第二十四話「宮廷書記官長、権力掌握に自信を持つ」
統一暦一二一五年六月八日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵
レヒト法国軍がようやく出発した。
私はここ数日のドタバタで疲れ切っている。
グレゴリウス殿下が即位したのは四日前の六月四日。
第四騎士団長のハウスヴァイラーが騎士団本部を制圧したままで、武官はほとんど出席していないが、多くの文官が並び、私の進行で即位式が行われていた。
しかし、戴冠の儀に差し掛かったところで、文官の列の最前列にいた宰相オットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵が突然、反対を表明した。
『王太子殿下がいらっしゃる中、先王陛下の遺言もなく、第二王子であるグレゴリウス殿下が即位することは認められない! ここにいる心ある者も同様であろう!』
誰も予想していなかったのか、ざわざわという声だけで同調する者は現れなかった。
メンゲヴァインは同調する者が現れると思っていたようで、困惑したような表情を浮かべる。それでも引くに引けなくなったのか、やけくそ気味に叫んだ。
『腰抜けどもが! それでも王国貴族か!』
そう吐き捨てるが、いたたまれなくなったのか、式典会場から出ようと歩きだした。
そこで殿下の横に控えていた姉アラベラが動いた。
『陛下に対して何たる不敬! この無礼者を捕らえなさい!』
しかし、衛士たちも先王の王妃の命令とはいえ、宰相を拘束してもいいのかとためらっていた。
『役に立たないわね!』
姉はそう言うと、壇上から降りていく。
『先ほどの発言を撤回しなさい。今なら宰相を辞めるだけで許してあげるわ』
『撤回などしない! 許されざることをしているのはそちらの方だ!』
メンゲヴァインはそう言って歩き出そうと、姉に背中を向けた。
『愚かな人ね』
姉はそう言って嘲笑すると、隠し持っていたナイフでメンゲヴァインの背中を一刺しする。
女の力では式典用の分厚い衣装を貫くことは難しく、刃先が少し入っただけに見えた。
『あぁぁ! 何をする! 治癒魔導師を呼べ! 衛士よ! この女を捕らえよ!』
メンゲヴァインは痛みのために蹲りながらも声を張り上げた。
しかし、ナイフに毒が塗ってあったため、そのまま倒れこんでしまう。
『この汚物を捨ててきなさい!』
衛士たちはこのような暴挙を平気で行える姉に恐れをなし、命令通りにメンゲヴァインを会場から運び出した。
そこで我に返ったグレゴリウス殿下が冷たい声で言い放った。
『母上は私の即位に泥を塗った。衛士たちよ、先王王妃アラベラを拘束し、部屋に監禁せよ! 法国軍とのことが終わったら、厳正に処分する! 連れていけ!』
『グレゴリウス! 私はあなたのためにやったのよ! どうして!……』
姉は叫んでいたが、そのまま会場から引きずり出された。
その後は白けた雰囲気で式典が進んでいったが、グレゴリウス殿下は即位され、グレゴリウス二世陛下となられた。
先王フォルクマーク十世陛下の崩御とグレゴリウス二世陛下の即位を大々的に発表した。
民からの反応はほとんどなく、王都近くにいる法国軍と騎士団本部で揉めた王国軍の動向の方を気にしているらしい。
それから腹心であるエルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵を法国軍に派遣し、停戦協定の条件交渉を行わせた。といっても、大筋を変えることはないため、賠償金の減額程度と、交渉したように見せただけだ。
王太后になった姉だが、以前住んでいた王都の北の離宮に幽閉されることになった。
『あのように愚かな者が母であるとは信じられぬ。しかし、母である事実は変えられぬ。それにメンゲヴァインにも非はあった。私の即位を邪魔し、王国を混乱させようとしたことは許しがたい。とりあえず、あそこに幽閉しておき、時機を見て叔父上の領地のどこかに隠してもらう。よいな』
陛下は私にそう命じた。
メンゲヴァインについては反乱の罪で処刑したと公表した。これについては特に目立った反応はなく、奴がいなくなっても誰も困らないということが証明された形だ。
騎士団については、ハウスヴァイラーを解任するため、陛下自らが本部に出向いた。
ハウスヴァイラーは王都防衛のために騎士団を取りまとめただけだと言い張ったが、陛下はその主張を一蹴した。
『友軍を見捨てて逃げ帰ってきただけでも許しがたいのに、権力を得るために国を口実に使うことは更に許しがたい』
ハウスヴァイラーは言い訳する暇を与えられることなく、その場で陛下に斬られた。
あとでその理由を聞くと陛下は不機嫌そうな顔で教えてくれた。
『口だけは回るようだからな。苦し紛れに私が命じたと言い出しかねないと思ったのだ。叔父上も命じていないようだし、マルシャルクに唆されたのなら、その程度のことは言いかねん。口から出まかせでも、今の状況でそのような話が出るのは致命的だ』
陛下は以前のような果断な性格に戻られたようだ。
そして陛下は騎士団をシュタットフェルト伯爵に委ねた。その結果、騎士団の多くが陛下の英断に感服し、忠誠を誓ったと聞いている。
それから法国軍に与える食糧などを官僚たちに掻き集めさせた。しかし、宰相府では私への反発が強く、思うように動かない。それでも何とか二日で必要量を確保し、法国軍はようやくヴェストエッケに戻っていった。
法国軍がいなくなり、これでラウシェンバッハへの対応に力を入れられると思った矢先、意外な情報が入ってきた。
エルンストが真実の番人の間者から得た情報を持ってきたのだ。
「フリードリッヒ王子がグレゴリウス陛下の即位に反対する声明を発表されました。また、ラウシェンバッハがフリードリッヒ王子の要請に従い、ラウシェンバッハ騎士団を王都に派遣すること、義兄であるエッフェンベルク伯爵にも同様の要請をすると発表しております」
フリードリッヒが積極的に動くとは思っていなかったが、ラウシェンバッハが画策することを失念していた。
「ラウシェンバッハがフリードリッヒを動かしたか……ヴィントムントに向かわせたのは失敗だったかもしれんな」
そう言うと、エルンストは笑みを浮かべながら首を横に振る。
「こうなることは想定しておりました。ラウシェンバッハが王都に攻めてくれば、法国軍が挟み撃ちにしてくれます。我々は王都を守りながら、マルシャルクとラウシェンバッハが殺し合うのを見ていればよいだけです」
エルンストの言葉に驚く。
「マルシャルクが戻ってくるのか? それは真か!」
「はい。マルシャルクにしてみれば、命懸けで我が国から領土を奪ったのに、このままでは東方教会と西方教会の不手際でなかったことにされてしまうのです。せめてその原因を作ったラウシェンバッハを討ち取り、法国内での発言力を強化しなければ、国に戻った時に立場がありませんから」
「確かにそうだな」
グランツフート共和国との国境では、東方教会領軍が壊滅的な損害を受け、無防備の状態が続いている。捕虜交換に加えて、ヴェストエッケの返還まで条件に加えられても、法王は拒否できないはずだ。
「王国騎士団を除いても我が方は三万。法国軍が約二万四千ですから、計五万四千です。一方のラウシェンバッハの軍はラウシェンバッハ騎士団と新たに作った突撃兵旅団を合わせても七千といったところです。これにエッフェンベルク騎士団三千と義勇兵二千、更に王国騎士団の脱走者二千を合わせても一万四千にしかなりません」
「圧倒的な差だな」
「はい。戦いは数なのです。少々の戦力差であれば、策をもって覆すことはできますが、四倍近い戦力差を覆すことは奴でも不可能です。まして、神狼騎士団と餓狼兵団は精鋭なのですから、我々の勝利は約束されていると言っていいでしょう」
エルンストが逞しくなったことに満足するが、懸念もあった。
「勝利は確実として、陛下にはどう伝えればよいか。下手な伝え方をすれば、ラウシェンバッハを懐柔しようと自ら動かれるかもしれんが」
「陛下にはまず交渉を行う旨をお伝えします。陛下の即位が無効と主張していますが、交渉の余地がないとも思えないとお伝えになれば、時間を稼ぐことができますので。但し、王都の防備は崩しません。万が一、王都内で兵たちにいざこざが起きれば、民に影響が出るからと説明すれば、陛下もご納得いただけるでしょう」
「そうだな。それでよい」
こうして私が王国の権力を一手に握るための最後の仕上げが始まった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
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