で頭を優しく撫でてくる。



「…頼りない母で済まないな」


「そこは優秀な息子を持って幸せだと言う所では?」


「…ふっ、そうだな」



 全く…僕を養子にすると息巻いていた時とはえらい違いだ。



「とりあえず…僕はリベーラさんの事を頼りないとも思ってないですし、母親にするんじゃ無かったとも思ってないですよ」


「っ…」


「だからリベーラさんはそのままでいてください。そのままのリベーラさんの息子になりたいと思ったんですから変わられた方が嫌です」


「…ああ」



 最後の声は少し声が震えてた気がするが、僕は【空間収納】からマナの祝福をリベーラさんに手渡し言う。



「そんな顔をさせる為にこの薬を用意したんじゃなく、僕は母さんに笑ってもらう為にこの薬を用意したんです。難しい事を考えずに笑って出来た息子だと褒めてくれればいいんですよ」


「…ふぅ…全く、出来た息子だな」


「はい!」



 ようやく笑ってくれたリベーラさんに僕も笑みを返し、屋敷から慌てて駆け寄って来る人物に表情を改めて視線を向ける。



「り、リベーラ!も、もしかして―――」


「リゲル兄さん、一旦落ち着いて中で話そう。ここでは外聞が悪い」


「あ、ああ…急いで中へ入ってくれ」



 最近運動をしてないのか屋敷から門前までの短い距離を走っただけで汗を零して息切れするリゲルさんに連れられ僕達は屋敷の中へ。



「…それで?薬は…?」


「ああ、用意出来た…いや、私の息子が用意してくれたんだ」


「…!そうなのか…!?」


「ええ、今回は入試期間でご多忙の大師匠メルクリア・ユニコードの診察、マナの祝福を調合する貴重な材料の調達、腕の立つ薬師への調合依頼…色んな伝手を当たりましたのでそれ相応の報酬は覚悟してくださいね?」


「分かっている…母上を救えるのなら金に糸目を付けない。犯罪で無ければ何でもすると誓う」


「その言葉、忘れないでくださいね」



 口約束でもその気があるのなら問題ない。


 早速僕達はリゲルさんにセシルさんの寝室へ通され、寝室で待機していたシアにダグラスさんとリュートさんを連れてくるよう指示を出すリゲルさん。



「さて…先にリゲルさんにこの薬の服用の仕方をお伝えしておきます」


「ああ、頼む」



 連れてくるまでの間に看病をしていたリゲルさんに祝福されているマナの祝福の用法用量をしっかり伝え終えると、寝室に鎧姿ではなく動きやすそうな簡素な服を身に纏ったリュートさんとキッチリとした服を着こんだしかめっ面のダグラスさんが到着した。



「リベーラ姉さん!薬が用意出来たって本当なのか!?」


「ああ、私の息子が用意してくれたんだ」



 どうだ凄かろう?



「何…?その薬は本当に大丈夫な物なのか…?」


「父上!リベーラとシオン殿は母上の為にこの薬を用意してくれたんです!その物言いは!」


「そうです父上!本当の病を看破したのも、我々が気付かなかったマルロの悪事も、薬を用意出来たのもシオン殿のおかげです!」


「確かにその通りだが余りにも対処が早過ぎる。この全てが計画されていたものならばどうする?ここでセシルを救い、我がフェアレイン家に多大な恩を着せて取り入る策ならどうするのだ?」


「「っ!?」」



 ほぉ…?案外鋭いな。


 確かにここまでは計画したシナリオ通りだけど取り入るつもりは全く無いし、あれだけコテンパンに言ったのにまだそういう態度を取ると…ふんふん。


 このオヤジ、マジでムカつくな。


 毎回こうやって突っかかられるのも面倒だし、今ここで徹底的に分からせて心をへし折るか。



「まぁ、心配される気持ちは分かりますけど…ユニコードを疑うと?随分な御身分ですね?」


「……」


「僕はもうあなたが見下すただの平民じゃありません。『叡智(アーカイブ)』と『八魔(ヘクセン)』を師と仰ぐ『創造(パンドラ)』シオン・ユニコード・ラザマンドです。あなたの態度と言葉次第でこの薬を床に叩きつける事も、あなたの頭に垂れ流す事も出来るんです。少しは身の程を弁えたらどうですか?」



 物凄く顔が歪んでるけど知ったもんか。



「身分を振り翳し己を通す…これがあなたが今までやって来た事です。忘れっぽいその頭で少しは身の振り方を考えて見たらどうですか?リゲルさんやリュートさんが当主ならいざ知らず…誰がこんな馬鹿が当主やってる家に取り入るんだよ?全然価値を感じないんだけど」


「貴様…!!」



 僕の胸倉を掴んで吊り上げるダグラス。



「はぁ、まだ分かんないのかよ…お前さ、家族の命と貴族のプライド、どっちが大切なんだよ?」



 お返しにダグラスの胸倉を掴む僕。



「貴様っ…!偶々手に入れた権力に溺れている様だな!不敬罪だぞ!!」


「おいおい論点ズラすなよ堅物。お前こそ不敬罪だとか馬鹿の一つ覚えみたいに冤罪生み出して気に喰わない奴を殺そうとするとか貴族の権力に溺れてんだろ。こっちはお前の足りない頭でも分かるように二択に絞って簡単な質問をしてんだ、どっちが大切か答えられないのかよ?」


「お前…!」



 ダグラスの手が怒りに震え僕の胸倉を更にきつく締めあげるが、僕は無表情でジッとダグラスの眼を睨みつける。



「だからぁ…家族の命と貴族のプライド、どっちが大切なんだよ?貴様だとか不敬罪だとかお前だとか…お前はそれしか言葉覚えてないのかよ?」


「…!」



 視線だけで人を殺すというのはこの事かと思うぐらいに睨みを強くするダグラスは徐に腕を振り上げ、



「殴りたければ殴れよ。それを答えにしてやるから」


「し、シオン!?」



 僕がマナの祝福を取り出すとリベーラさんの悲鳴染みた声が響きダグラスの拳がピタリと止まる。



「ほら、この薬ごと僕をぶん殴れよ。お前は家族より貴族としてのプライドが大事なんだろ?だったら殴れるよな?」


「っ…」


「ちっぽけなプライドを傷つけられたから拳を振り上げたんだろ?生意気なクソガキを不敬罪で裁きたいんだろ?都合よく用意された出所不明のこの薬を疑ってんだろ?」


「……」


「お前の何の役にも立たない大層ご立派な貴族のプライドとやらで早く薬ごと僕をぶん殴ってセシルさんを殺せよ。リベーラさんを、リゲルさんを、リュートさんを悲しませろよ。なぁ、ほら!家族の命よりプライドを優先すんだろ!?なぁ!?少し脅せば僕が謝ると思ったか!?どうなんだよ!?あぁ!?」



 身体の中でグツグツと煮え立つ感情のままに目と歯を剥き出しに吠えると、ダグラスは俯きながら震える拳をゆっくりと下ろし僕の胸倉も放した。


 格付け終了…本当に貴族のプライドとか碌なもんじゃない。



「…ったく、無駄な時間を取らせやがって…はぁ…皆さん、見苦しい姿を見せてすみません。これからマナの祝福をセシルさんに服用してもらいますが、危険な事が一つあります」


「危険…?シオン、どういう事だ…?」


「セシルさんはもう余り時間が残されていない…それはつまり体内の魔力回路が既にボロボロになっている証拠です。その状態から癒すとなると身体にそれ相応の負担が掛かります。その負担を今の弱った身体で耐えられるかどうか、セシルさん次第になります」



 皆の表情が曇るが最悪の場合は僕の神聖魔法で何とかする。


 死なせるつもりは毛頭ないしね。



「だから皆さん、セシルさんが耐えられる様に手を握ってあげてください。こういうのは気の持ちようですから」



 僕の言葉でリベーラさん、リュートさん、リゲルさんは素直にセシルさんの手を握るが…



「…この期に及んでまだ渋るつもりかよ?」


「……」


「僕を殴らなかったのが答えだろ?違うんだったらさっさとこの部屋から出ていけ。そんな薄情な奴にセシルさんの手を握る資格はない」


「っ……」



 渋々とリゲルさんの手に被せる様にセシルさんの手を両手で握るダグラス。


 本当に面倒くさい人だ…。



「さて…セシルさん、少し失礼します」



 声を掛けても反応が無い…それ程に弱っているのか首に指を当てると伝わってくるのは弱々しい脈と体温が感じられない冷たい肌の感触。



(…本当にこの状態で耐えられるのか…?)



 セシルさんの両手を二人ずつで握ってる皆も冷たい手の感触に表情も暗く、もう長くないというのを実感しているのだろう。


 絶対に死なせたりするもんか…。



「セシルさん、セシルさん…」



 扉の前で立っていたシアの手も借りてセシルさんを少し起こすと生気の感じられない目が開き、何もない宙を見つめながら乾ききった唇で小さく笑みを浮かべる。



「…この声はあの時の天使さんかしら…もう…あまり目が見えないの…」


「ええ…あの時の天使です」


「そう…リベーラにもう一度会わせてくれて…ありがとう…」


「後はその苦しみから解放するだけですね」


「ふふっ…こうやって…家族が手を握ってくれている…思い残す事は…無いわ…」


「そうですか。…でも、リベーラさんも、リゲルさんも、リュートさんも、ダグラスさんも、もう一度元気になったセシルさんと家族全員でお茶を楽しみたいみたいですよ?」


「あら…そんな素敵な事…心残りが出来る事を…言うのね…残酷だわ…」


「ごめんなさい…でも、もう少しだけ生きてみたくなりましたか?」


「…でも…もう私は…十分…幸せに生きたわ…」


「そんな事無いですよ。だってリベーラさんの息子の顔もちゃんと見てないじゃないですか。ちょっと特殊ですけどセシルさんの初孫ですよ?」



 するとセシルさんの瞼が少し上がり、手の感触で分かったのか生気のない瞳でリベーラさんを見つめる。



「…リベーラ…本当なの…?」


「…はい、私の自慢の息子です。ちゃんと母上にも紹介したい…だから…もう十分なんて言わないでください…!私はまだ母上に生きていて欲しい…!」



 リベーラさんの瞳から零れた涙がセシルさんの腕を伝っていく。


 少しでも生きたいと思わせないときっと薬を飲んでもセシルさんは死んでしまう…【直感】ではない何かが僕に告げて来ている。


 だから根拠が無くても、気休めだとしてもセシルさんに生きる希望を見出してもらわないといけないんだ。



「母上…私も同じ気持ちです。実は…その…私にも…伴侶にしたい人が出来たんです…」



 皆がリュートさんにギョッとした視線を向けるとリュートさんは顔を赤くしながら唇を尖らせる。



「いや…だってこういう話をする機会なんて今まで無かったじゃないか…」



 家族でありながら別々の方向を向いて歩いていた弊害だろう。


 家族なのに家族じゃない…そんな歪な関係に眉を顰めたのはリゲルさんだった。



「そう…だな…私達はもっと話すべきだった…」



 僕からしたらリゲルさんが何を考え、何を悩んでいるのかは分からないが、その表情は何かを後悔するかの様に悲しく歪んでいた。



「だから母上…もう一度、あの時の様に裏庭でお茶を飲みながら話をしよう…今度はリベーラも、リュートも…父上も一緒にだ」



 祈る様にギュッとセシルさんの手を握るリゲルさん。



「っ…セシル……私を置いて先に逝くな…」



 声を震わせて精一杯の声を掛けるダグラス。


 こんな時まで貴族のプライドを気にして何も言わなかったらどうしてやろうかと思ったけどよかった。



「…セシルさん、どうですか?もう少し生きたくなりましたか?」



 そう問うとセシルさんの頬に涙が伝う。



「…ええ…生きたく…なっちゃったわ…」


「よかったです」



 これで心置きなくセシルさんを助けられる。


 僕は小さなコップにマナの祝福を注ぎ、更に水球を生み出してコップの中でグルグルと掻き混ぜ一つにして差し出す。



「これからセシルさんには病を快復させる薬を飲んでもらいます。ですがセシルさんの弱った身体で耐えられるか分かりません。だから生きたいと気を強く持ってください…いいですか?」


「…分かったわ…」


「大丈夫です…家族全員ここに居ますから安心してください」



 そして僕は小さく口を開けたセシルさんに薬を飲ませ―――



「っ!?ううっ!?」


「…!?皆さん!セシルさんを押さえてください!シアさんは足を!!」


「は、はい!」



 藻掻き苦しむセシルさんの身体を全員で押さえつけた。



「シオン!?これは何が起きているんだ!?」


「僅かずつですがどんどんセシルさんの魔力量が上がって来てます!!きっとボロボロになった魔力回路が修復されていて、その修復作業が激痛なんだと思います!!身体が弱ってるので手足が折れない様に気を付けて押さえてください!!」



 映画で見た事がある悪魔を祓おうとすると暴れ出す人みたいに激しく叫びながら動くセシルさん。



(大丈夫…大丈夫…!別に悪い物を飲ませた訳でも悪魔や悪霊に憑りつかれている訳でも無いんだ…!聖気を抑えつつ弱い光魔法で暴れるセシルさんの骨に入った罅を治す…!)



 周りに気付かれない様に、背中の神印(メモリア)が光らない様にセシルさんの両肩を押さえながら癒し続けていく。



「ああああああっ!?!?」


「くっ…!母上…!耐えてくれ…!!」



 更に激しさを増す動きに皆の表情がどんどん曇っていく。



「頑張っているのはセシルさんです!そんな顔をせずに信じてあげてください!!」


「「「「っ…!」」」」



 それでいい…何の力になるかなんて分からないけど、みんなの想いはきっとセシルさんの力になってくれる。


 その想いが濁ってちゃダメだ。


 純粋な想いだけをセシルさんに注がないときっとセシルさんは―――死ぬ。


 何故だかそんな感じがするんだ。


 もしかして…僕の神の贈り物(ギフト)【――――】の効果か…?


 …いや、今はそんな事よりセシルさんだ。


 みんなも気を付けている様だけどセシルさんが予想以上に暴れてるから身体の色んな箇所に罅が走ってる。


 一番傷つけちゃいけないのは背骨から頭蓋骨…皆にバレない様に調整しながら回復し続けるのがキツイ…!



(…っ!?魔力の上がり方が落ち着いて来た…!?)


「皆さん!もう少しだけ押さえてください!セシルさんの魔力の上がり方が緩やかになってきました!!」



 そう声を掛ければより一層真剣な顔つきで想いを込めながらセシルさんを押さえつけてくれる。


 そのお陰で手足の罅も増えるが、酷く暴れても他の箇所には罅が入らなくなっていく。



(大丈夫です…!痛い所は全部治してあげます…!もう少しだけ耐えてください…!)



 汗がボタボタと垂れるけど拭う暇があるなら癒し続ける。


 絶対に助ける、絶対に死なせない、そう強く祈った時―――



「……魔力が安定した…?」



 セシルさんの体内を激しく蠢いていた魔力がゆっくりと循環し始めた。


 魔力が正常に巡り始めたおかげか首筋に触れれば脈は強く、肌は暴れた所為で汗を掻き体温も少し上がっている。


 痩せこけてしまった見た目はすぐには戻らないだろうが、肌の色も健康的で呼吸も安らかで規則的にしている。


【鑑定】【診察】を行っても何処にも異常はない。


 助けられた―――そう思った僕は緊張から解放されるのと同時に全身から力が抜けてその場でへたり込んだ。



「シオン!?」


「す…すみません…ちょっと力が抜けちゃって…皆さん、もう手を離して大丈夫です…セシルさんは…助かりました」



 そう言葉を零すと一気に部屋の空気が弛緩し、リゲルさんとシアは声も無く泣き崩れ、リュートさんはフラフラと壁に寄りかかってドサリと腰を下ろし、ダグラスは静かに涙を零しながらセシルさんの手を握り、リベーラさんは床にへたり込む僕を抱き起す。



「凄い汗だが大丈夫か…!?」


「ええ…少しでもセシルさんの助けになれればと魔力を流して正常な流れになる様促してたのでちょっと疲れただけです…」


「そうか…ありがとうシオン…おかげで母上は助かった…本当にシオンは出来た息子だ…!」



 力いっぱい抱きしめられるかと思って身構えたがそんな事は無く、優しく抱きしめられた僕は頑張った甲斐があったと笑みを浮かべる。



「…シアさん、すみませんがセシルさんに消化のいい食べ物と水分を用意してもらっていいですか?」


「かっ…畏まりました…!」



 後はよく食べてよく動いてよく寝るだけで健康になるだろうからこれで僕がやるべき事は全て終わった。


 ああ―――本当に疲れたけど助けられてよかった。



「…シオン殿、この度は母上の為に薬を用意して頂き感謝致します」



 よろよろと立ち上がり涙声でそう言うリュートさん。



「ああ…シオン殿、本当にありがとう…おかげで死ぬしか無かった母上は助かった…本当にっ…ありがとうっ…」



 頭を深々と下げて涙を零しながらお礼を言うリゲルさん。



「……シオン殿、この度の御無礼申し訳ございません…セシルを救って頂き感謝致します…」



 静かに深々と頭を下げるダグラス…さん。



「シオン…本当にありがとう…」



 ギュッと抱きしめてくるリベーラさん。



「…話の腰を折る様で気が引けるのですが、まだセシルさんの病が快復しただけです。大変なのはこれから…きっと歩けないでしょうし、あまり食べる事も出来ないと思うので完全に体力が戻るまでかなりの時間が掛かると思います。そしてその過程で一番辛いのはセシルさん…だからセシルさんが折れない様に従者の力ではなく、家族の力で支えになってあげないといけません。…それは皆さん、ダグラスさんももう分かってますよね?」



 視線を向ければ皆が頷いてくれる。



「だから…ちゃんとみんなで身分も関係なく顔を突き合わせて腹を割って話し合ってください。自分はどんな思いだったのか、自分はこうしたかった…何でもいいです。好きな食べ物でも趣味でも日課でも、お互いを知る努力をして本当の家族になってください。これが今回の件で私が求めるフェアレイン家へ求める報酬です」


「なっ…それでは何も―――」



 慌てて口を開いたリゲルさんに僕は残ったマナの祝福を押し付け遮る。



「今までまともに家族になれなかった人達には金を払ったり何かを用意したりするより十分難しい報酬じゃないですか?」


「っ…」


「ね?ダグラスさん?」


「……」



 ふっ、僕はしつこいから覚悟しろ?



「という事で…今晩はリベーラさんもこの屋敷で過ごさせてあげてください」


「なっ!?シオン!?」


「僕は言いましたよね?身分も関係なく顔を突き合わせて腹を割って話して家族になるのが報酬だと。これはリベーラさんからの依頼の報酬も含まれてます。大人しく僕に報酬を支払ってください」


「ぐっ…だったらシオンも―――」


「まずは自分達の事をしっかり片付けてからにしてください。もう家族の事や貴族の事を話す度にうじうじしたり落ち込んだりするリベーラさんはうんざりです。だからちゃんと自分の中で納得出来る区切りをつけてください。いいですね?」


「あ、ああ…」



 たじろぐリベーラさんに笑みを向けた僕は窓を開け、時間が経って真っ暗になった23時頃の空を眺め…



「アンリさんとユウリさんにはもう問題ないと伝えておきます。それでは『何でも屋 猫の手』のご利用ありがとうございました、何かお困りの際は是非ご依頼を」



 セシルさんの食事を持ってきたシアの驚き顔を最後に窓から飛び降り帰路につく。



「ふぅ…何とか無事に終わったね白雪。帰ったら何食べようか?」



 白雪から伝わってくるのは肉。



「じゃあ久しぶりに【空間収納】にあるお肉で焼き肉しようか」



 そんな事を話し合いながら僕は頭を擦り付けてくる白雪の頭を撫でる…可愛い奴め。





 ■





 Side.リベーラ・ラザマンド



「…はぁ、また窓から…」



 最早癖とも言える家の出方…野生児故なのか、はたまたせっかちなのか分からない去り方は直させないといけないな。



「…リベーラ姉さん」


「…何だリュート」


「シオン殿…姉さんの息子は何者なんだ?」


「何者かか…壊滅したシールズの生き残りで、シラユキという突然変異個体のタイラントサーペントと共に黒樹の大森林で生きて来た子供…と言えば納得するか?」


「なっ!?」



 リュートだけじゃなく、リゲル兄さんも、父上も、リゲルの傍付きのシアもあんぐりと口を開く。



「あの幼さで黒樹の大森林で生きていた…?実の親は…?」


「疑いたくなる気持ちも分かるが本当の事だ。実の親の事はシオンも知らない…物心ついた時には捨てられ、シラユキがシオンを育てたんだろう」


「……」



 想像したのか皆の表情が悲痛に歪む…この話をしている私の顔も歪んでいるだろう。



「…王命で各地への物資運搬をしていた時、私の行商を狙っていた盗賊が黒樹の大森林に仲間を忍ばせていてな…その仲間に捕らわれたシオンを私と行商の護衛を担った冒険者達と助けたんだ。警戒心も人並み外れて強く、必要以上に人を寄せ付けないから心を開いてもらうのにかなりの時間が掛かったさ」



 最初は本当に何もかもを警戒していた…記憶持ち(リスタート)だったという事もあるのだろうが、それでも異常な程に周りを警戒していた。



「それでも今は私の可愛くて出来のいい息子さ」


「そうか……実は私…俺もシオン殿に一度助けられているんだ」


「何…?」



 リュートが助けられた…?どういう事だ?



「王命でシュバルツ家と関りのある貴族を捕縛していた時、騎士団の監視を掻い潜って王都から逃げようとした奴らがいたんだけど、偶々その場にいたシオン殿にその貴族を取り押さえてもらったんだ」


「…そんな事シオンは一言も言ってなかったが…?」


「きっとシオン殿には取るに足らない事だったんじゃないかな。その時にシオン殿が母上の病を治すと俺に言ってくれたんだ。…まぁ、姉さんばかりに気を回し過ぎて自分の事なんか覚えてないですよね?と皮肉たっぷりに言われもしたけど…」


「そうか…リュートがここに居るのはそんな事があったからか」



 王命で動いているはずのリュートが何故に?と思っていたが…何時の間にシオンは…。



「…俺もだ。母上に薬を飲ませ、食事を用意しようと部屋を離れた時、母上はこの手紙を持っていたんだ」


「…これはラザマンド商会の…」



 リゲル兄さんから渡された丁寧にペーパーナイフで開かれた手紙の封蝋はラザマンド商会の紋章が浮かんでいて、中に私の字じゃない紙が一枚折りたたんで入っていた。



「シオン殿は『叡智(アーカイブ)』の魔法で手紙をこの部屋に送ったらしい。それを見て俺はシアを連れてリベーラの店で密会したんだが…」


「何…?そんな事一言も…」



 シオン…どれだけの根回しをたった一人でしたんだ…?



「その手紙には俺一人で来いと書いてあってな。シアを連れて行った事で…俺達はシオン殿に殺されかけた」


「何!?」


「いや、シオン殿は悪くない。約束を違えたのは俺だし、先に手を出したのも俺達だ。その時皮肉たっぷりに“貴様の行い一つで主人の品格を疑われ、その矛先が主人に向く事もあるのだ。自分の傍に置く侍女の首輪をしっかり締めて管理しろ”という祝賀パーティーで父上が言った言葉を浴びせられたさ…なぁ、シア?」


「はい…正直、私如きでは敵わない実力でした。魔法も無しに一瞬で組み伏せられ、無詠唱で『ウォーターランス』をリゲル様の喉元に…」



 何をやってるんだシオン…。



「…そう落ち込む事は無い。シオンは私と会ってからずっとパトラの特訓を受けてるからな…」


「っ!?Sランク冒険者『宝石虎(ジュエル)』パトラ・メイガス様の特訓ですか!?」


「ああ、パトラから聞いた話だが…王都ローレルタニア支部のギルドマスター『双迅竜(ヒドゥン)』ジゼル・クリシア氏に非公式ながら試合をして勝ったらしい。ちなみにパトラとは二戦やって初戦はシオン、二戦目はパトラと引き分けている」



 絶句、正しくその言葉が似あう表情でリュートも、リゲル兄さんも、シアも私を見つめる。



「…その上、ユニコードの名を持つ者…か…」


「…ええ」



 重苦しい声色で口を開く父上…シオンの予想外の言葉に一番面食らっているのは父上だろう。


 私もシオンが父上の胸倉を掴んで吠えたあの時はビックリし過ぎて身体が全く動かなかった。


 偶に人が変わった様になるのは十中八九記憶持ち(リスタート)の影響だと思うが…確信出来るのはかなりの修羅場を潜って来たのだろうと分かる度胸と深い情を持っているという事だ。


 普通なら父上の怒りを買わない様にするはずだが、売り言葉に買い言葉で煽って一歩も引くどころか踏み込んで無理やり貴族のプライドと家族を天秤に掛けさせ父上を言い負かした。


 …きっと私なら話が通じないと背を向けていた。



「ユニコードの名を名乗るのだから基本的には善人なのだろう。…だが、危ういな」


「…道は決して間違えさせません」


「そういう事じゃない。『八魔(ヘクセン)』エルル・ユニコード殿はあまり表に出る人物では無かったが、きっとこの先、あの子供…いや、シオン殿を中心に国が動き始めるだろう」


「それは…」



 正直…無いとは言い切れない。


 以前馬車の中で話していた義手に続く人や物資を効率よく運搬する事を目的とした魔道列車なる魔道具…あれは確実に国を挙げての大事業となる。


 ましてシオンはシルヴィ王妃陛下に気に入られているどころか王家の後ろ盾もある。


 もしこの魔道列車がシルヴィ王妃陛下の琴線に触れ、実現するとなるとシオンはこの国での大偉業を残す事になるはずだ。



「…?リベーラ、何かあるのか?」


「…実は、シオンから持ち掛けられた提案が正しく国を動かしかねない画期的な提案でした」


「…話せるか?」


「これはシオンとラザマンド商会の話なので…ですが、この国をより豊かにする目から鱗が落ちる様な提案でした」


「そうか…」



 そんな話をしているとリュートの腹から緊張感の欠片もない音が腹から鳴った。



「っ…ごめん、腹の虫が…」


「…そういえばもうこんな時間か」



 顔を赤くするリュートに呆れながらも懐中時計で時間を確認したリゲル兄さんは、



「…リベーラ、飯は食ったのか?」


「いや、朝に食べたきりでまだ…」


「…分かった。シア、ここにテーブルと食事を用意してくれないか?」


「畏まりました、すぐにご用意致します」


「後、積もる話もあるから眠気が覚める様な飲み物も合わせて用意してくれ。それとリベーラの寝室もな」


「畏まりました」



 シアにそう指示すると母上が眠るベッドの周りに置かれた椅子に腰を下ろし…



「さぁ、母上の恩人であるシオン殿への報酬を払おう」



 そう言葉にするリゲル兄さんの顔には笑みが浮かんでいて、私も、リュートも、父上も同じ様に笑みを浮かべていた…。

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