無自覚系主人公
「次!前へ!」
どうも縛られ意気消沈している暗殺者六人をニコニコ笑顔で見つめながら今後の動き方を考えてる僕です。
ようやく巨大過ぎる白っぽい明るい色の外壁に囲まれた王都ローレルタニアに着いた行商は、貴族用、徒歩用、乗合馬車用、商人用と分けられた四つの検問所の内、商人用の検問所に並んで二時間程待たされ今呼ばれた所。
まずは行商許可証や馬車に乗っている人物の身分と関係性を調べ、次に密輸品が無いか等の検品…そして眉を顰めた門番が何故かラザマンドさんの空間収納の袋を改めさせて欲しいと言うが、ラザマンドさんはそんな決まりは無いと断固拒否。
マンティコアの角を持っているのはパトラさんなんだけど、情報ではラザマンドさんが持っていてパトラさんが護衛って事になっているから別に問題は無いのだが…わざわざそれを教える必要はない。
その押し問答がきっかけで機嫌が悪くなった門番から王都に入るなら白雪から目を離しちゃいけない等の事を高圧的…憂さ晴らしの様に言われたけど、ラザマンドさんの圧がある笑みがずっと門番を射貫き続け、最終的には丁寧に注意事項を受けて最後にこの暗殺者集団の話になる。
「…それではこの盗賊達はこちらで罪人として身柄を引き受け、詰め所に身柄を渡しておきましょう」
僕としてはそうしてもらって後で殺しに行きたいけど…
「…いや、私自ら衛兵の詰め所に寄り罪人として突き出そう」
この門番、嘘吐いてるというより明らかにスケルツォ商会かシュバルツ家の息が掛かってるしね…それに暗殺者達ともアイコンタクトし過ぎだし、魂も黒だからタイミングを見て殺そう。
「し、しかし―――」
「そんなに不安なら今すぐここに衛兵か貴様の上司をすぐにここへ呼べ。ハッキリ言って貴様では信用ならん。貴様の所属部隊と階級、名前は?不当な検査をしていると上に報告させてもらうが?」
「っ…わかり、ました。通ってください…」
「…王都に住まうローゼン王国の民を、ローゼン王国を平和に導く陛下を守るという栄えある職務に就きながら一時的な欲に塗れ胸を張って堂々と名乗れもしないとはな。…貴様、覚悟しておくんだな」
「……」
顔を青白くして震えながら検問所を通してくれる門番。
こういうのは見方を変えれば権力や地位を振りかざす横暴にも見えるが、今回ばかりはラザマンドさんが正しい。
そして王都ローレルタニアに踏み込んだ途端、
「うっわぁ…!」
今まで立ち寄った街の何倍、何十倍にも活気に、人に、建物に溢れ、冬という過酷な季節にも負けない王都の華やかさと熱気に…『俺』が生きていた時よりも豊かになった光景に子供らしさと『俺』の感傷、嬉しさが混ざった声が漏れた。
「…どうだ、シオン。ここが王都ローレルタニアだ」
「凄い…」
一切の凹凸が無い舗装された幅広い馬車用の道と歩行者の為の歩道、背伸びをする様に空に向かって高く立つ様々な形状の建物、夜を照らす等間隔に立った街灯、色取りと憩いを兼ねた植え木や花壇、川の流れの様に流れていく人々。
『俺』が生きていた時はこんな道も無くて建物も高くなかった…歩く人達もこんなに笑顔ではなく何処か怯えている様な、切羽詰まっている様な暗い顔をしていた。
この光景を、『俺』が壊してルクスが新しく築いた光景に僕は…自然と涙を零していた。
「…っ!?ど、どうしたシオン!?」
「え…あ…凄いなって感動して…」
涙を拭うのも忘れてその光景を眺めていると隣からそっと涙を拭われる。
「初めて王都に来た時私も感動したなー…泣くまではいかなかったけどね?」
「ありがとうございます…」
エルルさんからハンカチを受け取り、僕達が作った光景を食い入るように見る。
魂が白い人もいれば暗く黒になりかけている人や黒い人もいる…それでも黒い魂は圧倒的に少ない。
あの時代より平和だ…と思っていると頭をガシガシと撫でられる。
「っし、んじゃあアタシは冒険者ギルドに挨拶がてら寄って来るわ。終わったらリベーラの店でいいんだよな?」
「ああ、くれぐれも気を付けてくれ。どんな妨害を仕込んでいるか分からないからな」
「分かってるって。シオン、また後でな」
「はい、気を付けてください」
最後にポンッと優しく頭を叩いてまだ動いている馬車から飛び降り人の波に消えていくパトラさん。
「…エルル氏はどうする?別行動するか?」
「んー…私の目的は師匠に会う事なんで…ちょっと会うのに許可が必要な場所にいるんですよね。その返事が来るまではシオン君の護衛も兼ねて同行しますよ。それにこんなに王都に来て感動してるのに観光出来ないのは勿体ないじゃないですか。ラザマンドさんはこれから書類整理や荷下ろし…今回の件でしばらく動けないですよね?」
「……そうだな、寝泊りする場所はラザマンド商会の従業員用の寮に空き部屋があるから使うといい。私が動けない間はシオンを頼む」
「りょうかーい!」
おっと…?凄く自然に僕に監視が付いた…けど、襲撃があって謁見の取り決めと献上が終わるまではどんな事が起こるか分からないし、ラザマンドさんに心配をかけて大変な事になる可能性もあるからベストか。
「シオン君、何処か行ってみたい所ある?」
「そうですね…まず家兼店舗になる場所が無いか見てみたいです」
「げっ…現実的だねぇー…」
「シオン、そういうのは私の伝手で信用出来る者を紹介する。今はとりあえず普通に店や街並みを見て回ったらどうだ?」
「…わかりました、そうします」
拠点に関しては『俺』が使っていた隠れ家が何個かあり、その隠れ家が残っているのかを確認する為に怪しまれない物件物色を提案したが…やんわりとダメ出しされてしまった。
「…まぁ、まだ護衛の依頼は続いているからな。今は大人しくラザマンド商会まで来てもらうぞ?」
「それはちゃんと分かってます」
まぁ、今は『何でも屋 猫の手』の店主としてしっかりと依頼を完遂しよう。
■
「ここがラザマンド商会が経営する『レトワール』だ」
「うわぁ…めっちゃ凄いお店…」
暗殺者達が乗った馬車をハーヴィスさん達に任せて誇らしくお店を紹介するラザマンドさん。
ローレルタニアに入ってから中心に向かって30分程馬車を走らせた場所にあるレトワールというお店は一言で言えば滅茶苦茶凄い。
まず外観は明るい色で圧迫感を感じない清潔そうな印象に見える木材とその木材の色味に合わせたレンガで建てられた三階建ての建物。
次に内装は靴で踏み入れればコツコツといい音を鳴らす落ち着いた色の木の床とレンガの壁、天井は高く商品棚がズラリと並んでいて…僕風に言えばホームセンターの様だった。
「ま…マジかよ…ラザマンド商会ってレトワールを経営してる商会だったのか…」
そう声を震わせながら呟くのは『渡り鳥』のアルト。
レトワールと言うお店はどうやら冒険者の間では有名なお店らしく、王国騎士副団長時代の実体験を元に野営の際に不便に思った事を解決し快適にする道具…所謂キャンプ用品を次々と生み出し、頑丈なのに軽い、使いやすく撤去に手間が掛からない、そんなに性能がいいのに値段が手ごろと噂が広がり、今も一階の冒険者コーナーは様々な冒険者が喜んだり驚きながら商品を手に取っている。
その所為か冒険者の間ではレトワールの高級野営グッズを持っている事は一種のステータスらしく、レトワールの高級野営グッズを買える様になれば一人前だと言われる程に根強い人気があるとの事。
最近ではそういう新人でも手に出来る様に少し性能が劣る物も販売し始めたらしく、『渡り鳥』の皆は依頼が終わったら見ようと鼻息荒く相談していた。
ここまでだとレトワールは冒険者をターゲットにしていると思うが、本来のターゲットは普通の生活をする庶民。
一階が冒険者用品売り場なら二階は庶民の売り場。
大きなスペースに並べられる家具の見本や家の設備の見本、更に安くデザインもいい見習い職人さんが作った服や日用品、子供用の玩具やぬいぐるみも並んでいる事から二階は子連れの家族で犇めき合っている。
更に驚いたのはフードコートがあり、そこから美味しそうな匂いを漂わせてお客を獲得したりとデパートを思わせる光景が広がっていた。
「ここは庶民街に建てられていて庶民や冒険者の客層を狙っているから貴族はいないが、もう一店舗貴族街に貴族専門の『アトワール』という店も構えているんだ」
このお店でこうまでも庶民の家族が笑顔で過ごせるのは貴族がいないから。
もちろん貴族用の商品を庶民が触ったり壊したりしたら問題だが、身分も考え方も全く違う様な人が一人でもいればその場の悪い雰囲気は伝播して店全体の雰囲気も評判も悪くなり客足が無くなってしまう。
そんな配慮をしているという経営情報を聞きながら僕達は売り場から少し離れた所にある両開きの大きな扉の前に立ち、
「ここから先は従業員専用だ。あまり私から離れたり、周りをキョロキョロしないでくれよ?従業員達が怪しんで嫌な思いをさせてしまうからな」
ラザマンドさんの言葉に皆が頷くとラザマンドさんは騎士服の様な上着の内側から平べったいカードの様な物を取り出し扉に当てる。
すると扉に魔法陣が浮かび上がり、カードにも魔法陣が浮かび上がってガチャリと両開きの扉が開いた。
僕風に言えばカードキー認証の自動扉だ。
「さぁ、付いて来てくれ。私の執務室で依頼完了の手続きをする」
床は先程までの木製の床ではなく凹凸が無い艶々としたタイルになっていて、従業員の食堂や休憩スペースには大勢の従業員が楽しそうに食事を取っていたり疲れを癒す為に仮眠を取ったりしている。
まさに僕風に言えば見慣れた日本社会の社内風景の様だ。
「ここだ」
そしてようやく辿り着いたラザマンドさんの執務室。
またカードを扉に当てると魔法陣が浮かび上がりガチャリと扉が開き、
「帰ったぞ」
「っ!?リベーラさん!?」
執務室の奥からきっちりとした服に身を包んだ狼耳の女性が勢いよくラザマンドさんに抱き着いた。
…結構な勢いなのに一歩も下がらないどころかブレずに受け止めたよこの人…。
「おい、護衛に付いてくれた人達がいるんだが…お客様にその態度を見せるのか?たるんでいるのか?」
「っ!?!?し、失礼致しました!!!」
あ、絶対この人もラザマンドさんに付いて来た騎士団の部下の人だ…しかも大分親し気…補佐的な立ち位置だった人かな?すっごいスーツ姿なのに騎士風の敬礼が綺麗に決まってるし。
「私、ラザマンド商会が有するレトワールの管理運営を任されておりますレトワール総支配人『アンリ・アルレシア』と申します。以後お見知りおきを」
肩元で揃えたふんわりとするショートカットは根元は黒、毛先は緑という髪色で、ツンと尖った狼耳とふさふさと揺れる尻尾も髪色と同じく根元が黒で先が緑。
瞳の色は緑でラザマンドさんを見た時は目元が優しかったが、今はラザマンドさんにも負けないぐらい凛々しく鋭い。
スカートスーツから覗く脚はスラリと伸びているだけでなく引き締まってしなやかな印象を与える鍛えられた脚。
そして…胸元はシャツのボタンが悲鳴を上げているぐらいに立派だった。
一目見て仕事が出来るキャリアウーマンって感じるし、やっぱり商人となると名刺交換みたいなのもあるんだ…あ!
「ご丁寧にありがとうございます。僕…私は共存獣を有するテイマーのシオンと申します。テイマーカードしか持ち合わせておらず、申し訳ありません」
食らえ、日本式名刺交換術特別テイマーカード召喚。
「…!こ、これはこちらこそご丁寧にありがとうございます」
ふっ、決まったな。
アンリさんどころかラザマンドさんとエルルさんも『渡り鳥』の皆と一緒に驚いている。
それどころか僕の真似をしてエルルさんと『渡り鳥』もギルドカードと商人用のギルドカードを見せてるし。
「…ではこれから護衛依頼終了の手続きをする。書類を用意するから適当に掛けて待っていてくれ」
アンリさんがお茶を入れてくれてソファーに座る様促してくれるから僕とエルルさんは遠慮なく座ってお茶を頂くが…そっか、『渡り鳥』のみんなは冒険者の装備のままだから座れないのか。
「このソファー、ある程度の傷は防ぐ魔法陣があるみたいだから座って大丈夫だよー?あ、剣とかは流石に外してね?」
エルルさんの言葉でようやく息が抜けたのか皆も武装を外してソファーに座り一息。
長かった旅も一旦これで終わりか…。
「―――これが今回の依頼完了報告書だ。これを冒険者ギルドに提出すれば君達に評価がつけられるだろう。しっかり確認して問題なければパーティー名と全員分のサインをこちらの控えにも書いてくれ」
書類を回し読みして皆が問題ないと判断すると渡された羽ペンでスラスラと署名し、書き終わると『渡り鳥』の皆の前に黒い革のトレイを置き、そのトレイに金貨を1枚ずつ、合計6枚の金貨と細長い紙のようなものが6枚置かれた。
「本来なら冒険者ギルドにこれを提出してから報酬が払われるが先にこちらで報酬を支払おう。その代わり、その報告書を出してもギルドでは評価だけで支払いは無いから気を付けてくれ」
「はい、分かりました。…それで、この紙は…?」
「アンリ、説明して差し上げろ」
「畏まりました。こちらの券は当店レトワールのみで使える商品券となっております。1枚につき銀貨50枚分の価値がございますのでお帰りの際、何か当店で気に入った物がございましたら是非お使いください」
「っ!?い、いいんですか!?」
「ああ、君達の働きはそれを送るのに値すると私は評価した。ギルドで報酬を受け取ってからまたここに戻って買い物するより、このまま買い物出来た方が楽だろう?」
「あ、ありがとうございます!!」
遂に憧れのレトワールの野営グッズが買えると皆が喜び、商品券の詳しい注意事項…足が出た場合はその分を支払ったりとか、銀貨50枚に満たない場合でもお釣りは無いとかそんな事を聞いた『渡り鳥』の皆は…
「…シオン、俺達は冬が終わるまでは王都に滞在するから何かあったらいつでも頼ってくれ」
「はい、逆に僕に頼りたくなったらいつでもご依頼お待ちしてますね」
一人一人、僕と握手を交わして部屋を出ていった。
「…さて、では『何でも屋 猫の手』店主のシオンに依頼した護衛依頼も終了だな」
「はい、今回はご依頼頂きありがとうございました」
今回は正式な書面を交わした依頼じゃなく口頭での依頼だから僕が深く頭を下げて依頼終了の意とさせてもらおう。
「それじゃあアンリ、シオンとエルル氏を―――」
「あ、ラザマンドさん少し待ってください」
そして僕はせっかくだからとラザマンドさんに一つ取引を持ち掛けてみる。
「…?どうした?」
「今回の襲撃の件…スケルツォ商会とシュバルツ家に一泡吹かせたくありませんか?」
するとラザマンドさんは目つきを鋭くし、まだ情報が伝わってなかったのかアンリさんは目を見開く。
「えっ!?襲撃されたのですか!?」
「ああ…シオンが寒い中、警戒していてくれたおかげで何の損害も無く生きたまま襲撃者共を捕らえられた。その襲撃者からの情報ではスケルツォ商会と宰相ビスケス・フォン・シュバルツが関わっているらしい。…それで?一泡吹かせるとは?」
僕の場所じゃないけどラザマンドさんとアンリさんをソファーに座らせた僕は、【空間収納】からある物を取り出す。
「っ!?ちょ、これ!?シオン君!?」
「なっ……おいシオン…これはどういう事だ…?」
「う、嘘……“マンティコアの前爪”…!?」
赤黒く大鎌の刃の様に湾曲した鋭い爪をテーブルの上に置き、僕はにっこりと笑顔を浮かべる。
「これ、ラザマンドさんが王様に献上しませんか?」
「「…!?」」
「…何故だ?」
「今回の襲撃、ラザマンドさんが王様に献上をして王室御用達の商人になる事を阻む目的と、フェアレイン家の信用を傷つける為に行われた…僕も確認してますけど間違いないですよね?」
「ああ」
「だけど実態はパトラさんが献上してフルール支部の予算拡大のおねだりをするだけで、喧嘩を売られたラザマンドさんは何一つ得が無いですよね?」
「…まぁ、そうだな」
「だったらなっちゃいませんか?王室御用達の商人に」
エルルさんとアンリさんはマンティコアの爪にご執心だが、ラザマンドさんはソファーにしっかりと身体を預けて考えている。
「……これをラザマンド商会にいくらで売るつもりなんだ?」
「そうですね…条件としては僕の店舗兼住宅の土地と建設に関わる大工さんの紹介、それと僕と『何でも屋 猫の手』の後ろ盾…献上の際の同行でどうでしょうか?」
金貨を要求される物だとばかり思っていたのかラザマンドさんの目は驚きに見開かれる。
「献上の同行…?何故だ?」
「王様の事見てみたいなーって」
「…は?」
裏から忍び込むにもどういう警備が敷かれているか事前に調べる必要があるが、今はエルルさんとラザマンドさんの監視がある。
だったら堂々と調べられる様に献上の時に下見を済ませようという魂胆。
「でも、ほぼ無関係の僕がそんな事出来るとは思えないので…献上の品を運ばせる侍女という立ち位置で行く事は出来ないですか?」
「…侍女なのか?」
「僕の顔だと侍女の方が似合うと思いますけど…それに見た目は子供なので危害を加える様には見えないじゃないですか」
食らえ、満面の笑みアタック。
「……」
あ、真剣な話の最中だから全然効かなかった…。
「…まぁ、シオンの事は一度陛下に会わせるつもりだったからこちらとしては問題ないが…」
…という事は、あの時飛ばした鷹はルクス宛てで、ラザマンドさんはルクスに近しい存在という事か。
そしてその発言で確定した事がある―――僕とラザマンドさんの出会いはルクスの【未来予知】によって“想定されている偶然”であると。
転生した僕が『俺』だという事はルクスは知らない。
だからラザマンドさんに対して【未来予知】が働き、ラザマンドさんにとっていい結果になると、そこで会う僕と出会うと感じているのだろう。
だったら僕が先走って裏から忍び込もうが、ラザマンドさんに連れられて会おうが、どんな道を辿ろうが最終的には僕がルクスに会うという事実だけは確定している。
それなら会うのは早い方がいい、『俺』からしたらたった4年ぶりの再会だが、ルクスにとっては34年ぶりの再会になるのだから。
「それに…僕の容姿はとても目立って攫われちゃうじゃないですか」
「…自分で言う事か?」
「可愛くないですか?」
「…可愛いが」
「ですよね?だから僕がラザマンドさんと一緒に献上して繋がりがある、後ろ盾になってもらっているって分かれば貴族達への牽制にもなると思うんですけど…どうですか?」
そう、人との繋がり作らない様にしていた時では絶対に出来なかった手段…権力と地位を持つ人の後ろ盾を得るという手段。
そうすれば心配性のラザマンドさんも僕を守っているという気を満たせるし、僕も貴族からの余計なちょっかいや、僕に手を出せば白雪どころか王家が懇意にしている元王国騎士団副団長の商会が出張って来ると牽制出来る。
ただ、唯一の懸念点は…
「…それはシオンが巻き込まれる事が無かった“貴族社会に巻き込まれる可能性が出てくる”と分かっているのか?」
貴族社会…『俺』が生まれる前から脈々と受け継がれる最早伝統とも言える程に続く醜いプライドと権力で争い、陰謀に陰謀を重ねて他者を使い捨ての道具の様に扱い蹴落としのし上がっていく世界。
元フェアレイン侯爵家の子女であり元王国騎士団副団長、新興商会でありながら王家とのパイプを裏ではなく表の世界で繋げて圧倒的な地位と権力を得ようとしている才女。
その人の後ろ盾を得て懇意にしていると知れ渡ればまず今回の様に貴族や権力を持つ者からの干渉から逃げる事は不可能になる。
だけど…貴族社会という醜い世界ではラザマンドさん以外に信用出来る人はいないと思う。
陰謀渦巻く貴族社会で異質でありながらも力強く真っ直ぐに生き続けるラザマンドさんはルクスとも近しい存在…なら、後ろ盾を得るならこの人以外ありえない。
「はい…一緒に旅をして色々知ったラザマンドさんなら信用出来ると思って言っています」
作り笑いで無く自然と微笑むとラザマンドさんは顔を真っ赤にし、僕から視線を逸らす様に天井を向いた。
…あれ?さっきの満面の笑みは作り笑いだって見抜かれてた…?
「…………本当にいいのか?」
「本当にいいも何ももう巻き込まれましたし…」
「ぐっ…」
「まぁ…僕が誰かの陣営に引き込まれていつかラザマンドさんと敵対するかも知れなくても良いというのなら大人しく金貨で―――」
「分かった、その条件で手を打とう」
「っ!?は、はい…お願いします…」
テーブルに身を乗り出し僕の鼻とラザマンドさんの鼻が触れ合うまで顔を近づけられて一瞬ビックリしてしまった…。
「…それで?」
「…?それでとは?」
「このマンティコアの前爪をどうやって手に入れたんだ?」
…あ、やらかし…なんてね?
「それは僕がマンティコアに襲われて逃げている時に白雪が大きくなって守ってくれた際の戦闘で抜け落ちた物です」
「なるほど…」
髪をポニーテールに纏めながら僕の顔で何度も首を縦に振る白雪…頭が良くて可愛い奴め。
そんな白雪にアンリさんは滅茶苦茶驚いてるけど今は無視だ無視。
「それで実は後もう一本あって…流石に僕じゃ持て余す物なので扱いを相談したいんですが…」
「もう一本あるのか…」
呆れながらも貴重なマンティコアの前爪を買い取るかどうか隣のアンリさんと相談し合い始めると、突然執務室のガラスをコツコツと叩く音がする。
「ああ、もう陛下から返事が…フクロウ??」
「あ!!そのフクロウは私の師匠からの返信です!」
窓の外には健気に嘴でガラスを叩く首に小さな袋を下げた全身を銀色の羽で包んだフクロウ…見た目はワシミミズクに似ているが、全身が銀色で何処か金属の様にも見えるフクロウにエルルさんが近づき窓を開けると、差し出した腕に飛び移って久しぶりの再会を堪能する様に頭をエルルさんの頬に擦り付ける。
「よしよし…ちょっと確認するから待っててねー…」
またソファーに座り持って来ていたトランクを開けると中身は服しか入っていない様に見えるが、エルルさんがそのままトランクに手を伸ばすと手が服を突き抜け中から羊皮紙と万年筆が現れる。
エルルさんが持っているトランクはどうやらエルルさんの師匠が作った空間収納の機能がある魔道具らしく、エルルさんしか開けられない様になっていて万が一にも他の人が開けたり、開けた中を覗かれてもただの衣装カバンにしか見えない様になっているらしい。
自分もあんな魔道具が作れたらなと思っていると、エルルさんはフクロウの首に掛かっている空間収納の袋から手紙を取り出して読み始め、
「…?」
役目を一旦終えたフクロウが両羽を広げながらテクテクと寄って来てジッと僕の顔を見つめてくる。
「どうしたの?」
「ピィ」
「…え?」
この銀色のフクロウから伝わって来る感情は…嬉しい?
何か嬉しがる事をしたのだろうかと首を傾げると、フクロウもぐりんと首を傾げて僕の頭に飛び乗り白雪と一緒に首を傾げ合う…可愛い奴等め。
「…本当にシオンは動物や魔獣に好かれる体質なんだな?」
「んー…自分でも何でかは分からないですけど…まぁ、テイマーとしては嬉しいですよね」
頭に乗ったフクロウを両手で優しく持ち上げると金属っぽい見た目とは裏腹にふわふわとしててちょっと押し込むと身体を細長くする。
ラザマンドさんやアンリさんも銀色のフクロウを見た事が無いのか僕の手の中で気持ちよさそうにピィピィと鳴くフクロウに視線が釘付けになるが…エルルさんがふぅ、と息を吐いて羊皮紙にスラスラと何かを書き始めるとすぐに僕の手の中からエルルさんの前に移動した。
「…よし、『ワイズ』?これを師匠に届けてくれる?」
「ピィ!」
「「「っ!?」」」
ワイズと呼んだ銀のフクロウの首にある空間収納の袋に丸めた羊皮紙を入れると、ワイズは元気よく鳴いて両羽を広げて開けた窓から飛び立ち…エルルさんを除いた僕達は驚く。
ワイズが外に出た途端透明になったのだ。
慌てて気配を辿っても完全に気配を消しているのではなく、王都の気配に完全に紛れている様で一瞬で見失ってしまう…凄いあのフクロウ…。
「え、エルル氏…今のフクロウは…?」
僕と同じ事をしたのかラザマンドさんもアンリさんも驚いていて、目どころか口も啞然という表現が合うぐらい半開きにしている。
「『インビジブルフォレスト』、別名『森の隠遁者』っていう魔獣で、エルフの中でも限られた人しか使役出来ない魔獣の上にあの子…ワイズはシラユキちゃんと同じ突然変異個体なんです」
「インビジブルフォレスト…?済まない、勉強不足で分からないが…アンリは分かるか?」
「いえ…私も聞いた事はございません」
「…一応、シオンはどうだ?」
「僕も黒樹の大森林で見かけた事は無いですね…」
「それはそうですよー。だってインビジブルフォレストはエルフの御神木『神霊樹ユグドラシル』を住処にしている魔獣で、その神霊樹ユグドラシルとエルフの里を隠してくれているんです!エルフの間では『ユグドラシルの化身』と崇められるぐらいの魔獣ですから見た事も聞いた事も無いのも仕方ないですよー」
何でもない様にあっけらかんと言うけどそれはとても凄い事なんじゃ…?
だって、僕の事で驚き慣れているラザマンドさんは僕の事以上に驚いてアワアワと口をパクパクさせて辺りをキョロキョロと警戒してるし、アンリさんなんて頭を抱えて絶句している。
…薄々感じてたけどエルルさんって規格外…?
あのクズでどうしようもないけど一応大賢者としての実力はあった奴の弟子入りを拒否した人の弟子になっていて、エルフの中で限られた人しか使役出来ないフクロウを手懐けてるんでしょ…?
それに魔法の腕は正直全属性と系統外も使える僕が足元にも及ばない腕前だし…神に使命を与えられて眷属として転生した僕以上に非常識な存在なんじゃ?
…これが物語ならエルルさんは間違いなく主人公だ。
「あ、シオン君はいいんだけど…今のは信用出来るラザマンドさんとラザマンドさんが信頼してるアンリさんだから話しただけで内緒でお願いしますね?」
「あ、ああ…これは流石に…陛下にもご報告は出来ないな…」
「は、はい…この事は死んでも墓まで持って行かせて頂きます…」
「ぼ、僕もそうします…絶対そうした方がいいと思うので…」
「まぁ、変な噂が流れたら師匠が何とかすると思いますし…こう、指をパチンって鳴らしてこの王都を…ね?」
一気に血の気が引くというのはこういう事か…。
ラザマンドさんとアンリさんも表情を硬くして冷や汗を落としてる…何て爆弾を知れっと抱えさせてくれたんだエルルさん…!
「それはいいとして…」
「いや、全然よくないと思いますけど…」
「私としてはそれより大事な事があるんだよねー!」
「大事な事…?さっきの手紙の事ですか?」
「うん!シオン君?この後の観光なんだけど…私について来てくれる?」
「…え?」
何か話の流れ的に……
「もしかして……『叡智』と呼ばれるエルルさんの師匠、『メルクリア・ユニコード』さんに会いに行く…とか…?」
「そう!師匠が私の弟子に会いたいって!」
…これが物語ならきっとエルルさんは自分の凄さに気付かない無自覚で人を巻き込む主人公で、僕はその無自覚に巻き込まれて波乱万丈な人生を送る事になる人なんだろうな…。