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第四話「復讐者、姉に復讐する:後編」

 統一暦一二一五年六月十八日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク郊外、北離宮。元第二王妃アラベラ


 私は寝台の中で震えていた。

 弟であるミヒャエルの軍が敗北し、王国騎士団がこの離宮を包囲しており、いつ踏み込んでくるかと恐れているから。


「王太后であるアラベラ様が危害を加えられるようなことはありませんよ。ですから、ご安心ください」


 私の横にいるクレメンス・ペテレイトが蕩けるような甘い声で囁く。

 いつもならそれで安心できるのだが、今日はなぜか不安が消えなかった。


「不安なの。抱きしめて、クレメンス」


「はい。私でよければ」


 そう言って彼は私を強く抱きしめてくれた。


「これからどうなるのかしら? グレゴリウスが捕らえられたら、あの子はどうなるの? 処刑されるの? そうなったら私も処刑されるの? そんなの嫌……」


 感情が制御できず、疑問が勝手に口から溢れてくる。


「そんなことにはなりませんよ。アラベラ様は義理とはいえ、フリードリッヒ王子の母なのですから、無体なことはできません。それにフリードリッヒ王子にそんな気概はありませんよ」


 優しい声で囁かれるが、不安は消えない。


「そうかしら……」


 クレメンスに更に問おうとした時、窓から風が吹き込んだ気がした。

 六月も半ばになっており、窓を開けても寒くはないが、声が漏れるので閉めていたはずなのに。


「相変わらず姉上はお盛んなようですね」


 私たちしかいないはずの部屋で、知らない男の声がした。

 照明を落としており部屋の中は真っ暗で、どんな男かは分からない。


「誰! 王妃の部屋に無断で入るとは無礼でしょう!」


 反射的に叱責したが、すぐに暗殺者という可能性を考え、クレメンスに抱き着く。


「姉上と呼びかけたのにまだ分からないのか。頭の緩さも相変わらずだな」


 その言葉で相手が誰か分かった。


「まさか……イザークなの? あなたは死んだはず……」


「アンデッドじゃなく、ちゃんと生きていますよ」


 笑いながらそういうが、すぐに低い声になる。


「父上と兄上に殺されそうになりましたが、何とか逃げ延びました。まあ、死ぬほど苦労はしましたがね」


 弟が生きていることに驚きを隠せず、声が出なくなった。


「アラベラ様、そろそろ起きてはいかがですか? せっかく弟君が会いに来てくれたのですから」


 クレメンスがそう言って私から離れる。


「どういうことなの?」


「本当に頭が弱いな。その男が俺を招き入れたんだよ」


「まさか……嘘でしょ、クレメンス」


「嘘ではありませんよ。弟殿がお会いしたいとおっしゃられたのでお手伝いしました」


「裏切ったのね!」


 この男が味方でないとはっきりした。そのため、助けを呼ぶ。


「誰か! 殺し屋が入り込んでいるわ!」


 しかし、クレメンスは涼しい顔のままだ。


「無駄ですよ。私が使用人に、アラベラ様が明日の朝まで絶対に近づかないように命じたと言っておきましたので。皆さん、罰を受けたくないようで素直に従ってくれました。護衛も帝国が用意した者に代わっていますから、誰も来ませんよ」


 普段、私の言いつけを守らなかった者に折檻を加えていたことが仇になったらしい。


「な、何をする気なの……イザーク、酷いことはしないわよね」


 そこで弟がニヤリと笑う。その笑みが毒蛇のものに見え、思わず身をかき抱いてしまう。


「姉上にはいろいろと世話になりましたが、殺すことはもちろん、傷つけるようなこともしませんよ」


 その言葉に安堵するが、すぐに誤りだと気づかされた。


「ただ俺が味わった以上の絶望は感じてもらいますがね」


 その笑みに震えが止まらない。


「な、何をする気なの……」


「最初にいいことを教えてあげましょう。あなたが唯一愛している者、グレゴリウスですが、あなたを捨てて帝国に亡命しました。今頃、海の上でしょうね」


「嘘よ! あの子が私を見捨てるわけはないわ!」


「私が手配したので嘘ではありませんよ。それにグレゴリウスも姉上のことを疎ましく思っていたようです。自覚はあるのでしょう?」


 確かに自覚はある。だから言い返せない。


「そして、ここにいるペテレイトですが、彼はトゥテラリィ教の関係者、つまり法国の工作員です。姉上は敵の甘言に乗って、王国の忠臣ラウシェンバッハを殺そうとしたのです。彼の家臣、特に獣人たちは彼のことを崇めていますから、ただでは済まないでしょうね」


 クレメンスがただの神官でないことは何となく分かっていたから驚きはない。

 しかし、その後の話は恐怖でしかなかった。


 今日の戦いで三万の兵をものともせずに王都に攻め込んできた兵士が獣人だったはず。そんな凶暴な兵士が私を殺そうとすると聞き、血の気が引いていく。


「グレゴリウスの敵だからと聞いたわ! 王家に逆らおうとしたのだから、殺されて仕方がないわ!」


「そんな言い訳は通用しないと思いますよ」


 そう言って笑うが、クレメンスが横から口を出してきた。


「あまり時間を掛けると、我々が逃げ出す時間が無くなる。そろそろ嬲るのはやめて、仕上げに入ったらどうだ?」


「そうだな」


 そう言って頷くと、横にいたクレメンスが私の腕を抑えた。


「やめなさい! 痛いわ! 放して!」


 思った以上に強い力に抑えられた腕が痛む。


「それでは姉上。ゆっくりとお休みください」


 イザークはいつの間にか手に持っていた小瓶を私の口元に近づける。


「やめて!」


 そう叫んだところで、果実のような甘い匂いがした。

 その直後、私の意識は遠のいた。


■■■


 統一暦一二一五年六月十八日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク郊外、北離宮。盗賊ギルド幹部ヨーン・シュミット


 姉アラベラの部屋に侵入し、適当に嬲った後、薬を使って眠らせた。


「私の正体をばらす必要はなかったのではないか?」


「どうせ、逃げ出すのだ。この女が知っていても関係ないだろう」


「この女と関係があったと広まるのはあまりうれしい話じゃない」


 そう言っているが、どうせ偽名だ。


「偽名が広がろうが関係ないだろう。それよりもさっさと始めるぞ」


 そう言いながら姉を見ると、素っ裸だ。そのため、服を着せようとしたが、ペテレイトが私の手を止める。


「私がやろう。その方が早い。君は他の準備を頼む」


 ペテレイトは手早く姉に服を着せていく。

 その手際の良さに感心するが、恐らくこれまで何度もやらされていたのだろうと納得する。


 その間に俺は用意しておいて文書を引き出しの奥に隠す。これはゾルダート帝国の参謀長ヨーゼフ・ペテルセン元帥の署名が入った密約書だ。これにはグレゴリウスの即位に協力してくれれば、ヴィントムント市を割譲すると書かれている。


 更に暗殺用の毒や怪しげな薬物をクローゼットの奥に隠しておく。

 その近くにはフリードリッヒやジークフリートの暗殺計画の素案を置いておいた。

 これで帝国と繋がり、グレゴリウス以外の王子を殺そうとしているという証拠が揃った。


「こっちは終わったぞ。そっちはどうだ?」


 そう言ってペテレイトを見ると姉に外出用の服を着せ終えていた。


「見事なものだな。いつでも王宮で働けるんじゃないか?」


 そう言ってからかいながら、姉を担ぎ上げる。


「無駄話をしている時間はない。すぐに出発するぞ」


 そう言って廊下に出る。

 使用人たちは命令通り近くにはおらず、常夜灯である灯りの魔導具が廊下を照らしていた。


 ここは二階であるため、階段を降り中庭に出る。

 人を担いでいるため、なかなかきつい。


「ここでいいのか?」


 ペテレイトは中庭の池の横にある彫像の前で止まった。


「そこでいい。台座の裏に隠し扉がある」


 すぐに一緒に裏に回る。そこには人が一人通れるかどうかという小さな開口部があった。


「これか」


「ああ、俺が入る時に使った秘密通路だ。罠は解除してあるから安心しろ」


 この離宮にはいくつか緊急脱出用の秘密通路がある。以前は国王が頻繁に使っていたためだ。


「そうだな」


「灯りを持って先導してくれ。俺はこいつを運ばなくちゃならんからな」


「駄目だ。灯りは後ろから照らす。お前が先に行け」


 俺のことを疑っているようだが、これは想定内だ。

 そう言うと、ペテレイトは灯りを翳して中を確認した。そして、問題ないと判断すると、俺に行けというように頷いた。

 俺は慎重に階段を下りていく。


「それにしても不用心だな。大貴族の一員だったとはいえ、王家の者でもないのに隠し通路の存在が知られているとは」


「俺もそう思うよ。まして、俺のような盗賊ギルド(ロイバーツンフト)の者に知られているのは大問題だ」


 そう言って笑う。


 しばらく歩いたところで、俺は足を止める。

 それに気づいたペテレイトは不審に思ったのか、声を掛けてきた。


「どうした?」


「腕が痺れたんだ。少し休ませてくれ」


「もう少し我慢しろ。外に出れば、迎えがいるのだろ」


「ああ」


 そう答えながら壁にある小さな突起を触った。

 プシュッ!という小さな音と共に、左右から複数の槍が飛び出す。この通路には多くの罠がある。万が一追跡された場合に足止めするためだ。


 ペテレイトはその槍を脇腹に受けた。完全に貫かれており、致命傷であることは確実だ。


「うっ! 貴様、裏切ったな!……」


 憎悪に満ちた目で俺を見つめる。


「裏切った? ひと聞きの悪いことを言うなよ。俺たちは最初から互いに利用し合う関係だっただろ。お前も俺の復讐のための駒に過ぎなかったというだけさ」


「き、貴様……」


 ペテレイトは短剣を取り出したが、それを使うことなく、息絶えた。

 そして、奴の横にアラベラを置く。


(二人で脱出したように見えるはずだ。ペテレイトの身元は分からんだろうが、少なくとも情夫と一緒に逃げようとしたと誰もが思う。あとはフリードリッヒが始末してくれるだろう……)


 俺は姉が非難される姿を想像しながら、静かに脱出した。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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