冒険者と貨幣
「て、テイマー達の熱量は凄いな…」
「あはは、そうですね」
どうもテイマーギルドで自慢大会が始まり、最終的にはみんな一番という事で落ち着かせてテイマーギルドを出て来た僕です。
「さて…次は洗濯か?」
「いえ、冒険者ギルドに行って森で拾った物を売って皆さんにお返しするお金を用意しようかなと。後、身体が何時までも自分の物じゃない感じはきついので、慣らす事も考えて冒険者登録もしておこうかと」
「ふむ…」
苦々しい表情を浮かべるラザマンドさんだが、皆の心情がどうのこうのより一度ここまでの事を全てきっちりと清算し、顔見知り程度の関係性で線引きをしておきたい。
僕は本来、綺麗な魂を持つ人達に近づいてはいけない存在だから。
「…ちなみに何を売ろうと思っているんだ?」
「これです」
道を歩きながら【空間収納】から取り出すはマンティコアの一番小さな角、僕が痛めつける為に無理やり引き抜いたやつだ。
その角を見るなりラザマンドさんの表情は硬く強張り青褪めていく。
「お、おい…その角…」
「多分ラザマンドさんが言っていたマンティコアの生え変わった角だと思います。あの時見たのもこんな感じでしたし…落ちてました」
「本来王家に上納する程の高価な一品だぞ…!そんな物をこんな往来で出すな…!」
「聞いたから出したんじゃないですか…」
僕が渋々と【空間収納】に角を入れると目頭を指で揉み解すラザマンドさん。
「価値は…分かる訳ないか」
「はい。僕としてはその拾った物ですし、食べられないのでそこら辺に落ちてる石とか葉っぱと同じ価値です。食べられる分、葉っぱの方が価値が高いですけど」
もちろん嘘…人だけを相手にしていた『俺』ですら記憶していた程の魔獣だ。
だから僕はラザマンドさんにお願いではなく取引を持ち掛ける。
「でも、僕じゃ価値がよく分からないのでラザマンドさんが行商中に拾った事にして売ってください。僕は洗濯代と布と針と糸が買える…今まで皆さんに分けてもらった食事代や宿代等が返せる分のお金があればいいので、それ以外はラザマンドさんにあげます」
「っ!?何を言っているんだ!?」
「もしダメだったら僕が冒険者ギルドに持って行ってさっき言った事が出来る分だけのお金をもらいます」
更に歪む表情…ラザマンドさんであれば正確な価値が分かるが、僕は凄いと分かっていても本来どのくらいの値段で取引されているか知らない。
それにマンティコアの素材は雑に利用すると最初から決めている。
だからいくらでもマンティコアの素材は提供していいし、【空間収納】にある分も売れるならパン一個と交換でもいい程に僕はマンティコアを憎んでいるし雑に扱う。
マンティコアに殺されたドラゴンや白雪の親の遺体は絶対に売らず、僕と白雪だけで全て無駄なく余す事無く使うけどね。
「…はぁぁっ…分かった、私が売ってこよう。冒険者ギルドにいくぞ」
「ありがとうございます」
食らえ、僕の超絶可愛い満面の笑みアタック。
「くっ…」
決まったな。
■
「済まない、ギルドマスターに見せたい希少な素材を持ってきた。取り次いでもらえるか?」
フルールの街に着いて初めに寄った場所、冒険者ギルド。
昼間という事もあって人が疎ら…と言う訳ではなく、冬だからか酒場を兼任しているだだっ広い受付フロアは男女どころか色んな種族の人達でごった返していた。
酒を飲み飯を食らう者、大きな掲示板に複数人で近づきあーでもないこーでもないと悩む者、壁際で情報交換やパーティーに誘う者、受付に並んで待ち時間にピリピリする者。
冒険者は荒くれ者の集まりだという人がいるのも納得な光景を眺めながら、僕はラザマンドさんの隣で大人しく立っているのだが…
「……」
めっちゃひそひそと可愛いだとかここらで見ない顔だとか、隣のねーちゃん美人だとかあれで子持ちかよとか色んな会話が僕の耳に入って来る。
「お待たせしました。ギルドマスターがお会いになるとの事で別室へ移動をお願い致します」
「忙しいのに済まないな。それとこの子も冒険者登録をお願いしていいか?」
「え…お、お嬢さんが…?」
「ああ、手数料は私が払う」
僕を見て困惑する受付のお姉さん。
食らえ、出来立てほやほやの特別なテイマーカード。
「テイマーギルドには登録してきました。テイムした魔獣は強いですけど、僕はまだまだ弱いので森の浅い部分で薬草採集とかの依頼を受けたくて登録したいんです。代筆もお願いします」
特別なテイマーカードを見てギョッとするお姉さん、決まったな。
「わ、分かりました。…『ネリン』!登録と代筆お願いできる!?」
「…分かりました」
受付の奥から出てきたのは黒い髪を伸ばし前髪を真っ直ぐに切りそろえたお姉さんで、一言で言ってしまえば日本人形みたいなお姉さんが僕を無表情に見つめながらこちらと手を向ける。
僕の歩幅に合わせて歩いてくれる辺り、大分周囲を見て気遣える人なんだろう…魂も白いし。
ただ…フロアに何人か黒い魂の人が居たから注意して、可能なら殺そう。
「どうぞ」
「はい」
開けられた扉を潜るとテイマーギルドで案内された様な部屋で、覗き見が出来る様な窓もない。
「先程のテイマーカードを見せて頂いても?」
「これです。そこに書いてある白雪はこの子です」
髪留めから白雪になって僕の腕に絡みつくと、ネリンと呼ばれていたお姉さんは目を見開く。
「蛇…それも白い蛇…触ってみても?」
「痛い事をしなければ。…いい?白雪」
僕の顔を見て首を縦に振るとそのまま机を這って行き、ネリンさんが伸ばした腕に巻き付き頬を舌で撫でる。
「……!」
「…?どうしたんですか?」
「い、いえ…」
少し顔を赤くしている…ははん、さては蛇好きだな?
「そうですか…白雪、書類を書くのに髪が邪魔になると思うから纏めて上げてくれる?」
すると白雪は腕から肩、肩から首、そしてネリンさんの黒く長い後ろ髪をポニーテールに纏め上げた。
「…!す、凄い…ですね…」
「もし嫌ならやめさせますけど…」
「いえ、結構です。このままで構いません」
「あ、はい」
ふっ、決まったな。
「それでは登録の代筆をさせて頂くのは冒険者ギルドフルール支店ネリン・フーヴァーです。短い時間ですがお付き合いお願いします」
「お願いします」
「まずお名前と出身地…シールズ…」
シールズの事を知っているのか辛そうな表情を浮かべてサラサラと羊皮紙に僕の名前と出身地を書いていく。
「次にどういう冒険者を目指すのかもう一度伺っても?」
「白雪は強いんですが、僕は弱いので白雪に護衛してもらいながら森の浅い場所や草原で薬草採取をメインに活動、実力をつける為に比較的弱い魔獣を討伐する依頼を無理なく受けて実力をつけていきたいです」
そう言うとネリンさんは少しだけ口元に笑みを浮かべる。
「しっかりとした道筋をその若さで順序良く描けるのは大変好ましいです。更に『タイラントサーペント』をテイムしている事にも驕らず、強い魔獣と戦おうとしない事も評価します」
「ありがとうございます」
「では次、使用される武器種は何かありますか?」
「一番得意なのはナイフや剣にまではならない短剣です。後、咄嗟の時はその場に落ちている石や棒を使う時もあるので投げるのも、棍棒で戦うのも得意です」
「素晴らしい。その場にある物を有効的に使えるか否かで生存率はグッと変わります。自分が持っている物しか武器として扱えない者は長生きしませんから是非その長所を伸ばしてください」
「分かりました」
…あれ?もしかしてこの人大分強い人…?
「…どうかしましたか?」
「あ…いえ…」
「私がどうして戦闘の事を…という事ですか?」
「はい…」
「殆どの冒険者ギルドの受付は男女関係なくギルドマスターや副ギルドマスターが実力を見て現役冒険者、怪我をしてしまって引退してしまう冒険者を指名して募っているんです。かくいう私も冒険者ランクだけで言えばAに近いBランクです。受付や書類業務と言っても素行の悪い冒険者の相手をする事もあるお仕事ですから腕が立つのは前提条件です。稀に人員が確保出来ず戦えない職員も雇いますが、基本的には安全を考慮して裏方を任せるので冒険者の前には出ません。最低でも七人…最高で全員がBランク以上のギルドもありますよ」
「な、なるほど…」
思った以上に冒険者ギルドが魔の巣窟だというのが分かっただけ儲けものだ。
「疑問が解消された様なので次に行きます。もしパーティーを組むのであればどの役割に配置されたいですか?」
「もし組むのであれば周囲に魔獣がいるか、罠が仕掛けられているかを調べる、戦闘になった時にパーティーのサポートを担う斥候です」
「…分かりました、最後に質問です。冒険者ギルドでは新人冒険者の死亡を無くす、もしくは少なくする為にお互いの短所を埋める為に新人冒険者同士でパーティーを組む事を強く推奨しています。シオンさんはパーティーの斡旋を希望しますか?」
「いえ、希望しません。僕一人で結構です」
今まで好印象な回答ばかりしていた僕の口から出た言葉にネリンさんの表情が厳しいものに変わる。
「…理由はありますか?」
「まず一つ、裏切られる可能性があるからです。どんなに好印象な人でも本当に思っている事は他人の僕には理解出来ませんし、本心だと言われても僕は自分の命を他人に預ける程お人好しじゃありません」
「……」
「二つ、生きるも死ぬも他人に委ねたくありません。例えば道に罠が仕掛けられていたとして、うっかりで見落としていて状況が悪くなって死ぬ様な事があるかも知れない。偵察を怠った所為で窮地に陥るかも知れません。そうなれば僕からしたら生きるという行為を邪魔する敵、もしくは足手纏いです」
「……」
「三つ、人間関係で揉めたくありません。報酬の取り分や誰が仕留めたから取り分を多くしろだの、活躍したのは俺だ、お前はただ報告しただけだから取り分はないだの、お前の所為で依頼に失敗したから責任は全部お前で持てとくだらないゴミ以下で場違いな事を言う輩。パーティーという輪の中に男女が含まれれば痴情の縺れという素晴らしくどうでもいいくだらない事を引き起こすクズ以下の猿共に巻き込まれパーティーの雰囲気が悪くなり解散する可能性もありますし、邪魔になった仲間を事故として殺す事もあるかも知れません。そうなった場合、僕は必ず僕の害敵になるものを全員容赦なく、男女も老いたのも若いのも、見た目の美醜も地位や金の有無も、今までの関りや種族という忖度も何も無く排除します」
「……」
「四つ、死ぬ場所は自分で決めたい。実力不足、注意不足、不慮の事故、その全てに対応出来る実力が無ければ、他者に依存する事が無い純粋な実力が無かったんだと分かれば僕はどんな結末であれ、そこまでの人間だったと受け入れて喜んで死を受け入れます。だから僕は足枷、手枷になる可能性がある様な物を最初から希望しません」
僕の言葉を聞く度にネリンさんの表情が歪み、今までネリンさんが経験した事も思い起こされたのか重苦しく溜息を吐いて目頭を揉んだ。
「…その考えはシールズで生き残った故の考えですか?」
「違います。小さい時から白雪と共に黒樹の大森林で生き残り、今日ここまで出会った人達を僕なりに観察した結果の考えです」
「……そうですか、シオンさんの考え方は分かりました。ですがそれを実現出来る実力があるかは別です。ある程度の結果が無ければ私はパーティーの斡旋を強く推奨します」
入る時には影になって見えなかったが、部屋の隅に置かれていた水晶をテーブルに置くネリンさん。
「これはシオンさんの気力や魔力、魔法の適正、現在の才能を読み取る神の遺物です。これに触れてください」
…困ったな。
本当は驚かれないぐらいに抑えて最低ランクか下級冒険者辺りでチマチマやろうと思ってたんだけど…これで半端な実力を【偽装】で出したとして、飛び級とかで変に目を付けられるのは避けたい。
「…触れる前に何個か質問いいですか?」
「…何ですか?」
「この情報はギルド全体で共有されるものですか?」
「はい。登録をした時にこの人物はどういう人物かという報告書を作成し、依頼を受ける際に参照する為、国内の全冒険者ギルド支部で共有します」
「なら、今回の結果次第で冒険者ランクが飛び級になっていきなり高いランクからスタートする可能性はありますか?」
「はい。ランクアップにもある一定の条件がありますが、場合によってはあります」
「その場合は拒否して最低ランクから実績を積む事は出来ますか?いきなりAやB、Cランクになってそれらしい振る舞いをしろって無理じゃないですか。スラムの孤児がいきなり勇者の様な振る舞いしろって言う様なものですよね?」
「…はい、ランクアップの条件には依頼先の村や街での住民に立ち振る舞いも考慮されますので問題ありません」
「では、その状態で最低ランクから下積みをする際、緊急で対応しなくてはいけない案件があった場合は実力ではなくランク相応の扱いをしてもらえるという事で大丈夫ですか?例えば街に魔獣が押し寄せて来て討伐しないといけない、冒険者は討伐をしなくちゃいけない、最低ランクだが君の実力はBランクだ、絶対に参加しろ等、ランク不相応な対応は無いですか?」
「………緊急事態の場合、強制参加はDランクからです。E、F、Gの下級冒険者は任意となり、参加する場合は後方からの支援物資の運搬や遠距離からの攻撃によるサポートが中心となります。ただ、その中でも実力があると判断されれば任意で参加した場合は前線に立つ事も考えられます」
「…僕の場合、白雪がいるんですがどう評価されますか?」
「冒険者ギルドとしてはタイラントサーペントの討伐難易度はS-です。それを加味するのであれば招集を受けた場合、確実にタイラントサーペントは前線です」
白雪はそんなに強かったのか…ネリンさんの頭からこっちを見てる、可愛い奴め。
だからこそ僕は緊張していた雰囲気を崩して溜息を吐く。
「あー…じゃあ、冒険者登録辞めておきます」
「…えっ!?」
ずっと苦々しい表情をしていたネリンさんだが、僕のまさかの一言で目を見開くどころか口まで大きく開けた。
「だって、白雪が前線に無理やり駆り出されるんですよね?僕にとっては唯一の家族…半身も同然な白雪をそんな敵味方が入り混じった危険な場所に送り出したくないです。それに、さっきフロアを見たら僕と白雪の事を見て良からぬ事を考えてる人がいっぱい居ましたし…身の危険も感じましたし、僕に冒険者は向いていないみたいです。ここまで長々とお時間取らせてすみませんでした。付き合って頂いた分の時間はとても分かりやすい説明とこんな子供の僕にしっかりと対応してくれたお礼としてチップを渡しますので。おいで、白雪」
パサッとネリンさんの黒髪が解けて今度は僕の髪をサイドテールじゃなくポニーテールに纏めてくれる。
「ま、待ってください…本当に冒険者にならないんですか…?」
「はい。僕は正直融通が利かないですし、冒険者ギルドにとっては扱いにくい人材だと思いますよ?【裁縫】や【木工】、【料理】の才能もあるのでそちらで生きていこうかと。後ごめんなさい、代筆してくれた紙を処分してもいいですか?」
「…はぁ、分かりました。受付まで案内します」
受け取った羊皮紙を指先に灯した火で燃やして燃えカスを【空間収納】に仕舞うと、ネリンさんは深い溜息を吐き廊下を歩き始める。
「…ここからは冒険者ギルドの受付嬢としてじゃなく、ただのネリン・フーヴァーとして質問していい?」
「何ですか?」
「君…一体何者なの…?言葉は悪くなっちゃうけど、10歳でここまで色々考えてる子なんてなかなかいないし、簡単に排除するって言ってたけどあの時の眼は本気だった…犯罪者とかじゃないよね?」
「んー…動物や魔獣も食べる為にいっぱい殺しましたし、盗賊も殺しました。それが犯罪なら犯罪者ですね」
「…これが“命知らずのシールズ”の生き残りね…突然変異個体のタイラントサーペントをテイムしちゃうし、こんなに小さくて可愛いのに壮絶な人生を歩んだんだね」
「命知らずのシールズ…?」
「討伐難度S+から最低A-の魔獣がうようよいる黒樹の大森林を開拓しようとした人達の二つ名であり、冒険者からしたら命を無駄にする馬鹿っていう意味の蔑称ね。あ、今は受付嬢じゃないから二つ名の意味で言ったのよ?」
「なるほど…」
ただ良かれと思ってそういう事にしたけどシールズ村…ちょっと規格外だった…?
「まぁ、私としてはタイラントサーペントの突然変異個体を見れてよかったわ」
「白雪ですよ」
「ごめんなさいね、シラユキね」
どんどんフロアにいる冒険者達の声が大きくなる中、僕はネリンさんに聞いてみる。
「あの…また冒険者の事、色々教えてもらっていいですか?ちゃんと授業料としてお金は払います」
「冒険者の事…?私がどんな冒険をして来たかとか?」
「それもいいですけど、冒険者の規則とかです。例えば僕は冒険者にならなかったので一般市民で、もし冒険者に脅かされたり攫われそうになったり、殴られたりした時は僕が反撃しても問題ないかとか…です」
「……本当に君は凄いね。そういえばさっき、君達を見て良からぬ事を考えてる人がいるって言ってたけど…今ここからその人を指差せる?」
「えっと…あの赤い髪で斧を背負って頬に傷がある盗賊みたいな男と、青い髪で馬鹿みたいに胸を出して男の視線を嫌そうにしてる魔法使いみたいな女と、その隣にいる緑髪の胸が無くて他を露出させて気を引こうとしてる斥候みたいな女と、金髪で弓を背負ってて耳が尖った気取ってる男の四人です」
「…君、意外となかなか言うね?それにあの四人…実は同じパーティーで以前問題を起こしてギルドでも目を付けてたの。どうやって見抜いたの?」
「森で殺気を感じながら生きてたからというか…そういう悪意みたいなのは凄く感じるんです。他の人は僕が子供で目を惹く様な見た目をしているから好奇心っぽいのを感じるんですけど」
「凄いね…こっちでも更に監視の目は光らせておくね。後、一応言っておくけど冒険者が住民に対して不当に金銭を要求したり関係を迫ったり、暴力を振るわれた場合は反撃して大丈夫。その不当っていう所が本当に言いがかりとかの場合ね?」
「反撃して大丈夫って事は殺していいんですか?多分一撃で殺せますよ?」
「…あれでもCランク冒険者だけど?」
「殺れます」
「…冒険者自身、全てが自己責任だから冒険者ギルドとしては犯罪を犯したんだから殺されても文句は無いけれど、ここはフラクトウェル伯爵家が治めてる領地だからね。そっちや自警団の方で問題になるかも知れないかな…」
「でも、僕の気が済まないと思うので食べさせる前に四肢を折って動けなくするとか、半殺しまではいいですか?」
「…ええ。そうならない様にこっちで対処した方が良さそうだけど…しばらくあなたに護衛を付けていい?」
「困ります…お風呂を覗かれるかも知れないですし」
「そんな事しないから」
「まぁ…どうせもう少しでこの街を出る事になると思いますからいいですよ」
「あら、そうなの?」
「はい、リベーラ・ラザマンドさんの行商に参加して王都のローレルタニアに行く事になってるんです」
「そうなのね…とりあえずあの四人は君に護衛を付けるのと監視を強化する事で対処するわ」
「ありがとうございます」
話を終えてフロアに戻ると相変わらずさっき言った四人は悪意の視線、他は好奇心の視線を送って来るが、僕は壁際で凛々しく待っていたラザマンドさんにぶかぶかの靴で駆け寄る。
「くっ…」
ふっ、決まったな。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「ああ、問題ない。それで?冒険者登録はしたのか?」
「やっぱりやめました。ネリンさんが詳しく話してくれたんですけど、僕が冒険者登録して緊急招集されると白雪が絶対に前線に駆り出されるって聞いて…」
「そうか。シオンがそれでいいならそれでいい」
「あ、それで売れました?」
「ああ…正直、私ですら持っていたくないと思う程の金額だ…」
「だったら金貨ってありますか?」
「ん?あるが…ここで出すのか?」
「今一枚だけ僕にください」
「…わかった」
すると腰に結び付けた袋から一枚の金貨が現れ僕の掌に乗っかる。
「ネリンさん、子供の僕でもしっかり対応して詳しく説明してくれてありがとうございます。お礼です」
「え、ちょ…金貨…!?えっ…!?あの、価値分かってるんですか…!?」
渡されたネリンさんはラザマンドさんに視線を向けるが、ラザマンドさんはやれやれと首を横に振る。
「こ、これはもらい過ぎだって…!」
「多かったら明日も来るので規則とか教えてもらう時の授業料にしてください。それだけの価値がネリンさんの対応にはありました」
「っ…」
どうだ…よし、ラザマンドさんからもグッドが帰って来た。
「だから明日もお願いします」
「…はぁ、分かったわ。その代わり本当に詳しく教えるから覚悟してね?」
「僕が失敗して犯罪者にならない様にお願いします」
「ったく…」
苦笑しつつもネリンさんは僕の頭を一撫で。
それからラザマンドさんに近づいて耳打ちをして頷く…多分僕に護衛を付ける話だろう。
「よし。じゃあシオン、予定通り洗濯屋に行ってから布屋で問題ないか?」
「はい、お願いします。ネリンさんもまた明日」
「ええ、明日来るのを待ってるわ」
ネリンさんが笑って手を振ると周りから驚愕の声が上がったが、確かに最初見た時は気怠そうな雰囲気だった。
それはきっと冒険者としての心構えが成っていない人ばかりで辟易してたんだと思う。
最後の質問をされるまでは普通に笑ってくれたし、その後も問題なかった。
そういう所だぞ諸君…と思っているとラザマンドさんが建物と建物の隙間へと入っていき僕を手招きする。
「どうしたんですか?」
「マンティコアの角…正しく本物だった。その角は冒険者ギルドのギルドマスターから国王へ献上される事になった」
「そうなんですね」
「…でだ、実はここのギルドマスターとは見知った仲でな…ギルドマスターが直々にローレルタニアに赴き献上するという事になって私達の行商に参加する事になった。もちろん急行馬車を使ったり飛竜を使えと言ったんだが押し切られてしまってな…」
「わぁ、面倒くさいですね」
「ああ…んんっ!まぁ、そういう事だから一応報告しておく」
「わかりました」
「で…肝心な売値だが、金貨2,500枚になった」
「わぁ、凄いですね」
「君は…ふぅ、いいか?今から価値を教える」
生返事な僕にこめかみを引きつかせたラザマンドさんは僕のぷにぷにほっぺを引っ張りながら懇切丁寧に怒気を含めて貨幣の価値を教えてくれる。
「まず銅貨、銀貨、金貨とよく使う通貨が三種類ある。銅貨が100枚あれば銀貨になり、銀貨が100枚あれば金貨になる。この金貨が1枚あれば四人家族で一ヶ月何の不自由も無く、月の半分外食しても暮らせる価値があるんだ。ちなみにだが、安定した職に就いている者の収入は銀貨70枚から金貨1枚程だ」
「…それが2,500枚もあるのは凄いですね?」
「凄い所じゃないんだがな…更にその金貨を100枚集めれば白金貨、その白金貨を100枚集めれば聖金貨になる。…ただ、白金貨や聖金貨は商会同士のやり取り、国家間での取引で扱う貨幣だからそこまでは気にしなくていい」
「では銅貨、銀貨、金貨まで覚えておけばいいんですか?」
「ああ、それで問題ない」
痛くは無かったがずっと摘ままれていたほっぺを撫でていると、ラザマンドさんが腰に付けた袋からまた小さな袋を取り出す。
もしかして【空間収納】の機能が付いた魔道具…?
「この中に金貨2,500枚…今は2,499枚入っている。しっかり【空間収納】に入れておけ。その袋はシオンの【空間収納】と同じ機能のマジックアイテムで、容量が小さく中身が劣化していくから財布代わりにそのまま使え」
「分かりました」
一応開いて手を突っ込んでみるとすぐにガシャリと金貨同士がぶつかる音がした。
そこから僕は今までのお世話になった分と財布、マンティコアの素材を売るという大変な役目を頼んだお返しに金貨20枚を取り出しラザマンドさんに手渡す。
「お、おい!さっきの話を聞いていたのか!?」
「今までの迷惑料とお財布、マンティコアの素材を売ってくれたお礼です。価値は教えてもらって分かったので大丈夫です。それで間違ってません。それより早くいきましょう、ちゃんとした服が着たいです」
もう返品は受け付けないと財布を【空間収納】に入れた僕は文句を言いたそうなラザマンドさんを無視してぶかぶかな靴でシャクシャクと雪を踏みしめた。




