第三十二話「第三王子、王都民に語り掛ける」
統一暦一二一五年六月十八日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、平民街。ラウシェンバッハ騎士団エレン・ヴォルフ連隊長
俺たちは王都の南門を制圧した。
実質的な戦闘は三十分も掛からなかった。これまで戦ってきた敵に比べ、練度も士気も低く、我々の敵ではなかったからだ。
東西の城壁からも敵兵が引き上げつつあるという報告を受けており、これで王都の制圧はすぐに終わると楽観していた。
そんな中、第四連隊長のミリィ・カッツェが慌てた様子でやってきた。
「王都の中で戦闘が起きているわ。どうやら逃げていくマルクトホーフェン騎士団の兵士に市民たちが襲い掛かっているみたいね」
「市民が兵士を襲っている? それは本当なのか?」
最初は聞き間違えかと思った。
城門の上から王都側を覗き込むと、マルクトホーフェン騎士団の兵が棍棒を持った男に殴られ、慌てて武器を構えている姿が目に入ってきた。
すぐに団長であるヘルマン様に連絡を入れる。ヘルマン様も驚いていたが、すぐに指示を出すとおっしゃられ、通信を切られた。
一分もしないうちに総司令官であるラザファム様から直接命令がきた。本来ならヘルマン様から命令が来るはずだが、すぐに対処しなくてはならないと判断されたようだ。
ラザファム様の命令は、余裕があれば第一、第四連隊で王都の市民を守れというものだった。
俺はすぐにこの場を第二連隊に任せ、部下たちと共に王都内に向かった。
狭い路地を走って逃げていく兵士をロープで転倒させ、棍棒を持った男たちが数人がかりで袋叩きにしている。
「貴様らに殺された娘の仇だ!」
「うちの家に火をつけた奴は誰だ!」
「マルクトホーフェンの犬どもは死ね!」
この辺りは二番街に近く、あの事件の犠牲者の家族が逃げていく兵士に報復しているようだ。
商業地区はマティアス様の護衛であった黒獣猟兵団時代によく来ていたが、気のいい人たちが多いという印象しかなく、その殺伐とした行為に驚きを隠せなかった。
「我々はラウシェンバッハ騎士団だ! マルクトホーフェン騎士団は我らが倒す! みんなは家の中で待機していてくれ!」
俺の声に反応したのか、窓が開き、歓呼の声が上がる。
「よく来てくれた! ラウシェンバッハ騎士団、万歳!」
「マティアス様、万歳!」
その声に頬が緩みそうになるが、今はこの状況を何とかしなくてはならない。
「ありがとう! あとは俺たちに任せてくれ!」
しかし、俺の願いは市民たちに届かなかった。
「こいつらには恨みがある! ぶっ殺さなくちゃ、気が収まらん!」
職人らしい男が大きな木槌を兵士に振り下ろしながら叫んだ。
「気持ちは分かるが、マティアス様のご命令なんだ。頼むから家に戻ってくれ!」
できるだけ親しげな雰囲気を作りながら頼むが、頭に血が上った市民たちには届かない。
「ヘルマン様に連絡。我々では市民を止めることができない。介入していいか確認してくれ」
後ろにいる通信兵に命じる。
ラザファム様からは市民を守れという命令があったが、敵兵は逃げようとしているだけで、市民に犠牲は出ておらず、どう対応していいのか分からなかったからだ。
すぐにヘルマンから命令が届く。
『兄上からの指示だ。間に入って敵兵を守るように見えれば、市民が我が軍を攻撃するかもしれない。だから声を掛けるだけに止めよとのことだ。但し、市民が攻撃を受けている場合は別だ。必ず市民を守れ。それにすぐに兄上が手を打ってくださる。それまで我慢しろ。以上だ』
マティアス様が手を打ってくださると聞き、ホッとした。
「司令部からの命令だ。声を掛けるだけだ! 絶対に間には入るな! 但し、市民に危害が加えられている時はためらわずに止めろ! すぐにマティアス様が手を打ってくださる! それまで市民に犠牲が出ないようにしろ!」
その命令で戸惑っていた兵たちも市民に声を掛け始めた。
(このままではマルクトホーフェン騎士団が逃げてしまうのだが……まあ、元々逃がすつもりだったからいいんだが、無傷で逃がすのは気に入らんな……)
マティアス様から市街戦は思わぬ事態に発展する可能性があるため、逃げる敵兵は放置し、攻撃してくる者にのみ反撃せよと命じられていた。
マティアス様のご命令だが、少しだけ釈然としていない。王都に住んでいた時の知り合いが犠牲になっている可能性もあるから、マルクトホーフェン騎士団の兵をただ逃がすことに忸怩たる思いがあるのだ。
そんなことを考えるが、命令に従って市民たちに声を掛けていく。しかし、小競り合いは一向に収まらない。
そんな時、拡声の魔導具による声が聞こえてきた。
『王都の市民諸君! 私はフォルクマーク十世陛下の第三子、ジークフリートだ。兄フリードリッヒ王太子より王都の治安を回復するように命じられている……』
ジークフリート殿下の声が響く。
振り返ると、南門の上から聞こえてくるようだ。
その声にマルクトホーフェン騎士団の兵を殴っていた男たちも手を止める。
王家の方がこのような形で語り掛けることは、これまであまりなかったためだ。
『諸君らが家族や友人を奪ったマルクトホーフェン騎士団の兵を憎悪する気持ちは分かる。しかし、ここで更なる犠牲者が生まれれば、亡くなった諸君らの家族・友人たちが悲しむのではないか……』
その言葉に市民たちは「何を言われても許せるものじゃねぇ!」、「これまで出てこなかった奴が」と吐き捨てている。
俺も完全に同意するわけじゃないが、彼らの気持ちは分からないでもなかった。
『……諸君らは私がこのまま彼らを見逃すと考えているかもしれない。しかし、私にはマティアス卿、ラザファム卿、ハルトムート卿、イリス卿という心強い味方がいる。私のことは信じられないかもしれないが、彼らのことなら信じられるのではないか? 私よりも君たちの方が彼らのことをよく分かっているのだから……』
殿下の言葉に「あの四人なら確かに期待できる」とか、「“世紀末組”ならマルクトホーフェンを許すはずがねぇ」と言い始めた。
『既にマティアス卿は策を講じている。それを成功させるためにはここで混乱が起きることは避けなければならないのだ。だから、マルクトホーフェン騎士団のことは、マティアス卿の信頼する家臣、ラウシェンバッハ騎士団に任せてほしい。よろしく頼む』
真摯な声に市民たちも棍棒を振るう手を止めていた。
「俺はラウシェンバッハ騎士団に任せるぞ!」
「俺もだ! 俺たちの無念を必ず晴らしてくれ! 頼んだぞ!」
それらの声に俺たちは腕を振り上げて応える。
「マルクトホーフェン騎士団の兵士たちよ! 今すぐ武器を捨て降伏せよ! 第四連隊は抵抗する敵を排除しながら騎士団本部に向かえ! 第一連隊は貴族街の城門に向かう!」
命令を発しながらジークフリート殿下のことを考えていた。
(殿下もやるもんだな。マティアス様が手を打つとおっしゃっていたから、助言は受けているんだろうが、あれだけ荒れ狂っていた市民を言葉だけで鎮めた。なかなかできることじゃない……)
そんなことを考えながら、降伏してくるマルクトホーフェン騎士団の兵を拘束していった。
「なんでこんなことになったんだよ……ご領主様は絶対に勝てるって言っていたのに……こんなことなら村に残っていた方がよかった……母ちゃん……」
縄で拘束されたマルクトホーフェン騎士団の若い兵士が項垂れながら呟いている。
マルクトホーフェン侯爵領の田舎から出てきた兵のようで、そばかすの多い顔は十代半ばの純朴な少年にしか見えない。
「安心しろ。ラウシェンバッハ子爵様はマルクトホーフェン侯爵と違って慈悲深いお方だ。お前たちが二度と王国に逆らわないと約束すれば、元の生活に必ず戻れる」
本来なら連隊長に過ぎない俺が約束できる話じゃないが、イリス様からマルクトホーフェン侯爵領の農民兵を懐柔してほしいと言われており、こういった話をしてもいいことになっている。
「だけど侯爵様は王国一の貴族様なんだろ。村に戻ったら、また戦に駆り出されるんじゃねぇのか?」
俺を疑いの眼で見ている。
「それについても安心していい。千里眼のマティアス様が策を考えてくださったんだ。マルクトホーフェン侯爵領も必ず良くなるからな」
「千里眼のマティアス様? 誰なんだ?」
千里眼のマティアス様と言ってもピンとこないらしい。マルクトホーフェン侯爵領では情報が制限されているようだ。
「まあいい。いずれにしてもマルクトホーフェン侯爵は終わりだ」
「そうかもしんねぇな。あんたらみたいな、強ぇ奴を相手に勝てるはずがねぇ」
若い兵士はそう言って頷いていた。
俺以外にも世間話をする感じで、マルクトホーフェン侯爵家は終わりで、農民兵たちも故郷での平穏な暮らしに戻れると伝えている。
マルクトホーフェン騎士団の兵は実戦経験がない者がほとんどで、俺たちのような本職と戦ってその実力差にショックを受けているから、意外に信じている。
(実戦経験というか、ほとんど訓練を受けていないようだ。だから市民相手に暴走したんだろうな。まあ、マルクトホーフェン侯爵家の隊長たちはろくでもない奴ばかりだから、役得がなければやっていられないという思いもあったんだろう。だからといって許せる話じゃないが……)
俺は拘束した兵を後方に送りながら、貴族街の入口である門に向かった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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