第十七話「復讐者、王都で暗躍する」
統一暦一二一五年六月二日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、平民街。盗賊ギルド幹部ヨーン・シュミット
マルシャルクと話し合った後、俺は再び王都に戻ってきた。
(面白いことになってきた。侯爵家も兄も姉も滅べばいいのだ)
俺の本名はイザーク・フォン・マルクトホーフェン。マルクトホーフェン侯爵家の次男だ。
しかし、俺の母が身分の低い使用人であったため、兄と姉は俺のことを毛嫌いしていた。
そして、父ルドルフも兄に嫡男が生まれたことで、素行が悪かった俺を疎み、家から追い出した。
それから俺の人生は転落の一途を辿った。王都のならず者一家に入り、そこでボスの右腕と呼ばれるまでに成り上がった。
ようやく兄たちに復讐できると思った俺は、姉が第一王妃と彼女の息子たちを殺したがっていると知ると、暗殺者を斡旋し、第一王妃を殺させた。
これで姉も侯爵家も終わりだと思ったが、国王は想像以上に腑抜けだった。王宮内で殺人事件が起きたのに不問に付したのだ。
更に悪いことに、この事件の裏に俺がいたことを父と兄が知ってしまった。その結果、俺は暗殺者に狙われ、死を覚悟しながら逃げ回る日が続いた。何度か駄目だと思うようなこともあったが、何とか王国から脱出し、法国で復讐の機会を探っていた。
そんな時、マルシャルクに出会った。
彼の力を利用し、王国とマルクトホーフェン侯爵家に報復することを考え、彼の配下となった。
その後はマルクトホーフェン侯爵領の領都マルクトホーフェンに舞い戻り、盗賊ギルドで成り上がった。
前回の失敗を糧に、慎重に侯爵家に復讐し始めた。
最初は父だった。姉が父を疎ましく思っていると知り、それを利用して始末した。
苦しむ顔が見られなかったことが心残りだが、俺のことを最も蔑んでいたのは兄と姉だ。この二人には楽な死に方をさせるつもりはない。
父を始末した後、王都に戻ってきたが、以前のようにコソコソとする必要はなかった。
兄ミヒャエルが権力を完全に握ってから、王都の治安は目に見えて悪くなっていたからだ。
その原因が衛兵を含む役人たちの綱紀の緩みだ。
以前なら賄賂を受け取るにしても周囲を気にしていたが、今では堂々と要求してくるほどだ。
これほど劇的に変わったのはミヒャエルの無策もあるが、それ以上にゾルダート帝国とレヒト法国の工作員たちが暗躍しているからだ。
彼らは侯爵派の貴族たちに接触し、まともな役人たちを排除するように唆した。
それに俺も協力している。
俺も盗賊ギルドの幹部ということで、真面目で融通の利かない役人たちの情報を持っていた。それを提供しただけでなく、罠に嵌めるように不正の証拠をでっち上げている。
他にも俺自身が持つ貴族たちへの伝手も使っている。
そして、今からその伝手を使って、王都を混乱させる最後の仕上げに掛かるのだ。
俺は衣服を貴族の物に替え、第四騎士団が守る南門に向かった。
南門は大陸公路の起点に当たるところだが、法国軍が迫る中、ほとんど人通りはなかった。
南門を守る部隊の隊長らしき人物に声を掛ける。
「マルクトホーフェン侯爵閣下の使いだ。ハウスヴァイラー殿に会いたいと伝えてくれ」
大貴族の係累らしく、尊大に見えるように命じる。
「直ちに閣下にお伝えいたします。こちらでしばしお待ちを」
隊長も貴族家の子息のようだが、俺が侯爵家の使いと聞き、平身低頭といった感じで、詰所の椅子を勧めてきた。
俺は満足そうに頷くと、椅子に座って待つ。
しばらくすると、伯爵がいる建物に案内された。
ハウスヴァイラー伯爵は俺の顔を見ると、一瞬怪訝そうな顔をした。見覚えはあるが、誰だったのか思い出せないのだろう。
「人払いをお願いします」
伯爵も内密の話だと思い、人払いを命じた。
「ご無沙汰しております。イザーク・フォン・マルクトホーフェンです」
「イザーク殿? しかし……」
俺が侯爵家の使いと言い切り、更に自信たっぷりに話しているため、侯爵家から追放されたことを言い出せないようだ。
「私は父に疎まれましたが、兄はそのことを不憫に思い、密かに支援してくれていたのですよ。グレゴリウス殿下が即位されれば、私の名誉も回復していただけることになっております」
「なるほど」
伯爵は俺の嘘をすぐに信じた。
俺が言うのもなんだが、この男は昔から思慮が足りない。俺が貴族らしい格好で、更に堂々と名乗ったことから信じたようだ。
もっともこいつは勉強だけはできたらしく、王立学院では優秀な成績で卒業している。そのため、あの千里眼のマティアスをライバル視しているらしい。その話を聞いた時には笑いを堪えることができなかった。
「兄上、いえ、侯爵閣下よりご命令です」
小声で話すことで極秘任務であると思わせる。また、兄ではなく、侯爵閣下と言ったことで、俺が兄に心服しているように見せかけた。
俺の演技に伯爵は簡単に引っかかる。
「聞かせていただこう」
真剣な表情でそう言ってきたので、思わず笑いそうになるが、表情を崩すことなく、説明を始める。
「伯爵には王国軍を掌握していただきたいとのことです。具体的には第四騎士団を率い、騎士団本部を制圧。第三騎士団長と総参謀長の身柄を拘束の上、王国騎士団長代理として、指揮権を確立していただきたいとのことでした」
「騎士団本部を……ヴィージンガー子爵からは軍を率いて野戦を挑めと連絡が来ているが、そちらはどうすればよいのだろうか?」
その話はマルシャルクから聞いていた。
「ヴィージンガー子爵はある程度戦えると思っているようですが、今の王国軍が出撃すれば、大きな損害を受けるでしょう。そもそも出撃の目的は殿下に即位を促すためです。我らの派閥が王国軍を掌握し、徹底抗戦はできないと主張すれば、殿下も意地は張れますまい」
「確かにそうだな。いや、私も出撃することに不安があったのだ。法国軍が裏切れば、我が軍が壊滅し、王都が蹂躙される可能性があったからな」
そう言っているものの、勝手に出撃し敗戦したことにされれば、今度こそ責任を追及されると不安に思っていただけだろう。
「侯爵閣下もそのことを懸念されておりました。さすがは知将として名高いハウスヴァイラー伯です。閣下のお心を読み取るとは」
「それほどでもない」
露骨に持ち上げてみたら、満更でもないという感じで微笑んでいる。
伯爵との会談を終え、俺はすぐに平民街にあるアジトに潜伏する。
(ハウスヴァイラーが上手く踊ってくれれば、面白いことになる。騎士団本部を占領すれば、降伏せざるを得なくなる。失敗しても王都内で内戦に発展するだけで、混乱は大きくなるだろう。いずれにしても兄の評判を更に下げることができる。あとは姉を焚き付ければ……)
そこまで考えたところで、連絡してあった人物がやってきた。
姉の愛人、白皙の美男子クレメンス・ペテレイトだ。
「マルシャルク閣下からの命令と聞きましたが」
慇懃な態度で俺のことを小馬鹿にしていることは明らかだが、それを無視して話し始める。
「アラベラにグレゴリウスの即位を迫るように誘導してくれ」
「よいのですか? あの女が言えば、グレゴリウスは反発しますよ。そうなったら停戦協定の調印も遅れることになりますが?」
俺がマルシャルクの名を使って偽の指令を出してきたと疑っているようだ。
「確かにグレゴリウスは反発するだろうし、ミヒャエルも困惑するだろうな。だが、第四騎士団が騎士団本部を制圧すればどうだ?」
「騎士団本部を制圧……なるほど、無能なハウスヴァイラーが軍を掌握するとなれば、篭城という選択肢は採れないと考えるでしょうね。そして、周囲にはあの女の言葉で即位を決意したという噂を流す。そうなれば、グレゴリウスはますます孤立するでしょうし、侯爵もあの女が説得できたのに不甲斐ないと思われることでしょう……なかなか悪辣な手ですね」
ペテレイトの言う通り、徹底抗戦を諦めさせ、更にミヒャエルとグレゴリウスの両方の評判を下げる手だ。
「あの女にはできるだけ強引に迫るよう指示してほしい。第一王妃を殺したことなど忘れたように我が物顔だったと思わせたいからな」
「あなたの恨みも相当根深いようですね……いいでしょう。我々の利害は一致していますから」
ペテレイトはイケメンらしい笑みを浮かべてそう言うとアジトから出ていった。
(お前に何が分かる……まあいい。法国との関係ももうすぐ終わりだ。マルクトホーフェン侯爵家に復讐できれば、奴らとつるんでいる必要はないのだからな……)
今回のことが終わったところで、俺はマルシャルクらと手を切り、王国から去るつもりだ。
理由はラウシェンバッハたちが戻れば、王都の治安は回復するだろうし、暗躍していたのが誰か調べるだろう。
そうなれば、俺の存在が露見する可能性は高い。何と言っても奴には闇の監視者が付いているのだ。
もちろん、今でも危険だ。奴の目がどこに光っているのか分からないのだから。
しかし、マルクトホーフェン侯爵家が滅ぶ姿を見るまでは離れられない。もっともミヒャエルたちが苦しむ姿が見られるなら、俺自身が破滅してもいいとは思っている。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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