第十一話「王太子、国王の死に驚愕す」
統一暦一二一五年五月十五日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。王太子フリードリッヒ
父フォルクマーク十世が出陣してから一ヶ月余り。ようやくこの状況にも慣れてきた。
弟であるグレゴリウスが玉座を狙っていることは知っているが、今のところ私が次の国王になることはほぼ確定している。
そのため、父が不在のこの状況が未来の姿だと思い、積極的に政に関与してみた。
最初のうちは自分でも空回りしていると感じていたが、王が積極的に何かする必要はなく、家臣たちに任せればよいと気づき、最近では彼らの議論を聞くことに留めている。
話は聞くのだが、私自身に知識がなく、ほとんど理解できない。父もこんな感じだったのだろうかと思いながらも、弟が積極的に意見を言い、それが的を射ていることに焦りを覚え始めていた。
弟は優秀だ。それは紛れもない事実だろう。
奸物だが一代で王国の国政を掌握した先代のマルクトホーフェン侯爵に政治を学び、知識も考え方も私は到底及ばない。
だが、私が王太子だ。
暗殺は大賢者によって禁じられたから、グレゴリウスやマルクトホーフェンに殺される可能性はない。だから次の国王は私で決まりなのだ。
問題はグレゴリウスの処遇だろう。
有能で野心家の弟をどう遇するか。これまでの慣例に従うなら、国王の兄弟は大公になり、政務には関わらせない。
しかし、ジークフリートはともかく、グレゴリウスがそれを認めるとは思えない。
いや、ジークフリートも口出ししようとするかもしれない。
今回のグランツフート共和国救援でも自ら手を上げ、名目上とはいえ、総大将として出陣している。私を手助けすると言って、政務に口出ししてくる可能性は否定できない。
もちろん、より危険なのはグレゴリウスだ。
現宮廷書記官長であり、次の宰相になる可能性が高いマルクトホーフェンが後ろ盾だ。マルクトホーフェンが私に言いがかりを付けてくることは間違いないだろう。
グレゴリウス自身も野心を隠していない。
本来なら発言権がない御前会議でもマルクトホーフェンが議長であることを利用して、積極的に発言し、私との差を周囲に見せつけようとしている。
そんな日が続く中、総参謀長であるヴィンフリート・フォン・グライナー男爵が真っ青な顔で私の執務室に入ってきた。
「まずはお人払いを」
挨拶もなしでグライナーがそう言ってきた。
私は侍従たちを追い出し、彼に声を掛ける。
「何があったのだ?」
「去る五月八日、ヴォルフタール渓谷で我が軍と法国軍が激突しました。その結果、我が軍は敗北。多数の死者を出し、現在撤退中です」
敗北という事実に愕然とする。
「敗れたのか……」
「はい。それだけではなく、王国騎士団長マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵が戦死。また、国王陛下も崩御されたと……」
「父上が崩御! どういうことだ!」
思わず立ち上がって、大声を上げてしまう。
「北方教会領軍の餓狼兵団なる部隊が、険しい山中を行軍し、我が軍の後方に奇襲を仕掛けたそうです。第一騎士団は奮戦したものの、ホルクハイマー団長以下、ほとんどの騎士が討ち取られ、陛下も身罷られたとのことです」
父が殺されたことに声が出ない。
「騎士団は現在撤退中ですが、不可解なことがございます」
「不可解なこと? それは何だ?」
「ホイジンガー閣下が残された公文書には、第四騎士団長のハウスヴァイラー伯爵が戦闘を放棄し、無断で撤退したことが記載されておりました。現在は第三騎士団長のシュタッフェルト伯爵が残存兵力をまとめ、撤退しておりますが、マルクトホーフェン侯爵派の貴族の多くが敵前逃亡し、騎士団は軍としての機能を失っている模様です」
「マルクトホーフェン侯爵の一派が敵前逃亡……軍として機能していない……どうすればよいのだ?……ほ、法国軍はどうしているのだ! こ、ここに向っているのか!」
王国騎士団を破った法国軍が向かってくるなら、ここ王都は危険だ。そのことに気づき、声が上擦る。
「情報部の影の報告では我が軍を追撃しつつ、こちらに向かっている模様です。まだ第一報を受けたところであり、敵の到着時期は不明ですが、最短で半月後、来月初旬には現れると思われます。大至急、迎撃態勢を整える必要がございます!」
「迎撃態勢? 王国騎士団を破った法国軍を迎え撃てるのか?」
王国騎士団は我が国の精鋭と聞いていた。その精鋭が敗れた相手に寄せ集めの軍では太刀打ちできないだろう。その程度のことは軍事に疎い私にも分かる。
「時間を稼げば、エッフェンベルク伯爵、ラウシェンバッハ子爵が戻ってきます。“氷雪烈火のラザファム”と“双剣ハルト”、何よりあの“千里眼のマティアス”が戻ってくるのです! 法国軍を完膚なきまでに破った精鋭が戻ってきます! それまで粘れば、圧倒的な勝利が得られるでしょう」
ランダル河殲滅戦の詳細報告が先日届き、ラウシェンバッハが立てた策に従い、エッフェンベルクとイスターツが指揮する部隊が大活躍したと聞いている。
「確かに彼らが戻れば恐れる必要はない。だが、いつ戻ってくるのだ? ランダル河はここから千キロ以上離れていると聞く。それに如何に千里眼のマティアスとはいえ、王国騎士団が大敗北を喫したことは知るまい。兵たちを休めながらゆっくり戻るのではないか?」
「ご懸念はもっともでございますが、ラウシェンバッハ子爵殿はこの状況を予見していた可能性がございます」
「どういうことだ?」
「法国軍と戦う際、ヴァルケンカンプ市近くまで引き込んだ方がより有利に戦えるにもかかわらず、あえて国境まで進出しております。北方教会領軍が出陣した情報は受け取っていたはずですから、決戦を急ぐために敵の懐に入っていったではないかと考えます」
「なるほど……よく分かった」
グライナーは私に頭を下げる。
「では、御前会議を開催し、今回の敗戦の報告と今後の方針を決めるということでよろしいでしょうか」
「それでよい」
グライナーは安堵の表情を浮かべて執務室を出ていった。
私が怯えて逃げ出す、もしくは王都を明け渡すと言い出しかねないと思っていたようだ。
実際、ラウシェンバッハらが戻ると聞かなかったら、逃げ出していただろう。
(父上が殺された。もしラウシェンバッハたちが間に合わなければ、次は私の番だ……)
その場ではグライナーの説明に納得したものの、不安がドンドン大きくなっていく。
(私がここにいる必要はないのではないか? 王都を明け渡さないというだけなら、軍が残ればよいだけだ……)
そんなことを考えていると、陰供が近づいてきた。
「国王陛下の護衛であった陰供がお目通りを願っております。陛下の最後のお言葉を伝えたいとのことです」
陰供が目通りを願うことは初めてだが、父の最後の言葉を聞かないわけにはいかない。
「よい。通せ」
一人の男が静かに入ってくる。
「陛下をお守りできなかったこと、誠に申し訳ございません。陛下より殿下に最後のお言葉を伝えよと命じられております」
父が死ぬ間際に言葉を残すために無理やり逃がしたのだろう。
「謝罪はよい。父の最後の言葉を聞かせてくれ」
「はい。陛下は、面倒な状況で引き継ぐことを許してほしいとおっしゃられました。そして、無理はしないようにと、殿下のことを思いやっておられました」
「父がそのようなことを……」
正直なところ、あの臆病で無能な父が最後にそのような言葉を残したことが意外だった。
陰供から話を聞いた後、会議が招集されたと連絡がきたため、会議室に向かった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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