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第八話「白狼騎士団長、密書を受け取る」

 統一暦一二一五年六月二十一日。

 グライフトゥルム王国中部オストヴォルケ山地、西方街道上。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 グライフトゥルム王国の王都シュヴェーレンブルクを出発して十三日。その間におよそ二百六十キロメートル移動し、現在はヴォルケ山地の東に広がる森林地帯オストヴォルケの森に入っている。


 一日当たりの行軍距離は二十キロメートルほどで、地理に不案内な敵国内という条件を考えればおかしな数字ではない。しかし、私は行軍速度を速められないことが不満だった。


(今のところ伝令は届いているが、魔獣狩人(イエーガー)たちの奇襲が激しくなっているから、ラウシェンバッハが命令を出しているのだろう。奴のことだから、ケッセルシュラガーにも指示を出しているはずだ。そう考えれば、できる限り早く、本国と繋がるヴェストエッケに戻るべきだ……)


 命知らずの魔獣狩人(イエーガー)たちも、二万四千近い我が北方教会領軍に攻撃を仕掛けてくることはないが、十人程度の伝令部隊は何度も奇襲を受け、多くの戦死者を出している。


(今頃ラウシェンバッハの軍が王都を包囲しているだろう。マルクトホーフェンの手勢が耐えきれるとは思えん……)


 ラウシェンバッハ領には五千名のラウシェンバッハ騎士団だけではなく、一万を超える義勇兵がいると言われている。


 更にエッフェンベルク騎士団とエッフェンベルク伯爵領の義勇兵が五千人ほどいるから計二万以上。これが最小の戦力と考えていいだろう。


 それに加えて王国騎士団から離脱した兵が二千から三千ほどいたから合流するだろうし、北部のノルトハウゼン騎士団とグリュンタール騎士団まで加われば、三万近い数になる。


(兵の数は同じでも将兵の質は段違いだ。東方教会と西方教会の連合軍を完膚なきまでに叩いたラウシェンバッハが本気を出せば、マルクトホーフェンとヴィージンガーでは半日と持たぬ。まあ、ラウシェンバッハは思った以上に慎重だし、王都の民に被害が出ることを避けるだろうから、強引な攻撃は仕掛けない可能性はある。しかし、それでも五日はもたぬだろうな……)


 そんなことを考えていたが、マルクトホーフェンからの使者が来た。

 三十歳くらいの精悍な騎士と間者らしい目つきの鋭い男の組み合わせだ。


「ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵閣下の家臣、エドムント・フォン・ドマルタン子爵と申します。閣下からの書状をお渡しいたします」


 ドマルタンはそう言うと、懐から一通の封書を出し、私に差し出した。

 蝋封にマルクトホーフェン侯爵家の紋章が入っていることを確認しながら、子爵という身分の者を送り込んできたことに驚く。


「よく突破できたな。ラウシェンバッハが街道を封鎖していると思ったのだが」


真実の番人(ヴァールヴェヒター)の全面的な支援のお陰です。無論、私も腕に自信はございますが」


 マルクトホーフェンは真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者を多数雇っていると聞いていたので納得できる説明だ。

 しかし、疑問があった。


「わざわざ子爵殿を危険に晒す必要はないのではないか? 書状だけなら真実の番人(ヴァールヴェヒター)の者でも充分だが」


「侯爵閣下より、書面で伝え切れないことを直接お話しするようにと命じられております。兵や間者では詳細まで説明することができません。ですので、閣下のお考えを直接聞いている私が派遣されたのです」


 侯爵は今後の連携を見据え、比較的大物を送り込んできたらしい。


「ただの伝令ではなく、代理人ということか……」


「代理人というのは少し言いすぎですが、その認識でおおむね間違いありません」


 代理人と言われた時の表情が誇らしげに見えたから、出世欲の強い者なのだろう。

 封書を開きながら、この男について考えていた。


(侯爵家でのし上がろうと考えているようだな。年齢的にはヴィージンガーと同じくらいだし、爵位も同じだ。ヴィージンガーに成り代わるために危険を顧みずにここに来たのだろう。なかなか肝も据わっているし、ヴィージンガーより有能かもしれんな……)


 そんなことを考えながら、中を検めると、何度か見た侯爵の筆跡で間違いなかった。


(密書が本物ということはドマルタンも本物の密使ということだな……)


 書かれていた内容はラウシェンバッハの軍が迫ってきたので、挟み撃ちにしてほしいというものだ。

 これは元々考えていたことであり、意外性は全くない。但し、意外な情報があった。


「ラウシェンバッハの軍が一万二千というのは真か? 奴は情報操作の達人だ。騙されているのではないか?」


 最初に思ったことは兵の数が思った以上に少なく、我々を誘い出すための謀略ではないかということだった。


「我々が得た情報ではラウシェンバッハ子爵領の兵が約七千、エッフェンベルク伯爵領の兵が約五千です。大陸公路(ラントシュトラーセ)に放った間者が確認しております。侯爵閣下とヴィージンガー子爵はこれに王国騎士団を脱走した二千ほどが加わると見ておられますが、合流したとしても指揮官が残っていないため、戦力にはならないだろうとのことです」


「北部のノルトハウゼン騎士団とグリュンタール騎士団はどうなのだ? 合わせれば五千ほどになるし、どちらも精鋭と聞くが」


「ヴィージンガー殿の策によって領内の治安回復に奔走しています。これも間者が確認しております」


 確かにこれだけの話はただの伝令では難しいだろう。


(侯爵もなかなかやるではないか……あの策は有効だと思っていたから予想通りだな……)


 ヴィージンガーの策については聞いていた。

 傭兵崩れの野盗を領内に放ち、村々を襲わせる。騎士団がそれに対処することになるが、どちらも森林地帯であるため、すべてを鎮圧するのに一ヶ月程度は掛かると言っていた。


「多くても一万四千か……」


 この情報が正しいのであれば、我が軍だけでも二倍近いから撃破は可能だ。それに王都攻略に関しても防衛側が倍以上の戦力を持っているから、時間が掛かることは間違いない。


(但し、情報が正しければだ。ラウシェンバッハは情報操作の達人だからな……あの戦上手の帝国が何度も煮え湯を飲まされているのだ……)


 もっとも奴なら本当に少ない兵であえて攻めている可能性は否定できない。

 私が疑いを持ち、引き返さないという情報を流せば、王都にいるマルクトホーフェンが野戦を挑むように誘導できる。野戦なら王都に被害は出ないし、短期間で決着がつくからだ。


「侯爵殿は我らを待てるのか? ラウシェンバッハなら侯爵殿を罠に嵌め、野戦を挑んでくる可能性は否定できんが」


「閣下はそれについても予想しておられました。そのため、ラウシェンバッハの策に使われそうな王国騎士団は防衛戦に参加させず、更に王都内に多くの間者を放ち、陽動などが行われないように準備されております」


「つまり、ラウシェンバッハが策を弄しても王都を出て決戦を挑むことはないということか」


「その通りです」


 ドマルタンは自信をもって頷いた。

 更に油断していないことも伝えてくる。


「それに閣下は我が軍の引き締めを図っておられます。味方の兵が多いことで油断しないようにと何度も訓示を行っておられました」


「それを聞いて安心した。油断をすれば付け込まれるからな」


 そう言ったものの、不安は払拭しきれない。


(ラウシェンバッハなら侯爵が万全の対策を打ったとしても、その裏を掻くことは充分にあり得る。だからといって判断材料になる情報は手に入らんだろうな。斥候を出したとしても奴の獣人部隊なら近づくことすらできぬからな。情報がない状態ではどちらを選んでも賭けになる……)


 ドマルタンは更に提案してきた。


「できますなら、貴軍に同行させていただきたい」


「王都に戻って侯爵に報告しなくてもよいのか?」


 私の言葉に首を横に振る。


「ラウシェンバッハが包囲しているなら、それを突破して王都に入ることは不可能です。それよりも貴軍に必要な情報を適宜提供する方がよほど役に立つでしょう」


 この男は現実がよく見えている。ラウシェンバッハが包囲しているなら、帰還することは不可能だ。無駄に命を捨てるくらいなら、私との関係を強くし、侯爵家の中での発言力を上げたいということなのだろう。


「いいだろう。勝手な行動は認めぬが、我が司令部にいることを許す」


「助かります。聞きたいことがあれば、いつでもお呼びください」


 それだけ言うと、ドマルタンは私の前から下がっていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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