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初めての正装

「……ふむ、社交ダンスもテーブルマナーも問題ないな。よく頑張ったなシオン」


「は、はい…」


「アンリもよくやってくれた」


「はい!」



 どうも何故か貴族の嗜みである礼儀作法を一週間で叩き込まれ何とかマスターした僕です。


 何の為にこんなフォークとナイフを並べる必要があるのか…庶民的な僕は思う訳ですが、学べば納得する訳で…その上で僕は箸で食べたいなとも思う訳です。


 今目の前にあるのは真っ白のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上に並べられたカトラリーと、一口サイズのお肉が皿の中心にポツンと添えられていた銀の皿。


 ぶっちゃけ食い足りない…貴族、学べば学ぶほど面倒臭い。



「さてシオン…本題だ」


「…?何でしょう?」



 お腹が鳴らない様に擦りながら前を見れば食後のワインを手に持つラザマンドさん。


 滅茶苦茶貴族って感じする。



「陛下への謁見の日程が決まった」


「そうなんですね。何時ですか?」


「明日だ」


「明日…急ですね?」


「いや、王都に着いた次の日にはもう決まっていたんだが私もなかなか手が離せない状況で…シオンもレッスンやらで忙しかっただろう?」


「そうですね…」



 本当にこの一週間は忙しかった。


 朝起きたらすぐにパトラさんとランニングと組手、それが終わったらアンリさんの貴族のマナー講座、昼ご飯でアンリさんのテーブルマナー講座、食べ終わればすぐにアンリさんの社交ダンスの鬼レッスン、その休憩中にユウリさんと僕達のドレスの出来の確認、夜はエルルさんとほんの少し勉強しての繰り返しで、ラザマンドさんと顔を合わせたのも久しぶりだった。



「そして黙っていたのにはもう一つ理由がある」


「…?」


「もしシオンが貴族の礼儀作法を覚えきれなければ謁見には連れて行かず、個人的に陛下と会ってもらうつもりだったからだ」


「それは粗相をして…って事ですよね?」


「ああ。些細なミスでも見せればネチネチと突くのが貴族だ。それを陛下の御前でしても見ろ…地獄を見るぞ」


「それは…そうですね」


「まぁ、ラザマンド商会の見栄えや保身という気持ちも無いとは言わない。だが、シオンがそういう標的にならない必要がどうしてもあったんだ。理由を告げればシオンは覚えようと必死になって夜も寝ずに勉強すると思ったからな」



 確かに夜も寝ずに一日二日で覚えきろうとしてたかも知れない…。



「で、だ。何でシオンが貴族の礼儀作法を身に付けないと連れて行かないという事になったかと言うと、実は献上した後、陛下の来賓という立場で軽い立食パーティーに出席する事になっている」


「えっ…!?」



 思わず嫌な声を出してしまったがラザマンドさんはクスリと笑いワインを傾ける…動作が本当にいちいち美しい。



「普通であれば一商会が侍女を連れて立食パーティーに出席するのはあり得ないが今回は来賓だ。例外的にシオンも私もパトラも参加する事になる。そしてシオンはラザマンド商会の後ろ盾を欲したな?」


「…そこで僕とラザマンドさんが親しいという事を見せつけるという事ですか?」


「そうだ。…だが、いくら陛下の来賓とは言えどもシオンは平民、私も元貴族とはいえ今は平民だ。貴族の礼儀作法で習った事を踏まえて言えばどうなると思う?」


「…階級が下の者は上の階級から話しかけてもらわないと話せない。その中で一番階級が低いのは平民の僕達…全貴族から嫌がらせや商人のパイプを繋ごうと接触するのに何も遠慮はいらない」


「そうだ。そして貴族社会で法にも引っかからない最大の嫌がらせは何だ?」


「…恥を晒す事」


「シオンにテーブルマナーと社交ダンスを学ばせたのはこの為だ。足をかけたりして転ばせに来たり、カトラリーの持ち方一つで失笑してくる者もいる。そしてシオンの容姿故に社交ダンスを持ち掛けられる可能性がある。断れば相手への侮辱、受けて恥を晒せば私達の印象が悪くなるだけじゃなく相手に付け入る隙を晒し、更に陛下の見る目が疑われる事になる。相手に婚約者がいる場合、あらぬ疑いを掛けられる可能性もある。…まぁ、平民にダンスを申し込む様な物好きは殆どいないと思うが…シオンの容姿だ、十分に気を付けてくれ」


「分かりました」



 あー、可愛いって罪だなー、僕可愛いもんなー、男だけど。



「さて…話はこれで終了だ。明日に備えてしっかり休んでくれ」


「分かりました」



 これでラザマンドさんの話したい事は終わったのかずっと横に控えていたアンリさんに空のグラスを預けるが、僕にはラザマンドさんにちゃんと伝えないといけない事がある。



「待ってくださいラザマンドさん」


「…?どうした?」


「…僕が記憶持ち(リスタート)だとしたら…どうしますか?」



 僕の言葉にアンリさんは目を見開くが、薄々感じ取っていたであろうラザマンドさんは小さく笑みを浮かべる。



「どうもしないさ。シオンはシオンだろう?」


「そうですけど…騙されたとか、僕の前世がどんな人物で何をしでかすか分からないから警戒したりとか…」


「…前の私でも騙されたとは思わないにしろ、警戒はしていただろうし何かをしでかせば叩きのめして性根を正していただろう。このアンリの様にな」


「…過去の事です。蒸し返さないでください」



 やっぱり…ユウリさんの言いかけた姉御って呼び方から大体は想像出来たけど今はそうじゃない、僕の話だ。



「ただ…そうだな…シオンも打ち明けてくれたんだ。私も少しシオンに打ち明けようか」



 目線だけでアンリさんを退出させたラザマンドさんは僕の対面に座り秘密にしていた事を零していく。



「私がシオンと出会う為にあの場にいた…と言ったらどうする?」



 やっぱりだ…前に考えた通り、ラザマンドさんはルクスから【未来予知】を受けてあの場に居たんだ。



「驚きますけど…占いとかですか?」


「占いか…まぁ、似たようなものだ。私はとある人物からあの日、あの場所で“運命の人と出会える”とその人物に言われたのだ。だからあの冒険者崩れのガルムが馬車に細工しているのも見逃し、馬車の修理という名目であの場に留まりその時を待った」


「…それで僕が現れたと」


「ああ。その人物は私が行き遅れる事を心配していたからてっきり私の伴侶となる人物が現れると思ったが…現れたのがまさか美少女にしか見えない男の子だとは」


「それはすみません…」


「何、どんなに目鼻立ちが良くて腕が立とうが私は自分が残りの人生全てを共に歩きたいと認めた者しか伴侶にするつもりはないからな。そういう相手と出会えるのは私じゃなくても稀さ。大抵は何かを妥協するものだからな」


「世知辛いですね…」


「ああ、本当にそうだな」



 スペアのグラスを取って自分でワインを注いだラザマンドさんは少し眉を寄せて言いにくそうに続ける。



「そんな出会い方だったからだろう…私はシオンに対して少し過剰になって接してしまった…何せ4年も前に言われた事だったからな」



 4年…それは僕がこの世界に転生した時と丁度同じ時で、僕が修行に費やした時間だ。


 と言う事は僕が転生した時点でラザマンドさんは僕と出会う運命…もしくは僕が転生した事で運命を捻じ曲げてしまったという事か…?


 今そんな事を考えても誰も答えてくれないし、これはきっと誰にも答えられない事だろう。


 でももし…僕が転生した事でラザマンドさんの運命が変わってしまったのなら…もし、僕と出会わない方が幸せな運命を辿れていたのなら…そんな気持ちが嫌に主張してくる。



「本当に済まない、シオン」



 違う…謝るのは僕の方かも知れない。


 僕が転生しなければ、転生してもあの場面でラザマンドさん達の前に現れなければラザマンドさんは素敵な旦那さんを捕まえて幸せになれた人生を歩めていたかも知れない…そう思うと目が―――



「っ!?ど、どうしたシオン!?」


「僕が…僕があの時ラザマンドさんの前に現れなければ…ラザマンドさんの人生は違ったんじゃないかなって…思ったら…」



 元々僕は命を刈り取る為の存在。


 …あの出会いによって僕も人が救えると知って変わったが、そうじゃない方がラザマンドさんもパトラさんもエルルさんも幸せだったんじゃないかって…そんな気持ちが沸き上がって来て―――



「…それは違うぞシオン」



 優しく頬に添えられた手にビクリと身体を震わせると勝手に溢れてた涙が拭われる。



「シオンと出会えたからこそただの護衛だった『渡り鳥(ウルグス)』の皆と深く知り合い、パトラとも旅が出来、エルル氏とも縁が出来た。色々あったが私はシオンと出会った事を今まで後悔した事はない。むしろ感謝しているさ」


「でも…」


「でもじゃない。どんな形であれ、シオンがどんな人物だろうが私にとってはシオンはシオンだし、シオンと出会えてよかったと心の底から思う。そう思う程に今の私は幸せさ」



 ダメだ、涙が止まらない。



「だから…そんな悲しい事は二度と言ってくれるな」


「…は…ぃ…」



 ああ―――僕はこんなに泣き虫だったろうか…。





 ■





「…マジか、これ…シオンが作ったのか?」


「僕がデザインしてユウリさんが指揮を執ってラザマンド商会のお抱え職人の方に作ってもらったんです」


「ユウリが土下座して予算の無心をしに来たのはこれか…」



 謁見当日の朝、ほんの少しだけ目が腫れている僕は更衣室で四着のドレスを披露していた。


 てか、ユウリさん…そんな事してたんですか…?あ、顔逸らした。



「…実はドレスを着るのが億劫だったが、これは好みだな。早速着ていいか?」


「はい、パトラさんも着てみてください」


「お、おう…」



 僕がデザインしたドレスを持って更衣室に入っていくラザマンドさんとパトラさん。



「えっと…何か寸法取られたなーって思ってたけど…流れ的に?」


「はい、これがエルルさんのドレスです。実は無理言って作ってもらってて…僕からこの前のお詫びと言う事でプレゼントさせてください」



 今、僕の隣にある木製のマネキンには二着のドレス。


 僕のドレスは白を基調としたドレスで瞳の色に合わせた水色のドレスがあり、その隣には白を基調としたエルルさんの髪色に合わせた明るい茶色のドレスが並んでいる。


 実はユウリさんが僕の採寸をする時にお願いしてアンリさんが有無を言わさずにエルルさんの採寸をしたらしいのだが…意外と着やせするらしくアンリさんが凄いと驚いていたのが印象的だった。


 そんなエルルさんの為だけのドレスを一言で表すなら蝶だ。


 脚をよく魅せる緩やかに前開きになっていくスカートの端は透き通る蝶の羽の様に揺らめき、袖もふんわりと膨らんでいて腕を振れば袖が棚引く様になっている。


 特徴はお腹を締めるコルセットと長く垂れるリボンの端で、コルセットによって胸が暴力的に主張するし、後ろからヒラヒラと揺れるリボンは蝶の鱗粉に釣られる様に視線を集める。


 そんな自慢の一品を前に顔を真っ赤にして笑みを浮かべるエルルさん。



「…ありがとうシオン君。こんなに綺麗なドレスを弟子からプレゼントされるなんて思ってなかったよ。でもなぁ…綺麗過ぎて今日の謁見の時に着ていけないのは残念だなぁ…」


「……え?」


「…?あ、そっか、シオン君に言ってなかったね?今日の謁見、私も参加するんだよね」


「えっ!?そうなんですか!?」



 それならドレスを是非…と思ったけど、今回の主役はラザマンドさんとパトラさんだから仕方ないのか…って、そうじゃなくてエルルさんも謁見に参加する!?どういう事!?



「と言ってもラザマンドさん達と同行じゃなくて、師匠の付き添いって感じだけどね?ほら、私の師匠貴族じゃないけど偉いから…」


「……あー」


「うわー露骨に嫌がってる」



 そうか…貴族じゃなくても『叡智(アーカイブ)』と呼ばれる魔法師…偉く無い訳もなく…。



「だからこのドレスはまた別の機会かなぁ…本当に残念…」



 エルルさんも僕並みに露骨に残念がってる…それだけ気に入ってくれたのなら用意して本当によかった。



「…でしたら立食パーティーの時にお召替えするのは如何ですか?謁見は格式ある行事なので制限されてしまいますが、立食パーティーは言わば社交の場。『叡智(アーカイブ)』メルクリア・ユニコード様の唯一のお弟子様であればこちらのドレスをお召しになっていても問題ないかと」



 おお!ユウリさん!



「なるほど…でも師匠は立食パーティーに出席しないんだよね…そういう場に出るとほら…貴族達がさ…」



 確かに有名な魔法師なら標的に…ん?【直感】が反応…そうか、そういう事か。



「エルルさん、このドレスを着たいから出席したいって師匠にお願いしてみてください」


「え?」


「多分エルルさんが大事な師匠はこのドレスを着たエルルさんを一人で参加させないはずです。だってこのドレスはエルルさんの魅力を全力で引き出す様に僕がデザインした物ですから当然悪い虫も寄ってきます」


「ま、まぁ…確かに人目は惹きそうだよね」


「それはエルルさんのプロポーションがあってこそですけどね。…そうなるとそんな悪い虫をほっとけない師匠は出席するでしょう…そしたら貴族達の興味関心はいつも出席しない師匠が参加した事でこれ幸いとそっちに注目する…するとどうなるか、僕とラザマンドさんとパトラさんは注目を分散させる事が出来て嬉しいハッピー大成功って訳です」


「う、うわぁ…それ、私怨入ってない?」


「滅茶苦茶入ってます。私怨9割です。師匠が注目されている間にエルルさんも僕達と合流すればミッションコンプリートです。是非そうしましょう!」



 エルルさんの前で師匠を利用しようとするのは申し訳ないが、別に禁忌の魔法を得ようとかそんな物騒な話なんじゃない。


 僕のささやかなで平和的な仕返しだ。



「…一応そこは相談してみるね?」


「是非お願いしますお姉ちゃん!」



 食らえ、満面の笑みプラスお姉ちゃん呼び。



「きゅん!!」



 ふっ、決まったな。



「…なかなか悪知恵が働くね?貴族や商人とも渡り合えそうだよ」


「それは褒め言葉として受け取っておきますね」



 ユウリさんの顔が若干引き攣ってるけどこっちが平和になるなら何でもいい。


 そしてエルルさんは準備があるからとドレスを丁寧にトランク型の空間収納に仕舞って更衣室を後にし、更衣室の仕切りの一つからアンリさんがとてもいい笑顔で出て来た。



「デザインももちろんいいけどそのデザインをここまで再現した職人の腕が本当にいいわ。ボーナスとして全員に金貨二枚支給しておいて」


「それは姉さんの裁量の中から?」


「私とユウリで一枚ずつ」


「…分かった」



 僕のデザインを買った事でかなりカツカツなのだろう…ユウリさんの表情がアンリさんの表情とは正反対に歪んでいる。


 パッと作業場を見て職人さんは20人ぐらいいたしな…南無。



「んんっ…それで…どうだろうか?」



 そして仕切りから現れたラザマンドさんは少し頬が赤かったが、僕とユウリさんはその姿に目を見開いた。


 ラザマンドさんの胸元でも悲鳴を上げていない黒いリボンタイが締められた白いフリルシャツは袖元がふんわりとしていて、手首を黒いバンドで縛って黒いレザーの手袋を嵌めた手先を露出。


 コルセットの役目を果たす黒いスカートは胸を強調しながらも脚を強調する為に前開きになっていて、その脚は右脚だけが長い黒いレザーのズボンで左脚は短く大胆に白い太腿を晒し、その左脚を覆うレザーのニーソックスをガーターベルトで吊って黒いショートブーツで足元を引き締めていた。


 黒地部分には繊細な金の刺繍が施され、髪を一つに纏める髪留めは赤い薔薇が主張していて左耳にもラザマンドさんの燃える様な赤い瞳を象徴するイヤリングが揺れている。


 そんなラザマンドさんの姿は一言で凛と咲き誇る高嶺の花の様だった。



「凄い似合ってます!僕の想像を超える程に似合っててデザインしてよかったです!」


「ええ…シオン君からデザインを見せてもらった時はピッタリだとは思いましたが、ここまでリベーラさんの魅力を引き出すとは…」


「そ…そうか…」



 僕達の言葉で更に頬を赤くするラザマンドさんだけどその表情は何処か誇らしげだ。



「…本当にこれがアタシに似合ってんのか…?」



 そんな不安そうに仕切りから出てくるパトラさん。


 ショートカットの薄紫の銀髪はワンポイントに三つ編みに編まれていて綺麗な横顔を晒し、可愛らしい虎耳にはいつものピアスと花飾りのシュシュで華やかに。


 首から胸元は黒く透けていて強烈な谷間を引き立たせ、更に横からもチラリと見える薄い黒に隠された胸のシルエットは絶対的に男の視線を釘付けにする仕組みになっている。


 古傷がある背中は胸元の透ける素材を使って腰まで完全に晒しながら隠す事で野性味と大人の色香を振り撒き、右脚側にだけ入った腰からの深いスリットから覗く脚は右脚だけの黒いニーソックスで包まれていて、両腕も同じ様に二の腕までの黒い手袋が嵌められていて上品さとミステリアス、色気を演出。


 足元はブーツではなく先細りした黒いヒールできっちりと締めたその姿は一言で表すと誰もを魅了し恋焦がれてしまう情熱の赤だ。


 そんな暴力的な色香を振り撒く姿を見て僕もユウリさんも少し頬が赤くなっていた。



「凄い似合ってますよ!このドレスが似合うのはパトラさんしかいないと思うぐらいに似合ってます!」


「このドレスは相当着る人を選ぶドレスですね…素材が良く無ければ衣装に負けて笑い者にされてしまう…パトラさんは完全に着こなす所かその魅力を十全以上に引き出されていると思います。とてもお似合いです」


「そ、そうか…?」



 居心地悪そうに頬を染めながら色んな所に視線を泳がせるパトラさん。



「なんというか…パトラって感じがするな」


「んや、リベーラこそリベーラって感じがすんぜ?」



 お互いのドレスをじっくりと見ながら評論する二人に笑みを向けているとその視線が僕に向く。



「…?」


「…?じゃない。早くシオンもそのドレスを着て見ろ」


「そうだぜ?アタシ達が評価してやるよ」


「あはは…これ、一人じゃ着にくいのでユウリさん手伝ってもらっていいですか?」


「ああ、着付けは任せてくれて構わないよ」



 そして僕は自分がデザインしたドレスを手に取って仕切りの奥に姿を消し―――



 ………


 ……


 …



「…どうですか?」


「「「……」」」



 ラザマンドさん、パトラさん、アンリさんの途轍もない熱視線を向けられたのに沈黙が場を支配した。


 僕の今の姿を一言で表すなら氷の精霊だろうか…自分で言ってて恥ずかしいが。


 頭には白と青の薔薇を交互に並べた髪飾りが付いていて、パトラさんのドレスにも使った透ける素材で白薔薇をモチーフにした白レースで肩周りを包みながらほんのり晒し、右の胸元は白と水色の大きなリボンでボリュームを。


 スカート周りは左腰に胸元と同じリボンをあしらい、そのリボンを起点にスカートの上から白と水色の飾り布を幾重にも垂らしてふんわりとしながら優雅なシルエットを演出。


 少し前側が短くなっているスカートから覗く脚は胸元の透ける素材を使った白のニーソックスで包み、足元は水色のパンプスで色のバランスを追加。


 一応貴重品を扱う事から透ける素材で作った白い手袋も手に嵌め、所々に白と青の薔薇をあしらった僕は見た目も相まって相当可愛く映っているはず。


 そして今回は髪を纏めず膝裏まで垂らすから白雪は左の顔横の髪束に巻き付いてもらっている。



「…あの?」



 食らえ、伏し目がちで不安さを演出した上目遣いアタック。



「「「くっ……」」」



 ふっ、決まったな。



「これは…本当に大丈夫か?」


「アタシも目を離さない様にすっけどリベーラもちゃんと見とけよ?絶対に攫われる」


「ああ…本当はアンリだけを連れて行く予定だったがユウリ、お前も連れて行く。絶対にシオンから目を離すなよ?」


「畏まりました、すぐに用意致しますので暫し離れさせて頂きます」



 僕の出来上がりが想像以上だったのかユウリさんが僕の護衛になるみたいだ…ふっ、可愛いって罪だな。



「それで…まだ感想をもらってないんですが?」


「あ、ああ…可愛らしいぞ」


「ああ…犯罪的にな」


「そうですね…これだと男性だけではなく女性まで変な気を起こしかねない程だと…」



 そこまでか…でもまぁ、それならラザマンドさん達に釣り合っているはずだ。


 僕は美醜は気にしないけど貴族社会で美は崇高で醜は唾棄すべき悪…僕を連れていればラザマンドさん達にいい様に働くはずだ。



「それならよかったです。一応このドレスに夜なべして仕込んだ魔法陣の効果について説明してもいいですか?」


「魔法陣?着た時にはそれらしいものは見えなかったが…」


「アタシのにも無かったぜ?」


「見えない様に頑張って細工したので。…僕達のドレスにはエルルさんから習った魔法陣が五つ仕込まれてます。効果は耐久、汚れ防止、毒耐性、斬撃耐性、刺突耐性…流石に大勢の眼がある所では無いと思いますが、ナイフやフォーク、毒での妨害があると思ったので仕込んでおきました。打撃はまぁ…そこら辺にあるテーブルとか椅子で殴りかかって来る事は殆ど無いと思うので付けてません…と言うより付けれませんでした」



 僕の説明に皆が目を見開くが、凄く難しかったのは毒耐性でそれ以外は簡単だった。


 以前僕が服に仕込んだ魔法陣は三つが限界だったが、どうやら僕の魔法陣は無駄が多かったらしくその所為で仕込める魔法陣の数が減っていたらしい。


 そしてエルルさんから学んで知ったのが効果によって容量というものが違うらしい。


 僕が普段着に使用している服が容量5であれば刺突等の物理耐性は容量2で、物自体の物持ちを良くする頑丈は1、汚れ防止も1となっていて、本当であればもう一つ容量1の魔法陣が組み込めたが魔法陣の無駄の所為で物理耐性の容量が3になっていたとの事。


 それを踏まえて効率的な魔法陣の組み方をエルルさんに教えてもらって五つまで仕込めるようになったが…毒耐性は容量が大きく斬撃耐性までしか仕込めなかったがどうにか効率化して無理やり仕込んだ傑作だ。


 更に効率化すると魔力消費も下がり効果が上がる為、常駐型で常に魔力を注いでも気にならない程度に消費を抑える事に成功しているのも地味な成長だ。



「凄いな…これなら少しは安心できる。ありがとうシオン」


「すげぇな…普通こんな魔法陣仕込んだら一着いくらになるんだ?」


「…金貨120枚はくだらなくないかと。それ程に魔法陣は高度な技術ですし、大体一つか二つが限度です。なのにそれを五つ…それにお二人が魔力を吸われている感覚を感じていらっしゃらなかった事を加味すれば、魔力が少なくても利用でき、訓練をしなくてもある程度身を守れるので大事な娘に着せたい貴族はそれ以上に金貨を積むでしょう」


「そこはエルルさんに感謝ですね。僕じゃどう頑張っても毒耐性と斬撃耐性だけでドレスをダメにしてましたけど、エルルさんが教えてくれたから五つまで仕込めて消費魔力を抑えられましたから」



 改めてエルルさんの凄さを身に染みて実感していると燕尾服に着替えて来たユウリさんが現れる。



「皆様、準備が整いましたので王城へ向かおうと思いますが…」


「…?何があった?」


「…ハーヴィスからの報告で、リベーラさん達を襲った襲撃者共は全員獄中で息を引き取ったそうです」


「…自殺か?」


「いえ…」



 口封じ…と言うより証拠隠滅かな。


 既に黒幕がスケルツォ商会とこれから会うであろう宰相ビスケス・フォン・シュバルツだという事は分かっている。


 それが真実だと裏付けるには僕達の言葉だけでは信用に足りない…だからラザマンドさんは嘘を見破る『真実の眼』がある王城での謁見に合わせて悪事を暴く為に連れてこようとしたのだろう。


 だけど証拠となる証言する襲撃者達が死んだ…否、殺された。


 本来であれば自分達の手の届くところに監禁して置くのが正解だけど、ラザマンドさんの騎士道精神的、心情的にも許さなかったのだろう。


 多分衛兵の誰かに金を握らせて殺したか、外部の暗殺者に頼んで殺したか…僕的には前者だと思う、門番も金を握らされてラザマンドさんの空間収納を改めようとしてたし。


 と言う事は衛兵もかなりきな臭くなってくる…この一件が終わり次第、しっかりと動く必要がありそうだ。



「分かった、想定通りだからハーヴィスには気を落とすなと伝えておいてくれ。言い逃れが出来ない証拠を用意出来た時が最後だ。それに…シオンが“思わぬ武器”をくれたしな」


「思わぬ武器…?」


「…なんだ?その為にシオンがこのドレスを用意してくれたんじゃないのか?」


「え?」



 僕が思わぬ武器をあげた…?そう首を傾げるとラザマンドさんは不敵な笑みを浮かべて自分を指差した。



「スケルツォ商会は服や装飾品で王室御用達になった服飾屋だ。貴族の殆どはスケルツォ商会で買っていると言っていい程のな」


「アタシも一応ドレスを何着か持ってるが…シオンのデザインと比べると全然だな。着心地もこっちのが断然いい」



 え、そうだったのか…全くの偶然…ユウリさんの顔を見る限り全くの偶然ではなさそうだ。



「…僕より悪知恵働くじゃないですか…」


「商人への褒め言葉として受け取っておくよ」



 どうやら気持ちよく派閥争いに利用されたらしい…一杯食わされたけど悪くないな。


 そんな事を思いながら僕達はマンティコアの素材を献上する為に王城に向かう。


 遂に親友との対面だけど…少し緊張するな。

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