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第十四話「第二王子、苦悩し、そして嫉妬する」

 統一暦一二一五年五月二十一日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。第二王子グレゴリウス


 ヴォルフタール渓谷の戦いで我が軍が敗北し、父フォルクマーク十世が死んだという情報が入ってから五日が過ぎた。

 王宮から発表したわけではないが、すぐに王都内に噂が広まり、民たちが動揺している。


 民たちが動揺している大きな要因はレヒト法国軍が王都に向かって進軍しているためだが、兄フリードリッヒが王都を捨てたという噂もそれに輪を掛けている。

 叔父であるマルクトホーフェン侯爵から兄の逃亡を聞いた時には、俺ですら驚き困惑した。


『兄上が王都を捨ててヴィントムントに逃げたと叔父上はおっしゃるのか?』


 叔父は俺の問いに大きく頷いた。


『私の方でそうなるように誘導いたしました。フリードリッヒ殿下に次期国王たる資格なしとするには、これが一番有効な手ですので』


 平然と言う叔父に、俺は激怒した。


『何を考えているのだ! 今は法国軍を撃退し、国土を取り戻すために挙国一致で当たらねばならん時なのだぞ! 王家が不信を持たれるようなことは慎まねばならんのだ! その程度のことは叔父上も理解していると思っていたのだが、俺の買い被りだったようだな!』


『もちろん理解しておりますよ。法国軍が本気で攻めてくるならですが』


『どういうことだ? 法国軍は本気ではないと……まさか、叔父上は法国と……』


 最初は疑問が浮かんだが、すぐに叔父の言っている意味を理解し、言葉を失う。


『手など結んでおりません。法国の連中を信用することなどできませんから。あくまで奴らを利用するだけです』


 自信満々にそう言い切られたが、心の中に不安がもたげてくる。


『父上の戦死も叔父上の差し金ではなかろうな?』


 父の出陣を強く迫ったのは叔父だ。


『陛下は王国のために立ち上がられ、武運拙く戦死されたのです。それ以上でもそれ以下でもありません』


 その言葉を聞き、叔父が画策したことだと確信した。

 その後、叔父を問い詰めたが、詳細は語らなかった。また、兄が逃げ出したということもあって、俺が国王代理となって政務を執り行わなければならないため、叔父を問い詰めることができずにいた。


 更に叔父は俺に即位を促してきた。


『先王陛下が身罷られ、第一王位継承権を有する王太子殿下が王都を捨てて逃げられました。第二王位継承権をお持ちの殿下が即位されるべきです。この国難を乗り切るためのご英断をお願いします』


『国難などと、どの口が言うのだ……』


『殿下、目的のために手段を選んでいてはなりません。我が国を守るためには、先王陛下や王太子殿下では明らかに力不足。そのことは私どもの間で共通認識だったはずです』


 確かに無能な父や兄では法国や帝国の脅威に対抗できないから、俺が王になるしかないと思っている。そのことについて何度も話し合ったことも事実だ。


『既に賽は投げられたのです。殿下がここでご決断されなければ、本当に法国の属国となってしまいますぞ。確かに私が独断で進めたことは間違いであったかもしれません。ですが、もう後戻りはできないのです。王国のために何卒ご決断を』


 そう言って迫ってきたが、俺は了承することなく保留している。

 保留した理由は父を死に追いやり、兄を騙して逃亡させたというやり方が納得できなかったこともあるが、それ以上に叔父が信用できなかったからだ。


(叔父は無能ではない。それは認めよう。だが、命運を託せるほどの能力を持つかと言われれば首肯などできん。ラウシェンバッハとは言わぬが、グレーフェンベルク程度の能力があれば、我が命を預けることもできるのだが……)


 叔父の能力は現在の政敵である宰相のメンゲヴァインに大きく勝っている。しかし、それは比較対象が無能すぎるためだ。今後立ちはだかるであろうラウシェンバッハやエッフェンベルクに大きく劣る。

 実際、叔父が彼らに勝っているのは運だけだ。


 運がいいというのは叔父の政敵が次々と退場したためだ。

 最大の政敵であったグレーフェンベルクは病に倒れ、ラウシェンバッハとエッフェンベルクの協力を得たレベンスブルク侯爵も最愛の娘と信頼する弟を疫病で失い、心が折れた。


 その後、ラウシェンバッハが独自に動き始めたが、彼も疫病に倒れ、更に母アラベラの放った暗殺者がまぐれに近い形で死の淵にまで追いやることに成功している。

 そのいずれもが叔父の能力とは無関係なのだ。


(そう考えると、祖父は偉大だったのだな。少なくとも家臣を使いこなし、多くの政敵を葬って侯爵家を王国一の大貴族にのし上げたのだから。運などというあやふやなものに頼っていない……)


 祖父である先代のマルクトホーフェン侯爵ルドルフが優れていたかは、定かではない。俺が物心ついた頃には家督を譲っていたためだ。しかし、異才と言うべきアイスナー男爵を心服させただけでなく、彼の言葉を信じて行動する度量を持っていた。


 一方の叔父ミヒャエルだが、彼自身もそうだが、腹心であるヴィージンガーも本人が思っているほどの能力はない。


 アイスナーほど貴族社会に通じているわけでも、貴族たちの弱点を的確に突くような才があるわけでもない。また、ラウシェンバッハのように斬新な手を打てるわけでもいないのだから。


(所詮、王立学院高等部を首席で卒業しただけの秀才に過ぎん。記憶力がよいだけでは役に立たん……)


 今回の策も恐らくヴィージンガーが叔父に提案したのだろうが、あまりに近視眼的すぎる。


(ヴィージンガーも叔父も目の前のことにだけに気を取られ、長期的な視点が欠けている。俺ですら法国を利用する策など将来に禍根を残すと分かるのに、それに簡単に飛びつくのだから……ラウシェンバッハならば、世界の情勢を俯瞰的に見た上で、十年先、二十年先を見据えて策を献じてきたことだろうな……)


 しかし、叔父は俺を王にすること、そして、その後に俺を傀儡にし、国政を牛耳ることしか頭にない。


(俺が即位したとして、家臣や民がどう思うか……兄を騙して追い落とし、至尊の地位に就いたとしか思わぬはずだ。そんな王が本当の意味で国を率いていけるはずがない。まあ、叔父にとってはその方がよいのだろうが、ラウシェンバッハやエッフェンベルクが黙って見逃すはずがないのだ……)


 懸念しているのは、叔父が法国と共謀したことが発覚した後のことだ。


(もしバレれば、俺自身も関与していると思われる。そうなったら俺の評判は地に落ちるどころの話ではない。ただでさえ、母や叔父と同じに見られて迷惑しているのだ。仮に兄が王位継承権を放棄したとしても、家臣たちはジークフリートの即位を望むだろう……)


 ラウシェンバッハとエッフェンベルクがジークフリートに付いたのも、叔父たちへの反発が大きいはずだ。


 ラウシェンバッハは母アラベラの放った暗殺者に殺されかけたし、エッフェンベルクは最愛の妻を失った時に叔父の罠に嵌まり、騎士団長を辞任させられている。


 二人が叔父や母に恨みを持ち、俺に対して敵意を持つのも仕方がないことだ。

 この状況で彼らの協力が期待できないということは、叔父の言う通り、俺自身が王となって国を動かさなくてはならないということだ。


 俺自身は叔父の悪巧みに関与していないし、王が死に、第一王位継承権者である兄が逃げ出したことは事実だ。


 それにラウシェンバッハが戻ってくるのはまだ一ヶ月以上先だろう。その間に法国軍が王都に迫ってくることは間違いなく、王国を守るためには俺自身が手を尽くさなくてはならないのだ。


(叔父の言いなりになるつもりはない。ならば、ここは叔父の思惑に乗った振りをしておき、ラウシェンバッハとエッフェンベルクが王都に戻り次第、彼らを重用すればよいだけではないか……)


 そんなことを考えるが、大きな問題があった。

 俺には側近と呼べる者がいないのだ。

 そのため、叔父に知られずに彼らと接触することは難しい。


(大賢者でも来てくれれば、彼女に連絡を取ってもらうことも可能なのだが、ラウシェンバッハが死にそうになってから、王都に来ることは稀だ。父の葬儀が行われれば来るのだろうが、その目処は全く立っていないからな……)


 父フォルクマーク十世の死については未だに発表していない。

 俺自身はすぐにでも公表し、弔い合戦という形で士気を上げたかったのだが、叔父が反対しているのだ。


『ご遺体もない中、先王陛下の死のみを公表すれば民が動揺します。殿下の即位と合わせる形でなければ、小職は賛成できかねます』


『言わんとすることは分かるが、既に民は動揺しているのだ。それに次の国王となる者が葬儀を取り仕切れば、即位という形にする必要はないはずだ。それよりも民たちの混乱を抑え、兵たちの士気を上げる方がよい』


 そう言って反論したが、叔父は首を縦に振らなかった。


『民は愚かなのです。誰もが分かる形で示さねばなりません。それにこのままではジークフリート殿下が漁夫の利を得ようと画策する可能性もあります。何と言ってもジークフリート殿下には稀代の策謀家ラウシェンバッハがついておりますので』


『それはあり得ぬ。いかにラウシェンバッハといえども、第二王位継承権を持つ俺を無視してジークフリートの即位に動くことはあるまい。彼は叔父上と違い、野心家ではないからな』


 嫌味を言うが、叔父は意に介さなかった。


『ラウシェンバッハも一度死の淵を彷徨ったのです。以前のままとは限りますまい。それにジークフリート殿下も同様です。自ら王都に戻ってきたということは野心を持っていると考えた方がよいでしょう』


 言わんとすることは分かるが、疑い始めればきりがない。

 叔父との話は最小限にするようにしているが、日に日に叔父の圧力が強まっており、俺自身も参り始めている。


(信頼できる者が近くにいないということがこれほど辛いとは思わなかった。父上もこのような思いをしていたのかもしれないな……そう考えるとジークフリートは恵まれている。ラウシェンバッハとエッフェンベルク、更にイスターツも幕下に加わるのだから……)


 俺の心に初めて弟に対する嫉妬心が生まれた。


(なぜ俺ではなく、ジークフリートなのだ! 辺境に隠れていただけではないか! 突然現れ、有能な者たちを次々と側近に加えていく……俺のように孤独を感じることなどない。なぜ弟だけ……)


 一度生まれた嫉妬の炎は消えそうになかった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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