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『創造』

「シオン・ユニコード・ラザマンドです!大師匠のメルクリア・ユニコードに会いに来ました!」



 どうも子供らしく笑顔で元気よく学校の裏口を警備してる人に声を掛ける僕です。


 少し脅迫気味になってしまったリゲルさんとの話し合いの後、馬車に乗って帰っていくのを見送った僕はすぐに大師匠であるメルクリアさんがいる学校に向かい、セシルさんの本当の病気をメルクリアさんが暴くというアリバイ作りに来ているのですが…



「ん、んー…と言ってもなぁ…そんな話聞いてないし…」



 困った様に笑う警備の人。


 絶賛僕は困ったちゃん扱いを受けていますが元気です。



「昨日、ルクス国王陛下の前でメルクリアさんが僕を弟子にするって宣言してくれたんですけど…」


「んー…それが本当だとしても連絡を受けてないからなぁ…ごめんな?おじちゃんは下っ端だから特別扱いしてやれないんだ」



 頭を優しくポンポンとされる僕。


 これは困った…こういう入場に許可が必要な施設に籠られてると会いたい時に会えないんだよなぁ。


 ここで鷹とかを連れてたら手紙を運べるんだけど…



「じゃあ、シオンが会いに来てるって伝えてもらえませんか?」


「んー…伝えたとしても偶に大して話を聞かずに追い返せしか言わない人もいるからなぁ…それにメルクリア・ユニコード様は偉い人だからそう簡単に会えないし、下っ端のおじちゃん達じゃ話す事も出来ないんだよね」



 別に意地悪されてる訳じゃ無く本当にそうなんだろうなって感じる程の哀愁がこの警備の人から漂ってる…。


 確かに感覚が麻痺してるけどメルクリアさんはこの学校の校長だし、裏では大公位だし…そう簡単に会える人じゃないんだよなぁ。


 都合よくエルルさんが通りかかる訳でもワイズが来てくれる訳でもないし…でも、ちょっと試して見ようかな。



「分かりました…じゃあ、ちょっとここで試したい事を試して見ていいですか?」


「うん?危ない事じゃなきゃいいよ?」


「ありがとうございます」



 許可も得た事だしちょっと試して見よう。


 まずは魔力を薄く広く限界まで伸ばし、伸ばした魔力が震える様な波形のイメージを加える。


 その状態で曲げた人差し指を口に咥え、来てくれという気持ちを込めて―――



「…?指笛がやりたかった事?随分綺麗な音が出たね」


「―――成功するか分からないですけどね?」



 指笛の綺麗な音色に関心する警備の人に笑みを浮かべながらジッと待っていると【直感】が来たと告げて来る。



「成功したみたいです」


「…?」



 警備の人は何が何だか分からない様子だが、水平に構えた左腕には確かにワイズの重みがある。


 ワイズを左腕から頭に乗せて【空間収納】から取り出した手作りのメモ帳と万年筆で“話があって下まで来てます”と書いて一枚千切り、頭の上に持っていくと千切った羊皮紙が消えて頭から重みも消えた。



「…!紙が消えた!」


「今ので紙がメルクリアさんの所に届いて…来たみたいです」


「え?」



 警備の人が後方に守る格子門が上に開き、その中から緑のワイシャツを黒いネクタイで締めた白いスリムスーツ姿のメルクリアさんが現れた。



「全く…どうやってワイズを呼んだのかしら?」


「こう…魔力を伸ばしてテイマーの【意識同調】の才能を意識してワイズ来てくれーって考えながら指笛の音を伸ばした魔力に乗っけました」


「…どういう発想してるのかしらね、私の共存獣を勝手に呼び出そうとするなんて」


「大師匠が許可が無いと入れない場所に籠ってるからじゃないですか…」



 お互い呆れながら会話してる場面を警備の人はアワアワとしながら見ているが、僕がこれでいいですか?と目線を送ると無言でコクコク頷き通してくれた。


 そのまま軽い挨拶を交わしながらメルクリアさんの部屋に辿り着くとメルクリアさんは窓際の高級そうな椅子に腰かけ、僕は姿を現したワイズを撫でながらソファーに腰を下ろす。



「それで?何の用かしら?」


「ただ大師匠に会いに来たじゃダメですか?」


「そんな可愛げなんて無いでしょう?」



 そんなに僕は可愛げが無いのだろうか…まぁいいや。



「まぁ、頼みたい事があって来たんですけど…暇ですか?」


「私が暇に見えるのかしら?」


「全然?」



 だってメルクリアさんの前にある机には山積みになった書類が六個も聳え立ってるんだもん。


 多分…この学校に入学する人の入試の答案や履歴書的な書類かな?



「でも…明日の10時頃、ほんの少し時間をもらえませんか?」


「また忙しい時間を指定するのね。何をするつもりなのかしら?」


「一人、病気の人の診察をして欲しいなーと」


「診察?」



 無表情だけど不機嫌そうな声を出しながらじっとり見てくるメルクリアさん。



「僕を養子に迎えてくれたリベーラさんの母親が危篤みたいで…」


「危篤の意味は分かってるのかしら?」


「ちゃんと分ってますよ?」


「じゃあ私が一応教師だという事は?」


「もちろんちゃんと分ってますよ?」


「なのに私に診察をしろと?」


「みんなから『叡智(アーカイブ)』って言われてる大師匠なら一目見ただけで出来るかなーと…出来ません?」


「出来るわよ」


「だったらお願いしたいんですけど…ダメですか?」



 食らえ、上目遣いアタック。



「……」



 まぁ、効かない事は分かってましたから無表情で睨まないでください…ちょっとしたお茶目じゃないですか…。



「…はぁ、いいわ。診察だけでいいのよね?」


「はい、もし快復出来る可能性があればラザマンド商会の方で薬を用意する話になっているので大師匠は診察だけしてくれれば」



 よし、何とかアリバイ作りは問題なさそうだ。



「私に雑用を頼むなんて本当にいい度胸…要件はそれだけかしら?」


「大師匠にお願いしたいのはこれだけですけど…相談が」


「相談?」


「はい、今回は偶々上手く行ってワイズを呼べたんですけど…僕もワイズみたいな手紙のやり取りが出来る魔獣と仲良くなりたいなと」


「それをわざわざ私に相談するという事はインビジブルフォレストをテイムしたいという事かしら?」


「ピィ?」


「出来ればですけどね?でも…エルルさんはエルフの人でも限られた人しかって言ってたので、速くて長距離移動出来て寒さも暑さも問題ない隠密性に長けた魔獣って他にもいますか?」



 そう問うと記憶を漁る為か動かしていた万年筆を止めて椅子に身体を深く預けて暫しの沈黙。



「…インビジブルフォレストしかいないわね。隠密性を捨てればそれなりにいるけれど」


「んー…やっぱりワイズ見てるといいなーって思っちゃいますよねぇ」


「ピィ!」



 両翼を大きく広げるワイズから伝わって来る感情は誇らしげな自慢の感情…可愛い奴め。



「ただ、シオンならテイム出来るわよ」


「え?出来るんですか?」


「じゃなきゃワイズは懐かないわ。ワイズは群れの長だもの」


「おー…ワイズは偉かったんだ?」


「ピィ!」


「でも…群れの長が群れを離れてていいの?」


「ピ…ピィ…」



 ワイズから気まずそうな鳴き声と感情が伝わって来る…自分でも思ってたのか。



「けれど、流石に私がいてもすぐには隠れ里の『キラヴィア』に入れないと思うわ。それまでは他の魔獣で繋いだらどうかしら」



 確かに今の不便さを考えればそれが一番いいんだろうけど…そういうのは心情的に無理だ。



「んー…そういう使い捨てというか、乗り換えみたいな事はしたくないですね…僕がいいって選んでくれた子なら一心同体、白雪みたいに死ぬまで一緒にいますよ」



 頬に頭を擦り付ける白雪…可愛い奴め。



「…そう、ならキラヴィアに入る許可が出るまで我慢して頂戴。その代わり全職員にシオンが弟子と言う事を周知していつでも入れる様にしておいてあげるわ」


「ありがとうございます」



 まぁ、いつでも入れる様にしておいてくれるなら連絡手段を無理して用意する必要はないか。


 それにしてもキラヴィアか…神霊樹ユグドラシルを隠しているエルフの隠れ里はいくらメルクリアさんでも無理を通せない場所なのか。


 長命種の感覚で数十年以上待たされるのは勘弁だけど、キラヴィアに入る時は気を付けないとな。


 連絡手段にも目途が立ったし…後は『俺』の時に使ってた拠点の確認と僕のこれからの拠点の下見だけど…



「…そういえばエルルさんは今日はいないんですか?」



 ずっと気になっていた事を問うとメルクリアさんの口角がほんの僅かに上がる。



「修行中よ」


「修行中…?」



 あれだけ魔法に忌避感があったエルルさんが今更修行…?



「シオンの師匠として恥ずかしくない様にしたいって言ってたわ」


「…十分恥ずかしくないと思いますし、僕からしたら立派な師匠だと思うんですけど…」



 僕はエルルさんの知識や魔法を扱う技術に惚れた訳で、大魔法をポンポン使える様な魔力や失伝した禁忌の魔法(ロストマジック)に憧れて弟子入りした訳じゃ無いから修行する必要なんてないと思うけど…。


 そんな事を考えているとメルクリアさんは僕の考えている事が分かったのか書類を処理しながら懐かしむ様に口を開いた。



「何でエルルが『八魔(ヘクセン)』と呼ばれているか、本人から聞いたりしたかしら?」


「いえ…」



 僕は勝手に基本属性の火、水、風、土、上位属性の爆、氷、雷、鉄を扱える魔法使いだからだと思ってたんだけど…『八魔(ヘクセン)』は皆が付けた二つ名とか異名じゃないのかな?



「エルルは数ある失伝した禁忌の魔法(ロストマジック)を八つしか覚えて無いのよ。まぁ、元々魔法が好きな子じゃなかったから無理に教えるつもりも無かったからいいのだけれど、それが自分からもう一度教えて欲しいと頭を下げたのよ」


「そ、そうだったんですね…」



 という事は…エルルさんも祝賀パーティーの時みたいな事がこれから出来る様になるって事か…怖すぎる。



「だから…今度こそ全てを覚えるのならエルルには前々から与えようと思っていた『魔導書(グリモワール)』の名を与えるつもりなの。本好きのエルルにはピッタリでしょう?」


「確かに…エルルさんの為だけにある様な名前ですね」



 …うん、この人は身内以外には途轍もなく興味も無くて非情だけど、身内にはとことん甘くなるタイプだ。



「まだ失伝した禁忌の魔法(ロストマジック)を一つも使えないシオンには…何がいいかしらね?」


「僕はいいですよ…危ない魔法を覚えるつもりも無いですし、どんな魔法もイメージと工夫次第ですから」


「ふぅん…?」



 僕の返しが気に入ったのか少し目を細めて僕をジッと見つめるメルクリアさん。



「…決めたわ」


「え?」


「今度からは『創造(パンドラ)』と名乗りなさい」


「え、えぇ…?何か仰々しいですね…ちなみに何でそうなったんですか?」


「シオンは何かを新しく生み出す事に長けているじゃない。味の付いた水球然り、エルルのドレス然り、さっきのワイズを呼んだ魔法然り…私達を拘束した未知の技然り。まだまだ隠している秘密もあるみたいだし、皆が思いつかない様な事を“豊かな想像と発想で生み出し工夫で実現する”。開けてみるまで分からない宝箱みたいでしょう?」


「…なるほど」



 うっ…鋭く睨まれるとあの時の恐怖がフラッシュバックする…けど、【魔力遮断】と【気力遮断】の才能を合わせた『虚無繰(からくり)』がバレて無くてよかった…。



「という事で『創造(パンドラ)』と名乗りなさい。ユニコードの名を名乗って一人だけ何も無いのも箔が付かないでしょう?」


「い、意外と俗っぽい理由ですね…」


「こういうのは処世術と言うのよ」


「そうなんですね…」



 まぁ、そういうものか…と思いながらワイズと白雪が戯れているのを見つめていると、今の話で何かを思い出したのかそういえばと話が続く。



「そういえば…あの時の記憶は残っているのよね?」



 あの時の記憶…メルクリアさんが言うのはさっき僕もフラッシュバックした祝賀パーティーの時の“幻となった現実”の事だろう。



「…はい」


「なら…私とエルル、ユニコードの名を名乗る者が公爵位の上、大公位である事も覚えているわよね?」


「はい…驚きましたけど…」


「そしてシオンもユニコードを名乗るという事は大公位になる訳だけれど、爵位には興味あるのかしら?」


「いえ、全く」


「即答なのね?」


「爵位なんて持ってても仕方ないですし、既に“ラザマンド商会会頭の息子”と“史上二人目のユニコードの弟子”というでっかい肩書がありますからこれ以上は肩が凝っちゃいますよ。…って言っても、大公位は基本秘匿された爵位で、有事の際…例えば戦争とかそういう大事の時だけ利用出来る様なものなんですよね?」


「そうね、その認識で間違いないわ。だから貴族に絡まれたからと言って濫りに名乗らないで頂戴。記憶の改ざんをするのは骨が折れるのよ」


「分かりました」



 あれだけの規模の記憶の改ざんが骨が折れるの愚痴一つで出来るなんて…大師匠凄いなぁ。



「で、大公アスガルド家の一員となる為の名前が必要なのだけれど…何か名乗りたい名前はあるかしら?」


「名乗りたい名前…」



 突然の事でオウム返しをしてしまったが僕にはもう一つの名前がある。


 シエル・フォン・ハーティ…ローゼン王国の最高機密である大公アスガルド家に名を連ねるのならこの名前しかない。


 ただ…フェイルの正体がシエル・フォン・ハーティだとバレている場合は使えないけど…【直感】が問題ないと告げてくるから問題ないだろう。



「シエル…とかどうでしょうか?メルクリアさんのヴィクトリアも、エルルさんのエルダリアも響き的に似てますし、シオンとシエルも響きが似ていて師匠のエルと大師匠のメルって部分と似てるというか…」



 とりあえず取ってつけた様な理由でシエルという名前を思いついた様にして見たが…どうだ?



「…なかなかいいんじゃないかしら?これから大公位を使う時はシエル・フォン・アスガルドと名乗りなさい」


「分かりました。…名乗る様な事が無い方がいいですけどね」


「ええ、本当に」



 どうやら問題ないみたいだけど…ジッとメルクリアさんの表情や仕草を観察しても特に変わりはなく、エルルさんだったら恥ずかしがってるとか嬉しがってるとか分かったのだろうか…?



「さて、私の方からも伝える事はもう無いけれど…何か他にもあるかしら?」


「そうですね…今日はもう無いですね」


「そう、なら私は仕事に戻らせてもらうわ。明日は直接フェアレイン家に向かうからそのつもりでいて頂戴」


「分かりました。…忙しい時にすみませんでした、また明日お願いします。後、エルルさんにあまり根詰めず頑張ってください、今のままでもエルルさんは僕の師匠ですからと伝えてください」


「ええ、伝えておくわ」



 ようやく重要な用事を終わらせた僕は前と同じ様に窓から外に飛び出し、自分の用事を済ませる為に『空爪駆(あまがけ)』で身体を弾き飛ばす…。





 ■





「…はぁ、やっぱり全滅だったねー」



 完全に日が落ち凍える寒さの20時頃…王都ローレルタニアにあった六ヶ所の隠れ家は全滅していた。



(まぁ、30年前だし…街並みが変わってたから望み薄だったけど…なんかこう、くるものがあるなぁ…)



 街並みも30年前と丸っきり変わっていて道も凹凸の少ない石畳で歩きやすいし夜なのに明るい。


 魔道具の影響なのか雪が深々と降っているのに地面には雪が積もらない様にほんの少しだけ暖かい。


 この時間でも酒場や宿屋以外の店に明かりがついていて親子も手を繋いで暖かい家への帰路についている。


 こんなに過ごしやすく少し視線をずらせば幸せに溢れている…30年前じゃ絶対にお目に掛れない、考えられない街並みなのに少し寂しいと思うのは罰当たりだと自分も思う。


 だけど…慣れ親しんだものが跡形もなく一変してしまうのはやっぱり寂しいものがある。



「…あー爺臭い事は考えない様にしよ。昔はあーで今の奴はーとか言い出したらお終いだ」



 思考を振り落とす為に頭をぶんぶん左右に振り、気持ちを入れ替える為に冷えた頬を叩くと予想以上の音と痛みに目をギュッと閉じる。



(…っし、新しい拠点の場所も目星付けたし…適当にご飯食べてから帰るか。勉強もしたいし…)



 集まる視線を振り切るように一歩踏み出した途端、



「どけ!どけっていってんだろ!?」


「…ほぇ?」



 前方から二頭引きの馬車が御者の切羽詰まった声と共に暴走して突っ込んで来る。



(…これ、止めてあげた方がいいのかな?それとも…)



 夜なのに明るい視界で遠くからどんどん近づいて来る御者の魂を見つめれば…黒。



(何かから逃げてる…貴族の家紋入り馬車…という事は考えられるのは昨日の一件でシュバルツ家と関りがあって悪事がバレて逃げようとしてる…みたいな感じかな。箱ん中は分からないけど…)



 先程までの幸せな光景は道行く人達の悲鳴と恐怖で塗りつぶされている。


 …僕は暴走する馬車の行方を阻む様に魔力と気力を薄く伸ばしながら立ち、



(どうせ箱ん中にも魂が黒い奴が乗ってんでしょ?だったら逃がさないよ)



 曲げた人差し指を口に咥えながら唾を撒き散らして必死に走る馬達に意識を向け、



「「――――!?」」



 怒声や悲鳴に掻き消されない僕の甲高い指笛を聞いた馬達は落ち着きを取り戻し、徐々にスピードを落として僕の元まで近づいて来る。



「んなっ!?は、走れ!!走れよ!!」



 乱暴に手綱を振るわれてももう馬達は走らない。



「…こんばんは?」


「っ!?な、何だクソガっ!?」



 そして一息で御者台に飛び乗った僕は乱暴に手綱を振るう御者の両腕をきつく握りしめニッコリ笑う。



「こんなに人がいっぱいいる夜道を爆走するなんて危ないじゃないですか」


「し、知るかよ!早く手を離せ!!じゃないと―――ぎゃっ!?」



 僕の拘束から逃れようとした御者の両腕がゴキッ!と鈍く嫌な音を立てる。



「じゃないと、何ですか?」


「ぐうううう!?お、俺のう、腕がああああ!?」



 手綱を手放して御者台で転がる男。


 …あんまり暴れると地面に―――



「あー…言わんこっちゃない…言ってないけど…」



 腕が折れてた所為で結構な高さから受け身も取れず頭から落ちてピクピクと痙攣する男に苦笑を浴びせ、箱馬車の中から男と女の怒声らしき音が聞こえるが既に『虚無繰(からくり)』で絞め上げて閉じ込めている。



「おーよしよし…もう大丈夫だからねー」



 誰かが衛兵を呼ぶか、追手が追いつくまで顔を擦り付けてくる二頭の馬を撫でる僕…可愛い奴等め。



「こ、これは…」



 その声で馬達から視線を外すとそこにはリベーラさんの義弟、リュート・フォン・フェアレインが居た。



「…一体どういう状況なんだ?これは君がやったのか?」



 反応からして一回どころか謁見で大立ち回りしたの覚えてない…?


 まぁ、城の前で突然話しかけた時も明らかにリベーラさんだけ注目して他は眼中に無いって感じだったし…ナチュラル失礼だなこの人。



「これはこれはリュート・フォン・フェアレイン王国騎士副団長様。こんな人通りの多い夜道で馬車を暴走させてたので止めましたが…余計なお世話でしたか?」


「…いや、協力感謝する」



 値踏みする様に見てくるけどすぐに後から追い付いた兵士達に指示を出し、手際よく箱馬車を取り押さえ中にいた貴族風の男女三人と両腕が拉げた御者を拘束してしまう。


 手際いいなーなんて暢気に馬達を撫でているともう一度リュートさんが僕に向き直った。



「さて…少し君にも話を聞きたいんだがいいだろうか?」


「別にいいですけど、お腹空いてるんで手短にお願いします」


「そうか…どうやってこの馬車を止めた?」


「僕はテイマーなんで危ないから止まってってこの子達にお願いしただけです」


「…あの御者の両腕は君が折ったのか?」


「逃げない様に拘束してたら無理やり動こうとして勝手に折れただけですよ」


「最後に…君の名前は?」



 やっぱり…まぁ、いいけど少しぐらい意趣返ししても罰は当たらないでしょ。



「シオン・ユニコード・ラザマンドです。昨日はリベーラさんの侍女として王城の前と謁見の際に姿は見せてると思いますけど」


「…何?ユニコード…?ラザマンド…?」



 明らかに眉を顰めるリュートさん。



「まぁ、リベーラさんしか眼中に無かったみたいですし知らなくても仕方ないですよね。リベーラさんに養子として迎えられたので覚えてくれると嬉しいですね」


「…その辺を詳しく聞きたいから同行してもらおうか」


「え?嫌ですし、普通に職務を全うしてくださいよ。王命でしょ?」



 綺麗な顔が滅茶苦茶歪んでる…ふっ、勝ったな。



「…意地の悪い事言ってすみません。これで少しは目に入れてもらえるんじゃないかって思っただけですよ。王命が片付いたらいくらでも話し相手になりますよ?あー…でも…僕からじゃなくてリベーラさんから聞いた方がいいですね。丁度その機会があるのでよかったら参加します?」


「機会…?」


「ええ、明日の10時頃、僕の大師匠メルクリア・ユニコードがフェアレイン家のセシルさんの容態を診るんです」



 瞬間、僕の両足は地面と別れを告げた。



「どういう…事だ…?何故それを…」



 両肩を掴まれそのまま目線の高さまで持ち上げられた僕は足をプラプラさせながらニッコリと笑みを浮かべる。



「昨日の祝賀パーティーの時、ダグラスさんは止めようとしてましたけどリゲルさんがリベーラさんにセシルさんの状況を伝えたんですよ。で、リベーラさんはセシルさんに会いたい、でももうフェアレイン家の人間じゃないから会えないって弱音を吐いてたので、息子として母親の助けになろうかと。せっかくユニコードの名を名乗る事になったので大師匠にお願いしたら弟子の頼みだからって快く受けてくれましたよ」


「…!リゲル兄さんが…!?」


「ええ、家族思いのいい人だと思いましたよ。改めてお話させてもらって明日の10時頃伺う事も既に伝えてますので…あ、もしセシルさんが快復する見込みがあるならラザマンド商会で薬の手配をしてもらうつもりなのでリベーラさんも来ますよ」



 ただでさえ突然の頬ビンタで注目を集めていたのにリュートさんに持ち上げられて住民どころかリュートさんの部下達からも更に注目を浴びてる僕。


 かなりの居心地の悪さを感じつつも笑みを絶やさずリュートさんを見つめていると…



「…その発言は“どの立場”から言っているんだ?」



 深い溜息を吐いた口から零れた重苦しく鋭い言葉。


 その言葉と共に僕を射貫くリュートさんの視線が鋭くなる…が、僕は笑みを消してリュートさんの圧を感じる瞳をジッと射貫き返す。



「栄誉あるユニコードの名を名乗る者として、母親を案じる息子として。無責任にこんな事言う訳ないじゃないですか。言うからには…本気ですよ、シオン・ユニコード・ラザマンドの名に誓って」



 どの立場から言ってるんだなんて決まりきってる。


 僕はリベーラさんにセシルさんと会わせると言い、セシルさんにも苦しみから解放してリベーラさんに会わせると言った。


 だったら僕は責任を持って二人の願いを叶えるつもりだし、その覚悟とその願いを叶える力がある。


 無責任に口から出まかせなんて何一つ言ってない…子供の道楽だとか、こうなったらいいななんて不確かな事で悪戯に場をかき回してるなんて思うなら大間違いだ。



「…分かりました」



 そんな考えと意思が伝わったかなんて分からない。


 でも納得する様に、僕の言葉を飲み込む様に、ギュッと目を閉じてリュートさんは僕を下ろし深々と頭を下げた。



「…明日はよろしくお願いしますシオン・ユニコード・ラザマンド様。私も同席出来る様、職務を務めますのでこれで失礼致します。容疑者の確保、ご協力感謝します」


「…ローゼン王国の為に勤めを果たすリュート・フォン・フェアレイン様に敬意を」



 僕もリュートさんに敬礼を返し、部下の人達によって連れて行かれる馬達に手を振ってリュートさん達を見送ったが…少し進んだ所でリュートさんが「息子…?」と口にしていた気がするが気のせいだろう。



「…ふぅ、何とかなったね白雪」



 チロチロと赤い舌で頬を撫でてくれる白雪…可愛い奴め。



「さてと、白雪は何が食べたい?やっぱりお肉?」



 白雪から伝わるのは肉と僕の魔力。


 そんな白雪の小さな頭を撫でながら僕と白雪は雪の降る賑やかな繁華街を歩く…。

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