第二十九話「グレゴリウス、決意する」
統一暦一二一五年六月十日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。国王グレゴリウス二世
今日の昼頃、王都の商業地区二番街で、多数の市民が犠牲になる事件が起きた。
その処理に当たった王国騎士団のベネディクト・フォン・シュッタットフェルト伯爵と現場にいたアルトゥール・フォン・グレーフェンベルク伯爵を呼び出し、直接意見を聞いている
叔父であるマルクトホーフェン侯爵も同席しているが、腹心のヴィージンガー子爵の姿はない。
簡単に概要が説明された。
死者約一千、負傷者約二千という驚くべき数字に言葉が出ない。
それでも何とか気力を振り絞り、原因を確認していく。
「即位に反対する者たちが暴動を起こし、死傷者三千名を出した。だが、王都の民はそこまで愚かではないはずだ。抗議するにしても力ではなく、言葉で示しただろう。これほどの惨事になった原因は何だったのだ?」
「民衆から暴言があったことは事実です。ですが、陛下のおっしゃる通り、最初は脅威になり得るものではありませんでした。実際、我々の説得に応じ、徐々に解散しつつあったのですから……」
シュタットフェルトはそこで叔父に強い視線を送る。
「そうであるにもかかわらず、マルクトホーフェン騎士団の部隊長クライネルト子爵は兵に剣を抜くよう命じました。彼の後ろにはマルクトホーフェン侯爵の腹心ヴィージンガー子爵がいました。ヴィージンガー殿が何を命じたか知りませんが、民たちは命の危険を感じて過剰反応し、それを見たマルクトホーフェン騎士団の兵が民を斬り殺し始めたのです……」
シュッタットフェルトはそこで呼吸を整え、感情を抑えて更に説明していく。
「我が騎士団は民を守るべく間に入り、更に安全な場所に導くため誘導を開始しました。しかし、マルクトホーフェン騎士団はそれを無視して剣を振るい、それに怯えた民衆が我先にと逃げ始めたのです。その結果、多くの場所で民衆が倒れ、犠牲者を増やしていきました……」
そこでシュッタットフェルトの目に怒りの炎が宿った。
「それだけでも度し難いのに、マルクトホーフェン騎士団の兵は商家に押し入り、略奪を始めたのです。それを止めようとした我が騎士団の兵に剣を向けるだけでなく、邪魔されないようにと火まで放ったのです! 我々は大火にならぬよう消火活動を行わざるを得ませんでした。その間にマルクトホーフェン騎士団の兵は野蛮な行為を繰り返していったのです。このような蛮行を許してよいものでしょうか!」
シュッタットフェルトの後ろにいるアルトゥール・フォン・グレーフェンベルクが悔し涙を浮かべている。
「証拠はあるのか? 我が騎士団がそのような蛮行をするはずがない」
叔父が冷たい笑みを浮かべながら、シュッタットフェルトたちを見つめている。
グレーフェンベルクがそこで感情的に叫んだ。
「現場にいた小官、王国第二騎士団大隊長であるアルトゥール・フォン・グレーフェンベルクが証人です! 我が家の名誉に懸けて、事実であると断言いたします!」
叔父はそれでも冷笑を浮かべたままだった。
「先代のグレーフェンベルク伯爵は我が政敵であった者。そのような者の息子の証言が証拠になり得るとは思えませんな。陛下、認めてはなりませんぞ」
その時の俺は、この期に及んでまだ俺のことを操れると思っている叔父を侮蔑していた。
「王国の上級貴族グレーフェンベルク伯爵が名誉に誓って告発したのだ。クライネルトを召喚し、我が前で告発が無効であると主張させよ。もちろん、騎士団長である叔父上でもよい。だが、火災が起き、略奪が行われたことは事実。更に我が民が千人以上死んでいるのだ。俺を納得させるだけの説明をしてもらうぞ」
「やっていないことを証明することは不可能ですぞ」
「では、今回の虐殺は誰に責任があるのだ? マルクトホーフェン騎士団が介入するまで何も起きていなかった。それにヴィージンガーは現場にいたのだ。奴がどのような命令を出したか、直接説明させよ」
「エルンストは心労で倒れました。すぐに呼び出すことは不可能です。それに今回の暴動の責任はラウシェンバッハにあります」
そのふざけた言葉に怒りが込み上げる。
「ラウシェンバッハだと! 何かあれば彼の名を出すが、彼に暴動を起こさせる理由がない! いや、叔父上ならこう言うだろう。ラウシェンバッハは策謀家であり、自分を貶めるためなら民の犠牲など考えぬと」
「その通りでございます」
慇懃に頭を下げる。
これまでの鬱憤もあり、俺は叔父に怒りの言葉を叩きつけた。
「ふざけるな! 彼には兄上に与えられた大義名分がある! 更に言えば、戦力も十分だ! 法国軍を破った精鋭を率いて戻ってくるのだ! 今は様子見している貴族たちも大義名分を持ち、天才軍師であるラウシェンバッハに与するはずだ! そうなれば、圧倒的な戦力で王都を包囲できる! このような愚かな策略をする理由がない! 俺を侮るな!」
兄フリードリッヒはヴィントムントでジークフリートを伴ったラウシェンバッハと会談し、俺の即位が無効であると宣言した上、ジークフリートに全権を委ねると発表した。
その際、叔父が兄を騙してヴィントムントに送り込んだこと、北方教会領軍の司令官マルシャルクと共謀していることなども公表し、その噂が王都内にも広まっていた。
そのことを会談前にある者から聞いていたのだ。
「誰からお聞きになったのですかな?」
叔父は目を細めて聞いてくる。
「誰でもよかろう! それとも俺が今言ったことは事実ではないとでも言うのか!」
「いずれにせよ、元王太子の言葉など大義名分にはなりませんな。それに私が法国の将と裏で取引していたなど、稚拙な戯言に過ぎません」
「宮廷書記官長がどう考えようが関係ない。ここに至っては俺が玉座にいることが王国にとって害になるのだ。祖国のために玉座をフリードリッヒ兄上に……」
「陛下!」
叔父は俺の言葉を強く遮った。
「ラウシェンバッハの軍が我らに勝てると思っておられるようですが、それは違いますぞ!」
「どういう意味だ? 確かに兵の数は多いが、王都の城壁は長い。獣人族の精強な兵が奇襲を仕掛けてきたら守りようがないではないか。その程度のことは俺でも分かるぞ」
王都の城壁は一辺二キロメートル、計八キロメートルに及ぶ。農民兵が主体の叔父の軍では守り切れないことは明らかだ。
「最悪の場合は王宮に篭ればよいのです。既に物資の確保も終わっておりますし、援軍が来るまで耐えれば我が方の勝利は堅いのですから」
「援軍だと……まさか!」
「陛下はお疲れのようだ! 寝室にお連れしろ! シュッタットフェルトとグレーフェンベルクには謀反の疑いがある! 直ちに拘束せよ!」
こうして俺は私室に軟禁されることになった。
(どうしてこうなった……いや、原因ははっきりしているな。叔父を信任しすぎたことだ……)
悔やまれるが、やれることがない。
そう思っていたが、真実の番人の護衛の一人が小声で話しかけてきた。会談の前にラウシェンバッハの情報を教えてくれた者だ。
「我々はある方から命を受けております。今はその名は明かせませんが、この状況を変えるべく動いております……」
俺は誰が動いているのか気になったが、他の護衛の目もあるため、黙って聞いている。
「ジークフリート殿下の軍は十日以内に王都に到着する見込みです。その際の混乱に乗じ、脱出する手配を整えつつあります。今しばらく、ご辛抱ください」
王都での戦闘に乗じて脱出ということはラウシェンバッハの手の者の可能性が高い。
しかし疑問もあった。
ラウシェンバッハは叡智の守護者と関係が深いと聞く。
しかし、真実の番人は叡智の守護者と敵対関係にある真理の探究者の下部組織だ。
(その間者を使うことなどできるのだろうか……と言っても、俺にできることはないのだ。この者の言葉に賭けるしかない……)
疑問を感じたものの、脱出に賭けることにした。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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