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本屋のお姉さん

「んー…まだ身体の調子は万全じゃない…もう少しパトラさんに相手してもらってもよかったかなぁ…でも囲まれそうだったからなぁ…」



 どうも冒険者ギルドのギルドマスターパトラさんと引き分けて面倒な事になると察して逃げた僕です。


 僕は今、ネリンさんが描いた売り物になるレベルの地図を片手に、ネリンさんの現役時代にパーティーを組んでいた人が経営する本屋さんに向かってる最中です。


 ネリンさんは少し変わってると言っていたので不安ですが…僕は元気です。



「にしても…やっぱり戦いになると僕は弱いな…」



 思い起こすのはパトラさんと戦って負けた一戦。


 まず、あの速さに反応出来なかった。


 開始して直後、一瞬だけパトラさんの身体から魔力が溢れ出したと思ったら目の前で拳を振りかぶられて焦って足を動かさず反撃しようと回避したが、相手も避けられる事を想定して追撃を考えている所まで考えが至らなかった…一瞬過ぎて判断出来なかった。


 今思えばあの状況はパトラさんの内側に避けるんじゃなく、外側に避けてそのまま距離を取って詰めようとしてきた足元を泥に変えて体勢を崩させ投げナイフで攻撃するべきだった。


 攻撃力が無くても目と鼻の先に火を生み出して怯んだ隙を突く事も出来ただろうし、土を蹴り飛ばして目くらましをして背後からナイフ、もしくは急所にナイフで切り傷を作ってギブアップさせる事も出来ただろうし、多分体格差と力の差で剥がされたかも知れないが組み伏せるなり締め上げるなり出来た筈。



「落ち着くと色々考えちゃうな…やっぱイメージと実体験は全然違うし…本を漁って勉強に時間を当てようと思ったけど、明日ネリンさんに聞いて訓練出来ないか聞いてみるか…」



『俺』の記憶を頼りにある程度の武器やその場にある物で戦う事は出来るが実戦となると勝手が違う。


 その事を身に染みて分かった僕は地図が示す緑色の建物の前に着いた。



「ここが本屋…お邪魔します」



 ゆっくりと扉を開くとカランカランと扉の上に付いた来客を知らせるベルが鳴る。


 人が二人並んで通れるかどうかの導線、ぎっしりと木の棚に詰められた本、高い所にある本を手に取る為の少し頼りなさそうな木の梯子、銀色のベル以外何も置かれていないL字のカウンターの奥に見えるカーテン…思い浮かべるのは大型書店ではなく個人で経営する規模の古本屋。


 紙の匂いと手入れや書き物に使う薬品やインクの匂いも微かに漂う本屋は何とも落ち着く雰囲気だ。



「…手に取って試し読みしていいのかな…?」



 誰かいますかと声を掛けても反応は無く、カウンターのベルを鳴らしても反応は無く…仕方ないと店の中を歩いて本を見ていると僕が入って来た店の入り口がカランカランと音を立てて開いた。



「ただいまーっと…!?誰!?泥棒!?」



 いきなりそう言って来たのは手に箒を持って白いふんわりとした帽子を頭に乗せる外ハネしている小麦色の髪を背中まで伸ばした女性。


 瞳の色は髪の色と同じで特徴的なのは鼻に乗せた丸く大きな金縁の眼鏡。


 服は外が寒いからか白いもこもこの上着にくるぶしまで伸びる長めなスカートと茶色の編み上げブーツ。


 パトラさんの様に特徴的な耳や尻尾がある訳ではないので恐らく人間のお姉さん。


 そして僕の目を惹くのは箒が握られている両手全てに嵌められた銀の指輪。



「泥棒じゃなくてお客さんです」


「…え?お客さん?」



 さっきまで使っていたであろう箒を僕に向けながら首を傾げるお姉さん。



「こんな小さな子供が?お嬢ちゃんが?高価な本を?」


「はい、お金もあります」



 嘲るというより本当に疑問に思っているのだろう…その内取れるんじゃないかと思う程に何度も首を傾げてる。



「本当にお客さんなの?」


「はい、さっき何度も声を掛けたんですけど反応が無くて…一応、ネリンさんに教えてもらってここに来たんです」


「え!?ネリン!?」



 ネリンさんの名前を聞いて驚きを身体で表現するお姉さん…確かに人より感情表現が豊かという点では変わっている。



「これがネリンさんに描いてもらった地図です」


「…本当だ。ネリンが描いてた地図だ…」



 元パーティーメンバーだから見慣れたものなんだろう、一目見て感心した様に何度も頭を縦に振って…ギョッと目を見開き綺麗や美しいじゃなく可愛らしい顔をズイズイと近づけてくる。



「もしかしてお嬢ちゃんネリンの妹!?こんな可愛い妹いるなんてずっと知らなかったんだけど!?」


「い、妹じゃないですし僕は男ですよ?」


「えっ!?そうなの!?私より可愛い!」


「お姉さんも可愛いですよ?」



 食らえ、満面の笑みアタック。



「きゅん!」



 く、口でその効果音を聞くのは初めてだけど…ふっ、決まったな。



「それでえっと…本を探しに来たんですけど…」


「…あ、ああそうだったね!本ね!」



 ちょっと赤くなった顔を暑いなーと言って手で扇いでる…本当に感情が行動に現れる程感情豊かで…魂が灰色だ。


 きっとネリンさんが言っていた事を今も引き摺っていて、後悔や何らかしらの罪悪感が残っていて苛まれてるんだろう。


 それを誤魔化す為にワザと明るく見せている…印象としてはそんな感じの人だ、この人は。


 それが解消されればきっと魂は白くなるだろうが…それは僕には無理だと思う。


 この人にとっては僕は少し変わった客でしかないから。


 この人の魂がどす黒くならない様に…そして、僕が殺さなくてもいい様に祈るしか出来ない。



「どんな本を探しにきたの?」


「あ…えっと、魔法陣とかが載ってる本があれば見てみたいなと」


「魔法陣!?付与もあるのに随分とマニアックだね!?」


「そうなんですか?これを布屋さんで買って読んでみたら面白かったので」



 そう言って【空間収納】から初級魔術陣学の本を取り出すと【空間収納】に驚いたのか一瞬目を見開きすぐに本を手に取りあーと唸る。



「結局あの店主さんも断念しちゃったんだ…」


「知り合いなんですか?」


「知り合いっていうか、布とかって本と一緒でなかなか売れなくてね?だから売り上げを伸ばす為にどうしたらいいのかみたいなのを井戸端会議でしてたんだけど、魔法陣で布に付加価値を付けたらって提案して売った本なんだよね、これ。結構分かりやすいんだけどなぁ…」


「そうだったんですね。でもこの本のおかげで僕はちゃんと出来ましたよ」



 服をペラリと捲って裏地に刺繍した魔法陣を見せようとするが、目の前のお姉さんは僕の腹に大量の投げナイフが吊るされている事の方に驚いた。



「…何する気なの?」


「護身用です。蹴られても防具代わりになったんですよ?」


「防具って…誰かに蹴られたの?」


「パトラさんに蹴られました」


「パトラ…?っ!?え!?ギルマスのパトラ・メイガスさん!?」


「そうです。ここに来る前に二回模擬試合をしたんですけどその時に思いっきり膝蹴りを食らって…この投げナイフのチョッキとその本に乗ってた対打撃の魔法陣が無かったら確実に骨が折れてました」


「お、おお…君…見かけによらず強いんだね…」


「それよりも投げナイフじゃなくてこっちを見てください。自分で刺繍したんですよ」



 そんな事より魔法陣だ。


 面倒だから白いてるてる…肩だしのぶかぶかのシャツを裏返して渡すと大きい金縁の丸眼鏡でジッと見つめる。



「…へぇ、常駐型の魔法陣で耐久と汚れ防止と対刺突…確かにさっきの本に載ってる魔法陣と効果だね。三つも刺繍してるのに混線しないでちゃんと効果を発揮してるし綺麗に出来てる」


「……もしかして本の内容全部覚えてるんですか?」


「うん。ここに並べてるのは全部私が読んで覚えた本だよ。だから売っても大丈夫なの」


「凄い…」



 ぱっと見で100や200じゃ収まらない量の本が並んでいるが、その全ての内容を覚えているというお姉さん。



「別に凄くないよ。本が好きなのと知識を溜める事が小さい時から好きなんだよねっと…と言う事はさっきの本の続きが欲しいのかな?」


「あれば欲しいです。後…」


「うん?」



 シャツを返してもらいちゃんと着た僕は自分の才能に必要な本を一つずつ思い出しながら告げる。



「魔道具に関する本、錬金術に関する本、薬学に関する本、鉱物や薬草等の図鑑…出来れば魔法に関する…付与の魔法に関する本が欲しいです」



 するとお姉さんの眉がピクリと動き僕を訝しむ様に見つめてくる。



「…待って、そんな高度で高価な本ばかり…何で欲しいの?」


「…理由を言わないと買えないんですか?」


「そう言う訳じゃないけど…才能はあるの?」


「無いですけど…逆にお姉さんは才能が無いから読むのが無駄だと思いますか?」



 僕の言葉で更に表情が歪むけど僕は気にせず言う。



「もしそう思うんだったらここにある本を全部読んで覚えたお姉さんは無駄な事をしてたんですか?それともここにある本全てに関する才能を持ってるんですか?持ってたら何でその才能を生かさずに本屋をやってるんですか?」


「…」


「才能が無くても本が好きだから色んな本を集めて読んで覚えて、他の人にも読んでもらいたいからお店まで開いて本を売ってるんですよね?だったら才能が無くても、逆に他の事で絶対に輝ける才能があったとしても自分がやりたいって思える様な好きな事をするのに無駄ってないですよね?」



 この世界で『俺』は当たり前だと思って僕はおかしいと思っていた事―――それが才能の有無による不自由。


 才能が無ければしちゃいけないなんて事は絶対に無い…例えどんな硬い物を斬れる、砕ける才能を持っていたとして、絶対に騎士や冒険者にならなくちゃいけないという縛りも法律もない。


 その人が料理人や薬師になりたいならなればいい、ラザマンドさんがいい例だ。


 ラザマンドさんは王国騎士副団長として活躍し、どんな才能を持っているかは分からないけどきっと戦闘向きの才能をたくさん持っているはず…なのに商人として行商を行っている。


 だけど周りがそうであるべき、他の人は授からなかったんだから絶対にやるべきと周りに言われ続けて自分もそうならなくちゃいけないとその道に進んでしまう。


 確かに才能を授かればビックリする程に簡単に出来て僕も才能に何度も助けられているけど、この世界の人達は才能を絶対視し過ぎている。


 本来才能というのは目に見える物ではない…だけどこの世界では自分が持っている才能が見えてしまう。


 だからより一層自分もそうでなくちゃいけないと考えるけど…僕は絶対に間違ってると思う。


 才能はその人の使いやすい武器や道具であって、人生を決める枷じゃないんだ。


 それを使うも使わないも自分次第…他人に決められていい物じゃない。



「だから―――」



 才能が無い事を理由に売ってくれないならお店を出ますと言おうとしたら目の前が真っ白になった…え?



「うんうんうんうんうんうんうんうん!!そうだよねそうだよねそうだよね!?才能なんて関係ないよね!?才能があるからその才能を生かせる事以外やっちゃダメなんてないよね!?」



 な、何がどうなってるの…?目の前が真っ白で熱くていい匂いがして柔らかいけど滅茶苦茶苦しい…!!



「嫌な事があって冒険者を引退する時もこのお店を開く時もみんなに言われたの!その才能を生かさないのはおかしい!皆の為に使わないのは神への冒涜だ!お前ならもっと上を目指せるのに何で本気でやらないんだ!って!」



 う、嘘!?この状況で話を続けるつもりなの!?



「だから私はもっと意地になって冒険者も辞めて今まで溜めてたお金と集めた本を使ってこのお店を開いたの!本が好きだから!知識が好きだから!人を傷つける魔法が嫌いだから!!」



 い、意識が…!ずっと背中を叩いてタップしてるのに…!審判…!審判!!



「だからそれを分かってくれる君が好き!大好き!本当にいい子!!」



 その言葉を聞いた瞬間、更にきつく背中に食い込むお姉さんの腕が僕の意識を刈り取り…



 ………


 ……


 …



「…んぁ」



 僕はいい匂いがする寝心地のいいベッドで目を覚ました。



「あっ!?お、起きた!?」



 パタンと本を閉じてベッドに上がって来る本屋のお姉さん…そんなにベシベシほっぺを叩かなくても起きてます…。



「よ、よかったー…つい興奮して抱きしめ過ぎちゃった!!」


「…パトラさんの締め技並みに逃げれませんでした…才能あるんじゃないですか?」


「えー?そうかなー?」



 いやいや、テレテレじゃない。



「えっと…僕、どんくらい寝てました?」


「あ、んー…7時間ぐらいかな?」


「という事は18時…」



 十字に木枠が走る円形の窓から見える空は黒。


 ラザマンドさんに決められた門限は夜10時だから自由時間が後4時間しかない。



「あ、お詫びに晩御飯作るけど食べる?」


「ご飯…」



 そう言えば朝から何も食べてない事を思い出すと僕のお腹が正直に鳴る。



「いい返事!じゃあお姉さんが愛情たっぷり込めて作ってあげるねー!」


「あ、手伝います」


「ほんとー?じゃあついて来て!」



 脱がされていたブーツを履いて傍に置いてあった投げナイフとドラゴンの牙のナイフのホルスターを付け、急いでお姉さんの後を追って部屋を出るとベタに掌に拳を下ろして振り向いた。



「あ、そういえばまだ自己紹介してなかったよね!私『エルル』!エルちゃんでもエルルお姉ちゃんでもいいよ!」


「じゃあエルルさんで。僕はシオンです」


「お姉ちゃんはまだ早いかー!シオン君ね!」



 階段を下りる度にお姉さん…エルルさんの外ハネの髪がぴょこぴょこと動き、僕の髪を纏めてくれてる白雪も頭をぴょこぴょこと揺らす…可愛い奴め。



「お店兼お家なんですね?」


「まぁねー!」



 どうやら僕達がいた二階は寝室や書斎、応接室になっている様で、キッチンやお風呂等の水や火を使用する場所は一階にあるらしい。


 更に地下に続く階段もあったが地下は一階のお店に置けない本を管理する倉庫兼食糧庫になっているとの事。



「地下とかに本を置いてたら湿気とか食料の匂いとかでダメになったりしないんですか?」



 一人用のキッチンだから二人で並ぶと狭いという事で僕は踏み台を用意してテーブルにまな板を敷いて手際よく食材の下処理を始める。



「ちゃんと対策してるよー?本の倉庫は湿気防止、臭気防止、劣化防止、防虫の効果を付与してるし、食料庫にも同じ効果を付与してるから何時までも新鮮なんだよねー!まぁ、二年前のトマトとかはいくら痛まないって言っても気分的には良くないからそこまで長く放置しないけどね?」



 キッチンの方でもエルルさんが火を起こして鍋を乗せるが…見た感じ、日本でよく見る家庭用コンロの様に見える。



「ちなみに一階のお店の方にも防犯とか湿気とかの対策はしてるよ!盗もうとしたら大きな音が鳴って鉄枷が手と足を縛るんだ!」


「…そういうのってやってもらうとかなりお金掛かるんじゃ無いんですか?」


「めーっちゃかかる!付与は大体術師の技量でどのくらい効果が続くかは決まるし、切れたらまた頼まないといけなくなるからほんっとーにお金がかかる!だから家の外側だけ大工さんに作ってもらって中の物とかもぜーんぶ自分でやったんだよ?凄いでしょ!」


「という事は…その火を起こす台もエルルさんが作ったんですか?」


「そ!いちいち木で火を起こして窯で調理すると火力にムラが出来て焦がしちゃうこと多いし、一定の火力で火が出来る魔道具無いかなーって探してそれを分解して中の構造を確かめて一から作ったんだー!」



 この人は本当に凄い…僕が刺繍した魔法陣を読み取った事もだが、魔道具を分解して中の構造を理解して別の物に組み込み再現してよりいい物を作る理解力と技術力、応用して発展させる知識の量と柔軟性が凄すぎる。



「まっ、本職の人からしたら古臭いやり方だって鼻で笑われる出来だけどね?これも殆ど魔法陣の応用で作った物だし」


「ま、魔法陣で!?」


「そ、そうだけど…ああ!そういえばシオン君はそういうのが知りたくて本を買いに来たんだもんね!ご飯食べながら説明してあげるよ!」



 本だけでも知識としては十分だがエルルさんの独自解釈という今までの検証と解釈、経験まで学べるのなら断る理由がない。


 何かを忘れている気がするけど…



「お願いします!」



 僕は元気に答えた。





 ■





 Side.リベーラ・ラザマンド



「……遅い」



 宿屋のロビーで腕を組みながら苛立ちと焦りを現す様に足先で何度も床を叩く音がする。



「…遅すぎる」



 今は21時…もう少しで22時になる。


 昨日から部下にもシオンの監視はしなくていいと伝えて私も取引先を周っていたが…初日から門限を過ぎるのなら最悪取引先まで連れて行くしかなくなる。


 何故かって?シオンは明らかに『記憶持ち(リスタート)』だが外見が可愛すぎる。


 そう、可愛すぎるんだ。


 何だあの穢れを知らない真っ白の綺麗な髪は。


 何だあの青空の様に澄み渡る青い瞳は。


 何だあの見た事のない服が似合う姿は。


 あんな少女にしか見えない少年に笑いかけられても見ろ、攫いたくなるだろう、家の子にしたくなるだろう。


 だから門限を決めたが…早めるか?


 21時…いや、18時か?だがそれだと私の取引にも支障が出る…。


 冒険者ギルドで護衛と監視を頼む…?いや、シオンを狙った畜生共は既に捕まって牢屋で犯罪奴隷の契約を出来る奴隷商を待っていると聞く。


 もし頼んだら今度はそいつが変な気を起こす可能性がある…無いかも知れないがあるのだ。


 だから安易にシオンの身近に知らない者を付けるべきではない…。



「どうしたものか…」



 本当であれば今日は行商の護衛を務める『渡り鳥(ウルグス)』の面々とシオンが食事をするはずだった。


 だから安心だと思い先程まで帳簿の管理をしていたのに…その面々は先程この宿に顔を出し『今日もシオンは飯に誘えなさそうですか?』と聞いて来た。


 もう仕事が手に付かない。


 こんな時間までシオンは何をやっているんだ!


 やはり門限は18時にする!反省しないなら17時だ!



「…あ、ただいま戻りました」



 その瞬間きっと私は風になっていただろう。



「シオン!こんな時間まで何処に行ってたんだ!」


「うわ……あれ?まだ22時じゃないですよね…?」



 …今、うわって言ったか…?引き攣った顔でうわって言ったか?



「さっき『渡り鳥』の面々がまたシオンを飯に誘いに来たぞ!今日は飯を食いに行ったんじゃないのか!?」


「……あーー…なんか忘れてると思ったらそれかぁ」



 まるで悩みが消えた様に納得してるがそうじゃない!



「実は今日、ネリンさんに冒険者のルールとか色んなギルドのルールを聞いて、ついでに読み書きを教えてもらったんです。ちゃんと覚えましたよ」


「っ!?もう読み書きを覚えたのか!?」



 …いや、『記憶持ち』なら今まで読めたり書けたりしたが黙っていた可能性があるが…。



「はい。それでその後、ラザマンドさんの行商に付いて来る事になったギルドマスターさんがどんな人なのかネリンさんに聞いたら訓練場に連れてかれてパトラ・メイガスさんを紹介してくれました」


「っ!パトラに会ったのか!?」



 あの戦う事しか考えていないガサツな女が私がいない所で会っただと…!?



「はい、ネリンさんに思いっきり頭蹴られてました。何で相談も無しに角を買って王都まで行くんだー王都との往復にどれだけ時間が掛かると思ってるんだーいない間のギルドはどうするんだーという感じで」



 …マンティコアの角を売った手前申し訳なさを感じるが、私はその事も考慮してしっかりと陛下にパトラの名前と融通して欲しい条件を聞こうとした…だけどパトラは自分で行くと聞かなかったから罪悪感を感じる必要はない、うん。



「で、ネリンさんにバラした事になった僕はパトラさんと模擬試合を二戦しました」


「っ!?何でそうなる!?それに二戦も!?」



 やっぱりだ…私が懸念していた事が当たった。


 絶対にパトラなら戦いに年齢も性別も関係ないと言ってシオンと戦うと思っていた…だから私は行商で常に目を光らせていられる時に紹介しようと思っていたが…。


 身体を触った感じ怪我はしていない様だから安心だが…流石にパトラも手加減を覚えたのか、いつも全力のパトラが少しは成長したみたいだな。



「はい、一戦目は僕の勝ちで」


「ちょっと待て、あのパトラにシオンが勝ったのか!?」



 何がどうなっている…!?シオンがあのパトラを負かした!?元Sランク冒険者で王国騎士とも連携してドラゴンを退け、単独でダンジョンを踏破する様な女傑だぞ!?それ程までにシオンは強いのか!?



「一度限りの不意打ちみたいなものですけど…」



 いや、パトラの警戒や戦いの感は嫌という程知っている。


 そのパトラから不意打ちで勝ちをもぎ取った…?



「…ちなみにどうやって勝ったんだ?」


「叫びながら突っ込んで来たので口の中にちょっとドロドロの水を入れて溺れさせました」



 …は?口の中にドロドロの水を入れて溺れさせる…?地面に水魔法を放ってその泥を口に入れたって事か…?一体どういう状況だったんだ…!?



「そ、そうか…それで?二戦目は?」


「開始直後、いきなり顔を殴られそうになって」


「お、お前のこの顔をか!?」


「は、はい…?それで何とか避けたんですけど避け方が悪くて…仰け反ったお腹に思いっきり膝蹴りをもらって吹き飛んで地面と壁に叩きつけられました」



 …パトラ、覚えておけ…次会った時は本気で叩きのめして説教してやる。



「でも、この投げナイフのおかげで骨も折れて無いです。ラザマンドさんが自分の身体を心配しろって注意してくれたおかげです」


「そ、そうか…それはよかった…」



 全く別の意味で伝わっていたがそれでも怪我を免れたのなら文句はない…少々物騒すぎるが…その可愛らしい笑みに全く似合わない腹だが…。



「それで壁に叩きつけられて息が出来ない所に顔を踏みつぶそうとして来て」



 パトラのあの整った顔を私も踏み抜いてやる。



「でも避けて、距離を取りながら投げナイフを投げたんですけど突っ込みながら避けられて…」



 …それがパトラの怖い所だ。


 明らかに常人が尻込みしてしまう状況で笑いながら突っ込んで躱せるものは躱し、躱せないものは被害が最小になる様に受ける。


 私が押していたとしても無尽蔵に思える体力と鋭い感を駆使して気付いたら私が下がり続ける事になる事が殆どだ。



「だからワザと投げナイフを避けさせて足元に水魔法を使って泥にして体勢を崩したんです」



 シオンも凄い…これが黒樹の大森林を生き延びた結果か…。


 普通なら一度通用しなかった技は冷静であれば使わない。


 冷静で無ければその技が通用するまで意固地になって振るい続ける。


 なのにシオンは一回投げたナイフが避けられて通用しないと察し、すぐに通用しなかった技を囮に使う事を考えて見事にパトラの体勢を崩したと言う。


 それは今まで身に付けた技を技として使うのではなく、手段と割り切って次の攻撃を最大限効かせる様に誘導する為に使えるのは並大抵の事では無い。


 きっと一つの罠で獲物が捕まえられず、その罠を囮にして避けた獲物を捕まえる様な罠を作っていた経験が成せる考えだろう。



「で、ネリンさんがパトラさんの頭を蹴っていたのを真似してパトラさんのここを思いっきり蹴ったんです」



 こめかみを蹴りつける…確かに頭にダメージを蓄積させるなら正解だが…



「でも今思えば顎を蹴り抜いた方がよかったですよね…そこは反省です」



 そう、顎を狙えば効果的に脳を揺らす事が出来る…ってそうじゃない!パトラの身体を蹴ったりしたらシオンの脚が折れ…てないな、よかった。



「…?それで僕の蹴りを顔で受け止めたパトラさんは笑ってて…脚を掴まれたと思ったら首をガッチリ絞められてました」



 よし、私もパトラの首を絞めよう。



「どうにか抜け出そうとして肘でパトラさんの脇腹を何度も殴ったんですけど外れなくて…負けました」



 シオンを絞め落としたのか…加減が出来る様になったと思ったが間違いだったようだな。


 だからシオンからシオンじゃ無い匂いが二つ…?二つ?



「そうか…経験になったか?」


「はい!明日も行って暇だったら手合わせするつもりです!」



 くっ…!その笑顔が可愛い…!だが手合わせなら私も出来る…!何故私じゃ無いんだ…!



「……怪我だけはするなよ」


「分かりました!」



 まぁ…私は騎士を辞した身…そこは仕方ないと割り切っても気になって仕方ない。


 何故シオンから二つのシオン以外の匂いがする…?一つは絞め落とす為に組み付いたパトラだとしてもう一つは…?



「…それで?他には?」


「えっと…模擬試合をし終わった後はネリンさんが現役時代にパーティーを組んでいた冒険者さんがやってる本屋に行きました」


「ふむ…」



 読み書きを覚えてすぐ本屋…そんなにシオンは勉強が好きなのか?



「そこでエルルさんっていうお姉さんが留守中にお店に入っちゃって泥棒に間違われましたけど、本を売って欲しいって言ったら才能はあるの?って聞かれて、無いですけど才能が無かったら読んじゃダメなんですか?って言ったら思いっきり抱きしめられて…」



 エルル…?何処かで聞いた事がある様な名だが…。



「抱きしめられた…?」


「はい…余程僕が言った言葉が嬉しかったのか…その力が意外に強かったのと、首が変な方向に曲がったまま埋もれたので息が出来なくて…気付いたらエルルさんのベッドで目が覚めました」



 ベッドで目が覚めた…だと…!?



「それでお詫びだと晩御飯を一緒に作って色々魔法陣とか本の話をして、欲しかった本も買って今帰って来た所です」



 なん…だと…!何だその羨ましい…じゃない、親子や姉弟みたいな状況は!!



「……」


「…ラザマンドさん?」


「…ふうっ…分かった…とりあえず風呂に入って寝るんだ。もう夜は遅い…外出は許さん」


「分かりました。多分これからはパトラさんの所で訓練してエルルさんの所で勉強して帰ります」



 女の所を転々とするだと…?


 …これは一度、エルルとやらに会わないとならないな。



「よし、明日は私もそのエルル氏の所へ行こう」


「えぇ…?出発まで時間が無いから話で勉強の時間が無くなるの嫌です…」


「なっ…」


「あ、エルルさんの所で泊まり込みで勉強させてくれるなら別に大丈夫です。エルルさんも問題ないって言ってましたから」



 断じて否だ!

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