第二十七話「復讐者、王国を掻き回す」
統一暦一二一五年六月十日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、平民街。盗賊ギルド幹部ヨーン・シュミット
俺はある商家の二階から愚か者たちが踊るさまを見ていた。
(ここまで簡単に踊ってくれると拍子抜けだが、喜劇としてはまあまあの出来だな……)
俺の眼下ではマルクトホーフェン騎士団と民衆が睨み合い、その間に入った王国騎士団が何とか暴発を防いでいる。
『王都の治安は王国騎士団が担っている。貴騎士団には即刻引き上げていただきたい!』
王国騎士団の若い隊長が叫ぶと、マルクトホーフェン騎士団の隊長が言い返す。
『我々は宰相閣下より王都の治安を回復するように命じられた! 暴動の発生を防げぬような無能な者たちの指示になど従わぬ!』
少し前に俺が煽ったことで、百人程度の市民がグレゴリウスの即位に反対する声を上げていた。そこに王国騎士団が現れた。若い隊長が平民たちに話しかけ、俺が仕込んだ奴以外が落ち着きを取り戻し、暴動が不発になると思われた。
民衆が解散しつつある中、マルクトホーフェン騎士団が現れて、強硬な姿勢を見せたことから、再び民衆が暴発しそうになったのだ。
マルクトホーフェン騎士団の後ろには、派手なチュニックを来たヴィージンガーが偉そうに立っていた。
(ヴィージンガーは敵陣営にいる限り有能な人材だな。奴が俺の描いた絵の通りに動いてくれたのだろう……)
睨み合いが続く中、更にやじ馬たちが集まってきた。既に大通りを埋め尽くす勢いで、更に多くの市民が様子を窺っている。
そんな中、民衆の中から大声が響いた。
『偽王グレゴリウスは即刻退位しろ!』
『そうだ! そうだ!』
『王太子様が次の王様だ!』
『売国奴グレゴリウスは王都から出ていけ!』
これは俺の仕込みだ。
その声に市民たちがざわめき始める。はっきりとは聞こえないが、グレゴリウスの即位に反対していると感じた。
俺と同じように感じたのか、ヴィージンガーの命を受けたマルクトホーフェン騎士団の隊長が大声で命じる。
『今声を上げた者を捕らえよ! 反逆罪で処刑せねばならん!』
兵士たちは命令を実行すべく、ゆっくりと前進していく。
『マルクトホーフェン騎士団は下がれ! 煽動する者は我らが取り押さる!』
『王国騎士団こそ引け! お前たちが王都を守れぬから、我らが来たのだからな!』
それから押し問答が少し続いたが、市民から投石が行われた。これも俺の手下がやっていることだ。
『反逆者を捕らえよ! 抜剣!』
その命令でマルクトホーフェン騎士団の兵士たちが一斉に剣を抜く。
ヴィージンガーが脅しのためにやらせたのだろうが、あまりの愚かさに笑いを堪えられない。
(ククク……これほど簡単に王都の民に剣を向けるとはな。本当に役に立ってくれるよ、奴は……これでマルクトホーフェンとグレゴリウスは民の敵になった。こうなったら油を注ぐ必要すらない……)
その後、マルクトホーフェン騎士団の兵士が市民に斬りかかったことから、大通りは阿鼻叫喚の様相を呈している。兵士に直接的に殺された者はそれほど多くなさそうだが、パニックになった民衆が将棋倒しになり、悲鳴や呻き声がここでもはっきりと聞こえている。
(こっちはこれでいいだろう。マルクトホーフェン騎士団にも仕込みはあるしな……次は王宮だな。まあ、あっちは奴に任せるしかないのだが……)
俺は眼下の混乱を眺めながら、置いてあったワイングラスを口に運んだ。
■■■
統一暦一二一五年六月十日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、平民街。エルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵
私の目の前で惨劇が繰り広げられている。
発端は陛下の即位に反対する市民が集まっているというもので、最初は大したことにはならないと高を括っていた。
大したことにはならないが、国王を否定することは反逆行為だ。当然厳しく当たる必要がある。そのため、王都に着いたばかりのマルクトホーフェン騎士団から一部隊千名を送り込み、民を威圧しようと考えた。
しかし、その手配に時間が掛かり、王国騎士団が事態の収拾に当たっていた。彼らはシュッタットフェルト伯爵が派遣した部隊で、若い大隊長が民たちを冷静に諭し、穏便に済ませようとしていた。このままでは示しがつかないと強引に介入したが、それが仇になった。
「これ以上死者を出すことはまかりならん。すぐに兵を引かせよ」
部隊長であるハーゲン・フォン・クライネルト子爵に命じるが、彼は首を横に振る。
「こうなってはどうにもなりませんな。一応命令は出しますが、この状態では末端の兵まで命令が届くには相当な時間が掛かります」
クライネルトは私と同じ子爵位にあり、更に三歳ほど年上だが、一部隊長に過ぎない彼は侯爵閣下の側近である私に対し敬語を使っている。但し、その慇懃な言葉の端々に不満が見え隠れしていた。
今も他人事のような物言いにカチンとくるが、ここで重ねて命じても役に立つとは思えず、何も言わなかった。
「それよりも収拾した後のことを考えるべきではありませんかな。ここにいた者はすべて反逆者であったと公表すべきでしょう。そうしなければ、お館様の名に傷がつくことになりますから」
そこで群衆に母親ともども踏みつぶされた幼子の死体に目が行く。
「あの幼子も反逆者であったと卿は言うのか?」
「他に方法がありますかな?」
クライネルトの言葉に反論することができない。
ここで我が方に瑕疵があったと認めれば、宰相兼宮廷書記官長である閣下の顔に泥を塗ることになるからだ。
「とりあえず、その方針でよい。だが、早急に事態を収めよ。これ以上大きくすることは認めんぞ」
「努力いたします」
クライネルトは慇懃にそう言って頭を下げると、私の下を去った。
彼の後姿を見ながら今後のことを考えていたら、ある策が頭に浮かんできた。
(ラウシェンバッハが民衆を唆し、暴動を起こさせたとすればよいのではないか? 奴は情報操作の達人だ。実際、皇国では民衆を扇動していたとも聞く。こちらで証拠を捏造すれば、愚かな民衆は信じるだろう……)
方針が決まり、心が軽くなる。
それから二時間ほどで混乱は収まった。
捕らえた者の中から証人に仕立て上げる者を選んでいたが、現場である二番街の大通りに戻ると、焼け焦げたような匂いと無数の死体が転がっているのが見えた。
「どうしてこうなったのだ……」
私が呆然としていると、クライネルトがやってきた。
「我々は行軍を終えて王都に到着したところでした。後始末は王国騎士団に任せてもよいですかな」
まだ午後四時にもなっておらず、取り立てて急ぐ必要はない。しかし、虐殺の現場から離れたいという気持ちは分からないでもなかったので許可する。
「いいだろう。王国騎士団には私から命じておく」
クライネルトらはその場を立ち去ったが、王国騎士団に連絡すると、二十歳そこそこの若い大隊長が驚くべきことを言ってきた。
「マルクトホーフェン騎士団には暴動の混乱に紛れて、商家に押し入った者が多数いるぞ」
子爵である私に尊大な口調だが、あまりに重大な内容であり咎める余裕がない。
「そ、それは本当のことなのか!?」
「事実だ。我が騎士団の兵が見咎めて止めたが、それでも強引に商家に押し入り金品を強奪している。貴騎士団では王都での略奪を許可しているのか!」
クライネルトが早々に立ち去った理由を理解した。
「王都の治安を守る王国騎士団としては看過できん。シュッタットフェルト団長を通じ、陛下に直接言上していただくよう具申するつもりだ」
「ま、待て! 証拠はあるのか!」
「グレーフェンベルク伯爵家当主、アルトゥール・フォン・グレーフェンベルクが見たのだ! これ以上の証拠が必要か!」
初代王国騎士団長クリストフ・フォン・グレーフェンベルクの息子が大隊長だった。顔は知らなかったが、士官学校を次席で卒業した秀才で、今年に入ってから大隊長に昇進したと聞いている。陛下も興味を示しているらしく、侯爵閣下が警戒していた人物だ。
(まずいぞ。若造とはいえ、グレーフェンベルクの名は軽くない。シュッタットフェルトだけならまだしも、グレーフェンベルクまで動けば、閣下も謁見を許可せざるを得ん。そうなれば、陛下は奴の話を聞くだろう……)
私がそんなことを考えている間に、グレーフェンベルクは負傷者の手当てと死体の処理のため、立ち去っていた。
私は呆然と立ち尽くすしかなかった。
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