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第十二話「軍師、王子の成長を確認する:前編」

 統一暦一二一五年六月二十四日。

 グライフトゥルム王国中部、ノイムル村。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 レヒト法国の北方教会領軍が五十キロメートルの位置にまで迫っている。

 それに対応するため、ラザファムたちは戦場となるリンドウ谷(エンツィアンタール)の確認に向かった。


 私はこの戦いで主力となるラウシェンバッハ騎士団の団長ヘルマン・フォン・クローゼル男爵とエッフェンベルク騎士団の団長ディートリヒ・フォン・ラムザウアー男爵、ジークフリート王子、その護衛であるアレクサンダー・ハルフォーフの四人を呼び、作戦会議を行うことにした。


 アレクサンダーは護衛だからと最初は固辞したが、彼にも指揮官としての能力を上げてもらいたいため、無理やり参加させている。


 ヘルマンからラウシェンバッハ領軍の状況が報告された。義勇兵が逸っているという報告に懸念を覚える。

 その後、ディートリヒからも獣人族義勇兵の戦意が高いという報告があった。


「殿下、今の報告を聞いて何に注意すればよいか、ご意見はありますか?」


 王子は少し考えた後、ゆっくりとした口調で話し始める。


「戦意が高すぎるということは、指揮官の思惑を超えて戦闘に没頭する可能性がある。そうなった兵は視野が狭くなり、罠に嵌まる可能性が高くなるだろう。だから、指揮官がしっかりと手綱を握り続けることが重要だ。私に言えるのはこのくらいだな」


 毎日教育している成果が出ているが、合格点には少し足りない。


「その通りですが、大きな問題があります」


「それは何だろうか?」


「エッフェンベルク領の義勇兵は数が少ないですし、ディートリヒが騎士団と共に指揮しても注意を払うことは難しくありません。ですが、ラウシェンバッハ領の義勇兵団は総司令部直属にするしかありません……」


 義勇兵団は“兵団”と名乗らせているものの、指揮官がいない。一応、各氏族の代表が取りまとめを行っており、戦闘以外であれば問題はないが、戦場では指揮命令系統がはっきりしていないことは大きな問題だ。そのため、義勇兵団は総司令部直属としている。


「しかし、総司令官であるラザファムは全体の指揮を執らなければなりませんし、私も司令部で参謀長として各隊からの情報を整理し、適切な助言を行わなければなりません。そうなると、彼らを直接指揮する指揮官がいないことになります。それにエッフェンベルク領の義勇兵と異なり、ヘルマンにすべての義勇兵の指揮を任せることは不可能です……」


 ヘルマンは五千名のラウシェンバッハ騎士団を率いなければならないから、組織があやふやな八千の兵すべてを掌握することは不可能だ。


 また、ハルトムートとイリスは突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)と共に別行動となるため、総司令部にはおらず、指揮を任せられない。


「彼らが命令を無視して勝手に戦闘に加わるようなことはないでしょうが、彼らを攻撃に参加させると、目が届きにくい状況になります。そこに隙が生まれる可能性は否定できません」


「なるほど……そうなると、最大の兵力が使いづらいということか。どうすればよいのだろうか?」


 王子も問題点に気づいたようだ。


「そもそも義勇兵団を投入するということは総力戦になったということです。つまり総司令部を含め、全軍が戦闘に入ったということになります」


「全軍が戦闘に……うむ……」


 状況を頭の中で思い浮かべているようだ。


「そこで考えられる方法は四つあります。一つの方法としては、ラザファムに義勇兵団の指揮を任せ、殿下が全体の指揮を執ることです」


 私の言葉に王子が驚き、目を見開いている。


「私は名目上の指揮官に過ぎない。卿の助言を受けられるとはいえ、決断は私が行うことになる。義勇兵団の暴走より危険な気がするのだが……」


 そこでアレクサンダーが発言する。


「マティアス卿が総司令官代行として全体の指揮を執ったらいいのでは? ランダル河の戦いでは総司令官であるケンプフェルト閣下が前線に出た際、参謀長のヒルデブラント将軍が総司令官代行として全体の指揮を執っていました。それに倣えばよいのではないですか?」


 その意見に私は頷く。


「それが二つ目の方法ですが、あの時は私が参謀として助言できました。しかし、私に助言してくれる参謀がいませんから、全体指揮を一人で行うことになり、あまり現実的な方法とは言えないでしょう」


「確かにそうだな。ヒルデブラント将軍はマティアス卿の助言を頼りにしていた。いかに“千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアス”であっても、一人で広い戦場を把握しつつ、命令を出すことが難しいだろう」


 王子の言葉に他の三人が頷く。


「三つ目の方策ですが、ラウシェンバッハ騎士団の指揮は各連隊長に任せ、ヘルマンが義勇兵団を指揮する方法です。今回の戦場では各連隊は独立して動くことになりますので、ラザファムが直接連隊長に命令しても大きな問題にはなりません。それにヘルマンは義勇兵たちと合同演習を何度もしていますから、彼らのことをよく理解しています。これが最もリスクが低く、有効な方法と言えるでしょう」


「なるほど。ラザファム卿とマティアス卿が全体の指揮から外れることなく、遊兵となる義勇兵団を有効に使えるということか……四つということはまだあるということか?」


 そこで私はアレクサンダーに視線を向けた。


「はい。アレクサンダー殿が前線に立ち、彼らを指揮するという方法です」


 私の言葉にアレクサンダーが驚き、即座に否定した。


「俺が八千の兵を指揮する……無理です。二十人くらいの部隊を率いたことがあるだけですよ、俺は」


「そうでもありません。義勇兵団は突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)と同じく力押ししかできません。アレクサンダー殿ならハルトムートと同じように最前線に立ち、彼らを先導することができるはずです。ハルトの指揮を直接見ているから何となく分かるのではありませんか?」


 ランダル河の戦いでは、アレクサンダーは突撃兵旅団に入り、ハルトムートと共に戦っている。


「何となく分かりますが、あれはハルト殿だからできたこと。俺には無理です」


「確かにハルトは指揮の天才ですから、真似をしろと言っても無理だと思います。ですが、最悪の場合、すなわち我が軍が敗走するような場合は、アレクサンダー殿にも義勇兵団の一部を率いてもらうつもりです。仮にヘルマンが指揮を執っていたとしても、そのような状況で八千の兵を一人で指揮することは不可能ですから」


 私の意見にアレクサンダーは首を横に振っているが、ジークフリート王子は私の意図を察したのか頷いている。


「なるほど。敗走するような状況まで考えてアレクが指揮するという話をしたのだな。いきなり言われるより、少しでも心づもりがあった方がいいということか」


「はい。勝てる手を考え勝利に導くのが司令部の仕事ですが、最悪の状況も常に頭に入れておく必要があります。今回はそのような事態にならないとは思いますが、百パーセント勝てる戦いなどありません。どれほど有利な状況でも油断すればひっくり返されることは充分に考えられます。思いつく限りの状況を考えておくことは組織を率いる者の責任と言っていいでしょう」


 私の言葉に王子とアレクサンダーだけでなく、ヘルマンたちも頷いている。


「では、具体的な作戦について考えましょうか。まずは殿下のお考えを聞かせてください」


 昨日、王子には今日一緒に作戦を考えると言ってあるため、ある程度考えてきたはずだ。


「分かった。では説明する」


 予想通り、しっかり考えてきたようだ。


「まず前提となる目的から確認していきたい。目的は敵北方教会領軍を我が国から排除するために無力化すること。そのためには北方教会領軍に大きなダメージを与え、敗走させる必要がある。敗走すれば、輜重隊の荷馬車を放棄しなければならず、我が国に深く入り込んでいる敵は、継戦能力を失うことになる……」


 教えた通りに目的から整理していく。その説明を聞きながら、私は満足していた。


「次に我が軍の有利な点だが、それは索敵能力と情報伝達能力、そして機動力の高い部隊を持つことだ。身軽で神出鬼没のラウシェンバッハ騎士団の第四連隊を使い、敵の斥候隊を排除し、こちらの戦力を可能な限り見せない。その一方で偵察隊を派遣し、敵の位置を正確に把握する。そして、機動力のある突撃兵旅団を側面に回す……」


 王子はそこで地図の一点を指差す。


「その際、ここリンドウ谷(エンツィアンタール)の地形を利用して防御陣を構築する。有利な地形と堅固な防御陣で敵を拘束した後、突撃兵旅団で敵に大きなダメージを与える。敵が混乱している間に、ラウシェンバッハ騎士団の第一、第二連隊を林の中に進ませ、側面攻撃を仕掛けて敵を敗走させる。その後は敵の殿(しんがり)を攻撃しつつ戦力を奪い、潰走させる……私が考えたのはこのような感じだが、どうだろうか?」


 アレクサンダーはもとより、兵学部を優秀な成績で卒業したヘルマンとディートリヒも感心したのか、しきりに頷いている。


 専門の教育を受けておらず、行軍中に私から学んでいるだけにしては、非常によく考えられていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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