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第三十三話「第三王子、勝利の理由を知る」

 統一暦一二一五年六月十八日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、南門上。第三王子ジークフリート


 市民たちに語り掛けた後、私は額の汗を拭った。


(マティアス卿から頼まれた通りにやったつもりだが、あれでよかったのだろうか? 一応歓声に変わったから、上手くいったのだと思うのだが……)


 私の心の声が聞こえたのか、マティアス卿が声を掛けてきた。


「お見事でした。現場からの報告では、市民たちは殿下のお言葉を聞き、落ち着きを取り戻したそうです」


「私の功績ではないと思うよ。マティアス卿たちが王都の民に信頼されていたからだろう」


 正直な思いだ。

 マティアス卿なら何とかしてくれるという信頼があったからこそ、私の言葉が心に届いたのだ。私が何とかすると言っても誰も聞いてくれなかっただろう。


「確かに私が語り掛けても同じようになったでしょう。ですが、王家の方が自ら動いたという事実は今後に大きな意味を持ちます」


「それはどういうことなのだろうか?」


 私の問いにイリス卿が答える。


「こういう言い方は代々の国王陛下に失礼かもしれませんが、ここ数十年、国王陛下が国民に語り掛けることはほとんどありませんでした。そのため、民は王家に対して敬意は払うものの、親しみを感じることがなかったのです。そして、王家も民に対して関心が薄く、両者に溝のようなものがありました」


「そうなのか?……他の土地では歓迎されたから、王都でも同じだと思っていたのだが」


 ラウシェンバッハ子爵領はもちろん、オーレンドルフや他の都市でも歓呼の声で歓迎してくれたため、意外に思ったのだ。


「王都以外では王家の方が行幸されることすら稀なのです。そのため、誰であっても歓迎されます。しかし、王都は違います。王都の民は王家のお膝元に住んでいることを誇りに思っていました。しかし、年に数回、顔を見せるだけでは、王家が自分たちを軽んじていると思ってもおかしくはないでしょう」


「なるほど。もし今回私ではなくマティアス卿が語り掛ければ、グライフトゥルム王家は今までと何ら変わっていないと思われるかもしれないということか……マルクトホーフェン侯爵の手から王国を奪い返しても、民に信頼されないようでは話にならないということだな」


 私の言葉にマティアス卿とイリス卿が微笑みながら頷いてくれた。及第点の答えだったようだ。


 そんな話をしていると、ラザファム卿が近づいてきた。


「マルクトホーフェン派の軍のうち、貴族領軍は王都の外に移動しました。但し、マルクトホーフェン騎士団の多くが王宮に入ったようです。騎士団本部と貴族街を解放し、王宮以外は我々が完全に掌握しました」


 南門を制圧した後、マルクトホーフェン派の軍に対し、人質を取るようなことはせず、大人しく王都の外に移動するなら攻撃しないと通達していた。


 私はそれでも抵抗する者がいると思っていたが、あまりに鮮やかに南門を奪取したことから、侯爵派の貴族たちもラウシェンバッハ騎士団と戦っても勝てないと諦めたようだ。


「王宮から何か要求はあったかな?」


 マティアス卿の問いにラザファム卿が(かぶり)を振る。


「ないな。第一連隊が王宮の前で降伏を勧めているが、全く反応がないそうだ」


「王宮内で混乱している様子は?」


「外から見る限りだが、それもないらしい。もっとも王宮の奥で何かあっても分からないが」


 王宮は五百メートル四方もあるから、相当大きな混乱が起きない限り、分からない。


「ハルトとディートに貴族領軍の監視を命じてほしい。この状況で動くとは思わないけど、不測の事態が起きないとも限らないから」


 ハルトムート卿率いる突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)とディートリヒ卿率いるエッフェンベルク騎士団と義勇兵で七千近い兵力になるから、充分な抑止力になる。


「イリス、済まないが、王国騎士団の再編を手伝ってやってほしい」


 王国騎士団は離脱した二千名に加え、王都内に五千ほどが残っていたが、王都内に残っていた者は我々との呼応を恐れたのか、武装解除され、指揮官が軟禁されていた。また、マルクトホーフェン侯爵派の指揮官は逃げ出しており、今の状況では戦力と言えないためだ。


「分かったわ。シュッタットフェルト伯爵と相談しながらになるけど、ある程度私の方で決めてもいいわね」


 マティアス卿が答える前に私が了承する。


「それについては私が責任を取るから、イリス卿が最善と思うようにやってくれていい」


「ありがとうございます。ご期待に添えるように頑張りますわ」


 そう言うと、イリス卿は我々から離れていった。


「では、我々は王宮の前まで行きましょうか」


 マティアス卿はそう言ったところで私を見つめる。


「その前に目的と手段を確認しておきましょうか」


 笑顔で聞いてきた。

 どうやらこれも私に対する課題らしい。


「一番の目的は王宮を無傷で解放すること。次にマルクトホーフェン侯爵の捕縛とグレゴリウス兄上の確保。手段としては、フリードリッヒ兄上の名代として、私の名で交渉を行うこと。その際、時間を掛けてもいいので、マルクトホーフェン侯爵を追い詰めすぎないことが重要。但し、王宮内の人質に危害が加えられる恐れがある場合は、実力行使をためらわない。それに加えて、敵兵の士気を下げて侯爵に対して不信感を抱かせること。更に貴族街に残っている貴族を懐柔することで侯爵を孤立させること。このくらいだろうか」


 あっているとは思うが、抜けていることがないかと不安になる。

 私が彼の顔を見ていると、優しい笑みを浮かべて小さく頷いた。


「そのご認識で問題ございません」


 どうやら正解だったようだ。


「実務は私とラザファムで行います。特に敵兵の士気を下げることは私が行いますので、殿下には敵兵と貴族たちを懐柔するように働きかけをお願いしますね」


 こうして私たちは王宮に向けて進軍を開始した。


 王都内に入ると、歓呼の声が聞こえてくる。


「グライフトゥルム王国、万歳!」


「マティアス様、マルクトホーフェンをやっつけてください!」


千里眼(アルヴィスンハイト)様、頼みますよ!」


氷雪(シュネーシュトルム)烈火(フォイエル)のラザファム様、侯爵を叩きのめしてください!」


 熱狂的な声だが、その多くがマティアス卿とラザファム卿に対するものだった。


「卿らの人気は凄いものだな。卿らと共に戦えてよかったと思う」


 正直な思いだ。

 ラウシェンバッハ子爵領でも熱狂的だったため、意外ではないのだが、これだけの人物を幕下に招くことができたことは幸運だと改めて思ったのだ。


「これからは殿下の名もこの中に加わると思いますよ」


「そうだといいのだが……」


 そんな話をしながら手を振っている。


 貴族街に入ると、熱狂的な声は消え、大通りの端に跪いて頭を下げる貴族たちの姿があった。

 いちいち止まって話をするわけにはいかないため、拡声の魔導具で話をする。


「この騒乱が鎮まったのち、改めて王家への忠誠を問うことになるが、フリードリッヒ王太子殿下に従う者は、グレゴリウス兄上を支持したことを不問とすることになる。第三王子ジークフリートの名で約束しよう」


 その言葉に更に深く頭を下げていた。

 彼らもグレゴリウス兄上やマルクトホーフェン侯爵に従いたくて従ったわけではないことは理解している。しかし、一つだけ疑問があった。


「わざわざ私の名を出す必要があったのだろうか?」


 その問いにマティアス卿が答えてくれる。


「もちろんです。殿下はこの軍の総司令官であり、フリードリッヒ王太子殿下から全権を任されているのです。その方が名を出して約束したことは私やラザファムの言葉以上の重みを持ちますから、彼らも安心することでしょう」


 なるほどと思った。

 その後、更に気になっていたことを聞いてみた。


「そう言えば、今回の戦いがあれほど簡単に終わった理由が未だに釈然としない。ラウシェンバッハ騎士団が精鋭であることは分かっているが、マルクトホーフェン侯爵派の動きがあまりに淡泊だったことが気になっている」


 私が疑問に思ったことに、マティアス卿は満足げな表情を浮かべている。


「もし王国騎士団が全面的に協力していたのなら、これほど簡単にはいかなかったでしょう。しかし、マルクトホーフェン侯爵は王国騎士団の懐柔に失敗しました」


「確かに王国騎士団がいれば、もう少し厳しかったというのは分かるが、数的には充分な守兵がいたと思う。王国騎士団の協力を得られなかったことが、決定的なこととは思えぬのだが」


「今回の戦いでマルクトホーフェン侯爵派は充分な備えができていませんでした」


「どういうことだろうか? 時間もあったし、多くの兵が城壁の上に布陣していたと思うのだが」


 斥候の報告では東西南北の城壁に計二万の兵が配置され、どこから攻撃されても充分な兵力があったのだ。


「兵を布陣させるだけで戦えるものではありません。今回の戦いでは攻城戦での常套手段である投石が行われませんでした。城壁の上を見ましたが、本来用意されているべき、石がなかったのです」


 そこまで説明を受けてようやく腑に落ちた。

 城の防衛には登ってくる敵兵に向けて投げ落とす大きな石や熱した油などが使われる。しかし、今回は散発的に矢が放たれただけで、そう言ったものが使われた形跡は全くなかった。


「つまりマルクトホーフェン侯爵の軍は防衛戦に必要な石や熱した油などを用意することができなかった。もし王国騎士団が協力していれば、それらを適切に配備し、もっと苦戦したはずだと。そういうことだろうか」


「その通りです。仮に準備が完璧であったとしても、我が方の勝利は揺るぎませんでしたが、これほど犠牲を出さずに勝利することはできなかったでしょう。もっとも王国騎士団の兵が協力しないように手は打ってありましたが」


 どうやら予め手を打っていたらしい。


「だから卿だけでなく、イリス卿もラザファム卿も余裕があったのだな」


 そんな話をしながら馬を進めていく。

 そして、王宮の城門が見えてきた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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