表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/297

第十五話「総参謀長、絶望する」

 統一暦一二一五年六月一日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、騎士団本部。総参謀長ヴィンフリート・フォン・グライナー男爵


 レヒト法国の北方教会領軍が王都に迫っている。

 しかし、王国軍の士気は低く、王都を防衛できるのか不安しかない。


(マルクトホーフェンは王国を裏切っている。奴がいる限り、我々に勝利はない。しかし、私には何もできない……)


 兵士の士気が低いのは四日前の王国の対応が原因だ。

 ヴォルフタール渓谷の戦いで勝手に撤退した第四騎士団長ハウスヴァイラー伯爵やマルクトホーフェン侯爵派の隊長たちが帰還した。しかし、彼らは厳しい処分を受けなかった。


 それを主導したのがマルクトホーフェン侯爵だった。

 侯爵は御前会議の場で、こう言い放った。


『法国軍が迫る中、指揮命令系統を混乱させるような処分は行わず、王都防衛で功績を上げさせ、その功績を持って罪を相殺するとした方がよいでしょう』


 その言葉に摂政であるグレゴリウス殿下は反発した。


『信賞必罰は譲れぬ。先王陛下の死に対する責任を追及せずして、兵や民の信頼は勝ち取れぬからな』


『では、誰をどのように処分するのでしょうか? 調査を行っている間に法国軍が王都に迫ってきますぞ。その時に指揮官がおらねば、どうにもなりますまい』


 殿下はその言葉にも反論した。


『とりあえずホイジンガーの公文書に名を連ねている者だけを処分すればよい。その他の者は戦後に精査し、処分すればよかろう』


 グレゴリウス殿下は若いながらも自分の考えをしっかりと持っておられると感心するが、それに侯爵が反論する。


『ホイジンガー伯爵が私怨で告発している可能性もあります。告発者が死亡しているのですから、きちんと証拠を集めなければ、それこそ信賞必罰の原則に外れるのではありませんかな』


 侯爵の言葉に殿下が悩み始める。

 侯爵が言っていることは一見正しいように聞こえるが、今回は完全に的外れだ。


 戦場での司法権は総司令官にある。そのことは騎士団改革によって軍法に明記されており、ホイジンガー伯爵の文書が偽でない限り、公文書に記載された内容は効力を発揮するのだ。私はそのことを指摘しようと発言を求めたが、侯爵が発言を認めない。


『騎士団長代理であるグライナーに発言させないのはなぜだ? 発言を許してやるべきだろう』


 殿下が私に発言の機会を与えてくれようとしたが、侯爵が更に妨害してきた。


『御前会議の進行は宮廷書記官長の職務でございます。摂政である殿下にも秩序はお守りいただきたい』


 侯爵の言葉に殿下が反論した。


『宮廷書記官長の言葉とは思えんな。御前会議の議長は国王だ。宮廷書記官長はあくまで国王の委任を受けて会議を進行しているにすぎん。摂政である私が許す。グライナーよ、言いたいことがあれば言ってみよ』


『はっ! それでは……』


 私が発言しようとした瞬間、侯爵が立ち上がった。


『衛士たちよ! グライナーを排除せよ! 御前会議の進行を妨害する行為は目に余る!』


 侯爵は強引な手を打ってきた。

 扉の外で警備していた衛士たちがワラワラと会議室に入り、私に駆け寄ってくる。


『やめよ!』


 グレゴリウス殿下が一喝すると、衛士たちは動きを止める。


『摂政である私が許すと言っている! 叔父上は何ゆえ、私の権威を侵そうとするのか!』


『宮廷内での諸事は宮廷書記官長の職分です。それに従い、国政に悪影響を与える行為を取り締まる。それだけでございます』


 それだけ言うと、衛士たちに目で合図を行った。


『殿下! ホイジンガー閣下は戦場での総司令官の権限として、ハウスヴァイラー伯爵らを処分せよと命じておられます! これは軍法にも記載された正当な行為! これを覆せば、王国軍は……』


 そこで私は口を塞がれ、会議室から追い出された。


 その後どのような議論がなされたのか、私は聞いていない。しかし、ハウスヴァイラーらは譴責だけという信じられないほど軽い処分で済まされたという結果を聞いた。


 理由も聞いてみたが、王国軍の実質的なトップ王国騎士団長が空席で、更に王国の大元帥たる国王も不在という状況では処刑を含む処分はできないということで、後日正式に裁判を行うという話だった。


 譴責された理由だが、このような疑いを持たれたことは貴族としての心構えがなっていないというということらしく、それを聞いた私は愕然とした。


(これでは軍法などないようなものだ。兵たちに対する影響は計り知れん……)


 私自身も御前会議の場での不規則発言ということで三日間の謹慎処分を受けた。敵前逃亡より厳しい処分に怒りが込み上げるが、王都を掌握しているのはマルクトホーフェンであり、何もできなかった。


 そして今日、ようやく謹慎期間が終わり、三日振りに騎士団本部に入る。しかし、本部の中はギスギスとした空気に包まれていた。


 ハウスヴァイラーらマルクトホーフェン侯爵派が騎士団本部を我が物顔で歩き、参謀本部を無視して命令を出しており、それを私の部下の参謀たちが咎めていたのだ。


「第四騎士団長に王国軍全体に対する命令を出す権限はありません! 王国騎士団長代理である総参謀長閣下が現在の最高司令官なのですから!」


 ハウスヴァイラーは若い参謀を一瞥すると、侮蔑の表情を浮かべる。


「貴様は平民であったな。伯爵家当主たるこの私にそのような口を利くとはいい度胸だ。こいつを摘み出せ!」


 ハウスヴァイラーの後ろにいた若い騎士が参謀に詰め寄る。

 そこで私が間に入った。


「ここで何をしているのだ? 第四騎士団にも王都防衛の任が下っていたはずだが?」


 謹慎中にも私のところには情報部経由で情報は入っている。

 グレゴリウス殿下が王国騎士団と貴族領軍に王都防衛の命令を出したことは聞いていた。


「王都防衛の兵がおらぬ。その兵を集めようとしたが、そこの平民が邪魔をしたのだ」


「兵がいない? 第四騎士団はヴォルフタールで戦っていなかったはずだが?」


 兵がいない理由は知っているが、あえて聞いてみたのだ。

 ハウスヴァイラーは私を睨みつけながら吐き捨てる。


「平民の隊長どもが兵を唆し、脱走したのだ! だから平民は信用できんのだ!」


 命令を無視して戦場を離れ、告発された者とは思えぬ発言だが、そのことを指摘すると更に揉めるため、口には出さない。


 彼の言う通り、第四騎士団は定数五千から二千人ほどに減っている。

 理由は友軍を見捨てて逃げ出したハウスヴァイラーに愛想を尽かせたためで、王都に戻ってハウスヴァイラーの命令を聞くより、東部に行ってマティアス殿の指揮下に入る方がいいと考えたようだ。


 兵たちの気持ちは分からないでもないが、王国騎士団は指揮官の質こそ落ちたものの、兵の忠誠心は高いままだった。


 その兵たちが強い怒りを覚えたとはいえ、勝手に騎士団を離脱したことに疑問を持っている。そのため、調査したいのだが、他に優先順位が高いものが多く、手が回らない。


「いずれにせよ、第四騎士団は南門の防衛を担当しているのだ。減っているとはいえ、現有戦力でも問題ないのではないか。それとも自信がないのかな?」


「……」


 私の挑発に乗ってこないが、殺意を込めて睨みつけてくる。


「それに他の部隊から兵を引き抜けば、どこかに防御の穴ができる。その程度のことは分かっていると思うのだが、何がしたいのだ?」


「余剰戦力があれば回せと命じにきただけだ。ないなら仕方あるまい」


 城門と城壁の一部を守るだけなら、二千の兵で充分だ。理由を問うが、ハウスヴァイラーは明確に答えなかった。


 不審な点は多々あるが、それを追及している時間はない。

 三日間の謹慎期間のせいで、防衛計画の策定もままならず、明日にでも到着する法国軍を迎え撃つ作戦を実行するため、徹夜で作業しなければならないからだ。


 ハウスヴァイラーが去った後、私は参謀たちと防衛計画を精査していく。

 一応、計画自体は策定されており、そこに現状の兵力を当てはめていくだけだが、王国騎士団が酷い状態だった。


 第一騎士団と第二騎士団はほぼ壊滅の状況で合わせて二千ほど残っているが、負傷者の怪我は癒えたものの復帰してこない者が多く、戦力にならない。


 第三騎士団は法国軍の追撃を防ぎながら撤退したため負傷者が多く、治癒が追いついていない。現状では三千ほどしか戦力として数えられない状況だ。


 第一騎士団と一緒に居た貴族領軍だが、五千のうち二千程度が戦死し、生き残った兵は治療が終わった者も含め、それぞれの故郷に戻っている。ハウスヴァイラーらマルクトホーフェン侯爵派に愛想を尽かせたのだ。


 結局、出陣した二万二千のうち、五千ほどしか使えない状況なのだ。

 王都に招集した貴族領軍と合わせても一万五千ほどしかなく、法国軍の三分の二程度でしかない。


 それだけなら城壁を使っての防衛ということで何とかなるのだが、部隊の編成がおかしくなっており、そのままでは配置できなかったのだ。


 本来なら三十名が定員である小隊に五名しかいないとか、三個中隊で構成される大隊に一個中隊しか残っていないなど、部隊としての単位すらおかしくなっている。


(この状況で防衛戦が可能なのか? マティアス殿が戻ってくるまで最短でもあと半月ほどは必要だ。しかし敵には急峻な山をものともしない獣人族部隊がいる。そんな相手に半月も篭城が可能なのだろうか……)


 一応、食糧や物資は掻き集めており、王都の民の分を考慮しても一ヶ月程度は優に篭城できる。しかし、敵は精鋭であり、王都より堅い守りのヴェストエッケ城を攻略している。そう考えると、半月も耐えられるとは到底思えなかった。


(マティアス殿、やはり私には総参謀長は無理ですよ。こんな状況で何とかできるのはあなたくらいだ……)


 絶望的な状況の中、私は徹夜で部隊の再編の検討を行っていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ