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第二十話「軍師、領地に帰還する」

 統一暦一二一五年六月五日。

 グライフトゥルム王国南部、ラウシェンバッハ子爵領、領都ラウシェンバッハ、領主館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 約三ヶ月ぶりに領地であるラウシェンバッハに帰ってきた。

 ランダル河での大勝利は伝わっているものの、王国騎士団が大打撃を受けて王都が危ういという情報も入っており、領民たちの顔に明るさはなかった。


 領主館に入ると、父リヒャルトと母ヘーデが私たちの子供たちと共に待っていた。


「無事に帰ってきたようで何よりだ」


 父がそう声を掛けてくれるが、王都のことが気になるのか、表情が硬い。


「「「お父様! お母様!」」」


 双子のオクタヴィアとリーンハルト、末娘のティアナが私とイリスに飛びついてきた。

 オクタヴィアたちは五歳半、ティアナは四歳半であり、これほど長く親と離れていたことがないから寂しかったのだろう。


「いい子にしていたかな」


「「「はい!」」」


 元気に返事をしながらも私と妻の足にしっかりと抱きついている。


「帰ってきたのだから、少しはゆっくりできるのでしょう?」


 母が聞いてくるが、私は首を横に振る。


「明日の朝にはヴィントムントに向けて出発します。今は一刻を争う状況ですから」


「そう……この子たちが不憫だけど、仕方ないわね。イリスさんも一緒に行かれるのかしら」


「彼女には軍を任せるつもりです。ですが、軍も数日後には出陣する予定ですので……」


「それは大変ね……子供たちのことは心配しないで。私たちが見ているから」


 母も今の状況が危険であると感じており、協力を約束してくれた。


 今度の出陣では、ラウシェンバッハ騎士団と突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)に加え、自警団員も同行させる予定だ。ラウシェンバッハ領だけで一万五千ほど、エッフェンベルク領の兵士を合わせると、二万弱になる。


 明日一日掛けて、イリスが指揮官たちとすり合わせを行い、明後日の早朝に第一陣が出発する予定だ。その後は欺瞞情報を流すため、イリスにはここに残ってもらうが、彼女も三日ほどで出発することになる。


 本来なら駐屯地に向かう必要があるのだが、ジークフリート王子から子供たちに顔を見せるように言われている。


『私には両親の記憶はほとんどないが、一緒にいたかったという思いだけは強く残っている。卿らが戦死するようなことはないと思うが、戦争である以上、その可能性はゼロではない。子供たちとの時間を作ってやってほしいんだ』


 その言葉に私たちは素直に頷き、屋敷に戻ってきた。


 子供たちに土産を渡す。


「よい子にしていたからお土産だよ」


 渡したものはヴァルケンカンプ市で買ったぬいぐるみだ。

 あまり時間がなく、大したものは買えなかったが、子供たちはそれを受け取ると嬉しかったのかいつも以上にはしゃいでいる。


「やっぱり子供たちと一緒がいいわね」


 ティアナを抱き上げたイリスが呟く。


「そうだね。早く戦を終わらせないと」


 そんな話をしながら、子供たちとの時間を楽しむ。

 まだ幼い子供たちは夜になると疲れて眠ってしまった。イリスがメイド姿に戻ったカルラと共に子供たちを抱いて寝室に向かう。


 入れ替わるように父が私たちの部屋に入ってきた。


「疲れているところで悪いが、これからのことを聞かせてくれんか」


 不安そうな表情で聞いてくる。

 王国の長い歴史の中でも、これほど深く国内に敵が攻め込んできたことはなく、国王が戦死したことも初めだ。そのため、父も不安に思っているらしい。


 今回の一連の騒動について簡単に説明した後、今後の方針について話をする。


「マルクトホーフェン侯爵と法国軍は夏までに何とかします」


「侯爵は分かるが、法国軍を何とかできるものなのか?」


 そこまで言ったところで、父は首を小さく振る。


「いや、六万五千の法国軍に勝利したお前なら可能なのだろうが……」


「問題ありませんよ。それよりも問題なのはグレゴリウス殿下と帝国です。侯爵の謀略に殿下がどこまで関与していたのかは分かりませんが、明確な証拠が見つからなくとも、即位をなかったことにし、王位継承権を放棄していただきます。その上でジークフリート殿下に即位いただくのですが、グレゴリウス殿下が生きている状況では帝国が謀略を仕掛けてこないとも限りませんから」


「ま、待て。王太子殿下ではなくジークフリート殿下に即位していただくつもりなのか!」


 父が驚くのは当然のことだろう。王太子を差し置いて、第三王子を即位させると言っているのだから。


「ジークフリート殿下にはお伝えしていませんが、フリードリッヒ殿下には王位継承権を放棄していただく予定です。恐らくフリードリッヒ殿下もそれを望んでおられるでしょうから」


 王太子の護衛である陰供(シャッテン)からの情報では、王都から脱出した際に「死にたくない。王になんかなりたくない」とずっと呟いていたらしい。


 その気持ちを持っているなら、平穏に生きていける方法を提案すれば、王位継承権を放棄するはずだ。その方法は既に考えてある。


「そうなのか? お前がそう言うのであれば、その通りなのだろうが……帝国が危険というのは理解できる。王国騎士団が敗れ、ラウシェンバッハ騎士団が王国東部から離れれば、ヴェヒターミュンデとリッタートゥルムへの後詰がなくなる。お前が構築した防衛戦略が崩れているのだから、あの皇帝なら隙を突いてくるだろうからな」


 私の考えた対帝国戦略では、渡河可能な地点であるヴェヒターミュンデ城とリッタートゥルム城で敵を拘束し、その間に王国騎士団とラウシェンバッハ騎士団が増援に向かい、敵が諦めるのを待つというものだ。


 消極的な作戦に見えるが、帝国軍の実力は王国軍を凌駕しているし、私の策略を警戒しているため、戦って退けることは難しい。しかし、数万の兵を数ヶ月にわたって維持することは帝国といえども容易ではなく、時間切れで撤退させることが現実的だ。


 問題はいずれの城も適切に防御すれば、現有戦力でも数ヶ月は耐えられるが、増援が期待できないとなると、帝国軍を止めきれない可能性があることだ。


「はい。ですので、帝国が侵攻してくる秋までに決着を付け、東の防衛体制を強化しなければならないのです。一応、秋までに決着できなくともケンプフェルト元帥閣下率いる共和国軍が援軍に来てくれることになっています。もっとも皇帝マクシミリアンのことですから、ケンプフェルト閣下が動けないように手を打ってくる可能性が高いですが」


 国境の川、シュヴァーン河は春先から初秋にかけて増水するため、渡河が難しい。しかし、十月後半から三月までは水量が落ち着くため、仮設の橋で渡河が可能となる。つまり、十月までに片を付ける必要があるのだ。


「それで私は何をしたらよい? 戦場には出られぬが、後方支援であればまだ役に立てると思うが」


 父は優秀な財務官僚だったため、後方支援を得意とする。


「父上には我が軍の補給物資の手配と共に、商人たちを使ってマルクトホーフェン侯爵がレヒト法国と共謀して今回の戦争を引き起こしたという噂を流してほしいと考えています」


「マルクトホーフェンに協力することは、法国に与することだと思わせればよいのだな。商人組合(ヘンドラーツンフト)が最も嫌う国、レヒト法国と組むようなマルクトホーフェンを支援してもよいことなどないと」


 優秀な官僚だっただけのことはあり、すぐに私の意図を理解してくれた。


 レヒト法国は農産物が特産品だが、穀物などは利益率が低い。その割には税金が高く、更に聖職者が平然と賄賂を要求してくるため、商売にならならないのだ。そのため、商人組合に属する大手の商会はほとんど進出していなかった。


 そんな国家と王国の政治を牛耳る人物が懇意であることは商人たちにとって悪夢でしかない。将来的に法国と同じようになりかねないし、実際マルクトホーフェン侯爵は国内での関税を復活させ、商業に打撃を与えている。


「我が家に積極的に投資してくれれば、共和国での商売も楽になると仄めかしてください。実際、ヴァルケンカンプ市では共和国の商人たちにずいぶん歓待されました。もっともこのことは組合も知っているでしょうけど」


 救国の英雄ケンプフェルト元帥が私のことを手放しで褒めてくれたため、共和国での私の知名度は一気に上がっている。更に産業の振興も積極的と知られ、共和国の商人たちが我が領に投資したいという話を持ってきている。


 ただでさえ、世界一の商人モーリス商会と懇意であるのに、更に共和国の商人まで支援するとなれば、ヴィントムント市の商人たちも商売のネタになると考え、我々を無下にすることはないだろう。


「その程度のことであれば、私の方でやっておこう。できる限り早く、王国の混乱を鎮めてくれ」


「はい。今回のことで多くの血が流れています。それを無駄にしないためにも、早期に正常化するように力を尽くすつもりです」


 そう言ったものの、まだ終わったわけではなく、更に血が流れると思っている。

 特に王都では不穏な状況が続いており、市民たちが犠牲にならないか心配していた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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