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第十四話「軍師、エンツィアンタールに到着する」

 統一暦一二一五年六月二十四日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西エンツィアンタール。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 ノイムル村を出発し三時間ほど経った午後四時頃、我々はリンドウ谷(エンツィアンタール)に到着した。


 今はまだ、その名の由来となったリンドウの季節ではなく、雑草が生い茂る丘の間の草原でしかない。


 エンツィアンタールはノイムル村から十キロメートルほど西に行ったところから、五キロメートルほど続く谷間の総称だ。谷間と言っても切り立った崖はなく、五十メートルほどの高さの丘が連なるなだらかな地形だ。


 布陣する場所はその谷間に入ってから一キロメートルくらいのところで、幅五十メートルほどの草原の中央に西方街道が通っている。


 両側の丘は草原から徐々に雑木林に変わり、上の方は広葉樹で鬱蒼としている。

 丘の頂点までは街道からそれぞれ水平距離で二百メートルほど、谷間に当たる部分は幅五百メートルほどになる。


 丘の先は南北共に雑木林から巨木の茂る深い森に変わり、オストヴォルケの森と呼ばれている。


「思った以上に狭いし、木が多いな。マティ、丘にも兵を配置する方針で変更はないか?」


 総司令官であるラザファム・フォン・エッフェンベルク伯爵が聞いてきた。


「そうだね。丘の斜面から弓で攻撃できれば、防御に有利だ。それにこのくらいの林なら、今からやれば、ある程度伐採はできると思う。何と言っても森で暮らしている獣人族(セリアンスロープ)がこれだけいるんだからね。それに伐採した木を防護柵の前に置けば、敵の前進を邪魔できるから有利に戦えるはずだ」


 防御柵は最初から作るつもりで準備してある。但し、ヴォルケ山地に入ってからの戦いを想定しているため、それほど多くの材木は用意していない。そのため、幅五十メートルの草原部分はともかく、丘の斜面すべてをカバーすることはできない。


「ならば、すぐに作業に取り掛かるぞ。ヘルマン! 第四連隊を直ちに送り出せ!」


 北方教会領軍の哨戒部隊である軽騎兵百騎がそろそろここに到着するため、ラザファムはその対応を私の実弟であるヘルマン・フォン・クローゼル男爵に命じた。


「了解です。兄上、敵の騎兵は殲滅してもいいですよね」


「それで構わない。但し、逃げる者を無理に追う必要はないからな」


 ラウシェンバッハ騎士団の第四連隊は猫人(カッツェ)族や兎人(ハーゼ)族など、比較的小柄で敏捷な氏族を中心とした部隊だ。


 高い身体能力を生かした機動力は騎兵に匹敵し、更に足場の悪い山地でも迅速に移動できるなど、奇襲や夜襲に向いている。


 今回も一個連隊一千名を投入すれば、僅か百騎の騎兵なら殲滅は容易だ。しかし、敵も待ち伏せを警戒しており、三十名ほどが後方二百メートルほどに配置されている。そのため、奇襲に失敗すれば、逃げられる恐れがあった。


 もっとも逃げられても大きな問題にはならない。

 彼らが本隊に戻っても戻らなくても、連絡が途絶えれば我々がいると気づくからだ。


「ヘルマン! 伐採はラウシェンバッハ軍に任せるぞ! ディート! 防護柵の設置を始めろ!」


 ラザファムが防御陣の構築の指示を出していく。

 それを受けたヘルマンが、第一連隊長兼副団長であるエレン・ヴォルフに命令する。


「エレン、第一連隊は戦闘工兵大隊と共に伐採を頼む。義勇兵にも手伝わせるが、指示は戦闘工兵にさせろ。その方が効率はいいだろうから」


「了解しました! 戦闘工兵大隊、義勇兵団と共に伐採を行います!」


 エレンはピシッという感じで敬礼した後、副官に連隊への指示を伝え、そのまま司令部の後ろに待機している大柄な集団、戦闘工兵大隊に向かった。


 戦闘工兵大隊は陣地の構築や城塞攻略用のトンネルの掘削などを行う部隊だ。そのため、膂力に優れた熊人(ベーア)族や猛牛(シュティーア)族が中心だが、器用な狐人(フックス)族などもいる。


 元々役割は決めてあったため、後方にある荷馬車から次々と物資が運ばれていく。

 夏至が近いから午後七時くらいまでは灯りがなくとも作業は可能だし、獣人族なら夜目が利くから、日が落ちてからでも問題はない。


 作業が始まると、私はラウシェンバッハ騎士団の参謀たちと偵察隊から送られてきた情報を整理していく。


 参謀の多くが、私の護衛だった(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)の団員であるため、気心は知れている。


 情報参謀の兎人族のミーツェ・ハーゼが広げられた地図の上に、敵の位置などをマークしていた。


「敵の本隊の動きは想定通りです。ここから二十キロの場所で野営するようです……」


 元々西方街道では大軍が野営できる場所が限られているから、予想は難しくない。


餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)からは昨日より多くの哨戒部隊が出ており、野営地の周囲五キロほどを厳重に警戒しているようです。そのため、こちらの偵察隊は二班のみが敵を監視しています。もう少し増やすこともできますが、どうされますか?」


「そのままで構わない。注意すべきは偵察隊の安全だからね。獣人族とは言え、素人に過ぎない餓狼兵団に見つかるとは思っていないけど、念には念を入れておこう」


 敵の獣人族部隊、餓狼兵団はラウシェンバッハ騎士団を参考に編成されたようだが、偵察や撹乱、強襲などに特化した部隊は存在しない。


 また、ラウシェンバッハ騎士団の偵察兵は闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)の本職から指導を受けており、防諜の素人である餓狼兵団に見つかる可能性は低い。


突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)はここより北北東約四キロの位置まで移動しています。イリス様より水源があるのでそこで野営するとの連絡を受けております」


 地図を見ると、待機予定場所まで三キロメートルほどの位置で、一時間もあれば到着できる。


「予定通りに配置できるなら構わないよ」


 参謀である狼人(ヴォルフ)族のクルト・ヴォルフが通信兵からメモを受け取った。そして、真剣な表情で報告していく。


「第四連隊のヴァイスカッツェ連隊長から敵騎兵と接触したとの連絡が入りました」


「ミリィのお手並みを拝見させてもらうかな」


 ミリィ・ヴァイスカッツェも元護衛で、女性ながらも騎士団で一二を争う奇襲部隊の指揮官だ。


「今のところ問題はなさそうだね」


 クルトたちにそう言うと、ジークフリート王子に視線を向ける。


「殿下、我々にできることはないようです。少し陣を回ってみましょうか」


「了解した。アレク、ヒルダ。兵を労いたい。この場は安全だと思うが、その認識で問題ないな」


 王子は護衛であるアレクサンダー・ハルフォーフと(シャッテン)のヒルデガルトに確認する。

 これは私が依頼したことだ。


 彼の師である私が言えば、本来なら護衛に確認することなく同行する。また、護衛が危険だと判断すれば、放っておいても止めるだろう。


 しかし、今後彼が王になれば、直言する者は減ってくる。特に今後は中央集権体制を確立するため、王の権力を一時的にだが強化するから、余計に意見を言いづらくなる。

 そうなると、私やラザファム、イリスくらいしか意見を言わなくなる可能性が高い。


 私は目的をはっきりと伝え、意見を求めることを習慣づけるように依頼した。最も身近な者にも甘えることなく、意見を聞く癖を付けておけば、今後増える家臣にも意見を聞くことを躊躇わないと考えたのだ。


「私の配下はもちろん、カルラ殿、ユーダ殿の配下もおります。危険はありません」


 ヒルデガルトが生真面目に答える。

 その言葉にアレクサンダーも頷いた。


「足場が悪いですから、その点だけは注意いただきたいと思います」


 アレクサンダーはそう言いながらも、私に視線を向けている。

 私の方が危険だと思っているようだ。


「私が一緒ですから、ゆっくりしか登れません。ですから大丈夫ですよ」


 私の言葉に周囲に笑みが広がった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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