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第十三話「軍師、王子の成長を確認する:後編」

 統一暦一二一五年六月二十四日。

 グライフトゥルム王国中部、ノイムル村。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 ラザファムたちが戦場予定地を確認しに行った後、ジークフリート王子らと作戦会議を行っている。


 王子にはどのような作戦が考えられるかという宿題を出しており、それを聞いた。

 よく考えられており、優秀な成績で王立学院の兵学部を卒業した弟のヘルマンと義弟のディートリヒもその出来に驚きながら感心していた。


 それでも私は王子の成長を促すため、ダメ出しをする。


「概ねよいかと思います。具体的な場所はラザファムたちが戻れば設定できますし、作戦の概要はそれで問題ないでしょう。ですが、重要な視点が抜けております」


「重要な視点? それは何だろうか?」


 ある程度自信があったようで、困惑の表情を浮かべている。


「敵の司令官ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長が、どう考えるかという敵の視点です」


「敵の視点……」


 ようやくピンときたようだ。


「はい。マルシャルク団長は我々の軍を無力化することで、マルクトホーフェン侯爵が王都を掌握し続けることを目的に軍を動かしました。つまり、我々がこの場にいることで迷いが生じるのです」


「我が軍がこの場にいることで迷いが生じる?……」


 ジークフリート王子は思いつかないらしく、私の言葉を繰り返している。しかし、ヘルマンは何か気付いたのか、ハッとした表情を浮かべた。

 私が目で合図すると、弟は小さく頷いてから、説明を始める。


「王都がどうなったのかが気になると思います。マルクトホーフェン侯爵が敗れたのではないか、兄上が侯爵と手を結んだのではないか、それとも王都を無視して自分たちを排除しにきたのではないか、そんな感じでいろいろ考えるということですね」


「その通り。事前に我が軍は一万四千しか動かしていないという情報を流しています。しかし、我が領には更に一万近い兵を送り出すだけの能力があることを知っているでしょうし、北部のノルトハウゼン騎士団やグリュンタール騎士団が動く可能性もゼロではありません。ですから、ケッセルシュラガー侯爵軍とライゼンドルフで挟み撃ちにすべく、兵を分けて追撃した可能性も考えるでしょう……」


「なるほど……」


 王子は感心している。


「そんな状況でこちらの兵力が少ないと分かれば、どうなるでしょうか?」


「兵を分けているから、少ないのだと考えるということか……」


「はい。義勇兵団八千に加え、エッフェンベルク領軍五千なら計一万三千です。つまり、ラウシェンバッハ騎士団五千と突撃兵旅団二千を丸々伏兵にしても、疑問を持たない可能性があるのです。幸い、義勇兵団の装備とラウシェンバッハ騎士団の装備に大きな差はありませんし、獣人族だけで構成されている点も同じです……」


 ラウシェンバッハ領の兵士の装備はその特性にあったものであり、同じ軍でも隊ごとに微妙に異なる。そしてすべての部隊の鎧やマントには我が家の紋章が大きく描かれており、見慣れているはずの領民でも見分けが付かないほどだ。


「そこで守りを得意とするエッフェンベルク騎士団が街道の真ん中を守り、谷の斜面に義勇兵団が配置されていれば、数の不利を悟って慌てて地形を利用した防御陣を作ったように見えるはずです。こういった感じで敵の心理を突くことも考えなければなりません」


「相手の心理を突く策を考えるか……勉強になる」


「但し、今回ラウシェンバッハ騎士団は第四連隊のみを林の中に隠しますが、他の連隊は本隊に配置し、側面を守らせます。餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)に側面へ回り込まれた時、義勇兵団では対処できず、防御陣が崩壊する可能性があるからです。そのため、義勇兵団は二千ほどを司令部の直属としてヘルマンが指揮しますが、残り六千はやや離れた場所に配置して、最終局面で投入する戦術予備とします」


 義勇兵団にラザファムやハルトムート並みの指揮官がいれば、先に言ったようにラウシェンバッハ騎士団を伏兵にすることもできたが、指揮官のいない部隊では精鋭である餓狼兵団や神狼騎士団を相手にするには力不足だ。


 ハルトムートが率いる突撃兵旅団に義勇兵を同行させるという方法もないわけではないが、別動隊の人数が多すぎれば、ハルトムートでも掌握しきれず、作戦が失敗に終わる可能性が高くなる。


「最終局面、すなわち追撃時にはアレクサンダー殿に司令部直属の半数、一千名の義勇兵を率いてもらうつもりです。追撃戦になれば、敵の殿は餓狼兵団ですから、アレクサンダー殿の武勇が大いに力を発揮するでしょうから」


「俺が千名の兵を率いるのか……それも最も強力な敵を相手取る……我が軍の軍師殿は無理な注文をしてくれるな」


 アレクサンダーはそう言って苦笑する。

 その後、更にいろいろと話をし、昼頃にラザファムたちが戻ってきた。


■■■


 統一暦一二一五年六月二十四日。

 グライフトゥルム王国中部、ノイムル村。第三王子ジークフリート


 午前中にマティアス卿らと作戦会議を行った。

 前日からアレクサンダーと共にいろいろと考えたが、まだ足りない。マティアス卿の敵の心理を突く見事な策を聞き、少し凹んでいる。


 昼前、地形を確認しにいったラザファム卿、イリス卿が戻ってきた。その後、エンツィアンタールの雑木林の中を確認したハルトムート卿が戻っている。

 更に偵察隊からレヒト法国の北方教会領軍の状況が知らされた。


「敵軍は西五十キロにある野営地を出発し、現在先頭は十五キロほど進んでおります。敵の哨戒部隊約百騎は本隊より二十キロほど先行し、このままいけば、午後四時過ぎにここより西に十キロ、リンドウ谷(エンツィアンタール)付近まで進むと見込まれます」


 我が軍の通信の魔導具により、敵の動きは逐次報告されている。


「では予定通り、本隊はエンツィアンタールまで進みましょう。敵の哨戒部隊を殲滅できれば、敵将であるマルシャルク団長も判断に迷うでしょうから」


 マティアス卿が笑顔で提案する。


「別動隊はどうするんだ? 迂回して進むなら今日中にある程度進んでおきたいが」


 ハルトムート卿の質問に総司令官であるラザファム卿が答える。


突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)は明日の午前十時までに所定の場所に到着してくれればいい」


 ノイムル村の西に広がるオストヴォルケの森は、街道付近こそ雑木林になっているが、五キロメートルほど北に行くと深い森になっている。今回は街道から五キロメートルほど離れた場所に待機することが決まっているが、思った以上に行軍しづらいらしい。


「斥候隊からの連絡が途絶えたことで我々の存在を疑うのは今日の夜か、明日の朝。二十キロほど離れているから、接近は早くても明日の午後になる……」


 敵将ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長は哨戒部隊として軽騎兵百騎を先行させている。これは我が方の偵察隊を排除するとともに、我が軍の位置を探るためだ。


 百騎であれば、ラウシェンバッハ騎士団の第四連隊なら殲滅は可能だ。マルシャルクは哨戒部隊と頻繁に連絡を取り合っているため、情報が途絶すれば我が軍の存在を疑うだろう。


「問題は餓狼兵団がどう動くか分からないことだ。突撃兵旅団と同じように迂回戦術に使うことも考えられる。ラウシェンバッハ騎士団の第四連隊が警戒を強めるが、突撃兵旅団も警戒を怠るなよ」


「了解だ。偵察隊の情報は適宜共有してくれ。では、俺たちは先行する」


 ハルトムート卿がそう言うと、マティアス卿がイリス卿に話し掛ける。


「無理はしないでほしいし、ハルトにもさせないように頼むよ」


「分かっているわ。では行ってくるわね」


 それだけ言うと、イリス卿はマティアス卿に軽くキスをしてからハルトムート卿に続く。


「では、殿下。出発前に兵たちに一言お願いします」


「了解だ」


 今回も訓示を行うが、あまり煽らないように冷静に聞こえるよう、ゆっくりとした口調で話していく。


「既に各指揮官から聞いていると思うが、明日には敵と戦うことになる。敵は精鋭である北方教会領軍であり、狭い地形での激戦になると予想されている……」


 強敵と戦うことになると聞き、兵たちがやる気を見せている。


「厳しい戦いになると思うが、今回もマティアス卿たちが考えた策がある。それも敵将の心理を突くような素晴らしいものだ。諸君らはその策を成功に導くため、指揮官の命令通りに行動せねばならない。この戦いに勝利すれば、我が国に平和が訪れる。平和のため、諸君らの奮闘に期待する! 以上だ!」


「「王国、万歳!」」


「「ジークフリート殿下、万歳!」」


 兵たちが武器を上げて応えてくれるが、私の訓示で士気が上がるのか疑問を持っている。


 突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)が出発し、ラウシェンバッハ騎士団、エッフェンベルク騎士団、義勇兵と続く。

 我々総司令部は義勇兵たちと共に出発するため、三十分ほど後になる。


 義勇兵たちだが、総司令部の護衛になった者は誇らしげにしている。それ以外の者は不満げな表情こそ見せていないが、護衛になった者たちを羨んでいた。

 そのことに気づいたのか、マティアス卿が護衛に選ばれなかった者に声を掛けていく。


「義勇兵団は最終局面で投入される予定だ。戦いの帰趨を決定づけるため、私が選んだのだ。出番は最後だが、重要な役目であり、今回の戦いの主役と言ってもいい。私の期待に応えてくれると嬉しい……」


 彼の言葉で義勇兵たちの目が輝き出した。


 マティアス卿は常に周囲に気を配っている。

 そのことについて以前聞いたことがあった。


『軍も国も人によって構成される組織です。人が集まっている以上、些細な不満はいくらでも出てくるでしょう。庭の雑草を小さな芽だからと放置すれば、やがて生い茂り、手入れが大変になるのと同じです。ですから、不満はできる限り小さな芽のうちに常に摘み取っておくべきなのです』


『何となく分かるが……』


『例えば、兵たちが食事に不満を持っているとしましょう。軍の糧食を改善することはなかなか難しいですが、それを無視し続ければ、徐々に不満が溜まっていきます。そして、些細なことでも不満を持つようになり、それはやがて不服従などの大きな問題に発展するのです。これは民についても言えます。人の上に立つのであれば、彼らの声を聴くことはとても大事なことだと覚えておいてください』


 理由は分かったが、実践することは難しい。

 マティアス卿のように、常に人に気を配るというのは思っていたより難しい。


 そんなことを考えたが、私も彼らに声を掛ける。


「私も我が師が期待している諸君らの働きに注目しておこう。勝利の後の美酒を一緒に楽しもう!」


 王族ということでまだ溝はあるが、マティアス卿の名を借りると意外に受けがいい。


「殿下のために頑張ります!」


「一緒に勝利を祝いましょう!」


 そんな声が掛かった。

 兵たちを見送りながら、マティアス卿に声を掛ける。


「ここまで彼らが私を受け入れてくれたのは卿のお陰だな」


 私の言葉に彼は首を横に振る。


「殿下が努力されたからです。私はそれに少しだけ助言したにすぎません」


「そう言ってもらえると嬉しいな」


 そんな話をしながら我々も馬に乗った。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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