第三十話「軍師、王都の状況について議論する」
統一暦一二一五年六月十三日。
グライフトゥルム王国中部オーレンドルフ郊外、野営地内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
私たちは王都シュヴェーレンブルクの東約百キロメートルに位置する都市、オーレンドルフに到着した。
商都ヴィントムントで王太子であるフリードリッヒ王子と会談した後、ラザファムが指揮する王都奪還軍と合流し、ここまで行軍してきた。
イリスが偽装しながら送り出したラウシェンバッハ子爵領の獣人族義勇兵とも合流し、更にヴォルフタール渓谷での戦いの後に王都に帰還しなかった王国騎士団約二千が加わったため、兵力は二万二千にまで膨れ上がっている。
但し、オーレンドルフの町から二キロメートルほど離れた草原に駐屯しているため、街道をゆく商人たちは全体を把握できず、我々の軍の規模を、一万を超える程度という噂を流してくれている。
しかし、これだけの規模になると、行軍中の編成や王都での布陣について調整が必要であり、明日一日掛けてそれを行うことにしている。
その前にイリス、ラザファム、ハルトムート、私の四人で、明日以降のことを話し合うことにした。しかし、私を含め、皆表情が暗い。
理由は六月十日に王都で起きた“二番街の虐殺”と呼ばれる事件の詳細が分かったためだ。
平民街の南側にある商業地区の二番街で、グレゴリウスの即位に反対する者が声を上げた。当初は王国騎士団の大隊が出動し、大隊長であるアルトゥール・フォン・グレーフェンベルク伯爵が真摯な態度で対応したことから解散する一歩手前までいっていた。
しかし、エルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵が派遣したマルクトホーフェン騎士団が介入すると、一気に暴動にまで発展した。
叡智の守護者の情報分析室が得た情報では、何者かが暴動を扇動したため、マルクトホーフェン騎士団が過剰に反応し、死者一千名、負傷者二千名という惨事になっていた。更に兵たちが略奪を行い、火災まで発生したが、それに対する処分がなされたという情報はなく、王都は不穏な空気に包まれているらしい。
「マティは誰が扇動したと考えているんだ?」
ハルトムートが聞いてきた。
「法国か帝国の工作員だろうね」
「どっちの可能性が高いと考えているの? 私にはどちらか判断できないのだけど」
イリスが質問してきたが、私も同じ思いだ。
「難しいところだね。帝国が今の段階で介入してくる蓋然性がない。彼らにとっては王国内での混乱は長ければ長いほどいいから、マルクトホーフェン侯爵派が民衆や中立派から見限られるようなことは望まないだろうね」
「そうね。私たちに対して塩を送るようなものだから。だとすると、法国が主導したということ?」
「それも考え難いと思っている。法国、今回の場合はマルシャルク団長になるんだけど、彼もできる限り王国の混乱が続く方が望ましいと考えているはずだ。今頃、聖都では共和国の外交官が捕虜とヴェストエッケの返還を要求しているだろうけど、グレゴリウス殿下が王位にあると主張できる今の状態であれば、ヴェストエッケの返還を突っぱねることが可能だからね」
捕虜になった守備兵団の兵士とヴェストエッケ自体の返還を停戦の条件に加えるよう、共和国に要望している。そして、これが認められる可能性は高い。
法国が渋ったとしても、交渉が決裂後に共和国軍が東方教会領に侵攻すると脅せば、法国としてはヴェストエッケを得た以上に国土を失うことになるからだ。
しかし、それとは別に王国と協定が結ばれていれば、第三国である共和国が強硬に主張することは難しい。要請した国がその後に譲渡すると言っているのだからと主張されれば、それまでだからだ。
「それに法国にしては手際がよすぎる。真実の番人の間者を雇えないから、潜入している工作員は限られているはず。それに人脈も土地勘もないだろうから、情報操作を使う謀略は難しい」
レヒト法国の国教トゥテラリィ教は三つの魔導師の塔と対立しており、真理の探究者の下部組織である真実の番人の間者を雇うことはできない。
「それは私も考えたわ。王都でできるくらいなら、もっと前にヴェストエッケでやればよかったはず。あそこで暴動が起きたら、守備兵団が救援を待つという選択を採れなくなることは誰にでも分かるから」
ヴェストエッケの防衛戦略は堅牢な城壁で敵の攻撃を防ぎつつ、ケッセルシュラガーや王都に救援を求めるというものだ。当然、内部で破壊工作が行われれば、その戦略は崩れてしまう。
「別の者が動いているという可能性は?」
それまで黙って議論を聞いていたラザファムが発言する。
「私もその可能性があると思っている。ただ、マルクトホーフェン侯爵に恨みを持つ者は多いけど、これだけの手際を見せられる人が思いつかない。人脈と資金力が不可欠だが、法国と帝国以外でできそうなのは共和国しかない。しかし、同盟国である彼らにそれをする理由はない」
「まだあるわ」
イリスがそう言ってきた。
私たちが首を傾げているとニヤリと笑う。
「あなたよ。“千里眼のマティアス”ならやれるわ」
その言葉に思わず苦笑する。
「確かにやれるけどね」
「皇帝マクシミリアンが、あなたがやったように見せかけたという可能性はないかしら」
「その可能性はあるけど、あとで挽回することはいくらでも可能だからね。皇帝やペテルセン元帥ならそんな無駄なことはしないと思う」
イリスが言うような謀略を仕掛けられたとしても、調査すればある程度帝国の関与を探り出すことはできる。帝国の諜報網は一度壊滅しており、未だに回復し切れていないから、完璧な証拠隠滅は難しいだろう。
「とりあえず、誰がやったかは棚に上げておくしかないな。その上でどうするかだ」
議論が発散し始めたことから、ハルトムートが提案する。
「そうだね。誰がやったのかはともかく、この状況は我々に有利になる。犠牲になった人には悪いけど、これでほとんど戦闘になることはなくなったと思う。双方の兵士の損失はかなり抑えられるだろうね」
情報分析室からの情報では、王都民のマルクトホーフェン侯爵派に対する感情は最悪らしい。戦闘が始まれば、それに呼応して暴動が起き、戦いにならない可能性が高いのだ。
「私もそう思う。王国騎士団と王都民がマルクトホーフェン侯爵派の軍に協力することはあり得ないわ。門を一箇所奪ってしまえば、王都の人たちが歓呼の声を上げて迎え入れてくれるはず。そうなったら侯爵派の軍も王都から逃げ出さざるを得なくなるわ」
イリスの言葉にラザファムが懸念を示す。
「王都の民を人質に取ることは考えられないか? むざむざ敗れるくらいならと自棄になられたら厄介だと思うが」
「侯爵がその方針を認める可能性は低いよ」
「そうなのか? 奴なら一時の汚名など気にしないと腹を括りそうだが」
「単なる権力抗争ならあり得るね。力さえ保持していれば、どうにでもなるから。でも、今回はグレゴリウス殿下が支持されるかが問題だ。民を人質にするような王を民衆はもちろん、貴族たちも支持しない」
権力抗争ならある程度非道なことをしても、国王が認めれば有耶無耶にできる。もちろん、大虐殺のようなことは無理だが、王都民を人質に取って交渉しただけなら、実害はないのだからと考えることもできるからだ。
しかし、国王が守るべき民衆を盾にすれば、王家の存続すら危うくなる。マルクトホーフェン侯爵もその程度のことは理解しているだろうから、我々が王都に入れば、撤退しようとするはずだ。
「人質に取らないという点は理解した。だが、王都に入った後、侯爵派の軍をどうするつもりなんだ? 王都内での戦闘を避けようとしたら、王都からの安全な退去とその後に追撃しないという保証をするしかないと思うんだが」
ハルトムートの意見にイリスが答える。
「彼らの安全は保証するわ。マルクトホーフェン侯爵派の軍の兵士も王国の民なのだから、殺すことは避けたいもの」
「それだと元凶である侯爵たちも一緒に逃げ出すことになるが、それでいいのか? それに捲土重来の機会を与えることになる。負けるとは思わんが、領地に戻った後、時機を見て再侵攻してくる可能性もあるだろう。そうなったら法国軍を追撃することができなくなると思うんだが?」
その問いに私が答える。
「ハルトの懸念は理解しているよ。だから、再侵攻できないよう、既に手は打っている。具体的には……」
具体的な話をすると、イリス以外が顔をしかめた。
「相変わらず容赦がないというか、えげつないな」
「ハルトの言う通りだ。しかし、後顧の憂いを無くすという点では有効だな」
イリスには予め策を伝えてあったので、表情は変わらないが、呆れたような表情を浮かべている。
「私も聞いた時には呆れたわね。でも、確実に止めを刺すには、このくらいのことをしないといけないわ」
彼女の言葉に私たち全員が頷いた。
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