第十話「軍師、敵の動きを察知し、策を練る」
統一暦一二一五年六月二十四日。
グライフトゥルム王国中部、ノイムル村。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
五日前に王都を出発し、約二万の兵と共にノイムル村に入った。
「ようこそお越しくださいました。憎い法国軍をやっつけてください」
村長であるハルトムートの兄、デトレフ・イスターツが片膝を突き、頭を深く下げて出迎える。その後ろには前村長の父親ブレージら村人たちが平伏していた。
この村もそうだが、西方街道の宿場町は法国軍が通過した際に食糧などを強奪されている。それだけではなく、暴行や強姦も多数起きており、法国軍に対して強い憎しみを抱く者が多い。
ジークフリート王子と我々四人はイスターツ家に宿泊する。これは王子が主張したためだ。
それに対し、ハルトムートは一度断っている。
『俺は騎士爵に過ぎませんし、元は平民です。殿下はこれまで王都にいらっしゃいませんでした。そんな方が俺のような平民上がりを贔屓すれば、後々、貴族や騎士たちとの軋轢を生むかもしれません』
ハルトムートの言っていることは間違っていないだろう。
今まで王子はラザファムや私といったごく一部の貴族としか接点がなく、貴族たちは彼がどのような人柄かほとんど知らない。
しかし、この戦いの後、ジークフリート王子は国王になり、貴族たちを率いていかなければならない。そんな時、一部のお気に入りだけに配慮すると見られれば、やりにくくなることは容易に想像できる。
それでも王子は自分の意志を貫いた。
『ハルトムート卿は我が国の守護神であり、私の師の一人でもある。それだけではない。ランダル河の戦いでは勝利に大きく貢献してくれている。それらのことに対し、目に見える形で報いたい。ここは私の我儘を通させてほしい』
その話がイスターツ家の人々に伝わると、皆驚いていた。
『あのハルトが騎士様になっただけでもびっくりなのに、王子様からそこまで言っていただけるなんて……』
そんな感じだったが、イスターツ家の屋敷に入ると、簡素な食事を摂っただけで、歓待は断っている。
『兵たちは天幕で野営している。私はハルトムート卿に敬意を表するために、ここに泊めてもらうが、心は兵たちと共にある。配慮はありがたいが、今回は遠慮させてもらう』
その言葉に私を含め、全員が王子の成長に喜びを感じていた。
食事の後、作戦会議に入るが、斥候隊の影が入ってきた。
「法国軍はここより西約五十キロメートルの位置で野営するようです。餓狼兵団を含め、別行動を採っている部隊はありません。ですが、夜襲を警戒し、周囲に多数の斥候を放っております」
私が行った情報操作が功を奏したと思ったが、レヒト法国の北方教会領軍の総司令官ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長は、情報の信憑性を常に疑っているようで、油断はしていないらしい。
マルシャルクだが、三日前にマルクトホーフェン侯爵からの使者から情報を聞くと、我々との決戦を求め、即座に東に転進を決意した。
この使者だが、私が送り込んだ者だ。
マルクトホーフェン侯爵が送り出した使者を捕らえ、密書を奪った後に偽の使者を送り込んだ。
その際、密書には手を加えなかった。
但し、偽の使者には事実と微妙に異なる情報を流すよう命じてあった。
それは私が王都に被害が出ることを恐れて策を弄していること、マルクトホーフェン侯爵軍が油断していないことなどだ。あまり大袈裟に言うとマルシャルクが疑う可能性があるため、その点も注意してある。
また、法国軍と行動を共にするようにも命じてあった。
言い訳としては、王都に帰還しようと考えても、私の配下に見つけられて殺されるだけだから、王都に近づくまで同行させてほしいとしている。
同行させた理由だが、法国軍の内情を探るためだ。
神狼騎士団についてはある程度情報を持っているが、餓狼兵団についてはほとんど情報がない。
そのため、将兵の能力だけでなく、国に対する忠誠心や騎士団との関係などについて調べさせるのだ。
もっともこの情報は次の戦いで生かすことはできないと考えている。
法国軍には専門の間者はいないが、餓狼兵団の獣人たちの探知能力は侮れないため、敵陣にいる彼らに接触するつもりがないためだ。
「ここで待ち受けるなら、戦いは明後日になるけど、もう少し西に行って、森に入った方がいいわね」
イリスの言葉にラザファムが頷く。
「敵の斥候隊は二十キロほど先行しているが、明日の夕方になるまではこちらの動きを察知できない。ならば、有利な地形で待ち受けるべきだな」
ハルトムートがニヤリと笑った。
「それならいい場所がある」
「それはどこなの?」
イリスの問いに広げられている地図のある地点を指差す。
「ここから十キロ西にあるリンドウ谷というところだ。オストヴォルケの森に入ってすぐくらいのところで、高さ五十メートルほどの丘に挟まれている。伏兵を置くにしても待ち受けるにしてもいろいろと細工ができるいい場所だな」
「昔通った時に青いリンドウの花が印象的だったところね」
エンツィアンタールは十三年前のヴェストエッケ防衛戦の時に通っている。九月に帰還する際、青い可憐な花が咲き誇っていたことを思い出した。
「そこのことだ。みんなが覚えているかは分からないが、街道が通る部分は幅三十メートルほどで、左右は雑木林になっている。それが五キロほど続くが、下から見るより見通しは利かないから、兵を隠すには絶好の場所だ」
地図を見ると、西方街道が森に入ったところで、周囲は丘陵地帯になっている。
「いくら獣人族とはいえ、雑木林だと移動に時間が掛かるのではないか?」
ラザファムの指摘はもっともなことだ。
深い森では日光が大木に遮られて下草程度が生えているだけだが、人の手が入っていない雑木林の場合、草だけでなく、背の低い灌木が生い茂っていることが多い。
少人数ならそれほど問題ならないが、千人単位の部隊になると、隊列が維持できなくなり、軍としての機能に支障が出る可能性がある。
「もちろん分かっているさ。だが、魔獣狩人なら魔獣を相手にするのに有利な場所、つまり足場がいい場所を知っている。それを聞きだして、伏兵を置く場所を決めたらいい」
オストヴォルケの森には多くの魔獣が存在しており、ここノイムル村にも魔獣狩人が少数ながらいるらしい。
魔獣狩人は前衛である剣術士や槍術士と後衛である弓術士で六人程度のパーティを組み、森の中で魔獣を狩る。魔獣は人型だけでなく、獣型や虫型などさまざまで、狩人たちは自分たちに有利になる地形を熟知している。
「兄貴に頼めば、魔獣狩人を紹介してくれる。明日の午前中に下見をすれば、十キロくらいの場所なら午後だけでも兵を配置できるはずだ」
獣人族の身体能力なら十キロメートルの距離でも平地なら一時間で移動できる。仮に林の中を移動するにしても、十キロメートル程度なら三時間もあれば十分だろう。
「明日の午前中に確認できるなら、その策でいこう。ハルト、君にその確認を任せていいか?」
「もちろんだ」
「なら、そっちは任せるよ。ラズはイリスと一緒に街道沿いを確認してほしい。どこで待ち受けるのが最も効果的か、その観点で現地を見てほしいんだ」
「分かったけど、あなたはどうするの?」
「私はここにいて情報を整理しつつ、ヘルマンに斥候狩りについて検討するつもりだよ。私が現場に出ると足手まといだけど、通信の魔導具を使えば、ここからでも指示は出せるから」
「そうね。マルシャルク団長なら餓狼兵団の兵士に林の中の偵察を命じるわ。それに対処するためにどうすればいいかを考えるということね」
「その通り。第四連隊なら餓狼兵団が相手でも互角以上に戦えるし、逃がさないように先回りできれば、敵に情報を渡さなくて済むからね」
ハルトムートの案は魅力的だが、堅実な策も用意しておく。
奇襲効果が見込めなくても、戦力的には互角以上だし、負ける要素は少ない。
そこで黙って聞いているジークフリート王子に話を振る。
「殿下には私と一緒に策を考えていただきます」
突然話を振られたことで王子は驚くが、すぐに大きく頷いた。
「わ、分かった。力になれるかは分からないが、全力で考える」
「気負わなくてもいいですよ。地形を見る限り、今回の主戦力はヘルマンのラウシェンバッハ騎士団とディートのエッフェンベルク騎士団です。彼らをどう使うかを一緒に考えるだけですから」
「突撃兵旅団と義勇兵は予備ということか」
「突撃兵旅団はハルトの策が上手くいきそうなら伏兵です。義勇兵は最終局面で使うつもりですが、そのことも含めて考えましょう」
王子は頷くが、考え込んでいる。
その姿を微笑ましく思いながら、明日の行動について調整していった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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