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第二十一話「第三王子、王太子と面会する」

 統一暦一二一五年六月六日。

 グライフトゥルム王国南部、ラウシェンバッハ子爵領、船着き場。第三王子ジークフリート


 私は今日、マティアス卿と共に商都ヴィントムント市に向かう。同行者はアレクサンダーら護衛だけで、エンテ河を使って一日で移動する。


 船に乗り込んだが、私は兄フリードリッヒと話をするということで緊張していた。

 兄とは幼い頃に別れた後、全く交流がなく、肉親という実感がない。その兄に即位してほしいと説得するのだが、どのように接していいのか悩んでいたのだ。


「基本的には私がお話ししますので、あまり緊張されなくてもよいですよ」


 マティアス卿はいつもの優しい笑みでそう言ってくれるが、王家の者として私が伝えるべきだと考えている。

 話題を変えるため、彼の家族の話をすることにした。


「気づかいに感謝する。だが、せっかく戻ってきたのにすぐに出発することになった。状況が許さないというのは理解するが、あの子たちには悪いことをしたと思っているよ」


 オクタヴィアらマティアス卿の子供たちとはグライフトゥルム市で一緒に過ごしており、幼い妹や弟のような気持ちを抱いていた。


「仕方がありません。王国貴族の家に生まれたのですから。それに彼らも幼い子供たちを残して、私の護衛に付いてくれているのです」


 そう言って後ろにいる(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)の護衛たちに視線を向ける。

 今回は比較的安全なヴィントムント市ということで、十名の護衛が同行していた。


「今生の別れというわけでもないのです。夏までにはすべてを終わらせ、ゆっくりと過ごさせていただきますよ。まあ、ゆっくりできるかは分かりませんが」


 そう言って笑っているが、少し寂しそうな表情に見えた。


 船は昼食時に一度休憩を入れただけで、ほとんど速度を緩めることなく、川を下っていった。そのお陰もあって、夕方には約百キロメートル離れたヴィントムント市に入ることができた。


 兄は王国の高官が利用する迎賓館に宿泊しているが、私たちはそこに向かわず、宿に向かう。

 真っ直ぐ兄の下に向かうと思っていたので驚いた。


「少しでも早く兄上にお願いすべきだと思うのだが?」


「夜は人の心を不安にします。太陽の光を受けた昼間にお話しした方がフリードリッヒ殿下も心安らかに話を聞いてくださるでしょうし、こちらも感情的になりにくいので冷静に話ができます」


 あまりピンとこない。


「そういうものなのか?」


「はい。夜はどうしても昼間の疲れが出ますから、精神もそれに引きずられやすいのです。特に今日は強行軍で移動しましたから、私も殿下もお疲れでしょう。それにフリードリッヒ殿下は不安を抱えておられますから、酒に逃避している可能性があります。酔った状態ではなく、理性的に話を聞いていただける時間にした方がよいのですよ」


 最後の部分が本音のようだ。兄上が既に酒を飲み、冷静な判断ができないことを懸念しているらしい。


 翌日、午前十時頃に迎賓館に入る。

 既に先触れは出してあり、すぐに兄上に会うことができた。


 会談場所は迎賓館の中庭にある四阿(あずまや)で、鮮やかな花が咲き誇り、噴水の音が爽やかだ。これはマティアス卿が提案したことで、明るい雰囲気で話をすることで、将来に不安がないと思ってもらうためと聞いている。


 護衛は私の護衛であるアレクサンダーとヒルダ、マティアスの護衛のカルラとユーダの他に、黒獣猟兵団の護衛が目立たないように配置されていた。


 兄上は午前中にもかかわらず、疲れたような表情を浮かべながら現れた。

 私のことなど眼中にないのか、挨拶もそこそこにマティアス卿に泣きつく。


「ラウシェンバッハよ、私はどうしたらよいのだろうか? ここも安全とは思えぬのだ……」


 マティアス卿は兄上に微笑みかけながら、ゆっくりとした口調で話していく。


「王太子殿下の安全はこの私が保証いたします。亡き先王陛下より、フリードリッヒ殿下のお命を守るようにと直々に遺言をいただいておりますので」


 その話は聞いていなかったので驚いた。しかし、今は口を挟む時ではないと、兄上の反応を見る。


「ち、父上がそなたに……それは真か?」


「はい。このマティアス・フォン・ラウシェンバッハが全身全霊を捧げて、殿下をお守りいたします。そのために殿下にもしていただきたいことがございます」


 兄上はそこで怪訝な表情を浮かべた。


「私に? 危険はないのだろうな……」


「はい。危険はございません」


 そこで私が会話に参加する。

 グレゴリウス兄上の話は同じ王子である私がすべきだと、マティアス卿に事前に頼んであったのだ。


「三日前、グレゴリウス兄上は戴冠式を行われたそうで、一昨日にそのことが公表されました。主導したのはマルクトホーフェン侯爵。そして、マティアス卿の調べでは、侯爵は法国と共謀していることは確実です。このような暴挙は許されるべきではありません……」


 即位の話はここに到着してすぐに聞かされた。

 情報では三日前の六月四日に王宮内で戴冠式が行われ、一昨日王宮から父の崩御と共に公表されている。


「問題はグレゴリウス兄上が国土を売り渡す停戦協定に調印することです。調印自体は既に行われているでしょうから止めることはできませんが、フリードリッヒ兄上の協力が得られれば、それを無効にすることができるのです」


「マルクトホーフェンが法国と共謀……ようやく合点がいった。私にヴィントムント市に逃げるように言ったのはマルクトホーフェンだ。奴はグレゴリウスも後から来ると言っていたのだが、一向に来ない。私は嵌められたのだな」


 兄上の目に一瞬、力が戻った気がした。騙されたと知り、怒りを覚えたようだ。


「はい。ですので、第一王位継承権をお持ちの兄上が、グレゴリウス兄上の即位に反対する声明を発表するのです。グレゴリウス兄上の即位が無効になれば、調印そのものが無効にできます。ぜひとも兄上にその声明を発表していただきたいのです」


「グレゴリウスの即位に反対か……」


 私の言葉は、兄上には響いていないらしく、再び気だるげな表情になった。

 そこでマティアス卿が話し始める。


「フリードリッヒ殿下は王になりたいとお考えですか?」


 そのストレートな問いに、兄上は一瞬戸惑うが、すぐにサバサバとした口調で答えていく。


「正直なことを言えば、王になどなりたくない。静かに暮らせればそれでよいのだ。まあ、家族はほしいと思うが……」


「では、その願いを私が叶えて差し上げましょう」


「マティアス卿!」


 マティアス卿の言葉に思わず、声を上げてしまう。

 兄上に王位を継いでもらうことは、イリス卿を含めた三人で話し合って決めたことだからだ。しかし、私の声を無視して、兄上がマティアス卿に詰め寄る。


「卿が叶えてくれるというのか! そんなことができるのか!」


 マティアス卿はその問いにいつもの笑みを浮かべて頷く。


「もちろんですよ。具体的な話を聞いてみたいですか?」


「む、無論だ! 私は諦めていたのだ! だが、卿が、千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアスの策なら成功する! ぜひとも聞かせてくれ!」


「はい。最初に言っておきますが、王国の臣下として不遜であり、不敬な話をさせていただきます。それでもよろしいですか?」


「よい! 聞かせてくれ!」


 兄上は必死に訴える。それほどまでに追い詰められていたらしい。


「ジークフリート殿下もよろしいですか? 聞いた後に不敬罪で処分していただいても構いませんが」


 そう言って自信ありげな表情で私を見る。

 このような表情は初めてであり、気圧されたが、私は頷いた。


「兄上が聞きたいとおっしゃっておられる。私に異存はない」


 マティアス卿が不遜、不敬といったので、何となく話は見えた。

 しかし、彼が王国のためにならないことを提案することはないと、姿勢を正して彼に向き合った。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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