新たな目標
「よっと。最初に手合わせした時より大分動きが良くなったじゃねーの」
「あ、ありがとう…ございます…」
どうも午前中の訓練相手を仕事を止めてまで買って出てくれたパトラさんにボコボコにされて肩に担がれている僕です。
色々話したい事があるけど、今はこの状況を何とかしないといけません。
「で、でもパトラさん…担いでくれるのは嬉しいんですけど…その、この担ぎ方だとパトラさんの胸に僕の顔が…」
「何子供がいっちょ前に色気付いてんだよ、んなの気にすんな」
「気にしますって…!」
悲鳴を上げる身体に鞭を打ってパトラさんの肩に担がれたまま僕は背筋を伸ばし木材になり切る。
「はぁー…アタシの事なんて誰も女として見ねーよ。気にするだけ無駄だ」
「パトラさんは立派な女性ですよ…!少なくとも僕は綺麗で素敵な女性としてパトラさんを認識してますから…!だから少しはパトラさんも女性らしく男に胸を触られそうになってる事に恥じらいを持ってください…!」
「っ…お前、ホントに変わってんな?」
「僕が変わってるんじゃないです…!男としてそういうだらしない男になりたくないだけです…!」
「…………はいはい分かったよ、愛くるしい紳士様」
訓練のせいなのか、僕がパトラさんを綺麗で素敵な女性と言ったせいなのか、顔を赤くしたパトラさんは僕を小脇に抱えてくれる。
「これならいいだろ?」
「はい…やっと力が抜けて休めます…」
「…ホント、変わってんな」
パトラさんに苦笑されながら運ばれていく僕。
昨日、エルルさんの魂が白くなったのをきっかけに僕はきっちりと線引きをして人を遠ざけるのではなく、少しだけでも関わって救える魂があるのなら僕が救おうと決心してエルルさんの過去の話を聞きました。
結論から言ってしまえば―――よくある話と罪悪感だ。
罪悪感の正体はネリンさんからも聞いていた全滅した合同パーティーの事。
その魔獣は貴重な鉱石を採取出来る洞窟を住処にしていて、寝ている今なら問題なく倒せると合同パーティーの方のリーダーが言い始め、エルルさん達のパーティーは洞窟の中だと行動範囲が狭まるし崩落する危険があるから外に罠を張り誘き出した方がいいと意見が割れた。
僕としてはどっちも正しいと思う…それは僕だったらの場合だ。
だけど合同パーティーのリーダーはエルルさん達の事を腰抜けだ何だと罵り、挙句の果てには俺達を殺そうとしてるんじゃないかと見当違いな言いがかりを付けられたらしい。
それでもエルルさんやネリンさんは反対し続けたが、最終的には相手が折れないと諦め余計な亀裂をこれ以上残さない為にとエルルさん達のリーダーが折れ、寝首を掻く事に決めてしまったのだ。
だけどエルルさんは洞窟の中だとどんだけ抑えても被害が出るから魔法が使えないと残り、ネリンさんは寝首を掻く一撃を放てないからと外で罠を張る為に付いて行かなかった。
そして次に洞窟を出て来たのは魔獣に追われているパーティーメンバーと、8人だった仲間を3人にまで減らした合同パーティーで、ネリンさんの罠とエルルさんの魔法のおかげで一時的に難を逃れたが、3人の生き残りがその魔法の威力を見てエルルさんに詰め寄った。
その力があればあいつらは死ななかった、お前がいればあいつは討伐出来ていた、お前があいつらを見殺しにした、お前の所為で、お前がやらなかったから、そんな力を持っているのにと様々な罵詈雑言をエルルさんに浴びせたのだ。
もちろんネリンさんはエルルさんを庇う様にその力を安全に、問題なく、味方を巻き込まない様に使う為に、貴重な鉱脈を潰さない様にと何度も説明した事をまた説明したが相手は聞く耳を持たなかった。
このままじゃ仲間を失った上に依頼を失敗した違約金で冒険者を続けられなくなるとエルルさんを無理やり連れて行こうとした時、洞窟から出て来なかったはずの魔獣が現れエルルさんの目の前で残りの合同パーティーが全滅。
そして命を優先したネリンさんに連れられてエルルさんもパーティーメンバーと一緒に逃げたが振り切れず、エルルさんを狙った一撃をネリンさんが庇い腹を食い千切られてしまった。
それからはエルルさんの記憶が飛んで―――気付いたら辺りは荒れ果て、パーティーメンバーもボロボロの状態で魔獣の死骸の前に立っていたらしい。
後からエルルさんがネリンさんに聞いた話だと魔力を暴走させながらやたらめったらと魔法を放ったらしく、周囲の被害はほぼ魔獣とエルルさんの影響だったらしい…エルルさんは覚えていないが。
そしてとても貴重なポーションでネリンさんは一命を取り止め合同パーティーの遺品回収と死亡報告、依頼の達成報告を最後にパーティーを解散。
リーダーは今も別のパーティーを率いてAランクの上級冒険者として続けていて、ネリンさんともう一人の僕を護衛していてくれたシュリ・アーミスラさんは受付嬢、エルルさんは周りから勿体ないとか色々言われて引き留められたがきっぱりと冒険者業から足を洗って本屋を経営。
残り二人ほどパーティーメンバーはいたが、エルルさんはネリンさん以外と殆ど関係を断っていた事から同じく冒険者業を辞めて才能を生かした安定した職に就き、家庭を築いたとネリンさんから教えてもらったらしい。
そしてエルルさんは日を追うごとに合同パーティーの生き残っていた奴等に言われた言葉が救えたのに救わなかったという後悔に変わり、エルルさんを庇ったネリンさんに対して気にしなくていいと言われてももっと早く魔法を使っていればという気持ちが罪悪感になってしまった。
その罪悪感と後悔が僕の言葉で無くなり、久しぶりにネリンさんと話したいという事で一緒に冒険者ギルドに来てエルルさんはネリンさん、僕はパトラさんと会ってとなった。
エルルさんの事はこれで終了だが…もう一つ、昨日のラザマンドさんの事だ。
昨日、エルルさんの件で僕ももう少し関りを持とうと意識を変え、エルルさんにお願いして一緒にラザマンドさんがいる宿まで付いて来てもらったのだが…宿の扉を開けてみればロビーで虚ろな眼をしながら額をゴンゴンと組んだ両手で殴りつけている少し魂の色が暗くなったラザマンドさんがいたのだ。
奇行にももちろん驚いたが、真っ白だった魂が暗くなっていた事に一番驚いた僕は思いっきりラザマンドさんの頬をビンタした。
…何時ぞやにビンタされたお返しも含めて。
それでもぼうっと僕を見つめるラザマンドさんにもう一発かまそうとしたけどエルルさんに止められて…ラザマンドさんが心配していた事を全部解消して、明日も早いからとおやすみとただいまを言ったら魂の色が元の真っ白に戻ってまたビックリした。
これが昨日の出来事で―――
「お?随分珍しい奴がいんじゃねーか」
「あ、ギルマス…お久しぶりです」
今はネリンさんと話していたエルルさんの前にパトラさんに抱えられて登場した所。
「おう。また冒険者になるのか?」
「まだその予定は無いですかね…やっとシオン君のおかげで気持ちに一区切りついた所なんで…」
「ふぅん…?」
訝しむ様に僕を目の前にぶら下げるパトラさん。
「僕は思った事を素直に言っただけですよ?パトラさんが綺麗で素敵な女性っていうのも本心です」
食らえ、満面の笑みアタック。
「っ…」
ふっ、決まったな。
「…将来女を泣かせる男になりそうですね?」
そう言うのはネリンさん。
「そんな事ないです。僕は一生懸命正しく生きている女性に誠実な男になるって決めてるんです」
食らえ、連続満面の笑みアタック。
「……」
決まっ…たか…?ちょっと顔赤くなってるから決まったな。
「…シオン君、パトラさんとネリンと大分仲がいいね?」
「仲はいいですけど、その中でも一番なのはエルルお姉ちゃんだよ?」
食らえ、満面の笑みアタック+お姉ちゃん呼び。
「きゅん!」
ふっ、完璧に決まったな。
「…おいエルル、絶対に一線は越えんなよー?超えたら全力でぶん殴るぜー?」
「…そうですね、元仲間を自警団に引き渡したくないですから」
「二人共怖い事言わないで!?」
と言う事で僕は何とか歩けるようになってパトラさんとネリンさんと別れ、エルルさんと共に昨日作った訓練場に向かう。
「…それで?効果はどう?」
「そうですね…」
人が行き交う道でエルルさんが僕に問うのは認識阻害の効果があるピアスの事だろう。
今感じる視線は殆ど無く、今まで感じていた好奇心の視線も冒険者ギルドでの視線も訓練中の視線も殆ど感じられなかった。
「かなり効果を感じてます。今まで見られてた感覚があったのに全く無いですね」
「そっかそっか!それならよかった!」
そうなると気になるのは…僕が持っている才能の【認識阻害】の事だ。
今まで何があってもいい様に【認識阻害】は意識しているが…今までその恩恵を感じられた覚えは無い。
女の子に間違われるのがそうかと思ったが、昨日エルルさんに鏡を見せてもらって100人見ても全員女の子と言い切る容姿をしていたからと判明して益々才能の【認識阻害】が分からなくなっていた。
「知ってたらでいいんですけど…」
「んー?」
「才能の【認識阻害】とこのマジックアイテムの認識阻害って何が違うんですか?」
「それを聞いて来るって事は【認識阻害】を持ってるの?」
「はい…森で生きてたからだと…偶に自然の空気に自分の気配を紛れさせたりしてたので」
「なるほどねー。えっとねー、才能の【認識阻害】は【鑑定】【解析】【診察】【読心】【気配察知】【魔力探知】とか相手から自分に対して何か情報を探られたりする時に探られない様にする才能なの」
「なるほど…」
「で、そのピアスの認識阻害はシオン君という存在を認識し辛く…シオン君でいうならその可愛い容姿が気に止まらなくなるの。簡単に言うとピアスは外側の認識阻害して、才能は内側を認識阻害してるって考えかな」
「ほほぉ…!」
「でも、上位互換の才能に探られたりその人の技量が高かったらバレるから注意ね?」
とてもいい事を聞いた…本当に万が一姿が見られても情報が遮断出来るのなら嬉しい。
でも、上位互換の才能や技量によってはバレる可能性がある…そういう時の為に裏の顔の時は【偽装】で名前だけでも分からない様にしておくのは必須だろう。
「わかりました。それでこのピアス何ですけど…」
今までの僕ならきっちりとお金を払って借りを作らない様にした…セーラにもらったはずの服もそうした。
だけど、少し変わった僕は善意を見なかった振りをして踏みつけて線引きする事を辞めた。
「…もらってもいいです…か?」
「っ!いいよいいよ!元々あげるつもりだったしね!」
エルルさんの魂がほんの少し明るくなった気がする…これでいいんだ、僕は。
次、セーラに会ったら…ちゃんと謝ろう。
■
「いやー…本当に凄いねー…一つであんなになってたのにもう七つだよ?」
「は、い…」
灰色の床、壁、天井に囲まれた空間を照らす白い球体…そんな何もない場所で僕はフラフラしていた。
ここはエルルさんと僕で作った訓練場で、エルルさんの家の庭から地下に続く階段を下るとあるのだが…エルルさんが凄まじかった。
まず入り口。
入り口はエルルさんと僕しか入れない様に魔法陣の『限定型』という特定の魔力でしか動かない特別な魔法陣で入場を制限し、入り口があると不自然だからと周囲の状況に合う様に合わせて隠蔽で隠している。
次に階段。
階段を作っていく光景を見ていたが、周囲を掘る掘削、階段の形を作る形成、崩れない様に補強する硬質を同時に行い一歩降りる毎に完璧な階段が出来ていく光景は凄い、不思議、気持ちいいと語彙力を無くす程だった。
そして訓練場の入り口と中。
入り口は外の入り口と同じ限定型の魔法陣で入場を制限し、中は一辺100mの正方形になっていてかなり広い。
しかも天井、壁、床には『自動型』という魔法陣が使われて特定の条件が起こると自動的に発動するものが刻まれていて、破損すると自動的に周囲の魔力を吸って破損した部分を土魔法で修復してくれるのだ。
他にも対物理、対魔法、気力遮断、魔力遮断、遮音、耐震、消臭、清潔、照明と他にも様々な魔法陣を刻み、かなり無茶な事をしても周囲にバレる事も被害が出る事もない様にしてある。
そしてそんな訓練場の一番の目玉は訓練場内の形状変更。
100m四方だと広すぎると思えば床から壁がせり上がり広さを制限し、障害物が欲しいと思えば好きな形に壁をせり上がらせて障害物を生む事も迷路化する事も出来るのだ。
発想自体は僕がして、その発想を実現するのがエルルさん…二人で一から作った訓練場だ。
「どうする?八つ目いく?」
「うーん…」
本来ならお願いしますと即答するのだが…僕は一つやり残した事をしなくてはならない。
「今…何刻ですか?」
「えっとー…20時だね」
「だったら…今日はここまででいいですか…?実はずっとご飯を一緒に食べようと誘ってくれてる人達がいて…」
「そーなんだ!それならそっち優先した方がいいね!」
「はい…僕からお願いしてるのにいつもすみません…」
「いーよいーよ!じゃあ今日はこの辺にして…一応その人達の所まで付いてっていい?ラザマンドさんと約束しちゃってるし…」
「はい、迷惑かけてすみません…」
エルルさんが外した指輪を一つずつ嵌めていくと一気に気分も身体もスッと楽になり、じんわりと浮かんでくる汗を拭ってエルルさんの後について行く。
「それでー?どんな人達なの?」
「どんな人達…どんな人達何ですかね?」
「えー?何で分からないのー?」
「…正直、そこまで深く関わるつもりが無かったので…それに、出会い方が出会い方でずっと警戒されてましたから…」
「なるほどねー…で?何で心変わりしたの?」
「んー…エルルさんと知り合ったから…ですね」
外の入り口を閉めて周囲の風景に同化するのを見届けて居るであろう冒険者ギルドに向かうエルルさんと僕。
「ん?私?」
「はい。エルルさんのおかげで僕もやりたい事を見つけたというか…」
「やりたい事?どんな事?」
「…どうしようかなー」
「えー!いいじゃん教えてよー!」
「じゃあ当ててみてください」
「…ヒント!」
「んー、王都でお店を構える…とか?」
「王都でお店かー…もしかして本屋!?」
「んー…本屋はしないと思います。エルルさんのお店で十分なので」
「そっかー…じゃあラザマンドさんみたいに商会とか!?」
「違いますね」
「えー!じゃあ料理屋!」
「それも違います」
エルルさんは本当に僕がお店を開くとは思っていないのかそれからも楽しそうに王様!?とか色んな職を上げていくが全部違う。
それに僕は本当に店を構えるつもりで、お客さん第一号はエルルさんにしようと思っている。
エルルさんは僕に新しい道を示してくれた人だから。
お客さん第二号は…ラザマンドさん、第三号は…ルクスかな。
「んー…なかなか難しい…」
「ギブアップですか?」
「……悔しいけどギブ!何するの!?」
「…じゃあ、今エルルさんがして欲しいとか困っているとか思っている事ありますか?」
「えっ?」
僕の問いに困った様に首を何度も傾げるエルルさん…見てて取れそうで本当に怖い。
「んー…いっぱい喋ったから喉渇いたなー…とか?」
「分かりました、エルルさん口を開けてください」
「…?ほーお?」
可愛らしく素直に口を開けるエルルさんの…お客さん第一号に満足してもらえる様に口に少し甘く、水が弾ける様なイメージを加えて生み出すとエルルさんは目を見開き飲み下した。
「っ!?お、美味しい!何このパチパチしたの!?」
「シュワシュワして不思議な感じでした?」
「うん!…あ!もしかして飲み物屋さん!?これ、絶対流行るよ!」
「んー…流行ると思いますけど違います」
「えー!?じゃあ何!?」
答えを聞きながらもっと頂戴と口を開けて来るエルルさんに苦笑しつつ、水玉を口に入れながら僕は言う。
「正解は…“何でも屋”です」
「…何でも屋?」
「はい。困っている、助けて欲しい、色んな事を頼めて解決して頼んでよかったってちょっとでも嬉しい気持ちになってもらえる何でも屋になろうかと」
「…冒険者ギルドみたいに…?」
「冒険者ギルドだと大体は討伐、護衛、採集、調査の依頼しかないじゃないですか。僕の何でも屋は僕が出来る事ならお店番や荷物運び、魔法陣の設置や討伐、エルルさんみたいに喉が渇いたーとか、勉強を教えてーとか、迷子になったから道案内してーとか、ペットが居なくなったから探してーとか…そういうのを全部やって力や知恵、技術を貸す代わりに依頼料をもらうお店をしようかと」
「おおお…!今までにないお店だね!!でも…出来ないって否定はしないけど相当難しいと思うよ…?」
「それはちゃんと分かってます。だから今からでもいっぱい勉強して訓練して…頼まれたら何でも解決出来る様になります。あ、ちゃんと犯罪はどれだけお金を積まれてもお断りしますよ」
「…そっか、それがシオン君が見つけたやりたい事なんだね?」
「はい。その道を考えさせてくれたエルルさんをお客さん第一号にしたくて…さっきのは初仕事なんでサービスしますけど、これから大きい事を頼む時はちゃんと報酬もらいますからね?」
「あー!そう来たかー!」
「あはは、嘘ですよ。エルルさんのお願いだったら報酬はいらないです。……まだ数日ですけど僕の師匠みたいなものですから」
「きゅん!!」
僕の初仕事は呆気なく終わったけど…こういうのでいい。
こうやって少しでも笑って幸せな気持ちに出来るのならそれでいい。
他者を疑わないと自分の命が危うくなる様な世界だからこそ、こういうのが必要なんだ。
「…んじゃー…まぁ?もし?シオン君が?王都にお店を構える事になったら?し…師匠の私が?魔法陣の設置とか?付与とか?してあげてもいいかもね?」
「その時は是非頼りますね、師匠」
人を殺す為の存在だった僕の言葉で顔を赤くして身を捩る程喜んでくれる人もいる。
この殺伐とした世界で僕もそうあらないといけないと思っていたけど、そういう道もあるんだとちゃんと理解して僕らしくいられる事が分かった僕は少し成長したと思う。
「さて…冒険者ギルドに着いたけどお目当ての人はいそう?」
「えっと……あ、いました、あの人達です」
そして僕はその成長の証として自ら遠ざけていた『渡り鳥』の皆に自分から近づいた。
■
Side.『渡り鳥』セーラ・フリッツ
「はぁー…今日はいい感じの依頼無かったな」
「そうだね…」
アルトがそう言うとリウも同意して私も含めてみんなも溜息を吐く。
今は十一月の終わり…ローゼン王国の北に位置するフルールは王都に住む人からしたら北国で、十二月になれば移動が困難になる程に雪が積もる。
その所為で動物はいなくなるし獲物が少なくなった魔獣は飢えで凶暴化し始める。
飢えれば魔獣から剥ぎ取れる素材の質も悪くなるし、視界不良や寒さ、動き辛さも相まって今まで問題なく狩れていた魔獣の討伐依頼の難易度も二段階ほど難しくなる…命の危機が跳ね上がる。
それなのに報酬は据え置きで…冬だから薬草の採集もかなり難しくなるし冬に育たない薬草ばかりで殆ど依頼も無い。
今回の護衛で金貨の報酬があるとはいえ、徐々に貯蓄を切り崩さないといけない…一発逆転もあるけどそれなりに死線を潜らないといけない…冒険者は本当に世知辛い…。
「フルールの冬はお馴染みでしょ。リリカとレーネは初めてだからひもじいと思うけど出発するまで我慢してね」
「だ、大丈夫!飢えないぐらいは稼いでるし無駄遣いしてないよ!」
「…この前、よく分からないマジックアイテムを買いそうになってたのに?」
「だ、だって…あれがあれば野営のご飯がもっと簡単になると思って…」
この中で財布の紐が一番緩いのがエイン…その次からリリカ、リウ、アルト、私、レーネ。
私達の生命線と言える食料の調達は常にリリカとレーネをセットにして送り出さないとお金が一瞬で無くなる…色々考えて力が付いて美味しいものを作ってくれようとするリリカには頭が上がらないけど少しは質素でいいから自制して欲しい。
「まぁまぁ…それだけ俺達の身体を考えてくれてんだからさ。それより今日はどうする?店で食うか?それとも宿のキッチン借りて宿で食うか?」
「んー、今日の依頼はリリカに負担が大きかったからお店でいいんじゃないー?」
エインは何も考えて無い様でこういう気遣いが出来る。
ただ…お金が少し厳しい。
「…リリカに教えてもらいながら私達で作ればいいんじゃない?」
私の言葉に皆の表情が強張る…そう、リリカ以外全員料理が出来ない。
リリカがいなかった時はこの世の物とは思えないまずさの携帯食と硬く歯を折るのが目的じゃないかと思う黒パン、ただただしょっぱく水でお腹を満たす様な干し肉の日々だった。
でももしかしたらと食材を買って野営して見れば焦がすわ調理器具はぐちゃぐちゃに壊れるわと悲惨な事になり、出来上がった物は携帯食を超えるまずさの物体…全員に料理禁止を言い渡すのは誰でも予測出来る程だった。
「えっとぉ……それは……宿の人に迷惑になるし……私も逆に疲れるかも……」
リリカの控えめだけどハッキリとした発言に私達は財布の紐を緩める決心をした。
「…んじゃ、飯食うか」
アルトの言葉で皆が冒険者ギルドのフロアに設置されている酒場に向かって歩こうとした時、
「『渡り鳥』の皆さんー」
しばらく聞いていなかった聞き覚えのある声に全員が振り返り息を飲んだ。
見た事が無い服を着ていて真っ白な髪の尻尾を左右に揺らしながら近づいて来るシオン…と、小麦色の髪を跳ねさせて一部の主張が激しい女性。
シオンは元々可愛かった容姿に更に磨きがかかった様に可愛くて…同じ女…じゃなかった、男なのに女に負けを認めさせる可愛さに自然と敗北感が襲ってくる。
それにあの服……普通じゃないのになんか……いい。
「お、おう…シオン、どうしたんだ?」
口籠りながらアルトが話しかける。
私達はラザマンドさんに釘を刺されている…シオンは私達の常識の外にいると。
だから距離を測りながら話しているんだろうが、シオンの可愛さに驚いてそれ所じゃないみたい…視線がさっきからシオンを見たらいいのか違う所を見た方がいいのか泳ぎまくってる…同じ男なのに。
「ずっとご飯に誘ってもらってたので僕からご飯のお誘いに来ました」
シオンの言葉に耳を疑ったのは私だけじゃないみたい。
私達と一線を引こうとしていたシオンから食事の誘い?どういう心境の変化?それより…今は少し間が悪い…シオンを食べさせてあげる程のお金を私達は持っていない。
「そ、そっか…俺達、そこの酒場エリアで食おうと思ってたんだけど…」
アルトもどうしようかと皆を見るけど、みんな私と同じ事を思っているのか表情が引き攣っている…自分達からしつこく誘い続けたのにここで断るのはマズい、かと言ってお金がない。
お金は本当に人を狂わせる…。
「そうなんですね。ならそこでも大丈夫です」
もうご飯を食べる事は決定してしまった…明日からはちょっときつめの討伐依頼を受けないと…
「あー…その…だな。しつこく誘ってた俺達が言うのも何だけど…今日は依頼があんまりなくて…シオンの分も出せる余裕があるかどうか…」
勇気を振り絞ってシオンに言ってくれるアルトだけど…正直恥ずかしい。
子供が食べる分すら碌に出せない…情けなくて涙が出てきそうになる。
「あ、元々僕が払う予定だったので大丈夫です。今まで何度も誘って貰ってたのに行けなかったお詫びも含めてるのでお金は気にせず食べてください」
その上子供にお金を払わせるとか…死にたい。
「い、いやシオン…」
「それにレーネさんにあんな事を言ったお詫びと、セーラさんが善意でくれた服を突き返したお詫びもあるので」
「「え…?」」
私の声と被ったのはレーネ。
一体この数日でシオンに何があった…?明らかに別人だ。
「と言う事で…とりあえず席座りますか?」
「え、あ…本当にいいのか…?」
「はい、僕が森で拾ってた物がちょっと売れてお金はあるんです。ちゃんと僕が稼いだお金なので僕がどう使おうが自由にしていいってラザマンドさんにも許可はもらっているので」
「……分かった、そういう事なら」
きっとここでシオンの善意をあの時私にした様に突き返せば絶対に修復できない溝が出来るとアルトは判断してプライドを捨ててシオンの誘いを受けた。
だったら…私達もちっぽけな見栄を捨てるべきだ。
「…言っとくけど、あの時の事まだ怒ってるから」
「お、おいセーラ!」
アルトに止められるけど今は黙ってて欲しい…私は私としてシオンに接する為に必要な事だから。
「あはは…すみません」
「だから今日は容赦なく飲み食いするからね?」
「それで許してもらえるなら」
「…なら許してあげる。後、ずっと私達も疑ってかかってごめんなさいね」
「それは必要な事だって理解してるので」
「…シオン、本当にごめんなさい」
「レーネさんももう気にしないでください。僕もあの時はそう言った方が護衛の依頼に支障が無いと思って言っただけなので…それでも気にするなら僕に驕られる事がお詫びだと思ってください」
「………分かった」
そう、これでいい。
これでもう『渡り鳥』とシオンの間にしこりは無くなった。
「と言う事になったのでエルルさんも一緒にご飯食べませんか?」
「えっ!?私も!?」
「はい、よかったら皆さんに元先輩冒険者として何か役立つ情報があったら教えてあげて欲しいですし」
シオンの隣にいる女性は元冒険者…?そんな雰囲気は一切感じないけど…
「…え?待って?え、エルルってもしかして…『八魔エルル・ユニコード』…!?」
レーネは心当たりがあったのか今まで見た事が無い表情で驚き、同じ魔法師のリリカも見た事ない表情で驚いてる。
「あの伝説の大賢者ですら弟子入りを拒否して弟子取らない事で有名なハイエルフ『叡智メルクリア・ユニコード』に唯一弟子入りを認められて“ユニコード”を名乗る事を許された大魔法使い…!」
「ちょっ…みんな、私の事はいいから…!正体隠してるし昔の事だから…!」
「へぇー、エルルさんって凄い人だったんですね?薄々気付いてましたけど」
「シオン君まで…!」
…はっ!?何でそんな大物がフルールにいてシオンと親し気にしてんのよ!?
「まぁ、そんな事よりとりあえずご飯食べません?」
そんな事って何よそんな事って!?
「あ、パトラさん」
「ん?シオンじゃねーの。こんな時間にどうした?まさか酒を飲みに来たんじゃねーだろうなー?」
えっ!?ぎ、ギルマス!?何でそんな親しそうなの!?
「僕は飲まないですよもちろん。でもパトラさんには驕りますよ?それにパトラさんはラザマンドさんの行商を同行するんですから護衛してくれる『渡り鳥』の皆さんと顔合わせしておいた方がいいんじゃないですか?」
はっ!?同行!?聞いて無いんだけど!?
「お、そーか。じゃあ遠慮なくそうさせてもらうか。…っと、おいネリン!こっちに来い!」
えっ!?ネリンさん!?
「…何ですかパトラさん」
「お前も上がりだろ?飯でも食おうぜ」
「まぁ…ってシオン君?何でこんな時間に酒場に?…もしかしてお酒を飲む気ですか?」
「違います。僕は飲みに来たんじゃなくてご飯を一緒に食べて交流を深める為に来たんです。だからネリンさんも一緒にどうですか?ネリンさんも一緒に食べてくれると僕は嬉しいんですけど…」
「……そういう事なら」
だから何でネリンさんとも親し気なのよ!?
「本当はラザマンドさんも誘いたかったんですけどお仕事で忙しいみたいですし…また今度ですね」
そう言って笑顔で席に座りエルルさんやパトラさん、ネリンさんと一緒にメニューを見始めるシオン…
本当に私達の常識が通じない常識外の存在だ…。
それと…私達はもっと稼げるように実力を付ける事にする…今回のシオンの支払い、金貨2枚したから…。
ただの飲み食いで金貨って…。




