第十八話「第二王子、流される」
統一暦一二一五年六月二日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。第二王子グレゴリウス
レヒト法国軍が王都の西に布陣した。
そして、使者が訪れ、停戦の条件を突きつけてきた。
その条件は王国西部、具体的には西方街道の宿場町ライゼンドルフより西を法国に割譲すること、賠償金として一億マルク(日本円で約百億円)を支払うこと、トゥテラリィ教の布教に協力することなどで、停戦というより降伏の条件と言っていい。
回答期限は明後日の六月四日に設定されており、すぐに御前会議を招集する。
会議室には宰相であるオットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵、軍務卿のテオーデリヒ・フォン・グリースバッハ伯爵、そして叔父である宮廷書記官長ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵がすぐに集まった。
しかし、軍の代表である王国騎士団長の代理、ヴィンフリート・フォン・グライナー男爵の姿が見えない。
「グライナーがおらぬが、王都の防衛で手が離せぬのか?」
「連絡は入っているはずですが……そう言えば、伝令に出した者も戻っておりませんな」
叔父も把握していないようだ。
軍に意見を言わせないために、叔父が仕組んだと思ったが違うようだ。
もう一度伝令を出そうとした時、書記官の一人が会議室に駆け込んできた。
「申し上げます! 騎士団本部が第四騎士団によって占拠されました!」
その言葉に驚く。
「第四騎士団が本部を占拠しただと! ハウスヴァイラーは何をやっている! すぐに鎮圧させろ!」
叔父が驚いて命じるが、書記官は驚くべきことを言ってきた。
「そ、そのハウスヴァイラー伯爵が指揮を執っておりました! シュタットフェルト伯爵とグライナー男爵では国が亡ぶとおっしゃり、自分が王国騎士団を率いると宣言しておられます!」
「ハウスヴァイラー自らが指揮しているだと……」
叔父は茫然として呟いている。
「叔父上、これは叔父上が命じたことではあるまいな。そうであるなら、叔父であっても謀反の罪を問わねばならん」
俺が睨みつけながらそう言うと、叔父は慌てて否定する。
「そ、そのようなことは命じておりません! 第一、この状況で騎士団を手に入れても何の意味もありません!」
叔父の表情から見る限り、関与していないようだ。それに彼の言う通り、法国軍がすぐ傍にいる状況で、王国軍の指揮権を得ても防衛の責任を負うだけだ。
「今すぐハウスヴァイラーを召喚せよ。私自らが問い質してくれる」
「はっ! 直ちに」
叔父がそう言って頭を下げるが、その直後に会議室の外が騒がしくなる。
『王妃様! 御前会議中でございます! 何卒……』
『お黙りなさい! 私は先王の妃、次期国王の母です! ここを通しなさい!』
母アラベラが強引に会議室に入ろうとし、それを衛士が止めようとしているようだ。
しかし、衛士たちの言うことを聞くような母ではなく、会議室の扉が開かれる。
「今更会議でもないでしょう! すぐにあなたが即位し、法国軍を引き揚げさせるのです! 王都が火の海になってもよいのですか!」
ヒステリックな声が会議室に響く。
「母上、ここは政務の場です。資格のない者が入っていい場所ではありません」
冷静に言うが、そのようなことを聞く母ではないことも分っている。
「お黙りなさい! 王宮内では野蛮な法国軍が攻め込んでくると言っているのです! もし、彼らが攻め込んできたら、最初に殺されるのは王位継承権を持つあなたなのです! そのことを認識なさい!」
俺のことを心配しているように言っているが、自分が死にたくないだけだ。
そのことに吐き気がするほど嫌悪感を抱くが、今は時間が惜しい。
「だから話し合っているのです。法国の提示した条件では我が国は立ちいきません。少しでも有利な条件で停戦せねばならないのです。母上に関わっている時間などありません」
「有利な条件というけれど、今の王国に戦うことができるのかしら? 先ほどハウスヴァイラーが謀反を起こし、寝返ろうとしていると聞いたわ。寝返る手土産として、グレゴリウス、あなたの命を奪うという話も一緒に。世間の評判を恐れて、即位することなく第二王子として死にたいのかしら?」
俺が今知ったハウスヴァイラーの反乱を母が知っていることに驚いた。しかし、それ以上に聞き捨てならない言葉、世間の評判を恐れてという言葉に反発し、それ以上考えられなくなる。
「母上には関係ないことだ! 摂政として命ずる! 即刻この場から立ち去れ!」
「分かったわ。でも、この状況では王になるしかないのよ。そのことはあなたも分かっているはず。ミヒャエル、あなたが付いていながら、どうしてこうなったのかしら」
それだけ言うと、母は出ていった。
「王妃殿下の言葉も一理ありますな」
滅多に発言しないグリースバッハが暢気な声で発言する。
「どういう意味だ?」
「マルシャルクがこの状況を知れば、更に厳しい条件を突きつけてきますぞ」
「ハウスヴァイラーから指揮権を取り戻せばよいだけだ。奴に兵たちを引き留めるだけの能力はない」
ヴォルフタール渓谷の戦いで分かったことだが、ハウスヴァイラーは口先だけの男だ。兵士たちをまとめる力はない。
「しかし、ハウスヴァイラーも抵抗しますぞ。捕えられれば、謀反の罪で極刑は免れぬのですから。そうなれば、混乱が生じることは必至。マルシャルクにもこちらに大きな混乱が起きていることは伝わるでしょうから、交渉期限を無視して攻撃してくる可能性も否定できません」
いつになく饒舌なグリースバッハに疑念を持つが、ハウスヴァイラーが抵抗することは容易に想像できる。
「小職も軍務卿の意見に賛成です。すぐにでも即位いただき、停戦協定に調印すると答えるべきです。マルシャルクも有利な条件で調印できるなら、強引な手を打つこともないでしょう。そうであるなら、騎士団に混乱があっても問題はありません」
叔父の言葉に心が揺れた。
(叔父とマルシャルクが共謀しているとしても、さっきの叔父の焦りようは演技ではなかろう。だとすれば、襲い掛かってこないとも限らない。兄上が逃げた以上、俺が王になるしかないということも事実だ……)
そこで俺は腹を括った。
「分かった。即位し、停戦協定に調印する」
「殿下!」
叔父が喜びながら立ち上がるが、それを目で制して話を続ける。
「但し、停戦協定の条件については交渉を続ける。いきなり丸呑みすると言えば、向こうも疑問に思うだろうからな。叔父上、会議の後でその辺りについて相談がある」
それだけ言うと、叔父も俺が言いたいことが分かったようだ。
マルシャルクに密かに受諾する旨を伝え、法国軍が動かないようにするのだ。
「承知いたしました」
叔父が頭を下げたところで、宰相が立ち上がる。
「お待ちいただきたい! 宰相として認められませぬぞ!」
メンゲヴァインが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「王都に王位継承権者を持つ者は私しかいないのだ。他の候補などおらぬだろう」
「王太子殿下は本当に逃亡されたのですかな。宮廷書記官長が拉致し、どこかに幽閉していることも考えられます。その疑いが晴れ、王太子殿下が自ら王位を放棄すると宣言されるまで、第二王位継承権者が勝手に即位することはできぬと考えます」
言っていることは正しいし、これまでも主張していたことだ。しかし、この緊迫した状況でそれを言うことに苛立ちを感じていた。
「では宰相に問う。騎士団が混乱している今、王都を火の海にせずに法国軍の脅威を排除する方法があるのか? 卿が期待しているラウシェンバッハの軍もあと十日は現れぬのだぞ」
「そ、それは……」
「卿が交渉に行って法国軍を引き揚げさせてくれてもよいぞ。弁舌で二万以上の軍を撃退したら、卿の名は王国の歴史に刻まれるであろうな」
口先だけの宰相に嫌味を言っておく。
「具体的な策を持ち合わせぬのであれば、摂政である私の命に従え。いずれにしてもあと二日ある。その間に策が思いつくなら、いつでも聞くぞ」
摂政と言っているが、摂政は王太子である兄であり、その兄が不在であるため、俺がその代わりを務めているにだけだ。つまり、厳密に言えば、俺は摂政ではなく、その代理に過ぎず、法的に認められた権限は何一つ持っていないのだ。
ラウシェンバッハなら気づいてそのことを指摘しただろうが、愚かなメンゲヴァインはそのことに気づいていない。
「……」
宰相は悔しげな表情を見せるが、何も言い返せない。
「では、この方針で法国と交渉する」
そう言って会議を終えるが、なし崩しで即位することに納得できないでいた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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