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第三十四話「ヴィージンガー、軍師に嘲笑される」

 統一暦一二一五年六月十八日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。宮廷書記官長ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵


 昨日、ジークフリート王子を総大将とする軍、約一万四千が王都に迫ってきたという情報が入った。

 その時、私は全く危機感を持っていなかった。


『王国騎士団を除外しても我が方の戦力は三万。城への攻撃は守兵の最低三倍をもって行うというのが軍事の常識。そうであるにもかかわらず、我が方の半数以下とは……これで総参謀長をやっていたとは笑止なことです』


 腹心のエルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵が自信たっぷりで説明したが、私自身も同じように考えていた。

 それでも王都の守りを固めるべく、その日のうちに城門を閉じ、城壁に兵を配置した。


 しかし、戦いが始まると、あっという間に南門が奪われた。

 最も攻撃を受ける南側はマルクトホーフェン騎士団と貴族領軍の計七千を配置した上で、更に予備兵力まで準備し、万全を期していたにもかかわらずだ。


「エルンスト! これはどういうことだ!」


「そ、それは……何かの間違いで……すぐに状況を確認させ……」


 昨日は自信たっぷりだったエルンストは、目に見えて狼狽する。


「状況の確認などよい! すぐに兵を王宮に入れよ! ここでマルシャルクが来るまで篭城すればよいのだ!」


「はっ! 直ちに!」


 そういってエルンストは私の命令を実行するため走り去った。


(どうしてこうなった……確かにラウシェンバッハの兵は精鋭だと聞いていた。しかし、城壁で守るだけなら、我が軍の兵であっても充分に戦えたはずだ。実際、ヴェストエッケでは精強な法国軍を相手に若い義勇兵でも対応できていたのだから……辺境の義勇兵に劣るほど、我が騎士団の兵の練度は低かったのか? フェアラート会戦から訓練は増やしたはずなのだが……)


 約二十年前、統一暦一一九六年九月に行われたフェアラート会戦では、王国と共和国の連合軍がゾルダート帝国軍に完敗した。その原因の主たるものは総司令官であったワイゲルト伯爵の稚拙な指揮だが、我が騎士団を含め、王国軍の練度の低さも原因とされた。


 そのため、王国軍の主力、シュヴェーレンブルク騎士団が再編され、近代的な王国騎士団に生まれ変わったが、我が騎士団でも訓練を増やし、優秀な指揮官を増やすべく、王立学院兵学部や士官学校への進学の補助もしていた。


(エルンストも兵学部で首席だった秀才だ。天才と言われていたラウシェンバッハには劣るだろうが、これほど無様に敗れるとは思わなかった……今は悔いていても仕方がないな。王宮に篭って時を稼げば、最短十日ほどでマルシャルクが戻ってくる……)


 レヒト法国の北方教会領軍を率いるニコラウス・マルシャルクには何度も伝令を送っていた。彼は王国で最も危険なラウシェンバッハを排除することが重要だと考えており、既にこちらに向っているはずだ。


(三千ほどの兵がいれば、篭城は難しくない。篭城に必要な物資は大量に確保してあるし、最悪の場合は王宮を焼くと脅せば、強硬な手段は採れないはずだ……)


 王宮はもともと最後の砦となるべく、高さ五メートルの城壁で囲まれており、王宮の地下には篭城に必要な食糧などが確保されている。もっとも高さ十五メートルの城壁でもあっさりと破られたことから、物理的に守ることに期待せず、残っている文官ごと王宮を焼くと言って脅すつもりでいる。


(交渉を長引かせて時間を稼ぐ。マルシャルクが戻り、ラウシェンバッハに襲い掛かれば、そのタイミングで脱出するか、マルシャルクに加勢すればいい。いずれにしてもラウシェンバッハとその一党をこの機に排除せねばならん……)


 そう考えた私は部下たちを督戦するため、執務室から出ていった。


■■■


 統一暦一二一五年六月十八日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。エルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵


 私は王宮の城門の上で防衛戦の指揮を執りながら内心で苦悩していた。


(どうしてこうなった……私の考えは完璧だったはずだ……強力な敵と戦わせて戦力を消耗させる。更に長距離の行軍を行わせて疲労を誘った後に、敵より多くの兵を集めて有利な攻城戦を強いて勝利を掴む。戦術の基本通りの策だ。第四席で卒業したラウシェンバッハ如きに敗れる要素など何もなかった……)


 ラウシェンバッハに対し、千キロメートル以上離れたグランツフート共和国へ派遣し、レヒト法国軍六万五千と戦わせた。これだけでも奴の戦力は半分以下に落ちると思ったが、全く減っていない。


(レヒト法国も不甲斐ないが、マルクトホーフェン騎士団も情けない。掌握すべき王都の民を相手に略奪を行っただけでなく、僅か三十分で城門を奪われるとは……私の戦略がことごとく失敗したのは奴らのせいだ……)


 そんなことを考えていると、城門の向こう側で動きがあったと報告が入る。


「敵の中から誰か出てきます」


 覗き見ると、百メートルほど先にある閲兵式などが行われる広場に、漆黒の偉丈夫を従えた銀色の鎧を纏った者が現れた。そして、その後ろからは周囲の兵士から完全に浮いたチュニック姿の文官風の男がゆっくりと歩いてくる。


 彼ら周りには漆黒の装備の獣人たち二十人ほどが警戒しながら歩いているが、文官風の男、ラウシェンバッハは散歩でもしているかのように談笑しながら歩き、戦場とは思えぬ和やかな雰囲気を醸し出している。既に矢の射程範囲に入っているはずだが、全く意に介していないようだ。


 銀色の鎧を身に纏った若者、ジークフリート王子が獣人の一人から何かを受け取った。

 拡声の魔導具のマイクのようだ。


『マルクトホーフェン侯爵とそれに与する者たちに告げる。私はフリードリッヒ王太子殿下の命を受け、王都の治安を回復に来たジークフリートである。既に王宮以外は我々が掌握した。貴軍に協力していた貴族領軍は私の要請に従い、王都の外に退去している。この状況で貴軍が勝利することは不可能だ。速やかに投降することを勧告する。先般の二番街で市民に危害を加えた者以外、兵士諸君らの罪は問わない。このことは我が名において約束する』


 ジークフリートが降伏勧告を行ってきた。

 兵たちが動揺する前に先手を打つ。


「惑わされるな! これは狡猾なラウシェンバッハの罠だ! 降伏したら最後だ。これだけ多くの兵がいる中、捜査などできないのだ。全員に罪があるとして斬首刑になると思え!」


 私の言葉で動揺する兵は出なかった。


『マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵です。マルクトホーフェン侯爵はレヒト法国の将、ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長と結託し、国王フォルクマーク十世陛下を死地に追いやりました。侯爵は甥であるグレゴリウス殿下を王位に就けるため、主君を謀殺した反逆者なのです。これ以上、侯爵に従うことは祖国を裏切る行為です』


 ラウシェンバッハが話し始めると、兵たちは一気に動揺する。

 我々の行動は王国を守るためのものであり、正義は我らにあると説明していたのに、それを真っ向から否定されたからだ。


(どこまで知っているのだ、奴は……)


 そう考えるものの、そのままにしておくわけにはいかない。

 城門には拡声の魔導具が備え付けてある。それを手に取ると、反論を開始した。


「マルクトホーフェ騎士団の兵たちよ! 相手は口先だけで帝国を混乱させた男だ! 奴の言葉に惑わされるな! 先王陛下は国を守るため、自ら戦地に赴かれたのだ! グレゴリウス二世陛下の即位もおかしな点はない! 王太子であったフリードリッヒ王子は我が身かわいさから王都を捨てたのだ!」


 私の言葉で周囲の兵の動揺は小さくなる。


『今の声はヴィージンガー殿ですね。君が指揮を執っているのですか。それはありがたいことです。フフフ……』


 ラウシェンバッハが嘲笑する。


『ヴィージンガー殿は非常に優れた記憶力を持っていますが、残念なことに将としての才は全くありません。これは王立学院時代から指摘してきたことですが、彼は最後まで変わりませんでした。三万という兵を持ちながら一万そこそこの我々に敗れた結果が、それを物語っています』


 奴は痛いところを突いてきた。そのため、逆上してしまう。


「黙れ! 私の作戦は完璧だった! 敵より多い数を揃え、有利な状況で戦う。戦理に適った策だったが、現場で指揮を執っていた者が無能だったのだ!」


『そこが君の限界なのですよ。確かに多くの兵を主戦場に集め、有利な城塞で戦うことは理に適っています。学生時代にも指導したと思いますが、ただ集めるだけでは、ただ有利な地形に誘い込むだけでは意味がありません。それを生かす工夫が必要なのです。記憶力だけは優秀だった君なら覚えていると思いますが』


 ラウシェンバッハは学生時代と同じような口調で嘲ってきた。

 当然、今言われたことは覚えているし、そのことは考えていた。


「そんなことは分かっている! ただ今回は運がなかったのだ!」


『運を言い訳にするのですね。フフフ……そういうことにしておきましょうか。ですが、兵士諸君。運がない指揮官に従うことはお勧めしませんよ。どれほど有利な状況でも不運な指揮官のせいで負けてしまうので……フフフ』


 再び嘲笑される。

 兵たちの視線が私を見ないように彷徨っていた。奴の言葉に惑わされ始めているようだ。


「兵たちよ! 奴の言葉に耳を傾けるな! ここにいる限り、安易な攻撃はできないのだ! 状況は必ず好転する! それを信じて持ち場を守れ!」


 私の言葉で兵たちは正面を向いた。しかし、私の能力に対する疑念が生まれたことは間違いなかった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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よ ゆ う の え み # 相手が逆上するあたりもw # アニメ化するならぜひともマティアスはCV:種﨑敦美さんで
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