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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第四章:「虚実編」

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第三話「復讐者、姉に復讐する:前編」

 統一暦一二一五年六月十八日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク郊外、北離宮。盗賊ギルド幹部ヨーン・シュミット


 俺は今、姉であるアラベラがいる北離宮近くの林の中に潜んでいる。

 既にこの離宮も王国騎士団に囲まれており、通常の手段では中に入ることはできない。


 しかし、この離宮には脱出用、あるいは要人暗殺用の秘密の通路があった。俺はそれを利用して中に入るため、夜が更けるのを待っている。


(今頃、ミヒャエルは頭を抱えているんだろうな。命綱であるグレゴリウスが消え、降伏することも逃げ出すこともできんのだから。俺を放逐した報いだ……)


 今回の一連の騒動はレヒト法国とゾルダート帝国という大国が意図せず共闘したことで起きている。

 意図せずというのは多少語弊があるかもしれない。


 レヒト法国の北方教会領のニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長は、一度ゾルダート帝国の皇帝マクシミリアンに共闘を申し入れたことがある。しかし、皇帝は利用されるだけで利がないとして拒否していた。


 しかし、皇帝も王国を、特にラウシェンバッハを放置することを良しとしなかった。そのため、工作員を送り込み、マルクトホーフェン侯爵家を使っていろいろと画策していた。


 そんな中、その二ヶ国を上手く操ったのが、この俺、ヨーン・シュミットこと、イザーク・フォン・マルクトホーフェンだ。


 俺はマルシャルクの命令を受け、八年前の一二〇七年に王国に舞い戻った。

 王国を離れて四年近く経っていたが、俺にはまだ伝手がいろいろと残っており、それを利用して王国に混乱を与えた。その結果、マルシャルクから評価され、ある程度独断で動ける権限を得た。


 その権限を最大限活用し、同じく送り込まれていたトゥテラリィ教の司祭クレメンス・ペテレイトと協力するようになった。ペテレイトは姉アラベラの情夫となっており、面白いように姉を操ることができた。


 更にペテレイトを通じてヴィージンガーを操り、ゾルダート帝国の工作員ヒュベリトス・ライヒと繋がることができた。その伝手を最大限に使い、帝国へも情報を流しつつ、法国の動きに合わせた謀略を提案した。


 さすがにラウシェンバッハに対する暗殺は失敗に終わったが、それでも死の一歩手前まで追い詰めたことで、俺に対する評価が上がった。その結果、限定的だが、帝国が雇った真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者を使うことができるようになった。


 これが大きかった。

 ラウシェンバッハが王都を去った後、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の下部組織、闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)の目を封じることを提案した。それによって王都はミヒャエルを操ることで、法国と帝国の思うままとなった。


 法国はミヒャエルと結ぶことで領土を狙い、帝国はミヒャエルが暴走することで王国の国力を低下させることを狙った。その謀略の要がこの俺だったのだ。


 ラウシェンバッハが療養生活に入った四年前から今年の春まで、ミヒャエルは我が世の春を謳歌した。


 国王フォルクマークと邪魔な王国騎士団長ホイジンガー伯爵を法国軍に殺させ、王太子を脅して王都から逃げ出すように誘導し、グレゴリウスを即位させた。

 そして、自らは宰相と宮廷書記官長を兼務した。


 国政全般を管轄する宰相と貴族に対する強い権限を持つ宮廷書記官長を兼務することは、国王に匹敵する権限を持つになる。そのため、兼務は不文律で禁じられていたが、ミヒャエルはそれを無視した。


(国王になったグレゴリウスの目と耳を塞ぎ、これでやりたい放題できると思ったんだろうな。まあ、俺もここまでラウシェンバッハが凄い奴だとは思っていなかったが……)


 ラウシェンバッハは療養生活を終えて王都に戻ると、ミヒャエルとヴィージンガーが考えた策、共和国への援軍に出すことで奴の戦力を消耗させる策を、電撃的な勝利で無効化した。


 更にそれを見越して行動を起こしていたミヒャエルに対し、半数以下の戦力で兄が自信をもって集めた大軍をあっさりと撃破した。その手際は魔導かと思うほどで、俺ももう少し時間があると思っていたから大いに焦ったほどだ。


 焦ったが、準備を怠っていなかったため、問題は起きていない。


 今回の俺の策の鍵は、マルクトホーフェン騎士団の部隊長ハーゲン・フォン・クライネルト子爵だ。


 元々クライネルトは同じ子爵であり年下のヴィージンガーが重用されていることに、強い不満を抱いていた。


 更に二番街の虐殺事件で強く叱責され、ミヒャエルに対し強い負の感情を抱いた。これに関してはミヒャエルのやったことは正しいが、奴は人の心を慮ることができず大きな禍根を残した。


 そもそも虐殺事件は俺が主導したことだ。

 クライネルトの不満に付け込み、裏切らせるつもりで、奴の部下を暴走させたのだ。


 そして、ミヒャエルが叱責した後に接触すると、簡単に俺の提案に乗ってきた。あまりのあっけなさに俺の方が驚いたほどだ。


 奴は王立学院で俺より一年先輩であり、元々面識があった。


『イザーク殿は侯爵家を追放された後、各地を放浪され、商人組合(ヘンドラーツンフト)に伝手ができたと』


『その通りですよ、クライネルト先輩。兄のせいで苦汁を舐めさせられましたが、今ではいろいろと面白いところと伝手があります。もちろん、ラウシェンバッハ子爵の関係者とも。兄とヴィージンガーに一泡吹かせたくないですか? このままマルクトホーフェン家に属していても未来はないと思いますが』


 その言葉でクライネルトの目が光った。


『聞かせてもらいたいな。私も今の侯爵家に未来がないと思い始めているからな』


 クライネルトを唆し、グレゴリウスの拉致させることにした。

 当初の計画では城壁での戦いが激化した頃に、ミヒャエルに指示を仰ぐため王宮に入らせ、グレゴリウスに接触させる予定だった。そのため、予め帝国側の間者に指示を出し、グレゴリウスの周囲を帝国側の間者だけになるようにしてあった。


 しかし、マルクトホーフェン騎士団があまりに不甲斐なく、僅か三十分で城門を奪われてしまった。更に王都内で組織的な抵抗をすることなく潰走したため、二時間ほどで王宮以外がラウシェンバッハらの手に落ちてしまう。


(準備は大事だってことだな。護衛のシフトを変えていなかったら面倒なことになっていたはずだ……)


 もし、護衛の中に侯爵家が雇った者がいれば、この策は使えなかった。雇い主の命令とは言え、真実の番人(ヴァールヴェヒター)では構成員同士で殺し合いをすることは禁じられているからだ。


 そして、時間が経てば王宮が包囲されてしまう。そうなれば、クライネルトの手勢と三名の陰供だけでは脱出は不可能になったはずだ。


 もし王宮が包囲されれば、クライネルトが寝返らなかった可能性は高い。奴に命懸けで何かを成そうという気概などなく、不満を持ちながらも俺との約束など無視したことだろう。


 もっとも時間稼ぎのための策は講じてあった。ラウシェンバッハの手勢を邪魔するため、市民たちを煽動しておいたのだ。


(真実を知ったら市民だけじゃなく、マルクトホーフェン騎士団の兵も怒り狂うだろうな。俺が兵士を唆して略奪を起こさせ、更に市民を扇動して撤退中の兵を攻撃させる。やられた方は堪ったもんじゃないだろう……まあ、踊らされた方が悪いから気にもしていないがな……)


 この手で貴重な時間を稼ぐことができ、グレゴリウスの拉致に成功した。

 しかし、クライネルトは帝国ではなく商人組合に売ったと思っているから、この後面白いことになるだろう。


 グレゴリウスは帝国に送られるが、どうなるかは知ったことではない。

 俺はこの後、王国を離れるつもりだが、今後一切帝国政府に接触するつもりはないためだ。


 そんなことを考えていたら、周囲が暗闇に包まれていた。


(さて、姉上のところに行くとするか。何年ぶりの再会だろう。俺にとっては感動の再会になるはずだが、あの女にとってはどうかな。フフフ……)


 俺は茂みにある古びた祠の裏に回る。そこには薄汚れた木の板があり、それをゆっくりとずらす。そして、そこにある隠し通路に繋がる細い階段を慎重に降りていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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― 新着の感想 ―
一念岩を通しましたね〜。 パチパチ。姉や兄と会ったときに どうなるか楽しみです。
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