一つの悪が消える時
「リベーラ・ラザマンド様、パトラ・メイガス様。謁見のお時間となりましたのでお迎えに上がりました」
どうも王城の控室で寛ぎながらこちらを狙っていた襲撃者をぼんやりと思い起こしていた僕です。
まぁ、寛いでいたと言っても誰が迎えに来てもいい様に僕は目をほんのり伏せたすまし顔でラザマンドさんの隣に立っていたから失態は晒してない。
今の僕はラザマンドさんの完璧で超絶可愛い侍女になり切っているのだから当たり前だ。
「シオン」
「畏まりました」
恭しく一礼して既に用意していた布が掛けられた銀色のトレイカートを手にカラカラと音を立てながらラザマンドさん達について行く僕。
(…流石に王城内で仕掛けてくる事は無さそうだけど…)
意識を周囲に張り巡らせて慎重に辺りを探ってもそれらしい雰囲気は今の所感じられない。
だが、万が一にもこちらの警戒を潜り抜ける様な手練れがいる可能性も考慮して動くのが僕だ。
「こちらが謁見の間となっております。お声を掛けられましたらご入場くださいませ」
「ああ」
大人を縦に六人ぐらい並べても足りないぐらいの大きな木製の両開きの扉…規模で言えば門と言って差し支えの無い豪奢な扉の前でその時を待つ。
「シオン、緊張は無いか?」
「ご心配頂きありがとうございます。私の失態で皆様に恥をかかせぬよう誠心誠意努めさせて頂きます」
「そうか。…なら私達は先に行く」
「行ってらっしゃいませ、リベーラ様、パトラ様、アンリ様、ユウリ様」
先に名前を呼ばれたラザマンドさんとパトラさんに続いてアンリさんとユウリさんも開かれた扉の中へ入る。
そしてラザマンドさん達が進んだ先で傅いている姿が扉が閉まった事で見えなくなったその瞬間、僕はこの場に残された燕尾服を着た青年と扉の開閉を担う兵士の二人だけに全力の警戒を向ける。
「…お嬢さん」
話しかけてきたのはここまで案内をした燕尾服を纏った若い青年。
最初に対応してくれた白い魂の老紳士ではなく、黒い魂の青年が迎えに来た事がずっと僕の中で引っかかっていた。
「如何なさいましたか?」
「今回献上される品はどういった品なんでしょう?」
「申し訳ございませんが私の口からは何とも…」
「見せて頂く事は出来ないのですか?」
「私にその様な裁量はございません。もうしばらくすれば分かる事でしょう」
最後の刺客と言った所か…歩いている時、服と革製の何かが擦れる音と何かがカチャカチャと遊ぶ音が微かに聞こえていた。
胸元に革製のホルスターに差したナイフを持っている可能性がある…そして、このタイミングで仕掛けてくるとなると扉を開閉する兵士二人も怪しい。
少し暗くなっている白の魂…買収されたか宰相ビスケス・フォン・シュバルツの差し金…ここでひと騒動起こせば確実に僕達の立場が危うくなる。
もしこちらの主張が通ったとしても蜥蜴の尻尾切りよろしく、こいつ等が金に目が眩んだとかで裁かれるだけ。
何とも面倒だ。
「…陛下に安全かどうかも分からない物を目に触れさせる…と。暗殺でも企んでいるのでしょうか?」
「そういう邪推は身を亡ぼす事になると分かりませんか?」
「邪推ですか?」
「私は胸元にナイフを忍ばせている貴方こそ暗殺を企んでいると思っていますが、その辺りはどう反論されますか?」
燕尾服の青年の表情が引き攣る。
まぁ、こんな小娘にしか見えない僕に見破られたんだ、さぞご立腹だろう。
「そこの兵士二人、この侍女は陛下の暗殺を企んでいる可能性がある。献上の品と身体を検めろ」
「「ハッ!」」
あー、完全にそっち側に行くのね…これは擁護出来ないな。
「…私の身体に触れる前に一つ忠告しておきます」
燕尾服の青年の手が僕の身体に伸び、
「私は共存獣を連れているテイマーです。それでも私の身体に触れる勇気があるのであれば触れて頂いて構いませんよ」
「…何だと?」
瞬間、
「白雪」
「シャアッ!!!」
「っ!?あぐっ…」
僕の髪に隠れていた白雪が青年の白い手袋ごと噛みつくとその青年は力なく倒れ、僕の足元でピクピクと痙攣しながら白い泡を吹き始めた。
「き…さま…何をし…た…!」
「逆に何をしたか貴方は分かっているのですか?もし知らないのであればそこで武器を構えている貴方方も聞いてください。共存関係を築いたテイマーを害そうとした場合、責は全てそちら側になるというルールがあります。この場合、最悪死んでしまってもこちらは厳重注意程度で無罪放免になり、私の白雪…討伐難度S-のタイラントサーペントがここで暴れる様な事があっても全てここに転がっている貴方と私に害をなそうとした貴方方お二人が暴走の原因を作ったとされます。王城の破損…それも謁見の邪魔、及び王族の方々とお集まり頂いた貴族の方々を危険に晒した貴方方の罪はどうなるのでしょうかね?」
笑顔で淡々とそう告げればこちらに近づいて来ていた兵士達も脚を止め、構えていた武器を収めて声を震わす。
「…ゆ、許してくれ…逆らえなかったんだ…」
許してくれ…か。
いくら立場的に断れなかったとしても悪党の手先として動こうとしたんだ、もう遅い。
「私が許したとしても他の方が許すかどうか…もう私の判断出来る裁量を超えてますので」
「な、なんなら誰に命令されたかこの場で証言する…!だから俺達は従わなかった、いきなりこの男が君を襲った事にしてくれないか!?」
速攻で裏切り…本当に人間は醜い。
でもまぁ、黒幕を刺すナイフは多い方がいいか。
「あら、いい提案ですね?でしたら…そこの貴方、この方を捕縛して陛下の前に突き出せるようにして頂いても?」
「で、でも…死んでいるんじゃ…?」
「殺してません。少し痺れてもらってるだけですので半刻もすれば元の健康体に戻ります。この場で殺したり暴れたりしたらダメだとそれぐらい判断出来る知能がないと共存関係のテイマーとは認められませんので」
「わっ…わかった…」
白雪に一鳴きされてガタガタと震えながら燕尾服の青年を縛る兵士さん。
「それで…証言をしてくださるというのは本当ですか?」
「も、もちろんだ…!俺だって命が惜しい…」
「…買収しようとした方からの報復は怖くないのですか?」
「だって黙ってくれるんだろ…?だったら確実に裁かれてお家取り潰しになる…それだけの事をしてる奴だからな…」
「なるほど…分かりました」
この人達の証言が何処まで認められるか分からないけど事実を話す人間が多いに越したことはないだろう。
そういうのは利用出来るだけ利用させてもらうに限る…もう遅いけど。
「陛下へ献上する品を疾く持って参れ!」
そして中から僕を呼ぶ偉そうな声が聞こえる。
「呼ばれましたので開けてくださいますか?」
「わ、分かった!」
ゆっくりともう一度開く扉。
僕はエルルさんからもらった認識阻害のピアスを外し、少し憂いを帯びた表情を作ると扉を開けた兵士二人の息を呑む音が聞こえる。
(さぁ、ここが正念場だ)
そして僕は白い布が掛けられた銀色のカートの上に忍ばせていた形だけ似せた木の置物を【空間収納】を使って本物にすり替え、
(ルクス…ようやく会えるな)
謁見の間に入った僕は無数の視線に突き刺された。
床は真っ白な大理石で中央には真っ赤な絨毯が敷かれ、少し進んだ所に傅いているラザマンドさん達がいる。
左右の人だかりには派手な服に身を包んだ明らかに貴族らしい人物達が目を見開いて僕を凝視している。
その奥にある壁は白と金の柱に縁取られた赤い壁で、奥に視線を向けると赤と金の豪奢なカーテンが垂れ下がっている。
そしてそのカーテンの下、数段の階段があってその上には背もたれが高く伸びた金と赤の王座と左に一つ、右に二つ同じ椅子が並べられていて…そこに僕が会いたかった人物は座っていた。
(…やっぱ老けたな…あの時の凛々しい面影は残ってるけど老け過ぎだ…)
緩い癖のある金髪に快晴の空を思わせる程に澄んだ青い瞳。
端正な顔立ちに刻まれた皺は今までの苦労を現す様に残酷に刻まれ、髪色と同じ宝石が散りばめられた王冠はとても重そう。
ごてごてした装飾が施された騎士服を模した礼服は鍛えられた肉体に悲鳴を上げず、そのシルエットを浮き彫りにして王の風格を纏わせている。
そして肩から垂れ下がる白いファーがあしらわれた赤いマントは左腕の部分が不自然に落ちていて、左袖が玉座から力なく垂れ下がっていた。
(その左腕…結局治さなかったんだな…)
そう…ルクスの左腕は『俺』が斬り落としたんだ。
「…そなた、何故涙を零す?」
僕が涙を流した事に驚き目を見開くルクス。
「…申し訳ございません。偉大なるルクス・フォン・ローゼン国王陛下の御尊顔を平民の身でありながら拝見させて頂く事叶いまして感極まってしまい落涙してしまいました。お目汚しの処罰、如何なるものであれ謹んでお受け致します」
「……よい。ラザマンドとメイガスが献上する品を見せてみよ」
「はっ…」
あまりの懐かしさに思わず涙を流してしまったが、ゆっくりと白い布を外すと禍々しい赤黒いマンティコアの前爪と、白く僕の胴回りよりも太い立派なマンティコアの角が現れ謁見の間は感嘆の声に染まった。
「ほぉ…これ程の品を…」
「お言葉失礼致します。こちらのマンティコアの角は冒険者ギルドフルール支部ギルドマスターパトラ・メイガス様からの献上品。こちらのマンティコアの前爪はラザマンド商会会頭、リベーラ・ラザマンド様からの献上品でございます」
説明し、両膝をついて左胸に手を当てながら顔を伏せる…女性が目上の者にする敬礼だ。
「…ビスケス、品を確かめよ」
「はっ」
ルクスの一段下の階段で偉そうに控えていた銀髪青眼の片眼鏡を付けた神経質そうなローブ姿の男が献上品に近づいて来る。
(こいつがビスケス・フォン・シュバルツ…魂の色はルクスに負けないぐらい真っ黒だ)
選血の時代と呼ばれる時代を作り上げたのは『俺』とルクス…そのルクスと同じぐらい黒い魂を持つビスケスは正真正銘の悪だ。
「ふむ…これは…」
「…どうしたビスケス」
「偽物、ですね」
その言葉で謁見の間に居た者全てが憤りを露わにし、嘲笑にも似た笑みを浮かべるビスケスを見て僕の後ろからラザマンドさん達の殺気が膨れ上がる。
…もうちょっと堪えて。
「ふむ…そこの侍女」
「はっ」
「そなたは余に偽物を献上するつもりだったのか?」
「その様な事はございません」
「それは『真実の眼』に晒されても曲げぬか?」
「もちろんでございます」
「ふむ…ラザマンド、メイガス、両名も同じ答えか?」
「「はっ」」
周りからひそひそとくだらない言葉が投げかけられるが、こんな事は予想通りだ。
「ルクス・フォン・ローゼン国王陛下、私の粗末な首を賭けてお言葉をよろしいでしょうか?」
これには流石のラザマンドさん達も驚いているみたいだが構うもんか。
「貴様…!平民の癖に陛下に―――」
「よい。申して見よ」
「ありがたき幸せ。…実はルクス・フォン・ローゼン国王陛下に献上させて頂く際、扉の前で燕尾服を纏った男性に襲われました」
「……何?」
周りからは命乞いだのなんだの嘲笑が生まれるが、僕は一礼して立ち上がり扉を開く。
「証言はこの謁見の間にいらっしゃる皆様を守る勇敢な兵士のお二人がしてくださいます」
「ふむ…そこの二人、言葉を口にする事を許す。申して見よ」
「は、はっ!この侍女が仰っている事は全て真実でございます!」
「この侍女を襲おうとした悪漢はこ、ここに!しかし、我々が止める間もなくこの侍女に触れようとした途端、侍女の共存獣が退治した次第でございます!」
兵士の言葉でこの神聖な場所に魔獣がどうたら言いやがる貴族は全員顔を覚えたからな。
それとビスケス…お前は顔に出し過ぎだ。
「ほぉ…侍女、名は?」
「シオンと申します」
「シオン…そなた、共存獣が居るのか?」
「はっ。…白雪」
手を伸ばせば白雪が髪から姿を現しチロチロと赤い舌を出してペコリとお辞儀する…賢くて可愛い奴め。
悲鳴上げた奴、顔覚えてるからな。
「おお…何と美しい白蛇…名は何と?」
「白雪にございます。白雪は私の危機を感じ取り、この悪漢を痺れさせて拘束するという手段を用いました」
「…まるでそなたが命令していない口ぶりだな?」
「左様でございます。白雪はこちらの言葉を理解し、私と共に生きる事を誓った家族にございます」
「ふむ…余によく見せてはもらえぬか?」
「もちろん喜んで」
ゆっくりと近づき敬礼するとルクスが壇上から降りて白雪に手を伸ばした事で周りから悲鳴が上がるが、白雪はそんな事お構いなしにルクスの右腕を伝い髭で覆われた頬に頭を擦り付ける。
「ほぉ…愛い奴だ」
「お褒め頂きありがとうございます。白雪も喜んでおります」
まさかのルクスとのやり取りで謁見の間は静まり返るが、まだやるべき事は何も済んじゃいない。
「して…話を戻すが、そなたを襲った悪漢だが…」
「失礼致しました。私が襲われた際、白雪が守ってくれた事で事なき終えたのですが…兵士の方々が口にした事がございます。兵士の方々に問うてくださいますればここまでの無礼をお詫びしたく、私の粗末な首を献上致します」
「ふむ…些事ならばそうしよう。そこの二人、余に伝える事があるのなら申せ」
「はっ!実はこの謁見の間を預からせて頂く際、とある者から“献上される品に不備が無いか確かめよ”とお言葉を頂戴致しました!」
「何…?」
「そ、その者の名は宰相ビスケス・フォン・シュバルツ様でございます!可能であれば“その品を偽物にすり替えろ”とも仰っておりました!」
「…!?」
兵士の一人がボロボロの袋からマンティコアの角に似た黄色の角と、マンティコアの前爪に似たくすんだ銀色の鉄塊を取り出し頭を床に擦り付ける。
「ほう…なかなか愉快な話になって来たな、ビスケス」
まるで出来の悪いミステリードラマ…いちいち大袈裟な反応をして場を乱さないと生きていられないのか貴族という生き物は。
「…その様な事実はございません。この侍女の身形にそこの兵士共が惑わされたのでしょう」
「ふむ…」
無理筋が過ぎる…こんなのが国の側近なのか?
これはルクスの奴、今日この場で正式にシュバルツ家を潰そうとしてるな?
白雪の時から感じていたけどさっきから不自然な時間稼ぎをしている…という事はそろそろか?
「両者の言い分は分かった。ならそれが真実か試そうではないか」
そう言ってルクスは右手に持つ王杖を床に強く打ち付けると扉が開き、『俺』が見覚えのある物を僕が見覚えのある二人が運んできた。
「し、『真実の眼』…」
一気にビスケスの表情が青褪め、その『真実の眼』を運んできた二人の人物…エルルさんが僕にウィンクしてくれた。
「『叡智』メルクリア・ユニコード。ご要望通り『真実の眼』を運んで召喚に応じたわ」
「偉大なる『叡智』を師と仰ぐ不肖の弟子『八魔』エルル・ユニコード。召喚に応じ参上致しました」
エルルさんの師匠はルクスと対等なのか頭を下げず、エルルさんだけ敬礼している。
「よく参ったな。ここでなかなか愉快な事が起きているのはそなた達も知っておるか?」
「ええ。何て言ったって私達はここに来る前、献上品を運ぶラザマンド商会の馬車を襲撃しようとしていた賊を八人捕縛しているもの」
エルルさんの師匠の言葉で謁見の間は驚きに塗り替えられる…いい加減うっとおしくなってきた。
「その賊を捕まえた際、賊から情報を引き出しております」
「ほう…エルル・ユニコード殿、その情報は如何に?」
「今回の首謀者はビスケス・フォン・シュバルツ、共犯者は王室御用達商人アルフレド・スケルツォの両名と、賄賂によって不当な検問や証拠の隠滅を図った衛兵でございます。証拠はこちらに」
そう言ってエルルさんが指を鳴らして召喚した杖で床を小突く。
すると空中に半透明な球が浮かび上がり、その球に縛られ泡を吹きながらうわ言の様に情報を喋る黒づくめの男女が映し出された。
「なかなか興味深い事を言っておるな。だが…まずはそなたらの言葉が真か確かめさせてもらおう。『真実の眼』をこの者の頭上に」
ゆっくりと僕の頭上に『真実の眼』が移動する。
この光景、懐かしいな…。
「シオン、そなたは余に偽物を献上しようとしたか?」
「その様な事はございません」
もちろん処刑の時に使われた巨大な水晶は青く輝く。
「リベーラ・ラザマンド、そなたもか?」
「もちろんでございます」
「パトラ・メイガス、そなたもか?」
「正真正銘、本物を献上しております。鑑定書もございます」
もちろん二人の頭上でも巨大な水晶は青く輝く。
「さて…ビスケス。余の問いに偽らざる言葉を期待するぞ?」
「は…はっ…」
「ビスケス、貴様はこの献上の品が本物だと知りながら余に偽物と申したか?」
「その様な事はございません…」
『真実の眼』は青く輝く…真実の色だ。
「流石だビスケス。…なら問い方を変えよう。そこで倒れている男が偽物にすり替えていると信じて偽物だと申したか?」
「っ……いえ…」
だが、その答えは『真実の眼』を赤い虚偽の色に染め上げた。
「…おかしいな、ビスケス。偽らざる言葉を期待したのだが?」
「い、偽りではございません!きっと『叡智』が細工をしたのです!」
「ふむ…なかなか面白い疑問だ。問おう、メルクリア・ユニコード殿。そなたは『真実の眼』に細工をしたか?」
「そんなの出来る訳ないじゃない。『真実の眼』は神の遺物、干渉しようとすれば使い物にならないわ。私に出来ない事が弟子のエルルにも出来る訳が無いから無駄な質問は控えて頂戴」
ルクスに不遜な態度を取っても貴族からの反感は無いから相当な地位なのだろう…もちろん水晶は青く輝いている。
…ちょっと隣にいるエルルさんが不服そうだけど。
「さて…他にも申したい事があるなら申せ、ビスケス・フォン・シュバルツ」
「こんなの…間違っている…陰謀だ…」
それはお前がこっちに仕掛けた事だろ、今更被害者ぶるなよ悪党が。
「ビスケス、貴様はスケルツォ商会と共にラザマンド商会を貶めようと絵を描いたな?」
「その様な事は…」
偽りの色…詰んだよお前。
「…ジン」
「ローゼン王国を守る王国騎士団団長『ジン・フォン・レリック』、ここに」
「今すぐスケルツォ商会とシュバルツ家に騎士を派遣し、全てを検め罪の有無に関係なく関係者は『真実の眼』に晒せ。これは王命である」
「はっ!」
ビスケスと同じ段で待機していた大男、赤髪短髪で頬に古傷を持つ王国騎士団団長はリベーラさんに視線を送り笑うと颯爽と赤い片マントを棚引かせて謁見の間を飛び出していく。
「…リュート」
「ローゼン王国を守る王国騎士団副団長リュート・フォン・フェアレイン、ここに」
「ビスケスからはまだ余罪を取調べる必要がある、口封じをされない様厳重な場所に運べ。そしてそこにいる兵士二人の言とエルル・ユニコード殿の言が気になる。これは王命だ、ここ数ヶ月以内に兵科を辞した者も対象に全衛兵士を『真実の眼』に晒せ。まずは手始めにそこの兵士二人から晒すのだ」
「「…!?」」
ふっ、僕はお前達との約束は破ってないからな、そんな目で見つめられても助ける訳が無い。
「リュート・フォン・フェアレイン、王命しかと承りました。……貴様、『真実の眼』に真を語る事を誓うか?」
「誓い…ます…」
「今回の一件、貴様は関わっているか?」
「関わっておりま……す」
おお、最後の最後で白状した…偉いぞ。
「…そうか。貴様はどうだ?」
「はい…私もビスケス・フォン・シュバルツ様から金銭を受け取り…ました」
おお……この人達はもしかしたら更生するかも知れないな。
「なら貴様達も牢屋で余罪を取り調べる。異論は無いな?」
「「仰せのままに…」」
「…それではルクス陛下、私は王命を全うさせて頂きます」
「頼む。この国を犯す悪を決してのさばらせるな」
「はっ!」
そしてリュートさんもラザマンドさんを一瞥して颯爽とビスケス・フォン・シュバルツと兵士二人を連れて謁見の間を飛び出していった。
ふと、僕もラザマンドさんに視線を向ければ少しだけ口元が笑みの形になっていた。
義弟が王命を受けるまで信頼されている事が嬉しいのだろう。
「色々混乱する様な事が起きたが、我がローゼン王国で悪徳は重罪だ。この場に集まる者も罪人となったビスケスと関りがある者がおるな?その者等は『真実の眼』に晒されると知れ。何も後ろ暗い事が無ければ問題あるまいな?」
おっと?白雪を汚らわしいとか言ったり悲鳴上げてた奴等全員顔が青褪めてる…ざまあ無いね。
「さて…ラザマンド、メイガス」
「「はっ」」
「此度の献上、大儀であった。褒美を取らせる故、望む褒美を与える事を『真実の眼』に誓おう。後に褒美を申せ」
「「多大なる賜り、感謝致します」」
「重ねてラザマンド商会はこの厳しい冬の中、各地への物資の運搬や商会の評判を加味し“王室御用達商人”として認めよう」
「王室御用達の評価、有難く頂戴致します」
ようやく終わりが見えて来た…僕ももう一度深々と床に額が付く程に頭を下げる…が、
「そしてリベーラ・ラザマンドの侍女、シオン」
「…!?は、はっ!」
「そなたにも我がローゼン王国を蝕む悪事を暴いた功績を認め、望む褒美を与える事を『真実の眼』に誓おう」
…はっ!?何だそれ!?ラザマンドさんの侍女だからラザマンドさんの手柄じゃないのか!?
「そ、その賜りは主であるリベーラ・ラザマンド様にお与えくださいませ。一平民の私めには偉大なる陛下のお言葉は何を置いても至上…お言葉だけで私は歓喜で震える思いでございます」
「ほう…余の褒美が要らぬと?」
やばいやばいやばいやばい!!ど…どうすれば…あっ!?
「へ、平民の身で陛下の温情を無碍にする不忠、大変も、申し訳ございませんでした。…でしたら私めの卑しい願いを叶えて頂けますか…?」
「ふむ…そなたの望み、唱えて見よ」
「は、はっ…私の主であるリベーラ・ラザマンド様は新しいデザインのドレスを作りました。リベーラ・ラザマンド様がお召しになっているドレスも、パトラ・メイガス様がお召しになっているドレスも、私めが袖を通させて頂いているこの召し物も全てラザマンド商会の新しいドレスにございます」
「ほお…そうだったのか。華美な装飾も無く、奇をてらっているのでもないのに自然と目を惹かれるいい衣装だとは思っていたが、ラザマンド商会はドレスも扱う様になったか」
「左様でございます。もし、偉大なる陛下の御眼鏡に叶うのでしたら…王室御用達商人となったラザマンド商会で陛下のお召し物、お隣に座して居らっしゃいます王妃様、王子様、王女様のお召し物を一着作らせて頂けますでしょうか…?」
僕の後ろからラザマンドさんとアンリさんとユウリさんのギョッとした視線を感じる…近くにいるパトラさんは声を殺して笑ってるし…。
「…くくっ、そうか。我々の召し物か…いいだろう、その願い叶えようではないか」
「…多大なる賜り、感謝致します」
「ただ…それではそなたの褒美にはならないな」
まだ言うかコイツ…!!」
「よし、ではこうしよう。何時でもいい、何か褒美として受け取りたい物が出来れば余に直接申せ。城の出入りを許可する徽章を後に授けよう」
…あれ?という事は王城を顔パス出来るという事か…?
それは有難いけど…貴族連中の視線が滅茶苦茶突き刺さってる…!
「わ、私めの様な一塊の平民如きがその様な賜りを…ほ、本当によろしいのでしょうか…?貴族の皆々様はあまり良い顔をされておられませんが…」
「ほう…?我がローゼン王国の悪事を暴けなかった者共が悪事を暴いたそなた等にその様な態度を取るのか。余がこの者に褒美を与える事をよしとしない者は正直に申し出よ」
あ、一瞬で貴族連中の視線が無くなった…。
「よいか?ラザマンド商会やその侍女であるシオン、此度献上に赴いたパトラ・メイガスと言った平民でも国益を成す様な者達は存在する。国にとって貴族だけが全てでは無いのだ。国が成り立つのも貴族が貴族として居られるのも全て平民の民のおかげだ。その様な国に忠を尽くす者達を害する様な考えや行動を起こした者がいるのであれば国家の貴重な財産に刃を向ける逆賊と見なす。ビスケスの様になりたく無くば今一度自身の行いが平民に誇れるものであるか、『真実の眼』に晒されても堂々として居られるものか考えよ」
ああ―――『俺』をあの地獄から救ってくれた、共に国をよくしようとしていたあのルクスと同じだ。
本当にその心は変わってなくてよかった。
30年経った今でもルクスは『俺』との誓いを曲げることなく貫いてくれている。
そんな親友が誇らしくて僕はまた涙が溢れそうだ。
だから僕は涙で声が震えそうになるのを必死に堪えて言おう。
「シオン、これから先、そなたに不埒な事をしでかそうとする者がいれば正直に申せ。『真実の眼』に誓えるか?」
「―――は。一切の虚偽なく、曇り無き眼を以てより豊かに、より潔白で、より華々しい未来になる様、全ての真実を包み隠さず、暴き、語り、屠る事にこの栄誉を振るい、そしてこの栄誉を無為に、欲望のままに、無辜の者達に振るわず、守る事をローゼン王国に、ルクス・フォン・ローゼン国王陛下に、『真実の眼』に堂々と誓います」
『俺』がまだ王子だったルクスと初めて交わした契り。
そしてこれは僕として国王になったルクスと初めて交わす契り。
もうルクスは僕が『シエル・フォン・ハーティ』の生まれ変わりだって気付いているんだろう。
だってルクスの青空の様な青い瞳が二人きりで交わしたルクスしか知らない『俺』と同じ誓いをした僕を見て少しだけ涙で潤んでいるんだから。
「―――ラザマンド、メイガス、そなたらの献上と忠義はしかと受け取らせてもらった。今宵は素晴らしい品を献上したラザマンドとメイガス、我がローゼン王国に巣くう悪がまた一つ取り除かれた祝賀を行う!思う存分楽しむがよい!!」
まだまだ思う存分正体を明かして語る事は出来ないけど、今はちょっとした隠し事をしたまま再会を喜ぶ事を許して欲しい…我が王よ。