表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/297

第七話「第三王子、第二王妃の処遇について確認する」

 統一暦一二一五年六月十九日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、騎士団本部。第三王子ジークフリート


 昨夜は遅くまで作戦会議に参加しており、そのまま騎士団本部の宿直室で休んだ。

 しかし、夜中にバタバタという兵たちの足音が聞こえ、目が覚めてしまう。


(何があったんだろう? 敵襲なら声が上がるはずだが……)


 寝台から身体を起こすと、陰供(シャッテン)のヒルデガルトが声を掛けてきた。


「お目覚めですか?」


「ああ。兵たちの足音が気になったのだが、何かあったのだろうか?」


「先ほど情報部所属の(シャッテン)がマティアス卿の部屋に入ったようです。その後に伝令がやってきました。王宮で何かあったのかもしれません」


 マティアス卿の目である情報部の(シャッテン)がこの時間に連絡してきたということは、急ぎ報告すべき事態が起きたということだ。


「確認してまいりましょうか?」


 私が気にしていると思ったのか、ヒルダが提案してきた。


「それには及ばない。私が急ぎ知る必要があるなら、マティアス卿はどのような時間であっても知らせてくれる。連絡がないということは現時点で私が知るまでもないということだ。それに今は明日の、既に今日だな、今日の出陣に向けて身体を休めないといけない」


 口ではそう言ったものの、気になって眠れない。

 何とか眠りに就いたものの、中途半端な時間だったようで、護衛のアレクサンダーに起こされた時に大きなあくびをしてしまう。


「あまり眠れなかったようですね」


「夜遅くに入ってきた伝令のことが気になってね。マティアス卿からは休める時にきちんと休むことも上に立つ者の仕事だと言われていたんだけどね」


 そう言って苦笑する。

 着替えた後、食堂に向かうと、マティアス卿ら四人がテーブルを囲んでいた。


「出発前に少しお時間をいただきたいと思います」


 マティアス卿があいさつの後、そう言ってきた。


「昨夜の伝令の件かな? 食事の前でも構わないが」


「その件ですが、急ぐ話でもありませんから出発の前でも問題ありませんよ」


 いつも通りの笑顔なので、大したことではないのだろう。


 食事を摂った後、兵たちが野営している西門近くの広場に向かう。

 既に天幕などは片付けられており、いつでも出発できる状態だ。毎回のことだが、さすがは精鋭だけのことはあると感心する。


 出陣に当たり、兵たちの士気を上げるため、演説を行う。

 士気を上げるためならマティアス卿かラザファム卿の方が適任だと思うのだが、私の教育の一環でもあるらしい。


 拡声の魔導具を使い、兵たちに語り掛ける。


「ラウシェンバッハとエッフェンベルクの勇者たちよ! 諸君らの働きにより、マルクトホーフェン侯爵は完全に無力化した! そしてこれからレヒト法国の北方教会領軍を倒し、ヴェストエッケを奪還する! ランダル河で戦った者は実感していると思うが、法国兵は強い! しかし、恐れることはなにもない! ここにはマティアス卿を始めとする優秀な将がいるからだ! 彼らの命令に従い勝利を掴もう! 王国の強者たちよ! 勝利は我らのものだ! 出陣せよ!」


 私の演説に兵たちが歓声をもって応える。


『王国万歳!』


『ジークフリート殿下万歳!』


 その声に手を振って応える。

 演説の内容は自分で考えなければならないため不安だったが、兵たちに失望されるようなことはなかったようだと安堵する。


 もっともマティアス卿の名を使っているので、士気が上がることは間違いないと思っていたが。


 兵たちが行軍を開始するが、一万二千の軍であり、我々が出発するまで二十分ほど時間がある。


「昨夜のことだが、何があったのだろうか?」


 兵たちを見送った後、マティアス卿に質問する。


「北離宮でアラベラ殿下が逃走を図りました。幸い、手引きした法国の工作員が秘密通路の罠に掛かって死に、そのショックで殿下が気を失ったため、阻止できましたが、殿下の部屋を調べたところ、帝国の指令を受けていたという証拠が出てきました」


「第二王妃が帝国の手先だったと……いや、法国の工作員と逃げたのだから、法国とも繋がっていたのか……」


 マティアス卿は私の驚きを無視して、にこやかに話していく。その表情だけ見ていれば、今日の天気の話をしているのだと思うほど和やかだ。


「アラベラ殿下の証言により、マルクトホーフェン侯爵の弟、イザーク殿が関与していたことが判明しました。現在、イザーク殿を追わせていますが、真実の番人(ヴァールヴェヒター)の支援を受けているようで、(シャッテン)でも足取りは掴めておりません」


「イザーク? 聞き覚えがないのだが……」


「私たちの一年先輩だった方で、ミヒャエル卿やアラベラ殿下の異母弟となります。十五年前、学院高等部時代に不正を行い、侯爵家から追い出されました。その後は行方不明となっていましたが、アラベラ殿下の話では侯爵家に復讐するために戻ってきたらしいです。そして重要なことは、グレゴリウス殿下の誘拐にも関与していた疑いがあるということです」


 知らない話が多く、頭の整理が追いつかない。


「兄上の……つまり、そのイザークが帝国の手先だったということか? 第二王妃はどう関係するのだ? いや、それよりもこの後どうするかの方が重要か……」


「当面はグレゴリウス殿下の追跡とイザーク殿の捜索になります。しかし、イザーク殿は用意周到でしたので、闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)といえども捕捉は難しいと思います。アラベラ殿下については特に何もいたしません。離宮で謹慎を続けていただきます」


「それでよいのだろうか? 第二王妃の悪事を公表すべきだと思うのだが」


「尋問した結果、アラベラ殿下は帝国のことも法国のことも一切知らないとおっしゃっています。恐らく、法国の工作員ペテレイトとイザーク殿に操られていたのでしょう」


「それでも信賞必罰は必要だと思うのだが」


「もちろん罰は受けていただきます。ですが、マルクトホーフェン侯爵の裏切りの証人として生かしておき、しかるべき時に断罪すべきです。殿下にとっては母君マルグリット殿下の仇ですが、マルクトホーフェン侯爵家の力を完全に奪うために我慢していただきたいと思います」


「母上の仇という点は気にしなくていい。それは私の個人的な感情だからだ。しかし、監禁するだけでよいのだろうか? 帝国が絡んでいるなら、口封じに動くと思うのだが」


 そこでマティアス卿に代わり、イリス卿が答えてくれる。


「それも想定していますわ。現在、離宮の護衛であった真実の番人(ヴァールヴェヒター)の手の者はすべて消えております。その代わりに(シャッテン)を配置しましたから、帝国が動いてくれるなら好都合ですわ。その証拠と共に皇帝の悪事を全世界に暴露し、帝国内をひっかきまわしてあげますから」


 イリス卿は一瞬ゾッとするような笑みを浮かべた。彼女はマティアス卿が殺されかけたことを忘れておらず、第二王妃と唆した帝国に対して強い恨みを抱いているからだ。


「皇帝は愚かではありませんから、アラベラ殿下に対して何か仕掛けてくることはないですわ。万が一、皇帝が方針を変えたとしても、情報のやり取りに二ヶ月という時間が掛かります。それまでにマルクトホーフェン侯爵を処断しますから、問題ありませんわ」


 ここまで説明してもらい、私に急いで伝える必要がなかった理由が分かった。


「つまり、第二王妃に対して帝国が動くことはないし、彼女を助ける者はいないから、マルクトホーフェンを追い詰めるまでは放っておいてもよいということか」


 私の問いにマティアス卿が頷く。


「その通りです。もっともアラベラ殿下は今頃、怯えているでしょうね。情夫が法国の工作員であり、更に帝国と共謀していた証拠が見つかったのですから。それにマルグリット殿下を自らの手で殺め、更に私を暗殺しようとしたことは周知の事実です。マルクトホーフェン侯爵を追い詰めるためには一ヶ月ほど掛かりますが、その間、報復者の影に怯えてもらいましょう」


 間違っても第二王妃に同情はしないが、敵に回してはいけない人物を敵にしてしまった者の末路を見て、背筋に冷たいものが流れた。


「では、我々も出発しましょうか」


 それだけ言うと、マティアス卿は彼の護衛、(シャッテン)のユーダ・カーンが操る馬車に乗り込んでいった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ