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醜くも安堵する現実

本日の投稿はここまでです。

「それじゃあ僕はまだやる事があるので行きますね」



 どうもミミさんから衝撃的な話を聞いてとんでもない爆弾を抱えた僕です。


 時は14時頃…僕はリベーラさんの義母であるセシルさんの魔力壊死症を治す薬が手に入る事に安堵しているのですが…まだまだやる事は沢山あるので時間を無駄にしない為に暗躍したいと思います。



「おう、アタシは夜までここにいっから何かあったらまた来な」


「私も一応いますが…準備に時間が掛かるので対応出来ないと思いますので何かあったらパトラさんかジゼルさんに伝えてください」


「…大変な事をお願いしてすみません。約束は必ず守るのと、後日何かお礼を用意しますね、ミミさん」



 一瞬だけ断ろうとしたのか目を丸くして胸前に両手を広げたミミさんだが、すぐに小さく笑みを浮かべ直した。



「…じゃあ期待しておきますね」


「期待しておいてください」



 そう言って行儀は悪いけど時間短縮の為に部屋の窓から飛び降りようとして…思い出す。



「あ、ミミさん。一つ良いですか?」


「そこ窓ですけど…何ですか?」


「少し言い辛いんですが…何か考え事をする時に腕を組んだり組み直したりするのはやめた方がいいかと…」



 キョトン、そんな擬音が正しく似合う表情で僕の苦笑気味の顔を見つめるミミさん。



「どうしてですか?」


「えっと…僕は小さな紳士なので…」


「…あー…そういう事か…」


「…え?え?」



 僕の言いたい事が分かったのかパトラさんは片手で顔を覆いながら天井を見上げるが…それも大概アウトだと思う。


 パトラさんのプロポーションでするのは。



「アタシから注意しとくからシオンはやりたい事やって来な」


「すみません、お任せします。…後、パトラさんもその姿勢は止めた方がいいかと」


「…はいはい、わーったよ小さな紳士様」



 やれやれと姿勢を正して丈の短い革ジャケットをちゃんと着直して手を振るパトラさん。


 ニコリと笑みを残して勢いよく隣の建物の屋根に飛び移り、窓がパタンとしまった所で才能の【風の声】を意識してみると、さっきまで僕が居た部屋の中からミミさんの可愛らしい悲鳴が響いた。



(これで尊厳は守られるはず…多分、それを目当てにしてた男共が居ただろうが残念だったね)



 まだ聞こえぬ男共の悔し泣きの声を想像しながらほくそ笑み、人目に付かない様に目的地へと『空爪駆(あまがけ)』を使って高速移動する。



(今日やる事の半分は終わった…後はリゲルさんとの面会と…連絡が取れる僕専用の鷹の用意、前の拠点と今後の拠点の確認だな)



 なかなか濃密なスケジュールだなと思いつつも、次から次へと色んな事が起きて満足に自分の時間が作れないのだから仕方ない。


 動ける時に動いてこなす…こんな忙しくて充足感のある日々は『俺』は味わった事がない。


 だから―――この生き方を選んでよかったなと僕は思う。



(さてと…あの手紙を見てたらここに来ると思うけど…)



 僕がセシルさんの元に残した手紙には“リゲルさんとセシルさんとリベーラさんの事で一対一で話したい”と時間と場所を指定して書いてある。


 その指定場所は貴族街に店を構えているラザマンド商会の店舗『アトワール』だ。


 今は史上二人目のユニコードの名を受け継いだラザマンド商会の侍女の僕について話を聞こうと多くの貴族が詰め掛けている所だろうが…侯爵位を持つ大物貴族と密会するのなら貴族が集まる場所の方が自然だ。


 木を隠すなら森の中、貴族を隠すなら貴族の中ってね。



(ユウリさんには防音がしっかりした一室は絶対空けてって伝えてあるけど…)



 豪華なアトワールの屋根の上、雪も落とさず物陰に潜んで【気配察知】と【魔力探知】で建物の中を探ると、殆どの部屋が人で埋まっているのに一室だけ誰もいない部屋があった。



(…ここか)



虚無繰(からくり)』を伸ばして窓の隙間に差し込み内側から窓を開けて素早く部屋に潜り込む。



「…ふぅ、密会には丁度いい感じの部屋だね」



 調度品は最低限で目立つのは真ん中にある防音の魔道具らしき物が乗った丸テーブルと二つの一人用ソファー。


 そのソファーにちょこんと座り、床に付かない足をプラプラとさせながら白雪と遊ぶ事…30分。



「…どうぞ」



 コンコン、コンコンコン…コンコンと合図染みたノックをした人物を部屋に招き入れる。



「……貴様はリベーラの侍女…」


「こうしてお顔を拝見するのは二度目ですね、リゲル・フォン・フェアレイン侯爵様」



 スカートが無くてもカーテシーで出迎える僕を見て眉を顰めるリゲルさん…と、後ろに控えるメイド服を纏う女性。



「…おかしいですね?手紙にはお一人でと書いたはずなのですが…」


「…侍女如きが私に何の用だ。要件次第では―――」


「こっちが先に質問してるんですけど?」



 瞬間、リゲルさんが連れて来たメイドがスカートに隠していたナイフを抜いて僕に襲い掛かる。



「ぐっ!?」


「なっ!?」



 が、メイドをパトラさん直伝の体術で床に華麗に組み伏せ、こちらに指揮棒の様な杖を向けているリゲルさんの喉に水の槍を突き立てながらメイドの首に奪ったナイフを突き付ける。



「えっと…“貴様の行い一つで主人の品格を疑われ、その矛先が主人に向く事もあるのだ。自分の傍に置く侍女の首輪をしっかり締めて管理しろ”でしたっけ?ダグラスさんは僕にそんな事を言ってましたけど…リゲルさんも随分と個性的な侍女を傍に控えさせてるんですね?」



 笑みで皮肉を口にするとメイドとリゲルさんの表情が歪む。



「で?一人で来なかったとはいえ、ここまで来たという事はちゃんとお話を聞いてくれる意思はあるんですよね?」


「……そいつを今すぐ離せ」


「あるんですよね?」


「あぐっ…」



 首にナイフを強く押し当てて赤い雫を滴らせると更にリゲルさんの表情は歪む。



「……ああ、あるからそいつを放せ」


「ご理解ありがとうございます」



 ニッコリ笑って見せつける様にメイドの眼前にナイフを力強く突き刺すと小さく悲鳴が聞こえる。



「…お前の短気の所為でこうなったんだから少しは反省しろよ」


「ッ!!」



 耳元で囁きメイドの身体から全体重を乗せていた膝を退かすと性懲りもなく僕が突き刺したナイフを抜いて構えるが…



「…やめろ『シア』」


「っ……畏まりました…」



 リゲルさんの一言でシアと呼ばれたメイドもナイフを下ろし、最大限の警戒を僕に向けながらもリゲルさんの後ろに控え直した。



「もう少しきつく首輪を締めて管理した方がいいんじゃないですか?僕が“その気”ならその侍女の所為でリゲルさん死んでましたけど」


「貴様…!」


「ほら、またそうやって…お前の行動で何度リゲルさんの命を危険に晒すつもりだよ?話が通じないなら出てってくんない?」



 黒髪の前髪が少し長いショートボブに隠れた緑の瞳で僕を睨みつけるシアだが、コイツがあーだこーだと口を挟めばうまく行く話もうまく行かなくなる…正直邪魔だ。



「…一応これでもこいつは私の護衛だ。もう余計な口は挟ませない」


「…分かりました。ただ、次にその侍女が一言でも言葉を発した瞬間、話し合いの邪魔なので僕は遠慮なくその侍女を殺します。いいですか?」


「…シア、私がいいと言うまで一切口を開くな。これは命令だ」


「っ…」



 よしよし、何も言わずに頭を下げたな…早速本題だ。



「では…まず僕の自己紹介からいいでしょうか?」


「ああ」


「最初にお会いした時はまだただのシオンでしたが、今の私はシオン・ユニコード・ラザマンドと言います」


 ユニコード、ラザマンド、二つの名前に別々の反応を示すリゲルさん。



「……ユニコード…その名を騙ると?」



 ラザマンドの方に突っかかって来ると思ったけど、ユニコードの方に突っかかって来るのね。


 だったらユニコードとして話すか。



「言動には気を付けた方が良いと思いますよ?リゲルさんがダグラスさんとパーティーから退席した後、『叡智(アーカイブ)』メルクリア・ユニコードと『八魔(ヘクセン)』エルル・ユニコードがパーティーに出席しました。その際に僕はその二人から正式に弟子になる事を認められ、メルクリア・ユニコードがルクス国王陛下の御前で堂々と私を弟子にすると宣言しました。その後、僕は前々からリベーラさんに養子にならないかと言われていて返事を保留にしてたのですが、決心がついたのでありがたく養子になりました。なので今の私はシオン・ユニコード・ラザマンド…この話を疑うのはルクス国王陛下とメルクリア・ユニコードを疑うのと同義になりますが…疑いますか?」



 リゲルさんは表情を変えていないが【風の声】に意識を向けると心臓が煩いぐらいにドクドクと動いていて、後ろのシアの表情は【風の声】を使うまでもなく青褪めている。



「平民は平民らしく、貴族は貴族らしく…貴族では無いですが、今の僕が貴族と対等の立場、それ以上の立場である事をご理解頂けました?」


「……」


「それに成り行きとは言え、フェアレイン家と因縁があったシュバルツ家の取り潰しの一役を担った僕と師匠、そしてそこの侍女がユニコードの名を受け継ぐ僕を殺そうとしたという事実…この事を師匠達が知ったら恩を仇で返した、弟子を殺そうとしたと抗議があるでしょう。最悪な場合、フェアレイン家の取り潰しもあり得ますが?」



 表情を消してシアを見れば身体をガタガタと震わせて汗に涙を混ぜ、ボタボタと顎先から雫を落とし始める。



「………本当に申し訳ございません。後日正式に謝罪させて頂きたい…」



 シアもリゲルさんが頭を下げるのに合わせて深々とお辞儀をする。


 よし、僕の実力と立場も分からせたしこれでもう強硬手段に出る事は無いだろう。



「僕はただ、平民だからと侮られて話を真面目に取り合ってもらえなかったり、貴族の権威を振りかざして強硬手段に出ないでもらいたかっただけなので謝罪はいりません。それに僕もかなり過激な事をしましたしお互い様という事で手を打って頂きたいです。あ、ちなみにそちらの侍女さんの首は一切傷付けてませんよ?」


「…!?」



 僕の言葉でシアが無言で首を触るがそこに切り傷は無い。


 血に似せた赤い粘着質な水をナイフに伝わせただけだからね。



「そしてここからはお互い誠意を以てお話させて頂ければと…なんせ、医者でも匙を投げたセシルさんの命が助かるかも知れないお話なので」



 すると二人共ガバッ!と勢いよく頭を上げて目を見開く。



「そ、それは本当か!?」


「は、はい。でもその前に…セシルさんが何故体調を崩されたか、その後の調子等の経緯を聞かせてもらえませんか?」


「…分かった。空間収納の袋を使うが問題ないか?」


「ええ、必要な物があれば好きにお出しください」



 上着の胸元に手を差し込むとその手に小さなボロボロの袋が握られていて、その袋から濁った赤い宝石の様な物が取り出され魔道具が置かれた丸テーブルに置かれる。



「これは…火属性の魔石でしょうか?」


「ああ。…ただ、普通の魔石じゃない。“穢れが溜まった”魔石だ」


「穢れ…」



 手に取ってみれば大きさは掌程の大きさで、全体的に黒やら灰色やらの模様が不規則に石の中で浮かんでいる。



「母上は少し特殊な体質でな…火との親和性が高く、火そのものからも魔力を補給出来る神の贈り物(ギフト)を授かっているんだ」


「それは凄いですね…」



 流石は大物貴族と言った所か…火から魔力を補給出来るのであれば自分で火を点ければ永久機関だ。


 出来るかは分からないけど。



「だが…その所為で今回の様な事態になってしまったんだ。4年前程か…リベーラがフェアレイン家を去った事で母上は気落ちしていて、私が気分転換に晴れた庭でお茶をと思って誘い出したんだ。リベーラと母上はいつも時間があれば庭で一緒にお茶を楽しんでいたから代わりになるのならと…だが、それがいけなかった。最初は普通に会話をしていたんだが、徐々に母上の顔色が悪くなって倒れてしまったんだ」


「その原因がこれ…という事ですか?」


「ああ。最初は毒による暗殺かと茶や菓子を調べたが何も原因になる様な物は見つからず、原因不明という事で医者を招き母上を診てもらったんだ。その時に医者に魔力の巡りが悪くなっていると告げら、このままでは魔力硬化症になる可能性があると言われた。それから医者は【薬師】の才能を持っているからと材料を揃えて薬をその場で処方してくれたおかげで次の日にはまた元気になったんだが…急に体調を崩すのはおかしいと感じた私は色々調べ、庭にこの魔石が落ちている事に気付いたんだ」


「なるほど…話を繋げると、何者かによって置かれたこの穢れた火属性の魔石に溜まっている魔力をその穢れごとセシルさんが神の贈り物(ギフト)の力で取り込んでしまったと」



 どんなに凄い神の贈り物(ギフト)や才能でも欠点はあるって事ね…完全無欠は難しい。



「そういう事になるな。すぐに犯人は捕まえ情報を引き出した後処罰したが…後ろで糸を引いた者に辿り着く核心的な情報は得られなかった。大方シュバルツ家だろうとは予想が付くがな…」



 やっぱりその家に行きつくよね、僕もシュバルツ家だと思うもん。



「かなり長い間因縁があるのですか?」


「ああ。フェアレイン家は軍事によって功績を認められた軍家だが、国同士の争いが下火になったこの頃ではルクス国王陛下とシルヴィ王妃陛下の信頼を勝ち取り、代々国庫徴税を担っていたシュバルツ家から我がフェアレイン家に国庫徴税の役割を移され、元々政務を取り仕切っていたローレライ家のシルヴィ王妃陛下がルクス国王陛下とご結婚なされた事でローレライ家は公爵位へとなり、徴税の任を解かれたシュバルツ家が政務を取り仕切る様になったんだ」


「なるほど…でも僕の月並みな感想ですが、国庫徴税も政務取り仕切りも同じぐらい大事な役割なのでそこまで遺恨は残らないのでは…と思ってしまうのですが」


「普通であればな。…だが、政務を取り仕切っていたローレライ家の才女と恐れられたシルヴィ王妃陛下が上におられるんだ。生半可な法案は通らないし、政務に不可欠な資金となる国庫を我がフェアレイン家で一切の不正無く閉めている。正直な所…シュバルツ家が国庫徴税をしていた時の帳簿を見たが、細かく少額ながらも懐に入れていたみたいでな。法案もまともに通らなければ懐も潤わない、前も後ろも塞がれた状態で何も出来なかったんだ。シルヴィ王妃陛下の事だから真綿で絞め続けて馬脚を露すのを虎視眈々と狙っていたのだろう」


「あー…そういう事ですか…」



 シルヴィさん本当に策士過ぎるな…。



「…少し話が逸れてしまったな。母上はその後、特に問題も無く数日は元気なまま過ごしていたんだが…また同じ様な症状で倒れてしまったんだ。また魔石が仕込まれたのかと家も庭も探したが欠片も無く、もう一度同じ医者に診てもらったが既に魔力硬化症に罹っていると診断された。念の為に他の医者や本職の薬師にも医者が作った薬も合わせて診てもらったが医者は皆口を揃えて魔力硬化症だと診断し、どの薬師も症状からして初期段階だから作った薬を飲み続ければ問題なく治ると言っていた。そこからは良くなったり悪くなったりと体調に浮き沈みが現れ始め、日に日に体調が悪くなっていき今に至る…」


「ふむ…」



 やはりリゲルさんは雰囲気通り慎重な人みたいだ。


 セカンドオピニオンという言葉はこの世界にはないだろうが、同じ様に他の医者や薬師にも相談して間違いないと言われたから魔力硬化症だと判断した。


 流石に呼んだ医者と薬師全員にシュバルツ家の息が掛かっているとは考え辛い…と言う事は最初に担当した医者が相当上手く偽装したんだろうな。



「…経緯は分かりました。次に聞きたい事なのですが…現在セシルさんを診てくれている医者の方のお名前は?」


「医者の名前…?マルロ・サーグというフェアレイン家の専属医だが…」



 …え?専属医?あの魂が黒くてリゲルさんの手でセシルさんに毒を飲ませてた奴が専属医?



「…?どうしたんだ?」


「…専属医という事はフェアレイン家の方は体調を崩された時にその方にいつも?」


「ああ、私も診てもらった事もあるし、家を去る前はリベーラだって診てもらっていたが…何かあるのか?」



 マジか…という事は心変わりする様なきっかけがマルロとかいう医者にあって、そこでシュバルツ家に囁かれた…もしくはシュバルツ家とは何の関係もなく、心変わりするきっかけが原因でマルロの個人的な恨みが募り今回の事をしでかしている可能性も考慮すべきだな。



「何かあると言う訳でも、その方の腕や知識を疑う訳でもない事を先に伝えておきます。そして、ここからがセシルさんを治す可能性があると言う話の本題です」



 突然の話題の切り替えにリゲルさんは身構える様に僕の目を見つめてくる。


 本当に救いたいという意思が伝わる綺麗でいい目だ。



「僕の大師匠、『叡智(アーカイブ)』にセシルさんの容態を診てもらいませんか?」


「っ!?」



 僕が弟子になった事を告げた時以上の驚きだ…何かちょっと悔しい気がする。



「そ、そんな事が可能なのか…!?」


「だって僕は弟子ですよ?可愛い弟子のお願いぐらい聞いてくれますよきっと」



 食らえ、満面の笑みアタック。



「なるほど…!そうか…!!頼めるのであれば是非とも『叡智(アーカイブ)』と謳われるメルクリア・ユニコード殿に母上を診て頂きたい!!」



 あ、あれぇ…?認識阻害のピアスを付けてるからってもう僕は眼中に無い感じですか…?そうですか…。



「…でも、どうにもならない可能性だってあります。それはご理解頂けますか?」


「っ…そう…だな…一度はもう駄目だと諦めた時だったからつい…分かっている、もし助からなくても受け入れるし、君の事もメルクリア・ユニコード殿の事も恨みはしない。…私があの時、母上をお茶に誘わなければこんな事にはならなかったんだしな…」



 状況だけを見たらそうなのかも知れないから気負う気持ちは分かるけど…それはちょっと違うかな。



「…リゲルさんは思う所があるかも知れませんが、僕はリゲルさんの所為じゃ無いと思います。悪いのはその魔石を置いた人…更に言えばその人に魔石を置かせた人です。リゲルさんは気落ちしているセシルさんを元気付けようとしただけなんです。それは貴族であろうが平民だろうがみんな持ってていい家族を思いやる優しい気持ちなんです。そこだけは絶対に履き違えないでください」


「っ…気遣い、感謝する…」



 まだ子供の僕に気遣われたのが恥ずかしかったのか顔を赤くするリゲルさん。



「では…了承してくれたと言う事はちゃんとご協力頂けるんですよね?」


「…ああ、私に出来る事なら惜しみなく協力するとリゲル・フォン・フェアレインの名に誓おう。しっかりとした報酬も支払うと誓う」


「分かりました、ではまず僕達がこうして出会っている事の口裏を合わせましょう」



 そこから一切の綻びも無い様にお互い口裏合わせる打ち合わせを行い―――



 ………


 ……


 …



「こんなもんですかね」


「そうだな」



 時刻は16時頃…約1時間の口裏合わせ、話し合いの時間も含めれば2時間程の密会が終わりを迎える。



「では、これから僕は大師匠の元に行って明日の10時に診察をする様お願いしてきますね」


「済まないがよろしく頼む」



 リゲルさんとシアが縋る様に僕に深々と頭を下げる。



「頭をお上げください。これは取引とかではなくただの協力なので貸しも借りも無いんですから」



 そう言うと二人は頭を上げるが…表情は不可解な疑問の表情を浮かべていた。



「…何故そこまで我々フェアレイン家に手を貸してくれるんだ?」



 まぁ…当然の疑問だよな。


 それが分かってスッキリするならいくらでも理由を言ってやろう。



「僕はフェアレイン家に手を貸しているんじゃなく、リベーラさんの為に動いているんです。だから恩義を感じたりするのならリベーラさんに感じてください」


「リベーラの…」


「はい。もし、あの祝賀パーティーでリゲルさんがリベーラさんにセシルさんが危篤状態にある事を伝えなければこの様な事にはなっていませんでした。リベーラさんがもう一度、セシルさんと会いたいと僕に弱音を吐いてくれたから会える様に僕が自分に出来る事を全力でやってるだけなんです」


「…そうか。もう何個か聞いてもいいか?」


「ええ、心置きなく協力するのなら疑問を解消するのは大事ですから答えられる事なら答えますよ」


「助かる。…何故父上でなく私に話を持ち掛けたんだ?」


「ダグラスさんより話が通じそうだと思ったからです。祝賀パーティーの時の印象を考えればセシルさんの危篤を伝えようともせず僕に首輪だ何だと高圧的に言って来た人より、セシルさんとリベーラさんが仲がいい事を知っていて、最後に一目だけでもと貴族と平民の立場より家族の情を優先してくれたリゲルさんの方が僕的には印象がいいですから」


「なるほどな…では最後…どうやって母上の寝室にこの手紙を忍ばせた?」



 うっ…その話になるよなぁ…ちょっと無理過ぎるけどこれで信じてもらうしかない。



「僕の大師匠…『叡智(アーカイブ)』の魔法です。その手紙を正面から渡せばリゲルさんより先に開いてもしかしたら貴族やらなんやらとか言って処分する可能性があったので、大師匠にお願いしたらやってくれました」


「流石は『叡智(アーカイブ)』…理由も納得した。確かに父上ならリベーラからの手紙なら処分していたかも知れない…少し褒められた方法ではないが、私に直接届けてくれた事に感謝する」



 おお…大抵の無理筋が通る気がする…流石は大師匠。



「いえ、これも全てはリベーラさんの為なので。…義理でもリベーラさんの息子なら母親には笑顔で幸せに過ごしてもらいたいですから。それが家族でしょう?」


「っ……そうだな…私もそう思う…」


「…やっぱりリゲルさんを相手に選んで正解でした」



 銀縁の眼鏡の奥から一粒の雫が落ちて頬を伝う…その涙は家族を案じる暖かく綺麗な涙だった。



「それではお互い母親の為に頑張りましょう」


「ああ、早速…」



 僕が差し出した右手をリゲルさんが握ろうとして…



「……待て、お前…」


「握手は嫌でした?」


「…お前、男…だったのか…!?」


「あ、言ってませんでしたっけ?男ですよ?」



 よかった、防音の魔道具があって…と思う程の声に僕は耳を塞いだ。





 ■





 Side.リゲル・フォン・フェアレイン



「先程は申し訳ございませんでしたリゲル様…」


「いや…シアに怪我が無くてよかった」



 目を潤ませて謝るシアの首には一切の傷は無い。


 だが…あの少女、いや、あの少年が握ったナイフには確かにシアの血が滴ったはずなのにその首筋には傷が無く、回復魔法を使った痕跡も全くなかった。


 それにシアを組み伏せ無力化しながら詠唱もせず、あれ程の完成度の『ウォーターランス』を即座に私に突き付けて来た。


 あの少年が本当にその気なら…私達はあの場で死んでいた。



「…シアにはあの少年…シオンはどう映った?」


「…リゲル様を守りながらとなると私如きでは…護衛の任が無かったとしても同じかと…」



 シアは元々Aランクの上級冒険者だ。


 実力も申し分ないシアにそこまで言わせるとはシオンという少年は何者なんだ…?



「あのユニコードの名を名乗る事を許されただけはあると言う事か…」



 養子だと言っていたが…シオンの姿にあの時のリベーラの姿を見た。


 私が10歳の時、父上がルクス国王陛下から任されたと言ってフェアレイン家の養子となった7歳の少女。


 ボロ布を纏って手足が骨と皮だけの孤児で、孤児の殆どは世界を恨む様な淀んだ目をするのに、目は恨むどころか真っ直ぐと力強く、誰の血で濡れたか分からない赤黒い木剣を決して手放さない少女だった。


 突然そんな事を言われても10歳の私が受け入れられるはずもなく、必要以上に母上に可愛がられるリベーラに幼いながらに私は憧れていた騎士にあるまじき醜い感情と共に剣をリベーラに向け…完膚なきまで叩きのめされた。


 その瞬間、私は騎士の道を諦め魔法の道に進み、フェアレイン家を継ぐ決心をした…いや、決心させられた。


 リベーラがあの時の私と同じ10歳になる頃にはただの兵士から王国騎士団に実力だけで任命され、周りから『剣姫(シュバラ)』と呼ばれ始めた時には一個師団を纏める部隊長を任される様になっていた。


 そんな姿を見ていた私は何も成果を得られず、劣等感からリベーラを避ける様になって家ですれ違ってもリベーラの挨拶を無視し、徹底的にいない者として扱った。


 それからリュートが生まれ、リュートはすぐにリベーラに憧れ懐き…リベーラが居なければなんて毎日の様に思った。


 騎士の憧れも奪われ、母上の愛も奪われ、父上の信頼も奪われ、弟も羨望も奪われ…もう私には何が何でもフェアレイン家の当主になるしか道が残されて無かった。


 だからリベーラが父上と母上の実子ではないと言う変えようの無い事実だけが私の中の唯一の救いで今でも酷く醜く安堵する現実だ。


 それが被害妄想だという事も自分では分かっていた…母上もリベーラと同じぐらいに愛していてくれたし、父上も家名を継ぐのはお前だと言っていたし、リュートも私に何度も遊ぼうと近づいて来てくれていたし、リベーラだって私がきつく当たってもいつも通りに接してくれていた。


 だけど私の嫉妬心と劣等感が目を曇らせ、自分も気付かない様に必死に目を逸らし続け、いつしか引っ込みが付かなくなっていたんだ。


 そんな醜くリベーラに負い目を感じる私が家族の情なんて…烏滸がましい。


 なのにあのシオンという少年はこんな醜い私に家族の情があると言った。



「…なあシア」


「…?どうされました?」


「私は…家族思いなのか…?」



 つい口から零れてしまった言葉にシアも目を見開いている。


 それはそうだ、私は父上の様に貴族は貴族、平民は平民と区別しながら貴族らしく生きて来た。


 平民につらく当たっている醜い場面も見ているシアだ、答え―――



「家族思いだと思います。そうでなければ毎日ラザマンド商会の状況確認やセシル様の看病をご自身でされないと思います」



 …周りからはそう見えていたのか。


 母上の看病はただの罪滅ぼしで、ラザマンド商会の状況を確認していたのは何かフェアレイン家の利益に繋がる事がないか確かめていただけで…



「そうやって本当の思いを否定する性格…ご当主様と本当にそっくりでございます」


「…ふん」



 これがAランク上級冒険者の観察眼か…敵わないな。


 帰ったらすぐに父上に話を通さないとな…。

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