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第二十三話「白狼騎士団長、漁夫の利を狙うことを考える」

 統一暦一二一五年六月六日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク郊外、レヒト法国軍陣地。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 昨日、グライフトゥルム王国と停戦した。

 王国側はマルクトホーフェンの思惑通りグレゴリウスが即位し、国王グレゴリウス二世と称して停戦協定に調印した。


 停戦の条件である賠償金が半分に減額され、更に長期の割賦となったが、そのことは織り込み済みだったので、即座に認めている。


 そもそも今回の停戦協定が有効だとは思っていない。

 グレゴリウスが即位したが、その正当性はマルクトホーフェン一派以外から疑問視されるだろうし、マルクトホーフェンがラウシェンバッハに勝利できる可能性は限りなく低いと見ているからだ。


 マルクトホーフェンに勝利したラウシェンバッハが私に挑んできたとしても負けるとは考えていないが、東部で我が軍が惨敗した以上、せっかく手に入れたヴェストエッケを確保することすら難しく、王国に長居する理由がないのだ。


 それに加え、連絡線である西方街道が怪しくなってきた。

 ヴェストエッケに残した世俗騎士軍からの伝令や補給物資は届いているものの、散発的な襲撃を受けており、予断を許さないのだ。


(やはり略奪を止められなかったのが失敗だったな。あれで住民感情が一気に悪くなってしまった……)


 ヴォルフタール渓谷で王国騎士団に勝利した後、街道の主要都市ライゼンドルフを占領した。

 ライゼンドルフは西方街道のほぼ中間に位置する、人口五千人ほどの豊かな宿場町だ。


 王国騎士団が敗北したことで、簡単に町に入れたが、勝利の高揚と長い行軍による疲労で兵士たちの箍が外れてしまった。

 宿場町らしく酒場や娼館が多く、兵士たちはその雰囲気と配給の酒に酔ってしまったのだ。


 兵士たちは民家に押し入って金品を強奪し、暴行や強姦を繰り返した。

 敵国民がどうなろうといいのだが、民衆の敵意が強くなりすぎると、後方で撹乱される可能性が高くなる。なので、ヴェストエッケでは市民生活にできる限り影響が出ないように配慮した。


 しかし、今回はその配慮を怠ってしまった。

 これまで神狼騎士団は法国内での行軍しかしてこなかったことから、このような問題を起こしたことがなく、油断してしまったのだ。


 我が軍の行いに怒りを覚えた市民たちが暴動を起こし、それに我が軍も過剰に反応したことから、数百人の死者を出すことになった。その結果、市民たちの怒りは更に強くなり、徴発した食糧に毒が混ぜ入れられるなど、抵抗を続けている。


 市民だけならそれほど脅威ではないのだが、ライゼンドルフには五百人近い魔獣狩人(イエーガー)がおり、彼らが我が軍の伝令や輜重隊に襲撃を仕掛けてきた。

 森から現れて襲撃し、森に逃げるという戦術に、無視できない損害を被り始めている。


 それに対応するため、多数の護衛を付けたのだが、襲撃側は地形を熟知しているため、隙を突かれて守り切れず、損害は増すばかりだ。


(帝国軍相手に皇国が使っていた戦術と同じだな。噂ではラウシェンバッハが帝国の侵攻を遅らせるために考えた作戦らしいが、これほど嫌らしい戦術もない。ラウシェンバッハを生かしておくことは我が国にとって大きな問題だ。何とか奴を仕留めなければならん。しかし、マルクトホーフェンに期待はできん……)


 ラウシェンバッハを排除したいが、現状では打つ手がなく、とりあえずこれ以上の損害を出すことなく、ヴェストエッケに帰還することを優先する。



 調印から三日後、我が軍は帰還するため、出発する。

 すぐに出発できなかったのは物資を補給するためだ。王国に食糧を提供させたが、丸二日掛かってしまったのだ。


 最初は王国の文官たちによる妨害行為かと思ったが、宰相であるメンゲヴァイン侯爵がグレゴリウスの即位に反対し、それに逆上したアラベラに殺され、その結果、行政府である宰相府が混乱した結果らしい。


 工作員であるペテレイトにはアラベラに暴挙を起こさせろと命じていたが、それが仇になるとは思っていなかった。


 メンゲヴァインの後任にはマルクトホーフェンがなり、奴は宰相と宮廷書記官長を兼任した。行政府と王宮を掌握したことで、マルクトホーフェンの権力は更に大きくなっている。


 出発前、マルクトホーフェンの腹心エルンスト・フォン・ヴィージンガーが私のところにやってきた。

 ただの見送りではないと思ったが、意外なことを伝えてくる。


「マルクトホーフェン騎士団五千に加え、グリースバッハ伯爵領など中部や北部から計二万の兵を呼び寄せております。既に王都の北二十キロメートルの位置で待機させており、いつでも王都に入れることができます」


 二万の兵を用意していると聞き、思わず目を見開いてしまう。


「ほう。その兵を使えば、我が軍を駆逐することもできたのではないか? 王都の兵と合わせれば三万を超えるのだからな」


 王都には一万の貴族領軍と五千の王国騎士団がいるから、計三万五千となり、我が軍より一万人以上多いことになる。


「精鋭と名高い神狼騎士団と戦えば、我が方だけでなく、貴軍も多くの兵を失うでしょう。そうなった場合、ラウシェンバッハのみが利益を得ることになります」


 今の王国軍なら三万五千だろうが、五万だろうが、我が軍なら勝利は堅い。しかし、ヴィージンガーの言う通り、無傷というわけにもいかない。


「確かにそうだな。だから近くにいるにもかかわらず、待機させていたのか」


「はい。長引くことはマルシャルク殿もお望みではないでしょうし、我々も望んではいないですから」


 王都に三万五千の兵がいれば、篭城を主張する者が多くなる。

 それ以前にグレゴリウス自身が我が軍と戦うことを望むだろう。共通の敵を排除するとして、ラウシェンバッハと和解することもできるのだから。


 二万もの兵が攻撃に参加できるのなら、決死の覚悟で我が軍に攻めかかるべきだ。しかし、そうなってはマルクトホーフェンの思惑通りに行かなくなるから進軍を止めたという。

 ここまで利己的になれるマルクトホーフェン一派に感心する。


(まあいい。マルクトホーフェンがラウシェンバッハと潰し合ってくれれば、私が漁夫の利を得られるのだからな。ラウシェンバッハがどの程度の兵力を用意するかは分からんが、子爵領とエッフェンベルク伯爵領、離脱した王国騎士団を掻き集めても二万。いや、急いでいれば、共和国に向かった兵をそのまま回すことしかできん。そうであるなら一万強といったところだろう……)


 マルクトホーフェンから得た情報ではグランツフート共和国に向かった兵力は約一万二千と聞いていた。


(無傷ということはないから、一万を割り込んでいるはずだ。王国騎士団から離脱した兵は多くても二千と聞く。三倍近い戦力差があれば、マルクトホーフェンでも勝てるかもしれん……いや、あのラウシェンバッハが二万の兵を見逃しているとは思えんから、奴の勝利は間違いないだろう。しかし、時間を稼ぐくらいはできるはずだ……)


 ラウシェンバッハの情報収集能力は尋常ではない。

 奇襲効果が得られなければ、寄せ集めに過ぎないマルクトホーフェンの軍では精鋭であるラウシェンバッハの兵に太刀打ちはできない。


(もしかしたら、我が軍が引き上げることも想定しているのではないか? 奴にとって最も重要なことはマルクトホーフェンの排除だ。我が軍と戦い、戦力を失えば、その目的を達し得ないからな……ヴェストエッケの奪還も大きな目的だが、そちらは共和国を通じた交渉で何とかなると考えるのではないか……)


 そこであることが閃いた。


(この状況を利用して奴を倒すことができるかもしれない。我々が引き上げる前提でマルクトホーフェンと戦うと考えてくれれば、大きな戦力は必要ない。奴なら王国軍に損害を与えないように知略で何とかしようとするからだ。マルクトホーフェンが相手なら充分に考えられる。そこに介入すれば、奴を討ち取れるのではないか……)


 天啓にも似た考えだった。


(無論、奴が油断していなければという前提だ。新たな戦力を補充せずに王都に向かえば、王都にいる王国騎士団を含めても一万五千を超える程度にしかならない。マルクトホーフェンの戦力を無視するわけにはいかないだろうから、いかに獣人族が主体の精鋭でも二万四千の我らが負ける可能性は低い……)


 私はヴィージンガーに情報収集を依頼した。


「ラウシェンバッハが王都に迫るようなら、我らは取って返し、卿らと共に奴を叩く。今一番危険な者は奴なのだからな。そのために奴に関する情報を我らにも提供してほしい」


「さすがはマルシャルク殿です。こちらから提案しようと思っていたことを先に言われてしまいました」


 そう言ってヴィージンガーは笑った後、真剣な表情で情報の提供を約束した。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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