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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第四章:「虚実編」

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第一話「グレゴリウス、罠に嵌まる」

新章のスタートです。

 統一暦一二一五年六月十八日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。国王グレゴリウス二世


 王宮内の私室に閉じ込められ、一週間以上が過ぎた。

 王都内で起きた虐殺事件を非難した際、叔父であるマルクトホーフェン侯爵がレヒト法国と共謀していることに気づいたため幽閉されたのだ。


(まさか叔父があそこまで落ちているとは思わなかった。少なくとも王国貴族としての矜持は捨てていないと思ったのだが……こんなことなら即位などするのではなかったな……)


 叔父の正体を見抜けなかったことで後悔するが、この状況を変えるべく、いろいろと動こうとした。しかし、王宮内に味方はほとんどおらず、唯一陰供の一人が情報を与えてくれるだけだった。


 その陰供から驚くべきことを聞いた。


「先ほどジークフリート殿下が率いる軍が王都の南門を制圧したとのことです」


「敗れたのか、叔父は。三万を超える兵を用意したと豪語していたが……」


「ラウシェンバッハ騎士団の攻撃に三十分も耐えられなかったと聞いております」


 あまりに意外な結果に呆然とするが、すぐに気を引き締める。


(これで叔父が失脚することは確定したが、俺の扱いがどうなるかだ。捕えられれば、叔父と共に処刑されるかもしれんな。まあ、自業自得ではあるのだが……)


 そんなことを考えていると、騎士団の指揮官らしき者が私室に入ってきた。


「卿は確かクライネルトであったな。何をしに来たのだ?」


 王都で市民を虐殺した部隊を率いていたハーゲン・フォン・クライネルト子爵だ。マルクトホーフェン騎士団が王都に入った際、部隊長の一人として紹介されており、虐殺事件のことと合わせて記憶にあった。


「陛下を救出しにまいりました」


「俺を救出? 卿は叔父の配下であろう」


「侯爵閣下のやり方にはついていけないことが分かりました。ですので、袂を分かつつもりですが、陛下が幽閉されていると聞き、王家への忠誠の証として、救出にまいったのです」


 どうやら叔父を裏切る際の手土産にするつもりのようだ。

 動機はともかく、俺としてもありがたい。


 このままここにいれば、叔父と共に処断されるか、よくて辺境のどこかに幽閉されるだけだろう。それならば、叔父に騙されたと正直に説明し、兄上の慈悲に縋って生き延びた方がまだチャンスはある。


 幸い、兄を含め、俺たち兄弟は誰も結婚していないし、子もいない。

 兄に何かあれば、俺が玉座に返り咲く可能性も皆無ではないのだ。


 もちろん、このような事態を招いた責任があるから簡単ではないことは理解しているが、処断されれば可能性はゼロだ。それより遥かにいい。


 以前の俺ならプライドが邪魔をし、兄に頭を下げるなど考えもしなかっただろうが、ここ一ヶ月ほどで俺も学んだ。叔父によって王家の矜持など何の意味もないことを嫌というほど思い知らされたからだ。


 問題はこの男に命を預けられるかという点だ。

 この者は兵を御せないほどの無能だ。思い付きで声を掛けただけだろうし、叔父が掌握する王宮を脱出することができるのかと疑ったのだ。

 そんなことを考えて逡巡していると、陰供が声を掛けてきた。


「陛下、この方は我らの仲間でございます」


「本当か?」


「はい。ですので、我らがついておりますからご安心ください」


 この陰供を信用してよいかという問題はあるが、分の悪い賭けであっても乗るしかない。


「よかろう。クライネルト、卿に命を預ける」


「ありがたき幸せ。では、こちら」


 そう言うと、すぐに寝室を出る。

 それまで俺が出ようとすると邪魔をしていた衛士たちも何も言わずに通してくれた。


(なかなか手際がいいな……これは期待できるかもしれん……)


 その後、すぐに別の部屋に入り、兵士の装備に着替えるよう言われる。


「このまま兵士の一人として王都の外に向かいます。今なら貴族領軍が次々と王都から退去しておりますので、紛れることは難しくありません」


 ジークフリートの軍は市街戦になることを嫌い、マルクトホーフェン派の貴族領軍に対し、抵抗しないなら退去を認めると約束したらしい。


(甘いな。圧倒的な力があるなら叩き潰した方が後の処理が楽なはずだ。恐らくジークフリートが命じたのだろうが、ラウシェンバッハも存外甘い男のようだな……まあ、今の俺にとってはありがたいが……)


 兵士の姿に変えると、そのまま王宮内を駆け足で進む。

 その頃、王宮内は逃げ込んできたマルクトホーフェン騎士団の兵でごった返しており、俺たちに注意を向ける者はいなかった。


 それから貴族街を駆け抜け、平民街に入ると王都の北門から脱出する。

 この辺りにも数千の貴族領軍の兵がたむろしており、紛れ込むことは難しくなかった。

 王国騎士団が百メートルほど離れたところで遠巻きに警戒している。


(王国騎士団に保護してもらうというのもありだな。この者たちはいまいち信用できん。だが、クライネルトと一緒だったというのは体裁が悪い……)


 クライネルトは略奪を行い、市民を虐殺した部隊の指揮官だ。そんな奴と一緒にいると、あの暴挙を俺が認めたと思われかねない。


(それに騎士団まで辿り着けるかという問題もある。真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者を使えるということは大きな組織だ。俺が逃げ出そうとすれば、殺そうとするかもしれん。どうすべきか……)


 俺が王国騎士団の方を見て考え込んだため、陰供が話しかけてきた。


「このまま北に進み、途中で東に向かう間道に入っていただきます。その後、小さな漁村に到着しますので、用意してある船でヴィントムントに入っていただくという流れになります」


 俺が不安に思っていると知り、誰が依頼者か説明した方がよいと判断したようだ。


「ヴィントムントということは商人組合(ヘンドラーツンフト)が卿らの黒幕か……」


 商人組合ということで警戒心が強くなる。

 彼らはラウシェンバッハと近いと聞いており、俺を助ける義理などないからだ。


「組合も一枚岩ではありません。新興のモーリス商会が牛耳ることに反発する者も少なくないのです」


 それで腑に落ちた。


「なるほど。モーリス商会に対抗するため、俺という手駒を欲しているということか。素直にこの場で引き渡すより、彼らが血眼になって探した後に、恩を売りつつラウシェンバッハに引き渡した方が自分たちの価値を高められるということだな」


「それだけではございません。陛下にとってもこの方がよいと思われます」


「どういうことだ?」


「敗戦が決まってから脱出するより、それ以前に脱出し、フリードリッヒ殿下に合流しようとしていたとした方がよいのではありませんか?」


「確かにそうだな」


 何もできずに敗戦のドサクサで脱出したと思われるより、ジークフリートの軍が来る前に脱出し、ヴィントムントに向かっていたとした方が今後のことを考えれば有利に働く。

 俺はそう考え、王国騎士団に保護してもらうという考えを捨てた。


 その話が終わると、クライネルトが話しかけてきた。


「私はこの場で離れます。私のことを知っている者は多いですから、注目を浴びる可能性がありますので。そうなっては陛下にご迷惑をおかけしてしまいます」


「卿には世話になった。今回のことは忘れぬ。必ず報いると約束しよう」


「ありがたき幸せ」


 クライネルトはそう言って頭を下げると俺たちから離れていった。


 その後、陰供三人と共に北に向かうが、ここにも故郷に帰ろうとする兵士たちが多く、俺たちは全く目立たなかった。


 そして、日が落ちてから東に向かった。

 新月なのか空に月はなく、陰供が持つ小さな灯りだけを頼りに歩いていく。


 三時間ほど歩くと、小さな漁村に到着した。


「お疲れかと思いますが、すぐに出港していただきます。多少揺れますが、海に出た後は休んでいただけますので、ご容赦いただければ」


「構わん。できる限り早く、ヴィントムントに入った方がよいからな」


 そう言って頷くと、船着き場に案内される。

 そこには長さ十メートルほどの船が波に揺れていた。


 船に乗り込み、甲板の下の船室には入ると、食事が出てきた。昼食から何も口にしていなかったから、魚のごった煮のような素朴なものでも美味く感じられた。


 腹が膨れると、疲れがどっと出た。そして、波の揺れが眠りを誘い、俺はそのまま眠りに落ちた。


 どのくらい時間が経ったのかは分からないが、目を覚ますとロープで縛られていることに気づいた。


「これはどういうことだ!」


 すると、一人の男が現れる。

 特に特徴のない中年男だが、貼り付けたような笑顔が印象に残っていた。


「貴様はオストインゼル公国の大使だったな! すぐにこれを解け!」


「私のようなもののことを覚えてくださっているとは光栄ですな。オストインゼル公国の大使、ヒュベリトス・ライヒ伯爵でございます。もっともこれは偽名ですが。ハハハ!」


 そう言って笑った後、更に話していく。


「陛下にはこれより我が祖国、ゾルダート帝国に行っていただきます。抵抗されなければ、拘束を解きますが、我らに勝てるなどとは思わぬように」


 どうやら帝国の手の者にまんまと乗せられたらしい。

 昨夜の食事にも眠り薬が仕込まれていたのだろう。


(もう少し疑うべきだった……)


 後悔するが、何もできない。

 それから数時間後、大型の船と邂逅した。

 既に日は高く昇っており、周囲に陸地は全く見えない。


「こちらの船に乗っていただきます。では、よい航海を」


 俺は引きずられるように大型船に乗せられた。


(このまま帝国に運ばれるのか……野心家の皇帝の手駒にされるなど、絶対に認めん!)


 そう考えるものの、監視の目は厳しく、脱出するどころか、自ら命を絶つことも難しいと思い知らされた。


(……いつか必ず機会がやってくる……)


 俺はそれだけを信じて窓のない船室の壁を見つめていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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― 新着の感想 ―
一ヶ月の監禁で、判断力が落ちてしまいましたね。 自分の判断をもっともらしく評価してるけど。。。 また~会う日まで〜。
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