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『宝石虎』

本日の投稿はここまでです。

「っ~~~~!!何すんだよネリン!!ちゃんと仕事してんだろ!?」


「ええ、だから“お仕事中失礼します”と断りを入れてから蹴ったじゃないですか」



 どうも部下が上司の後頭部に本気の回し蹴りを放った現場を見ていた僕です。



「だからっていきなり蹴るやつがあるか!?それに蹴られる理由も分かんねぇ!!」


「蹴るやつがここにいますし、本当に蹴られる理由が無いとお思いですか?」



 有無を言わさない無表情のネリンさんと本当に心当たりが無いのか何度も首を傾げる冒険者ギルドのギルドマスター…パトラ・メイガスさん。



「んー…?なんかあったっけ…?」


「……」



 ネリンさんが受付嬢の長いスカートをたくし上げて白い太腿に手を伸ばす…そこにはさっきチラリと見えたナイフ。



「ちょ、待て!何だ!?分からねぇ!何で怒ってんだ!?」


「…知り合いの訪問、希少な素材、献上…ここまでヒントを出せばお分かりですか?」



 そのヒントで一気に顔から汗を噴き出させるパトラさん。



「な、何でそれを…まだ誰にも言ってないのに…」


「…ちゃんと報告出来る様に喉にも口を付けた方が良さそうですか?」


「ちょ!タンマ!!ちゃんと報告すっから!」


「報告すっから…?報告したら何でも許されると思ってるんですか…?ここから王都まで往復でどれくらい日数が掛かると思ってるんですか…?」



 ペタ、ペタ、と汗だくの…冷や汗を顎から落とすパトラさんの頬をナイフの腹で叩くネリンさん。



「い、いや…ほら…アタシが直接届けてさ…予算増やしてもらおうかとさ…ネリンも言ってたじゃんか、もっといい仮眠室と風呂が欲しいって…」


「それは仕事もせずにここで汗を掻いて気持ちよさそうにしているどっかの誰かさんの所為で仕事が滞り残業する羽目になるからですよ。仕事をして残業が無くなれば仮眠室も風呂も要りませんが?それにパトラさんが直接届ける必要性を全く感じませんが?お知り合いにお任せすればいいんじゃないですか?」


「そ、それは…」



 ネリンさんの雰囲気に怯えてさっきまで山積みになっていた冒険者達はいつの間にかいなくなり、周りも少し距離を取って訓練し始めている。


 やっぱりこうやってパトラさんが怒られるのはいつもの事なんだろうな…と思っていると、パトラさんに耳打ちされているネリンさんがカッ!と目を見開いてパトラさんの胸倉を掴む。


 それ以上引っ張ったらパトラさんの零れちゃうから…。



「っ!?もしかして一人で決めたんですか!?」


「だ、だってマンティコアの角だぜ…?希少だろ…?」


「だからって…ちなみに何枚出したんですか…?」


「い、一応値引いてもらったんだけど…2,500枚…」


「にっ…」



 ヘナヘナと地面に力なくへたり込むネリンさん…ごめんなさい、そのお金は僕が持ってますし、その内の一枚はネリンさんのポケットマネーに入ってます。



「年間予算並みの金額…税金が…」


「だ、大丈夫だって…その分ちゃんと色々融通してもらえる様に交渉するからアタシが行くんだぜ?大船に乗ったつもりで待ってろって」


「大船じゃなくて泥船ですよ!!!何で副ギルドマスターと相談しなかったんですか!?」


「だ、だってアイツ休みだったし…それに買わなけりゃ『商業ギルド』、そこでも買わないなら次の行商で立ち寄る『メイクーラ』の冒険者ギルドに売るって言って来たんだぜ?チャンスの前払いだって!大丈夫大丈夫!」


「何も…大丈夫じゃない…私は安定した生活がしたいだけなのに…何で…何でいつも大損か大儲けだけしか考えないのこの脳筋馬鹿女…」



 本当の魂の嘆きというのはこの事かと思っていると、ネリンさんの勢いが弱まってようやく調子を取り戻したパトラさんが僕を見る。



「はいはい、どうせアタシは脳筋馬鹿女だよ…んで?お前は誰なんだ?」


「僕、こういう者です」



 食らえ、日本式名刺交換術、特別テイマーカード召喚。



「へぇー…テイマーか」



 不発だった…ちくしょう。



「で?その共存関係の魔獣は?」


「ネリンさんの髪をポニーテールにしてます」



 まだショックから立ち直れないネリンさんの髪をポニーテールにしている白雪とパトラさんの視線が合う。



「…タイラントサーペントの特殊変異個体…すげぇの連れてんじゃねーか」


「一応そこに書いてある通りですけど…返してもらってもいいですか?」


「ああ、わりーな」



 不発だったテイマーカードを返してもらい、白雪にネリンさんを慰める様アイコンタクトすると意図が伝わったのか小さく頷いて頬を舌で撫でる…頭が良すぎる。



「…ん?ああ、もしかしてお前が噂のネリンの隠し妹か?」


「「え?」」



 何を言っているんだこの人…ネリンさんも驚いて固まってる。



「いや、昨日ギルドのフロアでしばらくネリンが笑ってたって話で持ち切りでな?そん時に白い髪の子供に笑いかけてたから妹なんじゃねーかって話になってたみたいだぜ?」


「…何ですかそれ?」


「さぁ?つーか、ネリンを笑わせたきゃ酒を飲ませりゃいいんだよ。したらスプーンが落ちるだけでゲラゲラ笑うんだからな」



 ネリンさん…笑い上戸なんだ…。



「で?妹なのか?」


「違います。それに僕は男ですし」


「へー…んっ!?男!?」


「そうですよ、こんな見た目でも男です」



 驚いて僕と目線を合わせる為にしゃがむパトラさん…完全に子供にがん飛ばすヤンキーみたいになってる。


 あ、ネリンさんも驚いてるから僕の事女の子だと思ってたんだ。



「はぇー…なかなかっつーか…かなり可愛い顔してんじゃん」


「パトラさんも可愛いですよ?特にその虎耳とか」



 食らえ、満面の笑みアタック。



「なっ!?…お前…」



 ふっ、決まったな。



「…んで?何でここにいんだ?」


「ラザマンドさんの行商で一緒に王都に向かう事になるのでどんな人なんだろうとネリンさんに聞いたら話すより直接見た方が早いと言われて」



 すると辛うじて反応出来る速さでこめかみを掴まれた。



「っ!…そうか…リベーラが言ってた途中で拾った子供はお前で…ネリンにアタシが王都にこっそり行こうとしてたのをバラしたのはお前か…!」


「まぁ…ネリンさんに蹴られたのはパトラさんがちゃんと報告しなかったからだと思いますけど…それに、パトラさんが冒険者ギルドから長い事離れるとみんな困っちゃいますよ?ちゃんと報告、連絡、相談をすればネリンさんも蹴らなかったし、パトラさんが居なくても大丈夫な様に余裕を持って準備出来たし、みんな気を付けて行ってらっしゃいって送ってくれたと思いますよ?」


「うっ…」


「もっと言ってやって!」


「それに、戦いしか取り柄がないって自分で自分の事を諦めて最初から他の事を全部みんなに丸投げするより、間違ってもいいから頑張って覚えようとか頑張って手伝おうとする姿勢を見せれば『苦手なのに私達の為にやってくれようとしてる』ってもっとみんなパトラさんの事を尊敬しますし、ネリンさんみたいに脳筋馬鹿女って言わなくなりますよ?」


「……」


「そう!その通り!」


「戦って強いだけの上司より、仕事でも頼れる、大変じゃないかって気遣ってくれる、ちゃんと意見を言い合えて一緒に同じ方向を歩いて行ける上司の方が僕はかっこいいと思うなぁ…」



 ヘイルを思い出しながら語るとネリンさんはグスグスと涙を流し、パトラさんは複雑な表情で気まずそうにアイアンクローを止めてくれた。



「…はぁ、ネリン、後でアタシがしばらくフルールを離れる事を理由込みで全職員に通達しといてくれ…アイツんとこにはアタシが鷹を飛ばしとく…」


「わかりました…今度からはちゃんと副ギルドマスター、もし休みとかで居なければ私とかに相談してくださいね?」


「ああ…」



 よし、僕が蒔いたごたごたの種はちゃんと収穫出来たみたいでよかった。



「…よし、アタシに有難いお説教をくれたんだ。少し運動に付き合えよ坊主」


「「…え゛っ?」」



 あー…指バキバキ鳴らしてるよ…絶対怒ってるよ…憂さ晴らししようとしてるよ…大人げないよ…ネリンさんだって何言ってんだコイツみたいな顔で見てるよ…。



「戦えんだろ?さっきの掴みも避けれたのにワザと大人しく掴まれたみたいだしな?」


「ちょ、パトラさん!?」



 すごーい…何で分かったんだろ…野生の感ってやつ…?


 …でも正直、この提案は今の僕にとって途轍もなくありがたい。


 今まで戦いと言えば隠れて一撃で殺すだけだったから表の顔として殺す以外の戦い方を学びたかったし、手加減したつもりでも生半可な相手じゃ殺してしまう可能性もあったから力加減を間違えても一撃じゃ死なない様な強い人と戦いたかったんだ。


 それにいつまでもこのふわふわして才能に振り回されそうな自分の身体じゃない様な感覚をいち早く消し去りたかったのもあるし、この提案は本当にありがたい。



「…武器は木ですか?本物ですか?」


「ちょ!?シオン君まで!?」



 お、初めての君呼びちょっと嬉しい。



「別に本物でいいぜ?言っとくが、生半可な武器じゃアタシの身体に当てても折れるか砕けるからな」


「…分かりました」



 生身に当てて武器の方が壊れるって何それ怖い…。



「おい!誰かフィールド作ってくれ!この坊主と少し模擬戦するだけだから本格的なやつじゃなくていいぜ!」



 よく通る声でそう訓練している人に話しかけるとギョッとしながらも数人の魔法師がこちらに杖を向けて土で出来た囲いを作ってくれる。



(土は…相当硬いな。吹っ飛んだりぶん投げられたりしたらしばらく動け無さそうだ…)



 手触りは土だが感触は岩…50m四方に区切られたフィールドの中には身体を解すパトラさんとアワアワしてるネリンさん。



「ネリンさんの妹とギルマスの模擬試合だって!見ようぜ!」



 妹じゃないけど…と思っていると四方の壁の後ろに観客席みたいに土が盛り上がり、今まで訓練していた人達がぞろぞろと集まって来る。



「子供だからって容赦はしねーぜ?」


「まぁ…戦いに年齢も性別も種族も関係ないからいいですけど…僕、昨日初めて適性の儀をして身体が暴走気味なんです。だから変な事になったらごめんなさい」


「ふぅん…?」


「あ、それと魔法は使っていいですか?火と水が使えるんですが…」


「使ってもいいぜ?暢気に詠唱はさせねーけどな」


「分かりました。…後、先にどうなったら勝ちか負けか決めませんか?お互いムキになって殺し合いみたいになったら嫌ですし…」


「こまけぇな…どっちかが気絶するか降参したらでいいんじゃねーか?ヒートアップしそうになったらネリンが止めてくれる」


「分かりました…」



 集まった観客の視線が気になる…誰かに見られて戦った事なんて生まれて一度もないこの感覚にむずがゆさを感じる。


 暗殺者は姿を見られたら終わり…だけど今は暗殺者じゃなくただのシオン…そう割り切って右太腿のドラゴンの牙のナイフを抜き、軽く腰を落として顔の前に持っていきじっと構える。


 対するパトラさんはピョンピョンとその場で飛び跳ねる…スポーツなんかでよく見る動き出しをよくするスプリットステップを踏んでいる。



「……お互い危険だと判断したら力尽くで止めます。双方準備はいいですか?」



 ネリンさんの問いに僕もパトラさんも無言で頷く。



「それでは…模擬試合開始!」


「ッシャァ!!」



 ネリンさんが振り下ろした手を合図に僕は猛然と口を開けて突っ込んで来るパトラさんの口の中へ―――



「っ!?―――!?!?」



 目を見開き苦しそうに僕を見つめてくるパトラさん…僕がしたのは開いた口の中に無詠唱で粘着質な拳大の水を生み出しただけ。


 真っ直ぐ突っ込んで来るし大口を開いているから凄く狙いやすかった。



「…ギブアップしますか?」


「―――!?」



 子供だからって容赦しないって言ってたのに狙ってくれと言わんばかりに大口を開けて突っ込んで来るんだから仕方ない。


 これは殺し合いじゃないから水にしたが、火なら気道が焼かれて二度と息が出来なくなるし口の中で爆発させれば頭が弾け飛ぶ。


 人を殺すのに大掛かりな才能も力もいらない―――これが『俺』の持論だ。



「…!?しょ、勝者シオン!!」


「ゲホッ!?ガフッ!?」



 静まり返る観客、目の前の光景が信じられないと目を疑うネリンさん、僕が立ってて自分が跪いている事実が受け止めきれないパトラさん。



「お、お前…アタシに何をした…?」


「口を大きく開いてたのでパトラさんの口の中に水を入れました。火だと喉を焼いちゃって二度を息が出来なくなるので…」


「…!?」



 まるで化け物を見る様な目…心外過ぎる。



「アタシは魔力探知を怠ってなかった…だけど魔力探知どころか危機察知にも反応しなかった…」


「気付かれない様に最小限の魔力でただ水を作っただけなので本来攻撃性も無いですし…このぐらいの規模なら誰でも詠唱せず出来ますよね?攻撃性が無いだけで…」


「あ、ああ…」



 そう、指先に水玉を生み出したり掌から水を出す程度の規模なら詠唱無しで出来て当たり前で、強力な魔法には詠唱が必要というのがこの世界の常識なのだ。


 だから僕は別に規格外で常識外れの戦い方をして勝ったわけじゃなく、発想力で勝っただけに過ぎないから化け物を見る様な目で見られるのは違うと思う。



「多分酸欠でだいぶ体力削られたと思いますけど…魔法無しでもう一回やりますか?」


「…いや、魔法ありで頼む」



 凄く悔しそうな顔をして開始位置に戻るパトラさん…別にイジメたい訳でも皆の前で恥をかかせたい訳でも無い。


 戦う以上どちらかが敗北を喫する…仲良しこよしでどっちも勝ちというのは戦いの世界にはないし、それぐらいは僕でも分かる。


 …テイマー達のウチの子自慢大会を除く。



「ま、またやるんですか!?」


「もう一回だネリン」



 ジロリとパトラさんがネリンさんを睨みつける。



「…それはプライドを守る為とかじゃないですよね?」


「ああ、強者に挑みたいっていう純粋な欲求だ」


「…わかりました」



 凄い真っ直ぐで凛々しくて綺麗―――それが僕の素直な感想。


 普通なら歳が離れている子供に負けたら自分の評価やプライドを気にするのに、パトラさんは一回負けただけでそんな物を捨てて強者と認め、すぐに乗り越えるべき壁として見る。


 これが己を鍛えて武の道を突き進む武人…気高くて美しい。



「シオン君…準備は?」


「………はい、お願いします」



 今度は右手を額まで持ち上げてナイフを逆手に持ち、水を纏わせて水滴を滴らせる左手は顎を隠す様に水平に構え、両手の隙間から覗く様に静かに闘志を滾らせるパトラさんを見据える。



「…ふぅぅぅっ…」



 深く息を吐き捨てて肉食獣の様なギラギラとした眼差しで見つめられて思わず喉を鳴らしてしまう。



「…それでは模擬試合二回戦目…開始!!」


「ッ!!!!!」


「っ!?」



 ネリンさんの腕が振り下ろされた瞬間、歯を食いしばって牙を剥き出しにしているパトラさんが目の前で右拳を振りかぶっていて―――



(まずっ!?)



 右ストレートを紙一重で避けてしまった…避けさせらてしまった。



「う゛っ!?」



 きつく閉じた僕の口から逃げ場を求めた空気が抜ける。


 仰け反る様に右ストレートを回避してしまい、慣性を利用した右膝が仰け反った腹にそのまま突き刺さり僕は地面を弾みながら転がり硬い土の壁に叩きつけられた。


 もし【物理耐性】の才能を持っていなくて、服に魔法陣で対打撃を仕込んでいなかったら蹴りで昏倒、壁で気絶していた。



(速い…っ!?)



 パトラさんの追い打ちの蹴りは数舜前に壁に凭れ掛かる僕の顔面があった所を蹴り抜き土の壁が爆ぜる。



(あんなの食らったらスイカ割りよろしく頭の中が飛び散る!)



 バク転や側転で距離を取りつつけん制も兼ねて左裾から気力を纏わせた投げナイフを投げると、パトラさんは目を見開き首を傾げて頬に切り傷を作りながら猛然と突進してくる。



(ここでっ!!)



 更に右袖からも小指と薬指を使って気力を纏わせたナイフを投げ、



「ぐっ!?」



 今度は掠り傷を作らず回避したパトラさんの軸足の地面に水を生み出し泥化させて体勢を崩し、



(気絶しろ!!!)


「がっ…」



 ネリンさんの蹴りを参考にした気力を纏わせた空中回し蹴りを傾くパトラさんのこめかみに放った…が、



「んっ!?」



 気絶する所か口角を上げて僕の足を捕まえ、そこからまるで蛇の様に僕の身体にパトラさんの古傷だらけで余分な筋肉が一切ない完璧に鍛えられた四肢が絡みつき―――



「うぐっ…!…!…!…!…」



 どうにか逃れられないかと気力を纏った肘で必死にパトラさんの脇腹を殴って抵抗したが、感触は鉄で―――



「ぎ…ぎ…ぶ…」



 完璧に決まった裸締めからは逃れられずパトラさんの腕を力なく叩いた…。



「しょ、勝者パトラ!」


「ごほっ!?おえっ!?うえええええっ…」


「…わりぃ、かなり耐えられたし肘がかなり痛かったからマジで締めちまった…」



 何も食べてないから僕の口からは胃液しか出ない…よかったご飯食べる前で…それと意外と肘鉄が効いてて。



「シオン君!?大丈夫!?」


「だい…じょぶです…」


「っ…パトラさん!流石にやり過ぎです!!いくら年齢も性別も関係ないからってまだ10歳ですよ!?」


「確かにやり過ぎたかも知んねーけどさ…」



 僕の背中を擦りながらパトラさんを叱るネリンさんだが、パトラさんはずっとさりげなく左手で隠してた脇腹を見せる。



「普通首を絞められりゃ腕を外そうとすんのにシオンはすぐに肘で反撃してきやがった……ほら、見てくれよアタシの脇腹、骨折れてるぜ?」


「っ!?」



 感触が鉄でも意地で肋骨を二本ぐらいは折ったはずだ。



「流石にあのまま反撃受けてる余裕が無かったっつーか…あのまま後数秒耐えられてたら骨が内臓に突き刺さってアタシが負けてた。だから仕方なかったっつーか…おい!誰か回復魔法使える奴いねーか!?アタシの脇腹の骨折治してくれ!」



 それでも激痛だろうに顔色一つ変えず歩いていくパトラさんはやっぱり強いと思う。



「う、嘘…パトラさんの骨を折ったの…?」


「密着してるなら…こっちの攻撃も絶対に当たると思って…本当は火を纏わせてやるつもりだったんですけどそれだと大怪我になるので…」



 段々呼吸が落ち着いて来た…それにしてもやっぱり暗殺と試合はまるで別物だ。


 暗殺は動かない標的をいかに素早く確実に誰にも気付かれず殺す事に神経を使うが、試合は既に相手が警戒して動いて攻撃をして来て攻撃を避けてくる…本当に全く別物過ぎた。



「…あの状態でもそんな相手を気遣う思考が残ってたの…?」


「まぁ…生きるか死ぬかの殺し合いじゃないので…」



 それにしてもこれが負けるって感覚か…凄く悔しいんだな…。



「いやー!シオン!お前マジで根性あるな!」


「ははは…ありがとうございます」



 骨折がもう治ったのか青黒かった脇腹はすっかり元の肌色に戻り、パトラさんが僕の脇に手を差し込んで立たせてくれる。



「っし!アタシの骨を折ったご褒美だ!ランクを一つ…いや、二つ上げてやる!冒険者カード出しな!」


「…僕、冒険者じゃないですよ?」


「……はっ?はっ!?冒険者じゃないのか!?」


「じゃないですよ…特別なテイマーカード見せたじゃないですか…言うなれば僕はテイマーですよ?」


「はぁぁぁぁ!?!?」



 ああ…耳が凄く痛いなぁ…。





 ■





 Side.ネリン・フーヴァー



「…パトラさん、二回目はどれくらいでやったんですか?」



 私は黒い革のソファーに腰を下ろし新しい万年筆で職員全体に周知する連絡事項を書きながら対面で手紙を書く上司に問う。


 問う内容はもちろん可愛い白蛇と共存関係を築き、女の子顔負けの容姿を持つ10歳の少年の事。


 模擬試合の結果は1勝1敗で引き分けとなり、どっちが勝ちか決める為に三回戦目をするかと問うとお互いやらないと答えて少年はそそくさと本を読みに行くと言ってギルドを後にし、上司は既に10歳の子供に負けたという話が広まっていて面倒な質問攻めから逃げるのと、勝手に決めてしまった事の報告をする為に上司専用の部屋で手紙を書いている最中。



「…どんくらいだと思う?」


「面倒くさいですね。さっさと答えを言ったらどうなんですか?」


「ツレねーなぁ…傍から見たらどうだったのか聞きてーんだけどな…」


「…私から見たら半分くらいは力を出してるように見えました」



 偶に私の上司は面倒くさくなる…大体そういう時は落ち込んでいる時。



「負け惜しみに聞こえっかもだけど力や速さは2割…防御に関してはほぼ全力だったぜ?」


「え…?」


「ホント、アタシが現役の時にシオンが生まれてなくてよかったぜ…今は引退してるからいいけど、現役で出会ってたなら絶対にムキになって突っかかってただろうし、自信喪失して引退してたかも知んねー」



 万年筆を唇と鼻で挟み困った様にそう言う上司に私は困惑した。


 私の上司は数少ない元Sランク冒険者で二つ名は『宝石虎(ジュエル)』。


 闇や光と同じ系統外である身体強化魔法の使い手で、男性どころか女性すらも惹き付け羨ましがる完璧に鍛えられた美しい肉体美は鋼以上の硬さを誇り、その鋼以上に硬い身体を這う古傷はまるで宝石を美しく魅せる為のカットを思い起こさせ、その古傷も含めて美しい事から付いた称賛と敬意が込められた二つ名。


 正直…黙っていれば凄い美人だというのは認めざる負えないし、この美貌で私より年上という事は今だ腑に落ちないが…。


 そんな二つ名を持つ上司の脇腹を…それも身体強化魔法を全力でかけた上司の防御の上からあの少年は骨を二本も折った…たった10歳の少年が。


 更に上司から不意打ちだったとはいえ一瞬で勝利をもぎ取っている事にも驚く。



「…パトラさんがそこまで言う程ですか?私もシオン君は普通と違うというのは分かってましたが…」



 10歳の少年にしては礼儀が出来すぎているし10歳の少年とは思えない様な発言を当たり前の様にする大人びた少年。


 見た目が子供という事を除けばその辺の大人よりもしっかりしていて…確実に目の前の上司よりは大人で、対応すれば大人と勘違いしてしまいそうになる程現実の厳しさも知っていて話しやすく、偶に振り撒くあどけなさは確実に計算していると感じるあの少年。


 未開拓地域を開拓しようとしたシールズの生き残りだから、と言えば簡単だが…何かが違うと思わせる。



「んー…何て言えばいいんだろうなー…んや、ぶっちゃけ…ルールありの試合ならまだ9割方アタシが圧倒出来るだろうけど、ルール無用の殺し合いならまず間違いなくアタシが今まで積み上げたモノ関係なしに100回やっても100回殺されるな」


「…え!?」



 戦う事に対して頼りなさそうにする上司は初めて見た。



「だってネリンも一回目の試合見ただろ?アタシが口に水突っ込まれて負けた所。あんなんされたら誰だって死ぬわ」



 ハハハと乾いた様に笑う上司。


 確かにあの攻撃とも言えない攻撃に戦慄が走ったのは事実。


 基本的に身体の中はその人自身の魔力が満たされているから内部に魔法を発生させる事は出来ない…だからと言って口を開いただけで口の中にピンポイントで水を発生させるのは考え付いても対象は動くし口という小さな的を狙わなくちゃいけない。


 更に自分より離れた場所に魔法を発生させるというのは自分から魔力を切り離して放つより難しく制御が困難…ただ遠くで魔力を爆発させて広範囲高威力にする魔法なら詠唱して乱暴に魔力を注げば誰だって出来るが、空中に溶けて消えてしまいそうな極小の、それも詠唱も必要ない魔法として完成しきらない魔力を完璧に制御して口の中に発生させるのは私じゃこれから一生を賭けて訓練しても無理だし、現役のSランク魔法師でも出来るかどうかじゃないかという絶技だ。


 そんな絶技を会得して出来るのが攻撃性が全くない水球を遠くに発生させるだけならまず誰もやらないし、そんな無駄な事をして何になると鼻で笑われて当然だ。


 だけどあの少年は誰もが無駄だと笑うそれを攻撃として利用し、上司を一瞬で負かせてしまった。


 まるで…人を殺すのに派手で強力な魔法は不必要だと嘲笑う様に。



「普通だったらデカくて派手で威力が強い魔法をバンバン使いたがるし、そんな魔法を軽々使って息も切れない様な魔法師を仲間に取り入れたくなるもんだ。だけどシオンは魔法とも呼べない様な物で、恐ろしく高度な事を一瞬で息をする様にやってのけてアタシを倒した…いや、殺した。ホント、現役時代に生まれて来なくてよかったよ」



 肩を竦めておどけて言うがこれは上司の本心だろう。


 そして…私も現役時代に出会わなくて本当に良かったと思う。


 会っていたら腹を半分食われる前に、Bランクになる前に絶望して引退していたと思う。



「ただ…シオンは周りがいう天才や神童とは違うな」


「…十分天才だと私は思いますけど?」


「違う、あれは努力の結晶だ。ネリンも聞いてただろ?昨日初めて適性の儀をしたって」


「…!」


「元から才能があったならそりゃ天才や神童って言っていい。だけどシオンは自分が持っている限られた力を最大限活用する為に工夫して努力して出来る様になったんだ。じゃなきゃ適性の儀を行ってすぐにあんな芸当が出来る訳ねぇんだ。才能に頼って振り回されて努力も無しに持て囃される天才や神童なんかと同列にするな。それは今までシオンがしてきた努力を否定して無かった事にする最低最悪の言葉だ、二度とシオンに対して天才だとか神童だとか思うんじゃねえ」


「す、すみません…」



 そしてこれがこの上司の魅力であり、どんなに大人としてダメでも付いて行きたい、支えたいと思う理由。


 きっと知らない人はこの上司が何の障害も無く華々しい道を歩んできたと思うだろう。


 だけど私はこの上司が周りに恵まれず、周りの評価を、認識を覆す為に何度も壁にぶつかって、何度も血反吐を吐いて、何度泥水を啜っても折れずに人一倍努力してきた事を知ってるから。


 だから私はこの上司の身体に刻まれた古傷(努力)は二つ名が霞んでしまう程に美しいモノだと思う。



「…何だよ、人の身体ジロジロ見て」


「…いえ、それより手が止まってますよ」


「…手が筋肉痛だー…もうスプーンも持てねー…」


「は?」



 まぁ…戦い以外のだらしなさはもう少し何とかして欲しいけど…。

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