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不器用な人達

本日の投稿はここまでです。

「……狙われてません?」



 どうもおめかししてマンティコアの素材を献上する為に王城に向かう箱馬車に揺られている僕です。


 レトワールから王城に向かうのに馬車で一刻程の距離があり、スケルツォ商会の妨害があるかもと用心しながらユウリさんが御者を務めて早めに出発したけど…どうやら相手は王都の中で襲撃する程に切羽詰まっているらしい。



「そうだな…一応獄中の連中の代わりになるが、繋がってるかどうかは分からないな」


「数は…八人だな。献上品の奪取、出来なくても妨害して献上出来ない様にしようって魂胆か」


「では私が対応しにいきます。生け捕りはかなり得意ですので」


「んじゃ、アタシも―――」


「お召し物が汚れますので動かないでください」


「…チッ…」



 僕のドレスが気に入ったのか一瞬ドレスを見て迎撃を諦めるパトラさん。


 そのままアンリさんが箱馬車の扉を開けて飛び出そうとするが、僕の【直感】がアンリさんを止めろと告げてくる。



「…待ってください、九人です」


「え…?何処に…?」



 僕の言葉でアンリさんはピタリと止まり狼耳をピクピクと動かして気配を探ってる。


 …触ってみたいけど我慢。



「……一人、こちらを狙っている集団を監視している人がいます。かなり遠い…時計台だと思います」



【直感】もそうだと告げて来ている気がする。



「時計台…流石に私の足でもそこまでは時間が掛かる…」



 僕が察知した事に一瞬だけ目を見開いてすぐにどうするか思案し始めるアンリさん。



「さて…どうしたものか」



 ラザマンドさんも深刻そうに顎を指で摘まみながら思案するが、【直感】が告げてくる通り僕も何故だか問題ない気がする。



「多分…時計台に居る人は敵じゃないと思います」


「…?何故分かるんだ?」


「僕の才能に【直感】があるのは知ってますよね?」


「…なるほど、【直感】的に問題ないと?」


「はい。逆にアンリさんが倒すとマズいんじゃないかなって…だから止めたんですけど」


「ふむ…」



 僕の【直感】を信じるかどうか皆が思案し始めるが、僕は更に告げてくる【直感】に従って箱馬車の窓を開く。



「何で開けたんだ?」


「【直感】がそうしろと…っ!?そういう事か…」



 皆の視線が突き刺さるが…逆に今ので気付かないのかと驚きながら窓を閉めて膝に乗った透明のモフモフを撫でつける。



「もしかして、時計台の上からこっちを見てるのエルルさんだったり?」


「ピィ!」


「「「っ!?」」」



『森の隠遁者』こと銀色のフクロウ、ワイズが元気よく返事を返してくれるとみるみる身体が色付き姿が現れる。


 にしても凄い…羽音も風も感じさせず鳴き声と姿を現さなきゃラザマンドさん達も気付かないなんて…暗殺者として見習いたい限りだ。



「ピィ!」


「ん?この袋の中を見ろって?」


「ピィ!ピィ!」



 嘴で器用に首にかかる小さな空間収納を突くワイズを撫でながら袋に手を忍ばせるとそこには一枚の羊皮紙。



「えーっと…?…マジか」



 そこに書かれていた内容は“そっちを狙っている奴等を見つけたから殺さず捕まえて情報を引き出してあげるからもう一度話す時間を作って頂戴”と書かれていた。


 この文面…明らかにあの人だ。



「エルル氏は何と?」


「…エルルさんじゃなくエルルさんの師匠でした」


「…何て書いてあったんだ?」


「こっちを狙っている襲撃者を殺さず捕まえて情報を引き出してくれるそうです」


「そうか…何か礼を用意しなくちゃいけないな」



 内容を聞いてラザマンドさんとアンリさんは雰囲気を緩ませるが、パトラさんだけは眉根を寄せる。



「…それだけか?」


「……その代わりもう一度僕と話す時間を作ってくれとも」


「へぇ…だったらその話し合いにアタシも付いてってやるよ」


「いえ…あの時は誤解もありましたし…もう一度ちゃんと話した方がいいのかなとは思ってたので…」


「また同じ事になるかも知んねーだろ?」


「…?何かあったのか?」



 まだ事情を話していなかったラザマンドさんとアンリさんにエルルさんの師匠にされた事、その事が原因で皆に記憶持ち(リスタート)である事を打ち明ける事にしたと伝えるとラザマンドさんの表情が曇る。



「…シオン、その申し出は断れ。アンリ、準備しろ」


「畏まりました」



 まるで少しでも喜んでしまった事を悔いる様に表情を歪めて帯剣するラザマンドさん。


 確かに出来ればもう会いたくないけど…【直感】が会ってももう大丈夫だと告げて来ているし、第一の襲撃は側近、第二の襲撃は外部に依頼しているから側近以上に有益な情報は得られる可能性は低いが、少しでも情報が得られて完全に部外者の証言と襲撃者の情報があればこちらの言葉に信ぴょう性が出て相手に不信感を与える事が出来る。


 何よりいつまでも僕を受け入れてくれたラザマンドさんの手を煩わしたり、妨害してくるスケルツォ商会と宰相ビスケス・フォン・シュバルツが鬱陶しいのも事実。


 それに…これぐらいの展開、ルクスが視えていない訳が無い。


 宰相ビスケス・フォン・シュバルツを宰相の地位に置いているのも何か理由があるはず…多分、今回の謁見でこの悪事を利用して排斥しようとしてるとか?


 もしそう考えてたとしたら…この襲撃者は確実にシュバルツ家を追い詰める情報を持っている。


 それを今回の当事者ではない、貴族で無くても相当な地位と権力があると思うあの人が証言すれば…?



「…いえ、受けましょうラザマンドさん」


「…私がシオンを出汁に自分の利益を得る様な女に見えるのか?」


「そんな風に見た事はありません。…でも、今ラザマンドさんを絡めてる思惑を断ち切るにはそれが一番効果的なのはラザマンドさんもアンリさんも分かってますよね?」


「「……」」


「僕がいつも何かを決断する時は才能の【直感】頼りです。才能に振り回されていると言われればそれまでですが…それでも【直感】は僕を黒樹の大森林で生かしてくれてラザマンドさんと出会わせてくれました。それに皆さんが気付かなかった九人目を暴いたのも、皆さんが膝に乗って鳴いてくれるまで気付かなかったワイズを引き入れてこの取引の情報を手に入れたのも全部僕の【直感】です。その【直感】がこの取引を受けるべきだと告げてくるんです。だから…少しはこんな僕を僕として受け入れてくれたラザマンドさんに恩返しさせてください」



 僕の言葉と真剣な眼差しに射貫かれたラザマンドさんは軽く目を見張り…小さく苦笑した。



「…わかった。但し、話し合いをするのなら私…いや、パトラを同席させるのが条件だ。本当なら私が同席したいが、何かあったら躊躇わず剣を抜いて話し合いを拗らせてしまいそうだからな。それに得物を振る私より、その身一つで動けるパトラの方が部屋での動きは分がある」


「それが飲めんならアタシもシオンの提案に乗っていいぜ。飲めないならアタシは今すぐここを飛び出して外の奴らを半殺しにしてくっから」



 正直聞かれたくない様な話も出てくるだろうけど記憶持ち(リスタート)だと明かした以上、裏の顔以外はある程度開示して表の顔を確立するのも手…か。



「…分かりました。ならこのまま返信します…ワイズ、お願いね?」


「ピィ!」



【空間収納】からレトワールで買った万年筆を取り出し羊皮紙に『分かりました』と一言付け加えて窓からワイズを帰した…瞬間、アンリさんとパトラさんの可愛い獣耳がビクリと震えた。



「…こちらを狙っていた気配が全て無くなりました…」


「…ハッ、腐っても『叡智(アーカイブ)』って訳だな」


「ああ…私達でも一人一人ならすぐに済むが、同時となると流石としか言いようが無いな…」



 一瞬だけ膨らんだのを感じた重みがある濃い魔力…間違いなくあの時感じたあの人の魔力だ。


 会うのが億劫だな…と思いつつも僕はこれでいい方向に転がるならそれでいいかと窓から見える時計台にいるあの人を見つめる。





 ■





「リベーラ会頭、お手を」


「ああ」



 なんやかんやで真っ白で巨大な王城の門前に辿り着いた僕は侍女として一足早く馬車を降りラザマンドさんに手を差し伸べる。



(格子門に門番四人…城壁内部に反応多数…城壁内が兵士や騎士の宿舎になっているのか…そして王城を囲う結界…門以外から入ろうとすると警報が鳴る仕組みかな…?やっぱり昔とは随分変わってるな…侵入して会いに行かなくて大正解だ)



 続いてパトラさんに手を差し伸べアンリさんを馬車から下ろすとユウリさんはそのまま笑みを浮かべ、近づいて来た門番と一言二言交わして馬車の中に門番を招き入れる。



「さて、ここからは気を引き締めるんだ」


「はい」



 きっと危険な物が無いか検めているのだろう…箱馬車から視線を切り、ラザマンドさんを先頭に門を守る門番へと近づくとラザマンドさんが真っ赤なシーリングで封をされた封筒を手渡し今回の件を説明し始め、僕はその言葉を聞きながら周囲に気を配る。



(外壁の高さは50mあるかないか…見た感じ素登り出来ない様な仕掛けは無さそうだけど、外壁自体から何かしらの魔力を感じるな…まだ慣れないけど使ってみるか…【解析】…っ)



 才能の【解析】を意識しながらジッと城壁を見つめると脳に直接情報が載った本をねじ込まれている様な頭痛と不快感が襲って来るが、少しでも不審な素振りを見せない様に必死に表情を殺して分かった事を思い起こす。



(なるほ…ど、『自動修復』『自動洗浄』『物理反射』『魔法反射』『魔力障壁』『幻惑』『落下』『悪魔祓い』の魔法陣か付与が施された城壁か…)



 これ程の超高難度の術を何個も仕込める者がいる事に恐ろしさを感じつつ、許しが出たのかゆっくりと音を立てて城壁に仕舞われていく格子門を眺めていると肩を叩かれる。



「ほら、行くぞ」


「…申し訳ございません、リベーラ会頭」



 馬車も検め終わったのか門番が敬礼し、ユウリさんも同じく敬礼で返すと門番の表情がふっと柔らかくなる…もしかして以前の部下だったとか…?


 そんな事を考えながらもう一度馬車に乗り、ゆっくりと進む馬車の窓から外を覗く僕。



(うわ…すご…)



 多分城壁に掛かっていた幻惑の効果だろう…城壁を潜った瞬間、文字通り世界が変わった。


 時計台の上から眺めていた王城の風景は全て偽物…目の前には時計台と同じぐらい高い巨大な王城があり、王城へ続く石畳も旅の途中で出会った大きな乗合馬車が横に並んで八台は悠々に通れる幅がある。


 少し視線を横にズラせば花畑と言っていい程に咲き誇る様々な花が咲いていて、逆側には少し高い生垣に囲まれたお茶を楽しむ為の鳥籠の様な建物と噴水がある庭園が広がっている。


 そして驚いたのが…城壁の上で警備をする兵士の数。


 外からは誰も城壁に立っていなかったのに内側に入った途端、ものすごい数の視線が僕達に突き刺さったのだ。


 ざっと見て100以上…その数が王城を囲う様に城壁に立っていて…



(…本当に忍び込んで会おうとしなくてよかった)



 僕は内心冷や汗を掻きつつ、謁見として正式に入城してよかったと思いながら周囲に気を配り警備を監視し続ける。



「ふむ…シオンは驚くと思ったが驚かなかったな?」


「いえ…とても驚いております。今はリベーラ会頭の侍女故、はしたない姿を見せる訳にはいきませんので」


「そうか」



 クククと苦笑するラザマンドさんに笑みを返したいが今の僕は侍女…仕える人に気安い態度を取ってはいけないのだ。



(それにしても本当に何もかも変わってる…ルクスも人が変わって圧政を敷いてたり…はないか。じゃなきゃラザマンドさんの性格からしてルクスの指示に従う事も無いだろうし、ラザマンドさんもルクスは信頼してるみたいだしな…)



 あまりの変わり様に少し不安になりながらも馬車に揺られる事数分…馬車が止まる。



「着きました。お足元気を付けてください」



 馬車の扉を開いたユウリさんに手を取ってもらい先に降りた僕がラザマンドさん達を同じ様に下ろしていると、量産された鎧を着こむ男性と少し華美な白い鎧と赤い片マントを付けた男性が近づいて来る。



「やぁ、久しぶりだね姉さん」



 日の光に当たって煌めく長い銀髪にミステリアスな雰囲気のある紫色の瞳を際立たせる切れ長でも優しさを感じる目元。


 口元を艶めかす黒子が似合う端正な顔立ちはまさに貴公子と言うべき男性は僕の隣に立つラザマンドさんに手を振っている…え?姉さん…?



「…これは王国騎士副団長、『リュート・フォン・フェアレイン』様」



 もしかしてラザマンドさんの弟さん!?それにしても…正直言って外見が全く似ていない…



「堅苦しいのは止めてよ姉さん。昔みたいにリュートって呼んでっていつも言ってるじゃないか」


「申し訳ございませんが(わたくし)はリベーラ・ラザマンド。家名も違えばフェアレイン侯爵家の高貴な血を一滴も持ち合わせておりません。故に私はリュート様の姉ではございませんし、呼び捨てなど出来る筈がございません」



 フェアレイン家の血を一滴も持ち合わせていない…?と言う事はラザマンドさんはフェアレイン家の養子だった…?



「家名が違って、血が繋がってなくても俺は姉さんを姉さんだと思ってるし、貴族だろうが何だろうが俺は気にしないの知ってるでしょ?」


「高貴な方々にとって血は何より尊ぶべきものでございます。下賤な平民の血しか持ち合わせていない私を姉などと呼ぶのはフェアレイン侯爵家の名と名誉に傷が付きます。これ以上のお戯れは止してください。偉大なる陛下との謁見に遅れる訳には参りませんのでこれで失礼致します」



 胸に手を当て頭を下げるラザマンドさんに続いてパトラさん以外の僕達も頭を下げるとリュートさんはとても悲しそうな表情を浮かべるが、ラザマンドさんは気にも留めずに付いて来た兵士の人に馬車を任せて王城の門へと歩き出した。


 魂の色は白…悪い人では無さそうだがこれが本来の貴族と平民の在り方なんだと辛そうに歪んでいるラザマンドさんの表情が物語っている。


 きっとフェアレイン家に居た頃は仲良しだったんだろうな…。



「お待ちしておりましたリベーラ・ラザマンド様、パトラ・メイガス様。献上の謁見まで少々お時間がございますので控室にご案内致します」



 そして王城の門が開くと40名近くのメイドが一糸乱れず並び、代表として燕尾服を身に纏った老紳士が恭しく出迎えてくれた。


 王城の床は埃一つ無い程に綺麗に磨かれていて通り道となる場所には金の刺繍が施された真っ赤な絨毯が敷かれ、壁は白く魔石を利用して光を灯す金の魔道具が等間隔に並び何枚もの両開きの扉とガラス窓を照らしている。


 しかも見た限りあの金の魔道具からは城壁と似た魔力が感じられる事からただ単に明かりだけに設置されているんじゃ無いのだろうと分かる。


 本当なら【解析】したいがまだ不慣れだからジッと見つめないといけないから怪しまれるし、あの苦痛を一日に何度も味わうと廃人になる気がする…いや、【直感】もそうだと告げてくるからそうなんだろう。


 だから一日一回を限度にコツコツ試しているけど、無理したら二回【解析】出来る程度だから今は自重しよう。


 もしかしたらもっと【解析】したい物が出てくるかも知れないし、確実に表情を殺し切れないだろうからね…我慢我慢。



「こちらの『魔導昇降機』は最初に強く揺れますので壁に手をお付けください」



 そう言われて老紳士に促された場所は銀色の円形の床にピッタリとした白い円柱の壁になった小部屋で、名前から察するに魔法式エレベーターなのだろう。


 王城の高さが『俺』の記憶とは大分違っていたし、時計塔と同じ高さなら登るだけで並大抵の人には息切れものだ。


 ひんやりする壁に触れて揺れを待っていると老紳士が小部屋の壁にある石板の様な物に手を伸ばし、右手首に通した銀色の腕輪がキーとなっているのか共鳴する様に光って魔力が注ぎ込まれていく。



(使用者を限定する限定型の魔法陣…いや、特定の人と言うより特定の物と物の限定…?と言う事はあの腕輪があれば誰でも使えるのか…指紋認証と合鍵みたいな違いかな)



 そして魔力が注ぎ込まれ石板が青く光ると床の下辺りでガコッと何かが外れる様な音が響き、小さな揺れと微かな風の音が聞こえてくる。



(なるほど…風圧でこの小部屋を上に持ち上げているのか…普通に鎖とかで引っ張ってもいいと思うけど音と振動、見栄え的にはちょっと手間でもこの方がスマートか)



 僕は才能で【聞き耳】の上位互換である【風の声】を会得しているから聞こえるが、普通なら殆ど気にならない、獣人族のパトラさん、アンリさん、ユウリさんでも気にならない程度の音しかしない。



(僕なら雷鳴属性で磁力を使って作るかなぁ…まぁ、こんな大きな建物じゃなきゃ必要ないけど)



 そんな事を考えていると石板の光が収まり老紳士が扉を開けたので大人しくついて行き一つの扉の前に辿り着いた。



「謁見の時間になりましたらお迎えに参りますので、それまでの間こちらの部屋をご自由にお使いください」



 ゆっくりと両開きの扉が開かれ中に入ると中央に長い高級そうなテーブルと片側四人は腰を下ろせるソファーが二つ、窓にはレースのカーテンが掛けられ日の当たらない所には自分が連れて来た従者にお茶を入れさせられる様に用意されたであろう茶器が並んでいて…



「「「「「…ふぅ」」」」」



 全員一斉に張り詰めていた空気を吐き出した。



「あー…やっぱかたっ苦しいのはきちぃな…茶が飲みてえ」


「淹れた事無いですけど僕淹れますね?」


「…アンリ、頼めるか?」


「畏まりました。ユウリ、茶菓子は持って来てるでしょ?」


「もちろんだよ姉さん」



 ほうほう、僕のお茶が飲めないと…まぁ、日本でもティーバック入れて水入れるだけの水出しお茶とか、お湯にちゃぷちゃぷして紅茶にする奴しかやった事無いし仕方ないか。



「……それでなんだがシオン…」



 何か思いつめた様に僕の名前を呼ぶラザマンドさん…多分、入り口での事だろう。


 他の皆はピクリと動きを止めるが、知っていたのか僕に意識を向けて何て言うのか待っている。



「別に幻滅とか失望とかしてないですよ?まぁ、養子だった事はビックリしましたけど」


「…そうか。いつかは私の事を話さないといけないとは思ってたんだがな…こんな形で知られるとは思わなかったから気になってな…」


「僕を僕として受け入れてくれたのに僕がそれだけで変わる訳無いじゃないですか。…あーでも、強いて気になるならリュート・フォン・フェアレイン様とは仲が悪いという訳じゃ無いですよね?」


「まぁ…な。いつも手紙をくれたりするんだが…私の影響だろうか、当主よりも騎士になりたいと言っていつも平民の仲間に混じって訓練をしていたから貴族とか平民という立場を余り気にしない稀有な奴でな。貴族より平民の方が使える人材が多いと他家の貴族がいる場で言い放つ程なんだ」


「それは…貴族社会では異質に映りますね」


「私もリュートと同じ考えだったから周りからは同じ様に見られていたさ。だからだろう…当主と次期当主は貴族たるもの貴族らしくを信条にしているから私とリュートとは折り合いが悪いんだ。かと言って当主も次期当主も理不尽に平民を虐げる様な事は一切ないが、シオンからしたらかなり高圧的に映ると思うから覚悟してくれ」


「分かりました。その時は適当にニコニコして聞き流しますね」


「ああ、そうしてくれ」



 場の雰囲気も弛緩した所でアンリさんとユウリさんがテーブルにお茶とお茶菓子を並べてくれる…んまい。


 …あ、今思い出したけど襲撃者はどうなったんだろ?【直感】的には問題ないみたいだけど…。





 ■





 Side.エルル・ユニコード



「師匠…この人達は?」



 なんか…謁見の為に元々用意してたドレスを着て部屋に戻ったら黒づくめの男女八人が口から涎垂らして放心してるんだけど…。



「こいつ等はエルルが弟子と言っていた子を狙っていた襲撃者よ」


「えっ!?」



 その一人の額に師匠が触れるとその人が目を見開いて口から泡を噴き出しながら壊れた玩具の様に口を開く。



「わ…たしは…雇われ…て…ラザ……マンド…商会……の馬車を……狙ってまし…た…」


「うわぁ……」



 師匠が手を離すと身体をビクビクと痙攣させて白目を剥きながら倒れる…本当に師匠の尋問は怖い。


 師匠の尋問方法は三つ。


 一つ目は脳に微弱な雷鳴属性の魔法を流して強制的に記憶を呼び起こし口から聞く方法…これは下手をすると廃人になりかねない上に脳の構造を完璧に把握した上で超精密で繊細な魔力操作が必須になる。


 これを化け物魔力私がすれば一瞬で脳が黒焦げになる―――指輪一つしか外してないとしても。


 二つ目は系統外属性の幻惑魔法で対象の認識を書き換え、雇い主と密室で会っているという状況で自然と話してもらう方法…これは割と穏便な方法で相手の想像力を掻き立てるだけでいいが、相手に警戒心があると掛かりにくい上に考える思考がある故に確証が得られるとは言えない。


 三つ目は数ある失伝した禁忌の魔法(ロストマジック)の中の『心潜(ダイブ)』という魔法を使い、対象の記憶を覗き追体験する方法…これは使用者の心が弱いと使った対象の思考に飲まれ自分が自分じゃ無くなるというデメリットが存在するが、追体験するが故に使用者はその人物として秘匿している技術なんかも自分の物にするというメリットも存在するとても危険な破滅を招く魔法。


 …師匠はまず幻惑魔法でシオン君の記憶を穏便に覗こうとしたけどあまりの警戒心に幻惑魔法の掛かりが悪い事を察し、無理やりシオン君の記憶を『心潜』で覗こうとしたみたいだけど幻惑魔法に掛かっているはずのシオン君に避けられ自力で幻惑魔法を解いてしまった。


 まぁ…シオン君の生い立ちと記憶持ち(リスタート)という特殊な状況下を考えればあの警戒心は納得だけどね。



「きっと気付いてたと思うけどシオン君に連絡しておこうかな…?」



 机に向かって万年筆を取ろうとして…気付く。



「…羊皮紙が一枚少ない、万年筆も位置が違う……まさか」


「…私が知らせたわ」



 あれだけの事をしておいてシオン君に手紙を出した…?本当にこの人は…!



「…ワイズ?ダメって言ったよね?」


「ピ…ピィ…」



 ワイズには師匠がシオン君に直接手紙を送る事を禁止させてたのに…まぁ、ワイズは師匠の共存獣だから私より命令権が強いのは仕方ないし、何故かシオン君に滅茶苦茶懐いてるから久々に会いたかったのもあるんだろうけど…



「はぁ…師匠、シオン君に何をするつもりですか?また同じ様な事をするのであれば許さないですけど」


「…取引をしただけよ」


「取引…?」


「ええ、こいつ等を捕まえて生かしたまま情報を引き出して襲撃された事、襲撃を指示した黒幕の証言をしてあげるからもう一度話す時間を作って頂戴と。ちゃんと『分かりました』って返信されてるわ」


「…その証拠は?」


「エルルにそこまで疑われるのは流石に傷つくのだけれど…」


「それぐらいの事をしたんですよ、師匠は」


「……これよ」



 差し出された羊皮紙を受け取りジッと見る…改ざんされてる様な痕跡は無いし、この字は正真正銘シオン君の字。


 …という事は本当にシオン君はあんな事をした師匠ともう一度会おうとしてる…?


 多分、優しいシオン君の事だからラザマンドさんの為にこの取引を受けたのかな…。



「改ざんなんてしてないわ」


「……シオン君の優しさを利用したって事に気付かないんですか?」


「…?これで証言を得られて黒幕まで知れるじゃない。お互い得だと思うけれど?」


「そうじゃなくて…見方を変えればリベーラさんが困るから会いたくない師匠と会わざる負えなくなったって事じゃないですか。きっとシオン君の事だから何でそんな条件が付いてる?と問われれば師匠との間に何があったかリベーラさんやフルールの冒険者ギルドマスターのパトラさんに言うはずです。そうすれば自分が隠してた記憶持ち(リスタート)の事も話さなくちゃいけなくなる…あの二人なら気にしないと思いますけど…そしたら今度はそんな条件を飲むぐらいなら自分達でってなるに決まってます。そしたらシオン君は絶対に頼った方がリベーラさんの為になるからって会いたくない師匠に会う羽目になります。言い方を変えればリベーラさんを人質にシオン君を誘き出してるのと一緒ですよ?」


「…そんな意図は無かったわ。良かれと思ってそうしただけなのだけれど…」


「そんなの分かってますよ…だけど見方を変えればそうなると言っただけです」



 これが師匠の悪癖だ…こういう物事で人の機微を一切勘定に入れずにその場での最適で最良の答えを出そうとする所。


 例えば100人の魔法が使えず生産性が乏しいけど善良な人と、魔法を十全に扱えて生産性を生み出す魔法を扱える悪人が一人死にそうになっていてどちらかしか助けれないとすれば、師匠は迷いなく100人を切り捨て助けた悪人を奴隷にしてその力を他の善良の民に振るわせる。


 シオン君の記憶を覗こうとした時もそうだ。


 私やシオン君の機微を一切勘定に入れず、あの大賢者の生まれ変わりであるか調べる為に、もしそうなら殺すのに効率がいい方法を選んだに過ぎない。


 ただ…悪癖が出るのはこういう謀が関わっている時だけで、普段は心優しい人。


 長い時を生きて来て光も闇も知っているが故にそういう切り替えを無意識にしてしまう人。


 じゃなきゃ魔法を嫌ってこの学園を去ろうとした私を弟子になんてしなかっただろうし。



「…シオン君と会って何をするつもりだったんですか?」


「…ちゃんと謝りたかっただけよ」


「…はぁ、その話し合いには私も同席しますから」


「それでエルルが機嫌を直してくれるなら構わないわ。さっさとこいつ等から必要な情報を引き出して王城に向かうわよ」



 そう…変わってるけどいい人なんだ、私の師匠は。


 シオン君もそう思える様になったらいいなぁ…。

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