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第二十六話「グレゴリウス、軽んじられる」

 統一暦一二一五年六月十日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。国王グレゴリウス二世


 本日の昼前、王都にはマルクトホーフェン騎士団を始めとした二万の兵力が到着した。

 レヒト法国軍が去ったのは僅か一昨日前のことであり、これだけの戦力があれば、あの屈辱的な停戦協定に調印などせずに済んだかもしれないと怒りを覚える。


 叔父であるミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵に、そのことを問い詰めた。


「僅か一日半の差ではないか! なぜ軍が近くにいると教えなかった!」


 叔父の腹心エルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵が代わって答える。


「敵が伝令を捕らえていたようです。我々もいつ到着するのか、確実な情報を得られませんでした」


 その言い訳に苛立ちが募る。

 伝令には騎士だけでなく、真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者も使っており、法国軍の兵士の目を掻い潜れないとは考えられないためだ。


「全ての伝令が法国軍に捕らえられたというのか! それほど法国軍の能力が高いとは思えん!」


「法国軍ではなく、ラウシェンバッハの手の者ではないかと」


 意外な言葉に怒気が一瞬消えるが、すぐに口から出まかせだと怒りが爆発する。


「ラウシェンバッハの手の者だと……彼が王都防衛の邪魔をする理由があるというのか! でたらめを申すな!」


「伝令が止められたのは事実でございます。真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者を確実に倒せるのは、闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)(シャッテン)神霊の末裔(エオンナーハ)(ナハト)のみでございます。(ナハト)が動いたという情報はございませんから、(シャッテン)が動いた可能性が高いということです。つまり、(シャッテン)を使うラウシェンバッハが関与している可能性が非常に高いと言えるでしょう」


「それはそなたの想像に過ぎん。証拠は何もないではないか」


「ラウシェンバッハが証拠を残すようなミスを犯すとは思えません。ですが、状況から奴が命じた可能性が高いと考えています」


 ヴィージンガーはそう言って否定した。

 支離滅裂な説明に苛立ちが更に募る。


「ラウシェンバッハがなぜ王都を守る軍の伝令を止める必要があるのだ? お前の言っていることは論理的ではない!」


「ラウシェンバッハが我らの軍の動きを封じたのは、なし崩しに始まる大規模な戦闘を回避したかったからでしょう。二万の兵が王都に入ろうとすれば、法国軍は必ず攻撃しますから、こちらも王都から出撃させざるを得ません。そうなれば、戦術のすり合わせもなく、二万四千の法国軍と戦うことになります。無謀な戦いを止めたかったのでしょう」


「もし、ラウシェンバッハがそう考えたのであれば、そのことを我々に伝えればよいだけだ。王都の郊外にいる二万の兵を安易に近づけると戦いに引きずり込まれると聞けば、その場で待機させただろうからな。戦いを回避するためだけに、ラウシェンバッハが我が方の伝令を捕らえるとは到底思えん」


 そこで叔父が話に加わる。


「エルンストはあくまで可能性の話をしただけでございます。ラウシェンバッハが動いていたのか、それとも法国軍が優秀であったかは分かりませんが、いずれにしても伝令が王都に入れなかったことは事実。時機を逸しているのですから、今更それを追求したとしても意味がないでしょう」


 その言い方に腹が立つ。


「終わったことだから、グズグズいうなと……叔父上は俺を傀儡にしようと考えているのか?」


「そのようなことはございません。陛下の権威を盤石の物とするために、これからのことを考えるべきだと愚考する次第です」


 言わんとすることは一見正しく聞こえるが、俺の目と耳を塞ぎ、都合よく操ろうとしていることが端々に見えるから、全く信用できない。


 そんな話をしていたら、ヴィージンガーの部下らしき騎士が現れ、彼に耳打ちをしている。


「……それは事実か……」


 小声であるため、聞き取れない。


「ヴィージンガーよ、何があった?」


 ヴィージンガーは平静を装いながら、引きつった顔で早口に説明する。


「平民街で小規模な暴動が起きたようです。幸いマルクトホーフェン騎士団が到着しておりますから、すぐにでも鎮圧できるでしょう」


「暴動だと? 原因は何だ? 小規模とはどの程度のことを言っている。もう少し詳しく説明せよ」


「原因については、鎮圧した後に調査いたします。規模は数十人程度が騒いでいるという話ですが、放置しておくと大きくなる可能性があります。早急に対処するため、私が現地に赴き、直接指揮を執りたいと思います。それでは失礼いたします」


 早口でそれだけ言うと、ヴィージンガーは執務室を出ていった。


「ヴィージンガーは増長しているのではないか? 国王である俺を軽んじているが、これは叔父上が命じたことなのか?」


「そのようなことは命じておりません。エルンストが増長して見えるのは、陛下のために働けるということで気負っているからでしょう。気にすることもありますまい」


 俺は叔父を見ながら、今後のことを考えていた。


(俺も父と同じように傀儡にしたいようだな。だが、俺は父とは違う……叔父を排除したいが、問題はその手段がないことだ。俺には手勢がいないし、信頼できる相談相手もいない。王国内どころか王都の情報すらまともに入らない。目と耳を塞がれ、手足も縛られた状態だ……)


 ことを起こすにしても情報がなければ、動きようがない。

 俺が王国騎士団本部に赴き、勝手に本部を制圧したハウスヴァイラー伯爵を自らの手で処刑したことから、叔父は俺が単独で動くことを嫌い、監視を強化した。


 ハウスヴァイラーを処分した後、王国騎士団を任せたベネディクト・フォン・シュタットフェルト伯爵なら信用できるのだが、監視の目が厳しく彼と接触することができない。


(ラウシェンバッハに接触できることが最善なのだが……そう言えば、今どうしているのだ? 共和国から帰国したという話は聞いたが、こちらに向っているのだろうか? このような情報すら入らぬとはな……)


 一応叔父にそのことを聞いてみたが、予想通りのとぼけた答えが返ってきた。


「戦勝報告のため、王都に向かっているはずですが、何かありましたかな」


「彼のことだ。俺の即位を含め、様々な情報を手に入れているだろう。それに関して何か情報がないのか気になっただけだ。叔父上のところに彼に関する情報は入っていないか?」


「何もありませんな。今頃ヴィントムントに入っている頃でしょう」


 そこで叔父の表情を見るが、特に変わったところはなく、平然としていた。


「何もないのか……そう言えば、フリードリッヒ兄上に関しても報告がないが、変わったことはないということでよいのだな」


「小職は聞いておりませんな。恐らくヴィントムントで縮こまっているのでしょう」


 ラウシェンバッハがヴィントムントに入り、兄上に接触していないはずがない。

 叔父が何か隠していることは確実だが、それ以上探りを入れようがなかった。


 その後、王都での暴動がどうなったか尋ねた。


「商業地区の二番街で平民たちが暴れたようです。既にエルンストが鎮圧し、問題にはなっておりません。明日にでも詳細な報告ができるかと思います」


 本当に小規模な暴動ならわざわざ国王の執務室にいるヴィージンガーに報告する必要はない。王都には衛士隊だけでなく、王国騎士団もいるのだから。


(絶対に小規模ではないな……)


 そう直感し、侍従や秘書たちにそれとなく聞いてみるが、叔父の息が掛かった者ばかりで、言葉を濁され続ける。


 その後、俺は意外な人物から驚くべき話を聞くことになった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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