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第十六話「白狼騎士団長、策を練る」

 統一暦一二一五年六月二日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク郊外、レヒト法国軍陣地。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 王都シュヴェーレンブルクから二キロメートルほど離れた丘に我が軍は布陣している。

 王国軍と戦ったヴォルフタール渓谷からでも六百五十キロメートルほどの距離を行軍してきた。


 敵国内でこれだけの距離の行軍し、大きなトラブルがなかったことは我が北方教会領軍の能力の高さを示していると言っていいだろう。


 ヴォルフタールで勝利した後、わざわざここまで進軍してきたのは、王国との停戦協定の締結に際し、大軍を見せつけ、こちらに有利な条件を押し付けるためだ。これは元々考えていたことで、交渉に関する全権を総主教猊下より委ねられている。


 ここに到着する前、マルクトホーフェンからとんでもない情報が送られてきた。

 それは東方教会領軍を主力とする六万五千の法国軍が、共和国と王国の連合軍四万二千に完膚なきまでに叩きのめされたという情報だった。


(聖竜騎士団も不甲斐ない。僅か一日で壊滅的な敗北を喫するとは……)


 私の想定では勝利できなくとも、双方合わせて十万を超える軍の激突ということで、勝敗が決するまでに一ヶ月程度は掛かると見ていた。そうなれば、会戦の結果が王都に届くのは最速でも六月中旬頃で、援軍が期待できない王国の心を折ることは難しくなかった。


 しかし、五月中旬には共和国と王国の連合軍の勝利が伝えられ、ヴォルフタール渓谷の戦いでの敗北を聞いても、ラウシェンバッハらが戻ってくるという希望を持ってしまった。


 マルクトホーフェンの予想では、共和国から戻ってくるのは最速で六月中旬とのことだが、相手はあのラウシェンバッハだ。いつ現れてもおかしくなく、早期に停戦交渉を終え、ヴェストエッケに戻る必要があるのだ。


 そんな状況の中、ある人物が陣を訪れた。

 それは私が王国に送り込んだ工作員ヨーン・シュミットだ。


 ヨーン・シュミットだが、没落した王国貴族ではないかと考えていたため、あまり期待していなかった。王国貴族は無能な者が多く、そんな中ですら生き残れない者に期待などできないからだ。


 しかし、王国に送り込み、いろいろと工作を行わせた結果、当初予想していた以上の成果を上げた。


 そのため、ただの没落貴族ではないのではないかと考え、彼について調べさせた。

 その結果、マルクトホーフェン侯爵の弟、イザークではないかという結論になった。


 イザークは十五年前、王立学院高等部で不正を行い、当時の侯爵ルドルフの逆鱗に触れて侯爵家から追い出された。その後、闇社会に落ち、我が国に流れてきたらしい。


 シュミットは王国に潜入すると、マルクトホーフェン侯爵領の領都に潜伏し、盗賊ギルド(ロイバーツンフト)の幹部に成り上がった。そして、第二王妃アラベラに暗殺者集団を斡旋するなど、王国の混乱に寄与している。


 現在は私が送り込んだクレメンス・ペテレイトと連携し、再び王宮を混乱させようとしていた。

 そんな彼が私の下を訪れたのだ。


 シュミットは私の天幕に入ると、すぐに王都で行った工作について説明していく。


「マルクトホーフェン侯爵、第二王妃、侯爵派の貴族、そしてグレゴリウス王子の悪評を噂として流しました。王国騎士団の兵の多くが王都に残らず、ラウシェンバッハに合流しようと東に向かっています。王宮は侯爵が掌握しているようですが、宰相府の文官の多くが出仕を拒否しているようです。今なら王都を攻略することは容易でしょう」


 マルクトホーフェンからも同じ情報が来ていた。王国騎士団は王都に帰還した一万二千のうち、王都の防衛に参加する兵力は僅か五千。シュミットが言うように二、三千が王都を出たが、残っている者も指揮官に不信感を抱き、負傷などを理由に原隊に復帰しないらしい。


 マルクトホーフェンからは減った理由の説明はなかったが、シュミットが暗躍していたようだ。私としては満足できる状況だが、目の前の男は侮れない。そのため、釘をさすことにした。


「王都を混乱させたことはよい。だが、兵士がラウシェンバッハに合流するのはいただけんな。一番厄介な奴に戦力を与えることになるのだからな」


 私の指摘にシュミットは表情を変えることなく答えていく。


「長期的に見ればそうでしょうが、今は時間を稼ぐことが重要。ラウシェンバッハとエッフェンベルクが有能であっても、バラバラに集まる兵を再編するには時間が掛かります。それに数千の兵が合流すれば、兵站に大きな負担を掛けることができます。そう考えれば、一週間から十日ほどは時間を稼げると思っていますよ」


 今は一分一秒でも時間が貴重であり、私も同じことを考えていたが、そのことはおくびにも出さない。


「まあいい。民衆の不安を更に煽れ。グレゴリウスが不利な協定を結ばざるを得ないように追い込むのだ」


「承知しました。マルクトホーフェン侯爵についてはどうしたらよいですか? このままでは、ラウシェンバッハが王都に到着すれば、グレゴリウスは侯爵を排除すると思いますよ」


 マルクトホーフェン侯爵家にいただけあって、なかなか鋭い。


「それについてはこちらで対応する。お前は兵と民の不安を煽ってくれればよい」


「了解です」


 それだけ言うと、シュミットは天幕を出ていった。


 一人になった後、私は今後のことを考えていた。


(マルクトホーフェンはグレゴリウスを即位させ、国王として協定に調印すると約束した。しかし、東方教会領軍が敗れ、多数の捕虜を得たという情報はグレゴリウスの耳にも入っているだろう。一方的に有利な状況での交渉であったはずが、ラウシェンバッハのお陰で対等に近い条件になってしまった……)


 マルクトホーフェンからの情報では、我が国の兵士二万が捕虜となり、東方教会領の都市クルッツェンが占領されているらしい。


 我々もヴェストエッケを占領し、守備兵団一万一千と市民五万を虜囚としているが、東方教会領軍は壊滅状態で、万が一交渉が決裂すれば、領都キルステンまで奪われる恐れがある。


 また、王国は時間が経てば、精鋭であるラウシェンバッハの軍が戻ってくるが、我が軍は敵中深くに孤立し、増援の可能性はない。


 一応世俗騎士軍一万がヴェストエッケと西方街道を確保しているが、王国西部の大貴族ケッセルシュラガー侯爵の軍が八千程度は残っている。


 ケッセルシュラガー軍は一度撃退しているものの侮れない。先の戦いでも餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)がいなければ、輜重隊が全滅した可能性すらあった。

 そのため、世俗騎士軍を後方の安全確保に残さざるを得ず、こちらに派遣することができないのだ。


(ラウシェンバッハはこうなることを想定して、東方教会領軍と早期決戦を行い、こちらに戻ってくるのだろう。奴にはどこまで見えているのだろうか? 恐らくマルクトホーフェンが裏切っていることも知っているはずだ。しかし、シュミットのことは知るまい。そこに付け込む隙は無いか……)


 状況を見れば、王国内に裏切り者がいることは明らかだ。裏切り者がマルクトホーフェンであることは容易に想像できる。そして、私とマルクトホーフェンの間に信頼関係がないこともラウシェンバッハでなくとも看破できるはずだ。


(いくら“千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアス”でも、シュミットの存在までは見通せまい……)


 シュミットが思ったより使えたため、奴を活用できないかと考え始める。


(シュミットを使ってグレゴリウスを追い詰める。上手くいけばマルクトホーフェンはもちろん、ラウシェンバッハすら出し抜ける……シュミットが情報操作に成功したのはラウシェンバッハの手の者が王都にいないからだ。この機を逃すべきではないな……)


 私は副官を呼び、先ほど出ていったシュミットを呼び戻させる。

 そして、二人でグレゴリウスを追い詰める策を考えていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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