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第十九話「軍師、手を打つ」

 統一暦一二一五年六月四日。

 グライフトゥルム王国南部、大陸公路上。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 行軍は順調で、グランツフート共和国からグライフトゥルム王国に入り、明日には我が領地ラウシェンバッハに到着できるところまで来ている。


 そのため、長距離通信の魔導具がある商都ヴィントムントが近くなり、二日遅れ程度の高い鮮度の情報が入ってくるようになった。


 これまでに入った情報は、王太子フリードリッヒが王都を脱出し、ヴィントムント市に逃げ込んだこと、グレゴリウス王子が摂政代理として決裁を行っていること、マルクトホーフェン侯爵派に嫌気が差した兵たちが騎士団を勝手に離れ、我々に合流しようとしているとことなどだ。


 そして昨日、レヒト法国の北方教会領軍が王都シュヴェーレンブルクに迫ったという情報が入った。王都の西の丘に陣を張り、停戦協定という名の降伏勧告を行ったと聞いた。


 それらに対応するため、闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)(シャッテン)を使い、各地に指示を出したが、野営準備中に驚くべき情報が入ってきた。


 伝えてきたのは情報関係の取りまとめをしている(シャッテン)のユーダ・カーンだ。

 本来ならラウシェンバッハ騎士団の参謀が情報を取りまとめるのだが、騎士団は先行して領地に戻っており、使える人間が彼くらいしかいないためだ。


「一昨日、第四騎士団が騎士団本部を制圧したとのことです」


 一緒に聞いていた妻のイリスが驚愕し、目を見開く。そして疑問を口にした。


「第四騎士団、つまりハウスヴァイラー伯爵が騎士団本部を制圧したということかしら? 信じられないわ」


 第四騎士団長アルマント・フォン・ハウスヴァイラー伯爵はマルクトホーフェン侯爵派で、ヴォルフタール渓谷の戦いでは法国軍に怯え、命令を無視して撤退した人物だ。


「私も驚きましたが、事実のようです。もっとも全軍を掌握できたわけではなく、半数程度は従っていないとのことです。但し、第三騎士団長と総参謀長が拘束されたことから、ハウスヴァイラー伯爵に反発する部隊も動きが取れず、膠着状態に陥っているようです」


 そこでジークフリート王子が質問する。


「グレゴリウス兄上はどうなさるおつもりなのだろうか? 王宮に関する情報は?」


「王宮が騎士団に対してどう働きかけているのかはよく分かっておりません。ですが、法国軍の陣に使者が赴き、停戦協定の交渉を進めていることは分かっております」


「法国軍がそのことに気づいた可能性はありますか?」


 私の質問にユーダは首を横に振る。


「法国軍に動きがないという報告は受けていますが、気づいていないのか、それとも知った上で静観しているかは不明です」


「そもそもハウスヴァイラーが騎士団本部を制圧したけど、何が目的なのかしら? あの無能なハウスヴァイラーが権力を手に入れるために動いたとは思えないわ。それにマルクトホーフェンがこのタイミングで動くとも思えないのだけど」


 妻の疑問に私も頷く。


「同感だね。誰かに唆されたのだろうけど、マルクトホーフェン侯爵もこのタイミングで王都が混乱することは望んでいないだろうし、可能性があるとしたらマルシャルク団長くらいだ。補給線の不安があるからできるだけ早く西に戻りたいだろうからね」


 北方教会領軍の司令官ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長が仕掛けた謀略の可能性を口にする。


「誰が考えたのかは知らないけど、これでグレゴリウス王子は完全に追い詰められたわね。王都での篭城が不可能になったのだから、停戦の交渉で時間を稼いでも意味がないのだから」


 イリスの言葉にジークフリート王子が質問する。


「グレゴリウス兄上が追い詰められたとイリス卿は言うが、摂政の代理に過ぎない兄上では停戦協定の調印はできないのではないか?」


 国王が不在の場合、王太子が国王代理として摂政となる。摂政には国王と同等の権限があるが、グレゴリウスは王太子の代理に過ぎない。これまで王国では、摂政に代理が必要になるという異常事態が起きたことはなく、グレゴリウスに権限があるか微妙なところだ。


 王子の問いに私が答える。


「恐らくですが、即位して王として調印されるのでしょう。グレゴリウス殿下にその気はなくとも、マルクトホーフェン侯爵がそうなるように追い詰めていくでしょうから」


「フリードリッヒ兄上が正式に王位継承権を放棄したという情報は入っていない。そもそも父上がお亡くなりなったことも正式に発表していないのだ。グレゴリウス兄上が即位するのは無理があると思うんだが」


「常識的に考えれば、殿下のおっしゃる通りです。ですが、今は非常時。国難を乗り切るために通常の手続きを無視するしかなかったと主張されるでしょう」


 この主張自体は正しいとまでは言い難いが、認められる可能性は高い。王都を火の海にしないために仕方がなかったと言われれば、認めざるを得ないからだ。


「グレゴリウス王子の即位と停戦協定の締結は止めようがないわ。それを前提に考えるべきね」


「そうだね」


 私もイリスの認識と同じだ。


「すぐにでも軍を動かして王都に向かわせるべきよ。そして、北方教会領軍を追撃して領土を回復する。その上でグレゴリウス王子の即位は無効だったと主張するしかないわ」


 その言葉に私は頷いた。


「私も同感だね。明日ラウシェンバッハに着いたら、すぐにでもラズとハルト、ヘルマンに相談して、可能な限り早い段階で出陣させるべきだ。しかし、その前に私と殿下が王太子殿下と会って話をしなくてはならない」


「そうね。軍を動かす前にはやっておくべきね」


 妻は私の意図をすぐに理解した。しかし、ジークフリート王子はその意図を読み取れなかった。


「私がフリードリッヒ兄上と会う? それはなぜだろうか?」


「グレゴリウス殿下が即位された場合、王太子殿下に無効であると発表していただくためです。ジークフリート殿下には王太子殿下の即位を支持する旨を直接お伝えしていただきたいと思っています。こうすることでジークフリート殿下の軍、すなわち我々が国王に反乱を起こしたのではなく、反乱を起こしたグレゴリウス殿下の軍を討伐するという大義名分が得られるからです」


 本来ならフリードリッヒ王子に王位継承権を放棄させ、ジークフリート王子が即位することが望ましいが、このタイミングでそれをやると第二王位継承権を持つグレゴリウス王子に大義名分が生じてしまい、国内が混乱する。


 だから、今回は正統な王位継承を主張してグレゴリウス王子を引きずり下ろし、国内が落ち着いたところでフリードリッヒ王子に王位を放棄してもらう。これが一番混乱しない方法だと判断したのだ。


「分かった。私もフリードリッヒ兄上が王になるべきだと思う」


 ジークフリート王子はすぐに納得した。

 イリスが更に手を打つことを進言する。


「ケッセルシュラガー侯爵にヴォルフタール渓谷で街道を封鎖するように依頼してはどうでしょうか?」


 イリスが提案するが、王子は懐疑的だった。


「ケッセルシュラガー軍は餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)の攻撃を受け、二千以上の戦死者を出し、八千程度に兵力が落ちていると聞く。その程度では二万を超える北方教会領軍を抑え込むのは難しいのではないだろうか。最悪の場合、ヴェストエッケにいる世俗騎士軍一万と挟み撃ちに合う可能性もあるが」


 その問いは想定していたようで、イリスは即座に自信をもって答える。


「その点は大丈夫ですわ。ヴォルフタール渓谷は守りに徹すれば容易に突破できません。それに餓狼兵団が以前と同じように山を踏破しようとしたとしても、ライゼンドルフの魔獣狩人(イエーガー)たちに協力を依頼していますから、早期に発見できますし、罠にも掛けられるでしょう」


 ライゼンドルフは西方街道の主要な宿場町だが、魔獣(ウンティーア)が棲む森に近く、五百人ほどの魔獣狩人が活動している。その多くが、ライゼンドルフや西方街道沿いの宿場町の出身で山の中にも詳しい。


 今回の法国軍の進軍に際し、狩人たちに協力依頼を出していた。彼らは法国軍を信用しておらず、ほとんどの狩人が協力してくれることになっている。


「それに世俗騎士軍はヴェストエッケを確保するためにある程度兵力を残さなくてはなりませんから、多くても五千程度しか出陣できません。その程度であれば、元第二騎士団参謀長のメルテザッカー男爵がいらっしゃりますから、十日程度は守り切ることができます。その間、我々が北方教会領軍に迫れば、勝機は充分にあります」


 これは私と彼女で考えていた策だ。

 西方街道の西側は狭い道が続き、大軍の利を生かすことが難しい。また、山を移動できる餓狼兵団に対しては、地形を知り尽くした魔獣狩人(イエーガー)が協力してくれれば、行動を邪魔することは難しくない。


 八千のケッセルシュラガー軍で街道を封鎖し、北方教会領軍がそこを突破しようとしているところに、その後方から我々が襲い掛かる。


 こちらは獣人族(セリアンスロープ)が主体であるため、山の中の移動も苦にしないので、互角以上に戦えるはずだ。


「それに北方教会領軍には情報戦を仕掛けるつもりですから、更に有利なところで戦える可能性もあると思っています」


「情報戦?……マルシャルクを翻弄するのか……承知した。卿らの考えに従おう」


 ジークフリート王子はそう言って大きく頷いた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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