第十一話「第三王子、トップとしての心得を学ぶ」
統一暦一二一五年六月二十四日。
グライフトゥルム王国中部、ノイムル村。第三王子ジークフリート
早朝、ハルトムート卿が魔獣狩人、通信兵、護衛二名の計五人でリンドウ谷に向けて出発した。
護衛は突撃兵旅団の兵士であり、武術の腕は充分だという話だが、この人数で大丈夫なのかと不安になった。
そのため、出発前に増員を提案している。
『万が一卿を失うことがあれば我が国にとって大きな損失になる。もう少し護衛を付けた方がよいのではないか』
私の護衛であるアレクサンダー・ハルフォーフも頷き、ハルトムート卿に意見を言っている。
『この辺りには大型の魔獣はいないと聞いているが、餓狼兵団の偵察隊が来る可能性があるとマティアス卿も言っていた。ハルト殿が優秀な戦士であることは私も十分に分かっているが、森の中での戦闘では何が起きるか分からない。殿下のおっしゃる通り、もう少し兵を連れていってもよいと思う』
ハルトムート卿は私たちの意見に飄々とした表情で答える。
『偵察隊にも魔獣にも注意しますから問題ありませんよ。それより大人数で歩いた痕跡を残してしまう方が面倒です。この人数なら魔獣狩人の一団が通ったとしか思わないでしょうから』
確かに敵に痕跡を見られると、伏兵を警戒される可能性が高まることは避けるべきだと納得するしかなかった。
その後、ラザファム卿とイリス卿が出発した。
二人は黒獣猟兵団の兵士十名と通信兵一名だけを連れている。
二人にもハルトムート卿に言ったことと同じことを伝えたが、笑顔で否定されてしまった。
『我々は徒歩で移動しますから、敵の偵察騎兵が近づけばすぐに隠れます。それに影も数名同行するでしょうし、問題はありません』
私が心配し過ぎなのかと思ったが、マティアス卿が苦笑していた。
『昔からなんですよ。私がどれだけ安全に注意してくれと言っても一番効率がいいと言って、最小限の護衛しか付けないんです。私は戦えないので、心配し過ぎているのかもしれませんが、彼らを失うことは絶対に避けたいですから、何度も言っていますよ』
そんな話をした後、ヘルマン・フォン・クローゼル男爵とディートリヒ・フォン・ラムザウアー男爵がやってきた。
この二人とマティアス卿、私、そして護衛騎士のアレクサンダーと五人で作戦会議を行うためだ。
当初、アレクサンダーは会議への参加を固辞した。
『俺は護衛ですし、まともな教育を受けていませんから』
『ケンプフェルト閣下に師事したのだから、剣術以外も学んでいるのではありませんか?』
アレクサンダーは共和国の宿将ゲルハルト・ケンプフェルト元帥の下で剣術の修行をしていたが、指揮官としての教育も受けていたとは聞いていなかった。そのことを彼の口からも伝えている。
『閣下からは剣術以外学んでいません。そんな余裕はなかったですから』
『ですが、間近で閣下のお話を聞いていたのではありませんか? それならば、アレクサンダー殿の意見を聞く価値はあると思いますが。殿下、いかがですか?』
マティアス卿はアレクサンダーも私と一緒に鍛えるつもりのようなので、すぐに了承する。
『私に異存はない。アレク、君も参加してくれないか』
私の指示ということでアレクサンダーは渋々同意した。
『分かりました。役に立てるとは思えませんが、参加します』
会議が始まると、ヘルマン卿が最初に報告を行う。
「偵察大隊からの報告です。北方教会領軍は予想通り、西五十キロの位置で野営しておりました。街道の哨戒部隊として軽騎兵百騎が二十キロほど先行しています。更に餓狼兵団の斥候隊八組計四十名が森に入ったとのことです。今のところ、こちらに気づいた様子はありません」
ラウシェンバッハ騎士団の偵察隊が五十キロメートル先の敵を監視している。
その偵察隊の情報を通信の魔導具で中継する部隊も派遣されており、ほぼ時間差なしで北方教会領軍の動きを知ることができる。
「ラウシェンバッハ騎士団の偵察大隊はさすがだね。本当に助かるよ」
マティアス卿がヘルマン卿を褒める。
「我らエッフェンベルク騎士団も偵察隊の拡充を図っていますが、勉強になります」
「エッフェンベルク騎士団も獣人たちが頑張っているよ。ディートの指導の賜物だね」
ディートリヒ卿も褒められてうれしそうだ。
マティアス卿から家臣が功績を上げたら忘れずに褒めるようにと言われていたが、目の前で見せられると納得する。
「ヘルマン卿、ディートリヒ卿、今度偵察部隊のことを教えてくれないか。マティアス卿が評価する君たちから直接聞きたいから」
「はっ! 時間ができた時に説明させていただきます!」
「私もヘルマン殿と同じです!」
二人が揃って笑顔で答えてくれた。
私のような若輩者でも王家の者が気に掛けていることは士気を上げることに有効だと実感する。もちろん、本心から知りたいと思っているため、嘘はない。
「それでは北方教会領軍との戦いに関して、方針について整理していきましょう。まずは各部隊の状況を確認します。ヘルマン、ラウシェンバッハ騎士団と突撃兵旅団、義勇兵隊の状況を教えてくれないか」
「はい。ラウシェンバッハ騎士団四千九百三十名、突撃兵旅団千九百八十名、義勇兵隊八千十一名はいずれも大きな問題はなく、矢や太矢などの消耗品も十分な数を確保しております。士気についても問題はありませんが、義勇兵の戦意が高すぎる点が気になるところです」
「敵が近いことで、やる気が強くなり過ぎたという感じかな?」
「それもありますが、兄上の前で戦えるということで舞い上がっている感じでしょうか。ようやく自分たちの出番だと言っている者が多くいますね」
私は話を聞いただけだが、レヒト法国では獣人族は人として扱われず、将来に希望を持つことができなかった。それを解消したのがマティアス卿で、彼は四万人近い獣人族を救出し、新天地を与えた。
また、入植地を与えただけでなく、生活が安定するまで税を免除した。更に行商人や治癒魔導師を定期的に派遣したことで、生活の質がそれまでとは比較にならないほど向上し、獣人族は強い忠誠心を抱いたと聞いている。
しかし、マティアス卿は当初、獣人族を兵として徴用することがなかった。そのため、獣人族は恩返しの機会がほしいと懇願し、ようやくその機会が巡ってきたと喜んでいるらしい。
「ありがたいことだけど、私としては無理に戦ってほしくないのだけどね」
マティアス卿がそう言って苦笑している。
「以前から気になっていたのだが、なぜマティアス卿は獣人族を兵として使いたくないのだろうか? 彼らが戦士として優秀なことは私でも分かるのだが?」
私の問いにマティアス卿は真剣な表情で答えてくれた。
「彼らを我が領に呼ぶ際、平和な暮らしを約束しました。私としては法国の戦力を奪うことで充分だったからです。それに私が彼らを戦争で利用すれば、法国がやっていることと同じなってしまいますから」
「しかし、法国では家族を人質に取り、強制的に危険な作戦に参加させられたと聞く。ラウシェンバッハ子爵領の獣人たちは自ら志願している。全く違うと思うのだが」
「たとえそうであったとしても、責任者が約束したことを反故にすることは、本来あってはならないことなのです。そのような人に組織のトップとなる資格はありませんから」
「それは分かるのだが、彼らの希望だったと聞く。それに約束した時点から状況が変われば、変更することはおかしなことではないと思うのだが?」
「もちろん方針を変更することが必要な場合もあるでしょう。ですが、そのような場合であっても、可能な限り約束は守られるべきなのです。私は獣人族から懇願され、更に皇帝マクシミリアンが即位したため、やむなくラウシェンバッハ騎士団を創設し、彼らを兵としました。今でもそれでよかったのかと考えています」
マティアス卿がこの話をしたのは私に王としての心構えを教えたいからだと思った。
以前、“綸言汗のごとし”という言葉を教えてもらった。言葉は一度発したら元に戻すことはできない。だから、よく考えて発言すべきだし、言葉にしたからには守らねばならない。
「卿の思いは理解できた。作戦の話し合いの場であったのに時間を取らせて済まない。では、作戦会議を再開しようか」
私はそう言って頭を下げた。
「そうですね。ラザファムたちが戻ってくるまで時間はありますが、あまり悠長な話をしている時間はないですから」
マティアス卿は私に微笑み、作戦会議を再開する。
その後、ディートリヒ卿からエッフェンベルク領軍の状況が説明されたが、獣人たちが逸っている点は同じだと報告された。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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