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二柱の女神

「っ…あ、頭が…?えっと…?」



 頭に棒を突き刺し掻き混ぜられた様な不快感が残る目覚め―――『僕』は真っ白な空間で白い布を身体に巻き付けた黒髪赤眼の少女に膝枕をされていた。



「あなたは?」


「え…?僕は…濡羽 紫苑(うるは しおん)…」



 何故か『僕』が『僕』であると言い切れない不安感に身体を起こした時、



「…違う、俺はシエル・フォン・ハーティ…フェイル…っ!?」



『僕』であり『俺』でもある、そう認識した途端に純粋で平和で優しい『僕』の記憶に、『俺』の邪悪で凄惨で悍ましい記憶が流れ込む。



「なっ…何だこれっ…はぁっ…あああああ…何だこれぇ…!!」



 胃がせり上がり口から出そうになっても何も出ず、口からは荒々しい息が吐き出されるだけ。


 気持ち悪さにのたうち回りながら汗を、涎を、涙を撒き散らしながら頭を打ち付けても気持ち悪さは激しくなっていくだけ。


 そんな『僕』の背中を少女の小さな手が撫でる度に『僕』と『俺』がぐちゃぐちゃに混ざり合う気持ち悪さが薄れていく…否、優しく溶かして一つにしようとしてくれている。



「ゆっくり、焦らないで」



 少女のその言葉からどれぐらい経ったのか…記憶の拒絶で酷い顔になっている『僕』の顔を少女の小さく冷たい手が頬に触れ、ようやく『僕』は『俺』に、『俺』は『僕』になれた気がした。



「はぁっ…はっ……き、君は…?」


「私は―――死の女神『ヘイル』」


「死の女神…」



 目の前で膝を折って正座をする少女…ヘイル。


 落ち着いて見た少女の姿はとても美しく、メッシュの様に所々真っ白な髪の束が存在する長い黒髪のツインテールは手で触れれば飲み込まれそうな程に黒く、瞳はどんな宝石も無価値にしてしまう程の煌めきを宿した赤と青のグラデーション。


 唇はほんのり桜色に色付いていて、身体を隠す白い布をハッキリと認識すれば白と黒と赤のドレスへと変わっていき、ヘイルをヘイルと認識すればする程少女ではなく魅惑的な女性の身体になっていく。



「…凄い。私をこんなにハッキリ認識出来るなんて…」


「どういう事…?」


「ここは私の『神域』。見る者によってはここが地獄にも天国にも見えて、私の事も悪魔にも天使にも見える。だけど、あなたは私の事を私として見ている」


「…?」


「人によって見えるものが違うって事」



 きっと『僕』はヘイルの言葉を聞きながら難しい顔で小首を傾げていたんだろう…ヘイルがちょっと優しく分かりやすい言葉で教えてくれたんだから。



「えっと…じゃあ、次…何で僕はここにいるんだろう…?確か『僕』は仕事が終わって久々に家に帰ってる最中に黒猫を見つけて…あれ?思い出せない…『俺』は確か処刑で首を落とされて…」



 そう、『俺』としての記憶は全てある。


『俺』は代々王族の影の刃として続いた『ハーティ家』の落ちこぼれで、人を傷つける事が出来なかったからシエル・フォン・ハーティではなく、フェイル(出来損ない)として兄弟の拷問技術向上の実験台として生かされていた事も覚えている。


 そこからいくつか時が経って日課の拷問が終わり、牢屋に放り込まれた時にローゼン王国第二王子ルクス・フォン・ローゼンと出会い、お互いの理想と野望を語って『俺』の中にあった“甘い理想”が死んだ事も鮮明に覚えている。


 そして『俺』は王族以外の命令で殺しを禁止されているはずのハーティ家が、他の貴族から多額の金を対価に殺しや人身売買、酷い時には襲撃した貴族が持っていた違法薬物を捌いている事を知って、フェイル(断罪者)の初仕事として家族を皆殺し、親友(ルクス)の影の刃として暗殺をし続け、親友(ルクス)と共に屍の上に理想の国を作ろうとした事も昨日の事の様に覚えている。


 その『俺』の記憶があまりにも鮮明で凄惨で悍ましくて『僕』の中に入らない様に、混ざらない様に拒絶したからあんな状態になったんだと今の『僕』にはハッキリと分かるのに、『僕』の事はハッキリと思い出せない…何かが絡みついて思い出せない様にしているみたいに…。



「その“甘い理想”がシエル・フォン・ハーティにとっての濡羽 紫苑。転生したばかりの濡羽 紫苑にはあの世界は耐えられなくて感情を閉じ、シエル・フォン・ハーティという人格を作り上げてフェイルになった。シエル・フォン・ハーティが濡羽 紫苑を拒絶した様に、濡羽 紫苑もここでシエル・フォン・ハーティとフェイルを拒絶した」


「…心が読めるの?」


「神だから」


「そ、そっか…」



 無表情なのにちょっとだけドヤ顔の雰囲気になったヘイルに笑みを浮かべた『僕』は、落ち着いた気持ちでゆっくりと状況を理解する為に、欠けた『僕』を埋める為にヘイルと言葉を交わす。



「まず、濡羽 紫苑の事は何処まで思い出せる?」


「えっと…僕の家族は父も母も海外で仕事する様な優秀な人で、当然僕もそうあるように育てられてたけど…全然優秀じゃなくて高校の時に両親に見切りをつけられて、弟の教育に熱を入れ始めたから家族との関係は完全に冷え切ってたけど…高校、大学と自分でバイトして稼いだお金で特に波風立たずに過ごして夢だった医者になろうとしたけどダメで…でも医療系の何かには携わりたいと思って医療機器機材を作る会社に入った…かな?」


「うん、合ってる。さっき言ってた黒猫…死ぬ直前の事は?」


「確かあの時は久々に家に帰れると思って牛丼とお寿司を片手にスキップして帰ってたら黒猫が居て…でも、その黒猫が少し変で…そう、黒猫が女の子…ヘイルに見えて……そうだ、あの時は連勤と徹夜明けで、更に二連休っていう幸せも合わさって遂に幻覚が見えたと思ったんだけど、妙に心が惹かれてフラフラ近づいちゃったんだった…そしたら転んでガードレールに頭を打ち付けて…死んだ」


「そう。あなたが黒猫を見て私に見えたのは私が依り代の猫に宿ってたから」


「…え?何で黒猫に宿ってたの?」


「観光」


「あ、うん…そうなんだ…」



 確かにここ神域は真っ白で何もない…観光しないと気が滅入る、うん。



「でも、普通なら依り代を見ただけで私だとはならないし見えない。だけど、あなたは依り代が私だと認識した。何故か分かる?」


「え…」



 本来認識出来ないものが出来た…そういえばさっきもここは地獄にも天国にも、ヘイルを悪魔にも天使にも見えるって言っていた。


 なのに『僕』はここをちゃんと認識してヘイルの事も認識出来ている…まさか『僕』に隠された特別な力があって、ヘイルに―――



「違う」


「あ、違うんだ…」


「あなたは無意識に死にたいと思っていた。だから死の女神である筈の私が見えて惹かれたの」



 確かに仕事は死ぬほどきつかったけど、その分給料も良くて遣り甲斐があるから不満はそこまでなかった。


 ご飯だって小学校高学年から自分で作れて社会人になってからは稼いだお金で自炊するより美味しいものだっていっぱい食べてたし…バイト漬けで友人は殆どいなかったけどバイト先でも仕事先でも陰口を言われたりいびられたりとかそんなものも無かった…死にたいなんて思ってたかな…?



「だから無意識。意識出来ていたらそれは無意識とは言わない。それか意識的にそう思わない様に心の奥底に秘めていたのが私を見た事で溢れ出して不慮の事故に繋がった」


「そ、そうなんだ…」


「本来死ぬはずの無い人を死なしてしまった私は―――」



 不自然に言葉を区切ったヘイルは初めて人形の様な無表情を崩し、叱られる事が分り切っている子供みたいに言葉を口にする。



「あなたにもう一度生きてもらおうと思って私の力で転生させた…させてしまった。本当にごめんなさい…」


「えっ…!?」



 正座しながら頭を下げるヘイルに意味が分からずギョッとする『僕』。


 普通、転生する事自体に何も悪い事なんて―――そう思った時にはヘイルは更に申し訳なさそうに謝る意味を教えてくれる。



「私は死の女神…本来は死んだ者の魂を浄化して輪廻の輪に還すだけの役割で、私は一度も転生させた事が無かった。本当だったら転生を担当する生の女神『ルミナ』があなたの魂を転生させれば、私の所為で死んだという事で『神の贈り物(ギフト)』をもらってあなたは幸せに暮らせたはずだった」



 本来の死の女神の役割は生きている間に汚れた魂の浄化。


 その浄化した魂を生の女神であるルミナに渡し、その中から穢れが少なく、生きている間に善行を積んだ魂に褒美としてルミナが神の贈り物を与えて転生させ、特に何も無く生を謳歌した魂はそのまま浄化されて順番に転生。


 そして特に穢れが酷く救いようの無い魂―――この場合は快楽殺人や好んで薬物を使ったりばら撒いたり他者に対して害になる行いを日常的に、それが当たり前である様に行う魂は消滅して世界を維持するエネルギーとなるらしい。



「ルミナは“ただでさえ異世界の魂なのにヘイルが転生させたらその魂がどうなるか分からない。やらない方がいい”って止めた。……だけど、私が死なせてしまったから私の我儘であなたを転生させてしまったの。その所為で転生したあの世界で一番死が集まりやすい場所、死が濃い場所に転生してしまったの…本当にごめんなさい」



 そしてヘイルが謝罪する意味は、



「…『僕』…というか、『俺』は大勢の人を殺した大罪人だからこれから世界のエネルギーに変換されて魂が消えるって事か」



 ポタリと白く何もない空間に雫が落ちる音―――ヘイルの後悔の涙が次々と落ちる。



「だから…ごめんなさい」


「……」



 正直…思う所が無い訳ではない。


 無意識に死にたいと思っていたから偶々、偶然、どんな天文学的確率か分からないけど、観光で黒猫を依り代にしていたヘイルを見て死んで、ヘイルの我儘で異世界に転生させられたら今度は今までの世界とは比べ物にならない程に死が隣にある世界で、更に暗殺一家なんていう死が日常、生活の一部になった一家に生まれて自分の死と他者の死に強制的に関わる事になって心を―――“良心()”を“殺意()”で殺して、計画の終了として親友(ルクス)に殺されて、最後は魂がエネルギーに変換されて消えるなんて、何だこれ…何の冗談だよ…。


 でも……恨めない。


『僕』はこの元凶である…元凶になってしまったヘイルを恨めない、恨める訳がない。


 だって、自分の姿を見せただけで人が死ぬ?償いたいと思って、良かれと思ってした事で『僕』があの世界で殺人鬼となってしまった?


 それを一番後悔しているのは『僕』を殺してしまったヘイルで、あの世界で『僕』が壊れて『俺』になっていく姿を見て一番苦しんだのもヘイルだ。


 死の女神は『俺』以上に死に関わって、『僕』以上に無意識に死をばら撒いてしまう…そんなの辛くて苦しいなんて言葉に収まる次元じゃないに決まってる。


 だから『僕』は大きく溜息を吐いてヘイルが『僕』にしてくれた様に頬に伝う涙を拭う。



「大丈夫。『僕』も『俺』もヘイルの事を恨まないよ」


「なん…で…?」


「何でって言われても…凄い身も蓋も無い事を言えば心を読んでるから分かるでしょ?」


「でも…」


「それに、『僕』は初めから神なんて信じてなかった無神論者で、死んだら何も無い終わりだと思ってたし…『俺』は『俺』で神が居ようが居まいがどうせ地獄に落ちるって思ってたし…ヘイルが思ってるほど『僕』と『俺』には深刻な問題じゃないよ」



 何か言いたげに唇をもごもごと動かすヘイルだったが、既に涙は止まって赤と青のグラデーションが綺麗な瞳でジッと『僕』を見つめる。



「わかった…これから消えるけど、怖くない?」


「んー…『僕』としてはどうなるか予想もつかないし、なるようにしかならないんじゃないかな?って思うけど、『俺』は…ルクスの事が気になるけど、ルクスも『俺』と一緒でかなりの悪党を殺したし、一緒に地獄に落ちるって思ってたから二人一緒に世界のエネルギーに変換されるって分かってるならもう未練も無いかな」


「そう…」


「あ、ちなみに世界のエネルギーになるって言ってたけど…どんな感じなの?」


「…多分、あなたの魂をエネルギーに変換したら資源豊富な山と川が一つ、そこを守る守護獣が二体生まれると思う」


「おー…だったらルクスの魂は山か川か、守護獣が一体生まれるかどうかだろうなぁ」


「…それは分からない。あなたとルクス・フォン・ローゼンは違うから」


「…それもそっか」



 スッと差し出されるヘイルの両手。


 何も言わずともこの両手に自分の両手を重ねればエネルギーに変換されると分かった『僕』は、



「…痛くしないでね?」


「大丈夫。ゆっくりと溶けて自然と一体化するから気持ちがいいと思う」


「ならよかった」



 そんな軽口を言って重ねようとして―――



「…えっ!?」



 何故か腕が動かず、ヘイルに怖気づいたと思われない様に言い訳をしようと恐る恐る視線を向けると、ヘイルが目を見開いている事に気付く。



「…?ヘイル?」


「…ルミナ…」


「え…?」



『僕』の後ろをじっと見つめて視線を逸らさないヘイルの口から零れたのは生の女神であるルミナの名。



「…もしかして『僕』の後ろにいるの?」


「そう…だけど…」



 両腕は動かないけど身体は動かせる…そんな不思議な感覚を感じながら、首だけで周囲を探ってもヘイルの言うルミナの姿は見えない。


 もしかして無意識に死にたいと思ったからヘイルが見えた様に、生きたいと思わないとルミナの姿が見えないのかと思いながら意識を集中させる。


 生と死は表裏一体…ならきっとルミナは目の前にいるヘイルと似ている…もしかしたら姉妹かも知れない。


 ヘイルは落ち着いてる性格だからルミナはきっと快活な性格で、色ももしかしたら反転してて、白い髪に黒のメッシュ、髪型は同じかな?白いドレスで体型は―――



「そこまで認識しなくていい!」


「あいてっ!?」



 自分の具体的な妄想を断ち切るように後ろから後頭部に手刀が放たれた。



「…おー、本当に私の事認識してる…凄いね?」


「…おー、本当に認識できた」



 動く様になった両手で後頭部を撫でながら後ろを見ると、そこには自分が思い描いたヘイルにそっくりなルミナが白い歯を見せびらかす様に笑っていた。



「初めまして異世界人君。私は生の女神ルミナ。ヘイルが面倒かけたね?」


「いやー…別に面倒かけられたとは…誰にでも失敗はあると思うし、ヘイルが善意でしてくれた事は分かってるし…それに『僕』も『俺』も死んだら何もかも終わりだと思ってたから消えるって言われても割と納得してるし、転生するにしても転生したってのが分からなければ結局何も変わらないしどうでもいいというか…」


「ふーん…かなりサッパリしてるね?」


「まぁ…これが死ぬ前の走馬灯で、もしかしたら死なないかもってなら話は別ですけど、死んだ後にあーだーこーだ言っても何も出来ないし仕方ないっていうか…あ、もちろんヘイルが善意であれこれしてくれた事には感謝してますよ?」


「ふぅん…?」



 何かを値踏みする様な、品定めする様な悩まし気な声と視線を浴びせられても意味が無い…だって心が読めるんでしょ?



「……君、相当変わってるね?」


「あ、やっぱり読めるんですね?一応弁明しときますけど、人間って状況を受け入れたら割とこんなもんですよ」


「…まぁいいや。ヘイル、この子の魂の変換少し待ってくれる?」


「「え…?」」



 ヘイルもルミナの言葉に驚いたのかお揃いの声を漏らすと、ルミナはヘイルの隣に正座…ではなく胡坐を掻いた。



「実はね、僕君…いや、この場合は俺君のシエル・フォン・ハーティと言った方がいいね。俺君が殺した204,292人の魂…全て転生ではなくエネルギーに変換する事が決まったよ。凄いね?」


「…?」


「分かってない様だから詳しく言うけど、俺君が殺した人物は皆、浄化と転生を繰り返して穢れを蓄積し、それが正常だと認識した変異した魂だったんだよ。そういう魂は綺麗に浄化して転生しても必ず悪事を働く。しかも善人の正常な魂を持つ人間は一人たりとも殺していない…これは凄い事だよ?」



 ルミナの言葉に眉を寄せる…何を当たり前な事を言っているんだ?と言うのが『俺』の感想だった。


 親友であるルクスは神の贈り物で【未来予知】と【完全記憶】という力を持っていた。


 その【未来予知】でこれから起こるであろう大小様々な犯罪を予知し、それに関係する人物を【完全記憶】で記憶したら『俺』がその情報を基に秘密裏に調査してルクスが“必要”だと判断したら武に明るくないルクスの代わりに『俺』がルクスの剣として殺して回った。


 中には国の機密を他国に流して戦争を引き起こし、その戦争に便乗してクーデターを起こして戦争孤児や難民を奴隷にして私腹を肥やそうとした貴族共を皆殺しにし、ただ命令で逆らえなかったという者達は王国の法律で、何も知らず過ごしていた子供達は信頼の出来る人物に預けて全うに育つ様にと配慮して戦争だって未然に防いだ。


 決して『俺達』の殺しは見境の無い大量殺戮や、自分の感情を優先した猟奇殺人や快楽殺人じゃない。


 全ては世界を綺麗で正常な世界にする為、他者が他者を理不尽に虐げる事の無い平和な世界を作る為、これ以上の惨劇を生まない為の“必要な殺し”。


 それが『俺達』の絶対に曲げてはならない信念と覚悟だった。


 だからそれは当たり前だという『俺』の記憶を『僕』が呼び起こしているとルミナは目を丸くした。



「当たり前ときたか…」


「…まぁ、いくら必要な殺しだとしても殺しは殺しだからね。もうエネルギーになる事はちゃんと納得してるよ?」


「ふむ…」



 ヘイルとは逆の青と赤のグラデーションが綺麗な瞳を閉じて何かを考えるルミナだったが、すぐに答えが出たのか目をパッと開けて口を開く。



「いいね、ヘイルが気に入っただけあるね。きっと俺君だけじゃこうはならなかった…僕君が前提にあったから俺君とルクス・フォン・ローゼンが引き合わされて……うん、君達に決めた」


「山、川、守護獣二体にするって事?」


「いや違うよ。正直、俺君が殺してくれたおかげでエネルギーは大分潤ったからね。違う事を頼みたいんだよね」



 そう言うとルミナは隣にいるヘイルにコソコソと耳打ちをし始め―――ヘイルの表情が驚きにも怒りにも見える複雑な表情になる。



「…そんな事をさせたくない」


「でも、これ以上の適任者はいないよ?」


「それでも私達の事情に巻き込むのはダメ」


「んー…まぁ、そこは本人に聞いてみようよ、ね?」


「……」



 ヘイルが渋る話の内容の最終決定権はどうやら『僕』と『俺』、『僕達』にあるようだ。



「理解が早くて助かるよ。内容を話していい?」


「もしその話を受けるとなった時、こっちが納得出来るだけの情報を提示した上でこっちの条件もちゃんと受け入れてくれる、もしくはお互いが納得出来る、妥協出来る点を探ってくれるって条件なら聞いてもいいかな。一方的にこうしろはナシで。『僕達』は既にエネルギーに変換される事を“了承してる”って事もちゃんと忘れないでね?」


「…なかなか鋭いね?」


「転生が『僕達』にとってメリットにならないのが先に分かってよかったでしょ?」



 ニヤリと笑うルミナに肩を竦めてやれやれと笑みを浮かべる『僕達』。



「お互いが納得出来る、妥協点を探るって事だったからまずは私達の要求から。私達はあなた、濡羽 紫苑、シエル・フォン・ハーティの記憶を引き継いだまま転生してもらって、悪人を間引いて穢れた魂を神域に回収して欲しいの」


「…それはもう一度フェイルが必要になったって事?」


「正直な所、フェイルはいつでも必要なの」


「…殺人鬼がいつでも必要なんて穏やかじゃないね?」


「まぁ、フェイルの時みたいに大量にじゃなくて目に付いた者だけを定期的にって感じだけど…あなたが納得出来るかは分からないけれど、本当ならあなたが転生したあの世界は終わらせるつもりだったの」


「終わらせる…滅ぼすって事?」


「滅ぼすって言っても皆殺しとかじゃなくて…そう、僕君風に言えばパソコンの電源を切るみたいに苦痛なく、何が起こったか理解する間もなく無かった事にしようと思ってたのよ」


「…何故?」


「世界を維持する為の力が足りなくなってきていたの。もうヘイルから聞いてると思うけれど、魂が世界のエネルギーとして変換される条件と仕組みは知ってるよね?」


「“特に穢れが酷く救いようの無い魂は消滅して世界のエネルギーとなる”…だよね?」


「そう。でもあの世界は善人が死にやすく、悪人が生き残りやすいの。善人が死ねば転生させるけど、その転生にも世界の維持にも力を使うの。後は分かるでしょ?」


「悪人が死なないからその力の供給が足りない、もしくは止まってしまってる…だから世界を終わらせて力の消費を無くそうって事ね」


「そういう事。正直、あなたの殺しは私達にとって好ましいものだったの。もしあなた達がやらなかったら他の神が使徒をあの世界に送り込んで善人悪人関係なく大量虐殺して、それでも改善しなかったら滅ぼす所だったの」


「まさか『俺達』の殺しが世界を救ってたとは…」


「同じ人間からしたら唾棄すべき行為だったかも知れないけれど、その殺しで救われた人もいれば救われた神もいるって事はちゃんと覚えておいてね?」


「…うん」



 いつも心の中にあったこのやり方は間違ってないのか、他にもやり方があったんじゃないかとすり減らした心が少しだけ救われた気がする…。



「…………分かった、そういう事なら協力する」


「本当!?なら早速転生『でも条件がある』…?」



 そう…もし『俺達(シエルとルクス)』じゃなく、『僕達(紫苑とシエル)』が協力するのなら―――



「『僕達』はルミナじゃなく、もう一度ヘイルに転生をお願いしたい」



 今ここで話した生の女神ルミナではなく、死の女神ヘイルにその使命を託されたい。



「…えっ?私じゃなくてヘイル!?」


「うん。『僕達』の利用価値に目を付けたルミナと違って、ヘイルはちゃんと『僕達』の事を見てくれて、これ以上『僕達』が苦しまない様に、傷つかない様にしてくれようとした。ルミナの手で転生したら凄い恩恵がもらえるかも知れないけれど、ヘイルが転生させたら恩恵も無くまた大変になるかも知れないけれど、それでも『僕達』を利用するルミナじゃなく、心配してくれるヘイルに転生させてもらいたい」



 目を見開くヘイルとルミナ―――そりゃそうだ、上司にするなら仕事の効率ばかりを押し付けて体調も事情も考慮してくれない自分だけ楽する鬼上司より、体調とか事情を考慮して心配してくれて一緒に頑張ってくれる優しい上司の方が遣り甲斐があるってもの。



「……すっごいムカつく例えするじゃん?」


「こと人殺しにおいては苦渋の決断を強いられる事が殆どで、心がやられれば刃は鈍るし判断を間違えるんだよ。折れそうになる度に『俺』はルクスに支えてもらった…だからこれは絶対に譲れない」


「…私でいいの…?恩恵どころか苦難しか与えられないのに…」


「うん。ヘイルが転生させてくれないなら『僕達』は受けないし大人しくエネルギーになる事を受け入れる。きっと『僕達』を心配してくれる優しいヘイルの事だから決め辛いと思うけど…ヘイルが選択した方を『僕達』は喜んで受け入れるよ」



『僕』が勝手にヘイルを見て死んだ時、きっと『僕』は死の女神に見初められたんだと思う。


 だって、あれだけの人間がいる中でたった一人、『僕』だけがヘイルを見つけられて、『僕』だけがヘイルの慈悲によって転生したんだから。


 だから…今、『僕』の心を読んで顔を真っ赤にしているヘイルの初めての眷属になれたらな何てちょっと思ってみたり。



「…何高度なイチャつきしてんの?」


「プライバシー侵害ー」


「神域に居る時点でプライバシーなんて無いから。…で?どうするの?ヘイル」


「…本当にいいの?」


「うん。ヘイルの頼みならやれるだけやってみるよ」



 そう言って笑うとヘイルも口元に笑みを浮かべ、『僕』の背中に触れると背中がじんわりと暖かくなっていく。



「これは神と眷属の間で交わされる『神の契り』…眷属は主となった神の『権能』が与えられるの」


「死の女神の権能…」


「本当は【即死】とか凄いのが色々あるんだけど…それを使えばあなたの魂が耐えられなくて人じゃなくなる…」


「お、おお…」


「だから比較的安全でリスクが無くて今のあなたに扱える【魂視】と【闇】の権能を与える。…【魂視】は魂の穢れが見える様になる。【闇】は闇属性の魔法が扱いやすくなるのと…暗い場所が昼と同じ様に見える…だけ…」



 他の神ならもっと凄い権能をリスク無しで使える様になるけど…と落ち込むヘイルだったが、『僕達』、特に『俺』が反応する。



「いや、この権能は『俺達』にピッタリの素晴らしい権能だ。魂の穢れが判れば殺すべき人間が調査無しに見極められるのもそうだが、暗い場所が見えればそれだけ殺しのリスクが減るし、闇系統の魔法は隠密性に長けている。前は水系統の魔法しか使えなかったからこれは本当に助かる。…と、『僕』の中の『俺』が言ってます。それに『僕』はまだ魔法とか使った事がないから素直に嬉しいよ?」


「…それならよかった」



 背中から手が離れると暖かかった背中が急に冷えて身体が震えるが、『僕』はヘイルの眷属になった事を実感していると羨ましそうな視線が刺さっている事に気付く。



「…何?もしかして眷属いいなーとか思ってたりする?」


「…べっつにー?羨ましくないし~?」


「…そう、じゃあこれから僕が魂を回収したら全部眷属の主であるヘイルの手柄って事だね。よかったよかった」



 そうわざとらしく言うとルミナは目を見開き、口をわなわなとさせて両肩を掴んで来る。



「話を持ってきたのは私でしょ?」


「でも『僕達』はヘイルの眷属だし?ヘイルにお願いされて仕事するんだからヘイルからの依頼だよね?」


「うぐぐ…!」


「それに…最初から利用する気満々で近づいて来てルミナから何も貰ってないのに手柄だけは欲しいってそれは図々しくない…?『僕達』、目には目を歯には歯をを地で行くタイプなんだよね」



 ニタリと口端を吊り上げるとルミナは大きく溜息を吐いて睨みつけてくる。



「…私は何をあなたにあげればいいの?言っておくけど、魂にも許容量があるから何でもは無理だからね?」


「無理を言うつもりはないし、そこはお互い納得出来る妥協点を探りながら相談させてくれると嬉しいな?」


「…分かった。とりあえず私は仮契約にしておくから背中向けて」


「…え?二つも契約して大丈夫なの?生と死だから反発して『僕達』の魂がパーンってなったりしない?」


「…さっき自分で生と死は表裏一体って言ってたでしょ?本来生と死、光と闇は相性がいいのよ」


「そうなんだ…でも仮契約する意味はあるの?」


「少しでも恩恵を受け取れる器を大きくする事はデメリットじゃないでしょう?」


「まぁ…確かに?」


「分かったらほら背中」



 プリプリしながらもちょっと上機嫌に『僕』の背中に触れるルミナ。


 またじんわりと暖かくなるがヘイルの時よりも暖かくなく、これが本契約と仮契約の差かと思っているとルミナの手が『僕』の背中を叩きいい音を鳴らす。



「はい、これで仮契約終了。仮契約だから使える権能は少ないし、数段性能が落ちてるけど問題ないでしょ?」


「ちなみにどんな権能が?」


「んー…【光】と【治癒】、後は【精神干渉耐性】かな」



 仮契約なのに三つも権能がもらえるんだ…と『僕』は思うが、『俺』はヘイルの時以上の感情の高ぶりが感じられなかった。



「ルミナを貶す訳じゃないが、精神干渉は気合でどうにかなるし、回復が必要になる手傷を追う暗殺者は標的、護衛に姿を見られている時点で三流。…と、『僕』の中の『俺』が言ってるけど…確かに暗殺者としてはそうかも知れないけど、『僕』は表の顔も必要だと思うからかなり有難いかな。ちなみに【光】は光系統の魔法が扱いやすくなるでいいの?」


「その認識でいいし、一応閃光とかで目が眩まなくなるかな」


「おー…視覚はもう万全だね。ちなみに【光】と【治癒】が分かれてるって事は光魔法に回復魔法は…?」


「あるけど回復魔法は自分には効果ないの。【治癒】は自分専用の回復魔法って考えておけば問題ないよ」


「なるほど…ちなみに腕とか脚がもげたら【治癒】でくっついたりは?」


「激しく損傷してない事と、繋げる物が手元にあれば。無くした場合は光の上位属性の神聖属性じゃないと無理かな。それと、仮契約で数段性能が落ちてるから治せても簡単な切り傷、集中すれば深い切り傷ぐらいだから勘違いしないでね」


「ふむふむ…ちょっと考えさせて」



 表の顔で生活している時に死ににくくなるのはいいなと一区切りつけ、『僕達』は必要な力を授かる為に思考の海に落ち…



「…背中、凄い事になってるね」


「うん…」



 ヘイルとルミナは背中に刻まれた神の契約―――生と死の女神が隣合わせで中心に描かれた魂に両手で大事そうに触れる絵を見て微笑む…。

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