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第十二話「王太子、弱気になる」

 統一暦一二一五年五月十五日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。王太子フリードリッヒ


 父フォルクマーク十世が討ち取られたという報告があり、今後の方針を決めるための会議が行われる。


 会議室には宮廷書記官長のミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵が余裕の表情で椅子に座っている。


 逆に青い顔をしているのは宰相オットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵と軍務卿のテオーデリヒ・フォン・グリースバッハ伯爵だ。

 全員事情を知っており、事前にグライナーから概要の説明を受けていたらしい。


 そして表情を消した王国騎士団長の代理である総参謀長であるヴィンフリート・フォン・グライナー男爵が会議の開始を静かに待っている。


「グレゴリウスがおらぬが?」


 私が問うと、マルクトホーフェンが笑みを湛えて答えた。


「グレゴリウス殿下は貴族領軍の視察に出ておられ、連絡がつきませんでした。もっとも殿下は元々オブザーバーですので、ご欠席でも問題ありますまい」


 王国騎士団が出陣したため、王都の守りが薄くなったので、貴族たちに兵を出すように命じ、今では一万人ほどが王都に駐留している。


 私に答えた後、マルクトホーフェンが切り出した。


「国王陛下のお命を直接狙ったことを考えると、敵の狙いは王族の方々と思われます。白狼騎士団長のマルシャルクは王国の象徴であるグライフトゥルム王家を根絶やしにすることを狙っているのではないかと愚考いたします」


「領土ではなく、私を狙っていると申すのか!」


 驚きのあまり、思わず声を張り上げてしまう。

 マルクトホーフェンは表情を変えることなく、私の声に答える。


「状況を見る限り、その可能性が高いと考えます。いくら野蛮な法国軍とはいえ、一国の王に対し、降伏を促すことなく殺害した上、御首級(みしるし)を晒すようなことはしないでしょう。意味があるとすれば、グライフトゥルム王家の権威を認めないという意思表示。つまり、王家の方々をことごとく討ち取ると宣言したに等しい行為であると考えます」


「た、確かにそうかもしれん……」


 一人で考えていたことを口に出されると、一気に不安になった。


「王太子殿下とグレゴリウス殿下には安全なヴィントムント市に一度退避していただき、そこで我が軍が法国軍を追い払うまでお待ちいただきます。ヴィントムントは城塞都市としても堅固ですし、最悪の場合は船で脱出も可能ですから、王都より安全であることは間違いありません」


「確かにそうだが、それでは兵や民を見捨てて逃げることになるのではないか?」


「では、こう発表してはいかがでしょうか。王太子殿下とグレゴリウス殿下は法国軍が自分たちを狙ってくると知り、王都から引き離す囮として、兵を率いずにヴィントムントに向かったと。兵を率いて王都を出れば、見捨てたように見えますが、戦力を残しておけば、兵や民も殿下たちが囮になってくださったと感謝することでしょう」


「それはよい!」


 そこでグライナーが声を上げる。


「殿下! それでは兵の士気が保てませんぞ!」


 それに対し、マルクトホーフェンが激高する。


「発言は認めておらん! それに兵の士気を保つのは騎士団の仕事であろう! 殿下に戦場に立てというつもりか!」


 戦場に立つという言葉で身体が震えた。


(父上と同じように殺されてしまう……絶対に嫌だ……それに父上も無理はするなと遺言を残したのだ。無理をする必要はない……)


 グライナーも声を張り上げて反論する。


「戦場に立つ必要はありません! 次期国王たる殿下が後方の兵に声を掛けるだけでも兵たちは奮い立つのです! どうか、お願いします! 殿下が王都を捨てれば、王都は敵に……」


 その言葉に私の怒りが爆発する。


「黙れ! 私は王都を捨てるのではない! 囮となって敵を引き付けるのだ!」


「し、しかし……」


「黙れといった! 私とグレゴリウスはヴィントムントに入り、敵をおびき寄せる! これで決まりだ!」


 私の勢いにグライナーは反論できない。

 そこでマルクトホーフェンが止めを刺した。


「では、決まりですな。お二人が同時に王都を離れれば、民たちが不審に思います。まずは王太子殿下が出発し、グレゴリウス殿下はギリギリまで留まっていただきましょう」


「それでよい」


 私は敵から逃げられるということで安堵し、それ以上考えられなくなった。


■■■


 統一暦一二一五年五月十五日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵


 王太子フリードリッヒが逃げ出すように仕向けることに成功した。


「ああも簡単に認めるとは思わなかった。グライナーが事前に釘を刺していたようだが、無駄であったようだな」


 腹心のエルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵が笑みを浮かべて頷く。


「致し方ないでしょう。あの方は暗殺者に怯えて十年近く他国に逃げ、そこですら屋敷に引き篭もっていた方なのですから。自身の命が危ういと聞けば、逃げ出さずにはおられますまい。まして、こちらが言い訳の理由まで考えてやったのですから、乗ってこないはずがありません」


 エルンストの言葉に頷く。


「王太子のことはこれでいい。この後のことだが、準備は進んでいるか?」


「はい。領地には王都防衛のための戦力を招集するよう命じております。一ヶ月以内に二万の兵が王都に到着する見込みです」


 既に我が派閥の貴族領軍一万が王都に入っており、これで三万の兵力となる。


「分かった。だが、急がせろ。ラウシェンバッハがいつ戻ってくるか分からん。それにマルシャルクが裏切らんとも限らんのだからな」


「承知しております。既にノルトハウゼンとグリュンタールには手を打ちました。両騎士団は動けませんので、領地に守りを置く必要はありませんし、王都が南北から挟み撃ちにされる恐れもなくなりました」


 ノルトハウゼン伯爵とグリュンタール伯爵は我々に反発する急進派だ。いずれも数千の騎士団を持ち、侮れない。また、いずれの領地も我が領地を窺う位置にあり、王都に戦力を集中すると、領地に攻撃を加えられる恐れがあった。


 それに対応するため、彼らの領地に雇った傭兵を送り込み、小さな村で略奪を行わせている。ノルトハウゼンらは領地を守るために身動きが取れないだろう。


 この傭兵だが、オストインゼル公国の大使であるヒュベリトス・ライヒに手配させた。ライヒがゾルダート帝国の手先であることは分かっているが、我が家が雇うわけにはいかないし、現状では皇帝マクシミリアンと利害が一致しているから利用しても問題ないと判断した。


 皇帝の狙いはラウシェンバッハだ。

 何度も煮え湯を飲まされており、私に排除させたいらしい。


「問題はグレゴリウス殿下だな。即位はせず、徹底抗戦を主張されることは間違いない」


 ここまでのことは殿下に説明しておらず、王太子が逃げ出しても法国軍から国土を取り戻すまで即位しないと言いかねない。


「その点につきましては考えがございます」


「それは何だ?」


「即位につきましては、国を守るためには王という象徴が必要と説けば、聡明な殿下ならご理解いただけるでしょう」


「それは何となく分かるが、王都を開城することは国を守ることと相反する行為だ。お認めにならぬのではないかと危惧している。それについてはどうか?」


「篭城するにしても王都の城壁は総延長で八キロメートルにも及び、僅か一万の兵で守り切ることは困難です。また、法国軍が近隣の町や村を襲えば、被害が大きくなりますが、それに対処できません。民のことを考え、交渉に応じるべきと説得してはいかがでしょうか」


「なるほど……だが、ラウシェンバッハらが戻ってくるのだ。そのことに期待し、交渉を拒否されたらどうするのだ?」


「殿下には無断で軍を出撃させましょう。実力的に大きく劣りますから、一戦しただけである程度被害が出ますから、そこで引き上げるように命じます。戦いにならないとなれば、殿下も交渉に応じるしか道がないと理解されるでしょう」


「事前にマルシャルクと調整しておくということか……奴も必要以上に兵を損なうことは嫌うはずだ。それに停戦の条件にライゼンドルフを加えると言えば、奴も断ることはないだろう」


 ライゼンドルフは西方街道のほぼ中間にある小都市だ。

 宿場町としての価値以外はなく、ヴェストエッケまで取り戻すなら、一時的にくれてやっても問題はない。


「左様です。マルシャルクの目的は王国の征服ではありません。王国西部を奪い、それを既成事実として王国に認めさせることです。補給線が危ぶまれる中、戦闘が継続することは避けたいと考えているはずです」


 エルンストの言葉に私は頷いた。


「そうだな。その辺りの調整は卿に任せる。私は殿下を説得することにしよう」


 こうして我々の方針が定まった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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