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継承と家族

本日の投稿はここまでです。

「…まさかそなたが出席するとはな」



 どうもワザとワインを頭からぶっかけられた上、冤罪までぶっかけられている僕です。


 現状は母が危篤と知らされ傷心中のラザマンドさんの為にワインを持って行こうとした所、援助の申し出を断られていたオーソン子爵家の令嬢が僕が完全に一人になるのを虎視眈々と狙っていて、僕が突き飛ばした様に見せる為に尻もちをついて手に持ったワインをかけて僕のドレスを汚しつつ立場を悪くしようとした所。


 もちろん僕の身体にぶつかった感触も記憶も無いし、ウェイターからワインを受け取ろうとした所を令嬢が無理やり割り込んでという事は無い。


 だから完全にオーソン子爵家による冤罪と言う訳なのだが…貴族と平民が揉め事を起こしたら?


 そんなの理由がどうであれ問答無用で平民が悪くなる。


 避ける事も出来たが身形を取り繕って避けるなんて出来なかったし、避けた所で難癖付けて冤罪を吹っかけられる。


 …目を付けられた時点でアウトというものだ。


 どうしたものかと貴族の品位という唾と罵声を浴びながら考えているとラザマンドさん達が庇ってくれるが、金や物で何でも解決出来ると思うなと来たもんだ。


 だけど結局オーソン子爵は僕の首を求め、最終的にはラザマンド商会の利権を全て寄越せと金や物で解決しようとして来た。


 そんな時、まるでタイミングを見計らった様に僕が知っている二人がこの会場に入って来た。



「エルルがどうしてもって言うから来たのに…そこの貴方、これはどういう状況なのかしら?」



叡智(アーカイブ)』メルクリア・ユニコードがこの状況を作り出している中心の僕ではなく、僕の後ろに立っていたウェイターに杖を向けながらエルルさんと共にコツコツとヒールを鳴らして近づいて来る。


 あ、エルルさん…やっぱりドレスを作ってよかったと思う程に似合ってる。



「こ、これは…と、突然オーソン子爵家の御令嬢が倒れまして…」


「ち、違うわ!私はこの平民に突き飛ばされたのよ!!足だって挫いて―――」


「その割にはしっかりと立っているわね?」


「っ!?」



 父親が突然時間が止まった様に動きを止めた…いや、実際に時間が止まっている父親に動揺して演技を忘れてしまったんだろう。



「お父様!?おとうさ―――ひっ!?」



 令嬢がしまったという表情を浮かべてどうにかしてと縋る様に父親を揺するが、父親は怒声を上げた姿のままゴロリと床に倒れ令嬢の口からひゅっとか細い息が聞こえる。



「別に死んでないわ。…エルル」


「うん。…シオンく…ちゃん、今綺麗にするからシラユキちゃんと一緒にジッとしててね」


「は、はい」



 僕の姿を見て眉を顰めたメルクリアさんがエルルさんに目配せをすると、エルルさんは呼び出した大きな杖を僕に向けて小さく何かを呟いた。


 すると僕の髪と高級な絨毯に染みていたワインの粒がプカプカと宙に浮かび、驚くウェイターが持つ銀トレイの空グラスの中に一人でに戻っていく。



「これで大丈夫?ベタベタしてない?」


「…卑しい平民の粗相を拭って頂きありがとうございます」


「…よしよし」



 すっかり白くなった髪を垂らすと僕の言葉に少し眉を顰めながらも頭を撫でてくれるエルルさん。



「さて、この状況はこの娘が足を挫いてこの子にワインを引っかけた…という事でいいのかしら?」



 そう言ってメルクリアさんは会場に目線を向けるが答える者はいない。


 …正確にはフルールを治めているフラクトウェル伯爵らしき人物がややこしくならない様に今にも飛び出しそうになっているパトラさんの口を押さえているが、誰も答えない。



「そう…この名前を使うつもりは無かったのだけれど仕方ないわ」



 状況が進まない事に苛立ったメルクリアさんは玉座に座るルクスに鋭い視線を向けながら近づき、それで意図が伝わったのか諦めた様にルクスが目を瞑る。


 そして王族以外何人も登る事が出来ない最上段に登り、木の杖を力強く床に突き付けた。


 …え?最上段…?



「『ヴィクトリア・フォン・アスガルド』大公が命ず。此度の一件、悪はどいつだ?」



 瞬間、皆が驚愕の表情を浮かべながら最敬礼をメルクリアさんに向ける…もちろん僕もだ。


 王位継承が出来なかった王族や王族の親戚…言うなればルクスと結婚したローレライ家が公爵位となるが、大公位はそのローレライ家よりも上の爵位。


『俺』の記憶では大公位は今までのローゼン王国の歴史上一度も下賜された事は無かったが、その大公位を下賜された人物がそこにいる…その事実に王族以外の皆が無条件にひれ伏している。



「諄い。三度言わせるな。面を上げ此度の一件の悪を偽りなく疾く述べよ。さもなくば大公に対する不敬でこの場にいる王族と我が弟子、『エルダリア・フォン・アスガルド』以外の皆を処する」



 本気だ…だって魔力が漂う前触れもなく僕達の頭上に氷の刃が浮かんでいる。


 大公位の前では公爵位ですら平民同然に成り下がる…僕達は即座に身分も関係なく時間が動き出さず罵声の表情を浮かべている男とへたり込んでいる令嬢、オーソン子爵家に指先を向けた。



「そ…そんな…」



 令嬢の悲痛な声が静まり返った会場に響く。



「…満場一致か」


「お、お待ちください大公様!私は―――」


「黙れ」



 僕の全身から汗が噴き出した。


 多分、この場に居る者全てが僕と同じ様に汗を噴き出したと思う。


 僕の隣で命乞いをしようとした令嬢と、固まったままだった男が死んだ。


 どうやって死んだかは分からない…だって死体が無いから。


 だけど僕の【直感】が死んだと告げてくる。


 何をしたのか全く分からず、ただ死んだという事実だけを悟るという不気味な状況と極限の緊張感に耐え切れず傅いていた少なくない者達が気絶し、どうにか恐怖に耐えた少ない者達は荒い呼吸のまま高級な絨毯に玉汗を零す。



「先程の者の処理はそちら任せる」


「…相分かった。この場の処理はそちらに任せるぞ」


「分かっている」



 ルクスを一瞥してゆっくりと下に降りてくるメルクリアさん。


 呼吸を乱さずただジッと汗だけを零す僕にチラリと視線を向け、杖を振り上げ―――



「…?どうしたんだシオン?」


「…はぇ?」



 いつの間にか立ち上がっていた僕の目の前には心配そうにしているラザマンドさんの顔があった。



「…凄い汗だな。もしかして体調が悪いのか?」


「え…いや…え…?」



 汗を拭う事もせず辺りを見渡せば僕がワインと冤罪をかけられる前の風景。


 そして、ラザマンドさんの隣にはメルクリアさんと笑顔のエルルさん。



「り、リベーラ様…その…」


「どうした…?」


「お、オーソン子爵家の方々は…?」


「…?挨拶をした者にその様な家の者はいなかったが…“ローゼン王国にオーソン子爵家という家はあったか”…?」



 背筋に氷が伝う様な寒気がした。


 あれだけ悪意を向けられたオーソン子爵家の事をラザマンドさんだけでなく、ラザマンドさんについているアンリさんもユウリさんも忘れている。


 という事はメルクリアさんが大公位だと正体を明かした事も忘れている可能性がある。


 まさか…これも失伝した禁忌の魔法(ロストマジック)か…?


 …そう思ってチラリとエルルさんに視線を向ければエルルさんは口元に人差し指を立て、それを見ていたメルクリアさんは少し目を丸くしながら大きな窓の方に視線を向けた。



「…少し、夜風に当たって話さないかしら?」



 あんなに恐ろしいものとこの現状を見せられた後にこの人と話す…?何の拷問だと思った。


 恐怖で震えそうになる身体を必死に押さえつけ、ラザマンドさんに視線を向ければ判断を僕に任せているのか何も言わない。


 遠く離れたパトラさんに視線を向ければフラクトウェル伯爵との話を慌てて区切りこちらに近づいて来てくる。



「…まさかこんな目立つ所で話し合いか?」


「はい…」


「そうかよ…もちろんアタシも参加させてもらうぜ?アンタがシオンに何をしようとしたのかは知ってるしな」


「…それでいいわ。警戒される様な事をしたのも事実だし、心配なら貴女も同席すればいいわ」


「…分かった、そうさせてもらおう」



 殆ど姿を現さないメルクリアさんがこの会場に現れたのにまたラザマンド商会が…という、先程の出来事が無かったかの様に、大公であるメルクリアさんに不躾な羨まし気や嫉妬めいた視線を送って来る貴族達から逃げる様に白い柵が立つバルコニーへと移動する僕達。


 冬の夜風によって雪がチラチラと運ばれてくるバルコニーは暗いながらもぼんやりと王都を見渡せる様になっていて、僕は噴き出した汗が冷えてブルリと身体を震わせた。



「…シオン」


「は、はい…」



【直感】は反応しないがあんな事を出来るメルクリアさんに精一杯の警戒を向けていると、



「この前は本当に申し訳無かったわ」



 メルクリアさんは僕に向かって積もった雪に髪が垂れる事も厭わず深く頭を下げた。



「え…あ、はい…こちらもすみませんでした…」



 まさか謝られるとは思わなかった僕は呆気に取られながらも酷い事を言った事を同じ様に頭を下げて詫びると、メルクリアさんはこれでいいでしょ?と言いたげにエルルさんを見つめた。



「…はぁ、シオン君も許してくれたみたいですし、私も怒ってないですよ」


「…そう、ならいいわ」



 エルルさんからも許しが出たのかメルクリアさんはそのまま会場に戻ろうとする。


 …え?あ、謝るだけ?その為だけに会いたいって言って来たのか…?



「えっと、それだけ…ですか?」


「…?他に何があるのかしら?」


「え…謝る為だけに会いたいと…?」


「そうだけれど?」


「そ、そうなんですか…」



 僕が肩透かしを食らったのと同じ様に気を張り詰めていたパトラさんもラザマンドさん達もキョトンとしている。


 多分、このまま声を掛けなければ本当に会場に戻って終わるんだろうと思ってしまう程にあっさりとした雰囲気が漂うと、傍にいたエルルさんが少し眉を立てて口を開く。



「もう師匠!もう一つ要件あるでしょ!?」


「もう一つ?」


「そう!私の弟子の件!あれの所為で有耶無耶になったんだから!」


「…そうね」



 こちらに向き直して僕と距離を縮めてくるメルクリアさん。



「もう記憶を無理やり覗こうとはしないわ。だから正直に私の質問に答えてくれるかしら?」



 あの時とは違う…一方的に決めつける様な猜疑に溢れた目じゃなく、ちゃんと僕を見ようとしている目だ。


 だったら僕もそれなりの誠意を以て対するべきだ。



「…はい。聞きたい事は何ですか?」



 答えられない事ももちろんある。


 でも、答えられる事ならしっかりと本当の事を答えようと身構えていると、まさかの問いに僕は目を丸くする。



「シオンの得意な魔法は何かしら?」


「…え?ま、魔法ですか…?」


「ええ、魔法」


「…記憶持ち(リスタート)の事…じゃないんですか…?」


「…あの後、エルルからシオンの事を色々聞いたわ。シオンは大賢者ロゼット・フォン・レティアヴィアの記憶を引き継いだ記憶持ち(リスタート)じゃないのでしょう?」


「…はい。勇者ベルトハイム・フォン・ローゼンでも、聖女リーン・セレスティアでも、大賢者ロゼット・フォン・レティアヴィアでも、英雄アルフォード・マルティノでもありません」


「…そう、ならその言葉を信じるわ。嘘だったらどうなるか…もう身に染みて分かっているでしょうから」


「…はい」



 つい先程引き起こされた幻となった現実…僕を殺す事なんてメルクリアさんにとっては容易だ。


 そう思うのと同時に、本当に記憶を覗こうと思えば僕に気付かれず色々な手段を使って覗けるはずだとも思う。


 だけどそれをしないのはエルルさんの手前か…それでも僕の言葉を信じようとしてくれているなら信じてくれる様に正直に話すだけだ。



「ならいいわ。…それで?どんな魔法が得意なのかしら?」


「得意な魔法…」



 僕の得意な魔法…普通の人なら『叡智(アーカイブ)』とも呼ばれた人に得意な魔法は?と聞かれれば自信満々に自分が扱える一番凄い魔法を使うだろう。


 だけど生憎そんな魔法は無いし、権能である【闇】と【光】、『虚無繰(からくり)』を使うのは論外だ。


 だったら…僕の得意な魔法はこれしかない。



「…これが僕の一番得意な魔法です」


「…てっきりあの魔法を使うかと思ったけれどこれは…水玉?殺傷性は感じられないけれど、それで岩でも砕くのかしら?」



虚無繰(からくり)』を期待していたのか僕の人差し指の上に浮かぶ一口大の水玉を凝視するメルクリアさん。


 よく比喩表現で目の色が変わると言うが、メルクリアさんは物理的に琥珀色の瞳を新緑色に変えて見つめる。


 僕の魔法を解析しようとしているのか…?


 そんな見た事も無い物を興味深そうに見つめる姿にこの人はそんな悪くない人なんじゃないかと思った僕は、更に色が違う水玉を指先10本全てに浮かべる。



「いえ、これは攻撃する魔法じゃありません」


「…どんな魔法なのかしら?」


「僕の口から言うより、実際に試して感じて見てください」


「試す?」


「口を開けてください」


「…?」



 訝しみながらもメルクリアさんは小さく口を開け、その中に茶色の水球を放り込む。


 食らえ、なんちゃってコーラ味。



「…何かしらこの甘くて口の中をチクチクと刺激するのは…面白いわね…」



 お?気に入ったか?



「こっちはエルルさんが好きな味です」



 食らえ、なんちゃってサイダー味。



「…甘みの種類が変わった…?他には?」



 ふっ、決まったな。


 それから僕はなんちゃってコーラとなんちゃってサイダー以外にもオレンジジュースやコーヒー、僕の記憶を頼りに再現した色々な種類の水玉をメルクリアさんの口に放り込む。



「これが僕の得意魔法…『味水玉(ジュース)』です。…今付けた名前ですけど」


「…ふむ」



 口をむぐむぐさせながら深く考え込む姿はシリアスにしたいのかコメディにしたいのか判断が付かない程に不思議な姿で、さっきまでのピリピリした雰囲気は一切感じられなかった。



「…今日はこれを最後の質問にさせて頂戴」



 最後の問い…この問いで僕を見極めるつもりなのか長身の身体で膝を折り、僕と目線を合わせてじっと見つめられる。



「…何ですか?」


「シオンにとって魔法は…何?」



 抽象的な質問…そう思ったのが素直な感想だ。


 世界の常識として魔法は命を摘み取る為に使う物が殆どで、人の役に立つ様な魔法は極少数だ。


 魔獣と戦う為に火力が強い火魔法を使えば命を救う魔法になるが、それを街中で使えば途端に命を奪い魔法にもなる。


 それはまるで料理人の包丁だ。


 切れ味が鋭い包丁を使えば料理がし易くなって美味しい物が出来るが、その包丁を人に向ければ人殺しの道具になる。


 だから僕は魔法は便利な道具であり、選択肢を増やす手段としか思っていない。


 よく切れる包丁は料理にも使えるが、考え方を変えれば糸や布を切る代用品にもなる。


 火力が高い火魔法を安全な場所に集めたゴミ山に放てば焼却処理が出来る。


 そして工夫次第で身を守ったり生活を豊かにしたりと色んな事が出来る。


 だから僕にとって魔法は便利な道具であり選択肢を増やす手段だともう一度言って締めくくると、メルクリアさんは僕の頭に手を乗せ優しく撫でる。



「そう、魔法は使い方次第ではどんな姿にもなる。利己を求めればたちまち醜く姿を変え、他者を慈しめば尊ばれる姿に変わる。ちゃんと魔法の本質を理解しているのね…エルルが教えたのかしら?」


「いえ、僕の持論です」


「…そう、よく分かったわ。シオンという人間が」



 頭に触れているのに記憶を覗かれた感覚は一切なく、僕の頭から手を離したメルクリアさんは背を向けながら呟く。



「弟子は『ユニコード』を名乗るのが決まりなの。私も師匠からユニコードの名を受け継ぎ、エルルも私からユニコードの名を受け継いだ。だから今度からシオンも『シオン・ユニコード』と名乗りなさい。もちろん間違った道に進むのなら問答無用で粛清するわ」


「…!師匠!いいんですか!?」


「ええ、正式に弟子と認めるわ。いい弟子を見つけたものね、エルル」


「~~!!やった!シオン君!!これで私の正式な弟子だよ!!」



 僕の両脇に手を差し入れて嬉しそうに持ち上げるエルルさん。


 …え?待って?シオン・ユニコード…?待ってくれ…ユニコードという事は…



「…もちろん、“何故だか覚えてるもう一つの事実”も引き継ぐのよ。よかったわね?ユニコードと名乗っておけば馬鹿じゃない限り殆どの貴族は何もして来ないどころか、頭を下げて頼み事をしてくるわ」



 どうやら僕は幻となった現実で明かされた大公位まで受け継いでしまったみたいだ…。


 …まぁでも、この二人を見てて思ったけど、大公位を持っていたとしても割と自由みたいだし、公にされてないみたいだから別にいいか…?



「そちらの保護者もそれでいいかしら?」


「……シオンが正式に『叡智(アーカイブ)』と『八魔(ヘクセン)』の弟子になるとして…これからシオンをどうするつもりなんだ?」


「…?別にどうもしないわ。いくつか弟子として決まりはあったり師匠として何かお願いをする事があるけれど、何かを強制する事は殆ど無いわ。好きな様に生きて、学ぶ意欲があるなら教えるだけ、エルルがいい例ね。ちなみにユニコードは家名でも何でもない証の様な物だから貴女からシオンを無理やり奪う事にもならないわ」


「…そうか。シオンが自由に生きれるのなら私からは何もない」


「…まぁ、シオンが良いならアタシはいいぜ。ただ、シオンが間違った事をした以外で何かしでかすんなら…そのすまし顔、ぶん殴らせてもらうからな」


「ええ、それで気が済むのならそうすればいいわ」



 どうやら僕が考えていた通り、ユニコードという名を受け継いだとしても基本的には自由らしい。


 自由なら裏の顔には支障は出ないし、表の顔での活動も貴族に邪魔されないなら好都合だ。



「…分かりました、これから僕はシオン・ユニコードと名乗ります…“大師匠”」


「大師匠…?」


「僕の師匠はエルルさんで、メルクリアさんは師匠の師匠だから僕からしたら大師匠かなと…」


「…呼び方なんてどうでもいいわ、好きな様に呼んで頂戴」



 照れ隠しではなく本当にどうでもいいと言わんばかりに背を向けて歩き出すメルクリアさん。



「…師匠、ああ見えてちょっと恥ずかしがってるよ?」


「え?そうなんですか…?」


「うん。しばらく付き合っていれば分かるようになるよ?」


「そ、そうなんですね…」



 小声でそう呟いてくれるエルルさん。


 どうやらあれで照れているらしいが…付き合いが薄く、最悪の出会い方をした僕には全く分からない。


 これから接する様になれば僕も分かるようになるのだろうか…そんな事を思いながら僕達もメルクリアさんについて会場の中に戻り―――



「この子を二人目の弟子にする事にしたわ。これからの対応、精々気を付けて頂戴ね」



 メルクリアさんの一言で会場は驚きに包まれ、ラザマンドさんやメルクリアさんの元に引っ切り無しに貴族達が詰め寄った。


 そしてこの瞬間、僕は『叡智(アーカイブ)』と『八魔(ヘクセン)』を師と仰ぐシオン・ユニコードになった。


 自由気ままに魔法を学び、それを『何でも屋 猫の手』を通して利用してくれた人に頼んでよかったと依頼する前よりちょっぴり幸せになれる様にする『何でも屋 猫の手』店主、シオン・ユニコードの誕生の瞬間だ。





 ■





「はぁ…」



 箱馬車に揺られる僕達。


 今日最大のイベント、祝賀パーティーを終えて帰路に着く僕達はメルクリアさんの宣言によって貴族達だけでなく王族からも質問攻めや露骨なアプローチを受けて項垂れていた。



「どうにか今日一日乗り切りましたね…」



 僕の言葉に誰からの返答も無いが、声が無いだけでパトラさんもアンリさんも御者をしてくれてるユウリさんも身振り手振りで返答してくれる。



「……」



 だけど…ラザマンドさんだけは物憂げな表情で雪降る黒い空を眺めていた。



「…心配ですか?」


「…ん、ああ…いや…」



 歯切れが悪い…パトラさんはその場にいなかったから首を傾げているが、ラザマンドさんの心中を察するに今すぐにでも会いに行きたいのだろう。


 だけど自分からフェアレイン家を離れた事が障害となっていて会いに行けず、会いに行こうとすれば拒絶される事が分かってる。


 だからもどかしさが頭の中を支配しているのだろうが…もう祝賀パーティーは終わって侍女の僕も終わりだ。



「ラザマンドさん」


「…どうした?」


「僕はもうラザマンドさんの侍女じゃなくなりました。だからハッキリと言います…会いに行きましょう」


「…いや、いいさ。私はフェアレイン家の人間じゃ―――」



 そう言って視線をまた暗空へ向けようとしたラザマンドさんの頬を両手で挟み僕から目を逸らせない様にする。



「フェアレイン家の人間じゃなくても会いに行く方法はあります。ラザマンドさんは商人、もしかしたら何でも治る薬を仕入れる事が出来るかも知れないじゃないですか」


「っ…」


「そんな都合がいい薬が無いというのならどういう症状なのかを確かめてそれに効く薬を仕入れればいい。商人として考えれば命を救う事で恩を売れますし、ラザマンドさん個人としては救えて嬉しいじゃないですか。もし救う事が出来なくても死に目に会う事は出来る…どんなに複雑な事情があったとしても会う事は出来ると思います」


「…だが…」


「だがとかでもとかいやとか…何で会わない理由ばっかり探して会う理由を探さないんですか?」



 一気にラザマンドさんの表情が歪む。



「いつも真っ直ぐ堂々と突き進むラザマンドさんが僕は好きです。なのに今のラザマンドさんはずっとどうやって逃げるか、どうやったら諦められるかぐちゃぐちゃ考えて本心を隠そうとしてる。僕はそんなラザマンドさんは見たくないですし嫌いです」



 穏やかに、でもハッキリと僕の気持ちを伝えるとラザマンドさんの瞳が潤んでいく。



「いつものラザマンドさんに戻るのなら僕は何でもします。それでも僕にそこまでしてもらう理由が無いとか、巻き込みたくないとかうだうだ言うのならこう言います。…僕は『何でも屋 猫の手』店主、シオン・ユニコードで、ラザマンドさんから養子にならないかと言われ、“そうなる事を望んだ”…『シオン・ラザマンド』です」



 見開いた目から溜まっていた雫が落ち僕の手に伝っていく。



「僕に依頼してください、もう一度会いたいと。息子の僕に弱音を吐いてください、本当はもう一度会いたいんだと」



 僕の両手にラザマンドさん…リベーラさんの両手が重なる。



「…私は本当に…会っていいのだろうか…?」


「会うべきです。本当の両親でなくとも、貴女はもう一度家族と話し合って本当の家族になるべきです」



 僕の両手がギュッと握られリベーラさんは顔を伏せながら嗚咽を漏らす。



「…頼むっ……もう一度…一度だけでいい…私はっ…会いたいっ…!」


「―――分かりました。僕が何とかしてみせます」



 悪いルクス、積もる話はもう少しだけ待っててくれ。



「…アンリさん、僕の拠点の事は一旦後回しにしていいので帰ったらすぐに仕入れられる薬を調べてもらっていいですか?」


「…分かったわ」


「ありがとうございます。…パトラさん、薬に使われる魔獣に心当たりはありますか?」


「ああ、流石に厳しいもんもあっけど大体はな」


「だったら確保出来る様に準備だけはしておいてください。もしかしたら僕と一緒に取りに行く事になるかも知れませんから」


「ハッ、いいぜ?シオンには全面協力するっつたからな」


「ありがとうございます。ユウリさんは多分リベーラさんの侍女だった僕が『叡智(アーカイブ)』と『八魔(ヘクセン)』の弟子になった事で貴族がアプローチしてくると思うので、僕の邪魔をさせない様に適当にあしらう窓口になってもらえませんか?」


「…ああ、任せてくれていいよ」


「ありがとうございます。…リベーラさん」


「…私は何をすればいい…?」


「今日は何も考えずゆっくり休んでください。そして僕が何とかするのでリベーラさんは前だけを見て理想の為に動き出してください。…叶えたい理想があるんでしょう?」


「…ああ」


「必ず何とかしますから今は心を落ち着ける事と前を見る事だけに意識を向けてください。リベーラさんの周りには優秀な人しかいませんから安心してくださいね」


「…ありがとう、シオン…皆…」



 少し大きくなったリベーラさんの嗚咽を聞きながら僕達は小さく笑みを浮かべる。


 今日は本当に色んな事があった。


 謁見での大立ち回り、祝賀パーティーでの騒動、メルクリアさんとちゃんと話して正式な弟子となった証としてユニコードを名乗る事になった事、リベーラさんの正式な養子になった事、そしてフェアレイン侯爵家とリベーラさんの間にある確執を取り除く依頼を受けた事。


 明日も色んな事が起きそうだなと思いながら僕は―――



(まずはフェアレイン家の調査からするか…)



 リベーラさんを覆う暗雲が晴れる様にと雪を降らせる暗い空を見つめる…。

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