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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第三章:「怒涛編」

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第六話「ヴォルフタール渓谷の戦い:その六」

 統一暦一二一五年五月八日。

 グライフトゥルム王国西部ヴォルフタール渓谷内。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)の奇襲は上手くいったようだな……)


 当初、グライフトゥルム王国軍は狭い街道を利用し、守りを固めることで時間を稼ぐ戦略に出ていたが、突然混乱し始めた。


 前線の兵だけでなく、指揮官まで動揺しており、私が攻勢を強めるように命じると、ズルズルと後退し始めたのだ。


(王国軍の精鋭と聞いていたが、大したことはなかったようだ。後方が奇襲を受け、国王が戦死したと聞けば、動揺してもおかしくはないが、冷静さを失ってはいけない指揮官まで動揺するようでは話にならん。やはり警戒すべきはラウシェンバッハのみということか……)


 しかし、戦いが始まって四時間ほど経った頃、敵の動きが変わった。

 それまでの動揺が嘘のように、戦いに粘りが出てきたのだ。


(ホイジンガーが腹を括ったようだな。少しでも兵を逃がそうと決死の覚悟を決めたのだろう。予定通りだな……)


 私は前線に命令を出す。


「鎧ごと斬り裂くつもりで、十分間だけ全力で攻撃しろ。その後はすぐに後ろの者と交代するのだ。それを繰り返せば、弱兵しかおらぬ王国軍は耐えきれまい」


 我が軍の兵士は魔導器(ローア)による身体強化が使える。そのため、王国軍兵士より膂力に優れるため、大型の両刃斧やハルバードを縦横無尽に使え、突破力が大きい。

 但し、身体強化を続けられる時間はあまり長くないため、適度に交代させる必要があった。


 この命令を出し、一時間ほど様子を見た。

 王国軍の兵士の損耗が激しく、ゆっくりとだが、前進している。ゆっくりなのは道幅が狭く、倒した敵が邪魔になるためで、谷に突き落としながら進む必要があるからだ。

 あまり効率がいいとは言えないが、私は楽観していた。


(敵兵の数からいえば、全滅させるのに一日は掛かるだろう。だが、兵たちの士気は別だ。確実に殺されると分かっており、いつ自分たちの番が来るのかと考え続ければ、いつか心が折れる。あと三時間ほどで日が落ちるが、そこまで耐えられるとは思えん)


 予想通り、敵の抵抗は時間と共に弱まっていた。


(ホイジンガーは兵の士気を保つこともできんらしいな。まあ、奴にはここで死んでもらわねばならん。マルクトホーフェンからの依頼だからな……何のためかは知らぬが、ここで王国軍のトップを殺しておけば、今後の作戦が楽になるから問題はない……)


 今回の作戦に際し、王国の重鎮ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵を内通させた。


 以前から北方教会の司祭クレメント・ペテレイトを第二王妃アラベラの下に送り込んでおり、その伝手から侯爵の腹心、エルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵と繋がった。


 侯爵の目的は第二王子グレゴリウスの即位であることは間違いなく、国王を殺してほしいという依頼も受けていた。


 ホイジンガーを殺すことも、グレゴリウス即位のための策の一環なのだろうが、詳細は聞いていない。


(いずれにしても甥を即位させるために、国土を敵国に売り渡し、忠誠心溢れる兵を犠牲にするやり方は気に入らん。まあ好き嫌いで国の存亡に関わる判断はせぬから、利用はさせてもらうがな……)


 そう考えるが、気になることもあった。


(密約ではヴェストエッケとケッセルシュラガーを我が国に譲るとあったが、恐らく取り戻す当てがあるはずだ。その当てが何なのかが気になる……)


 ペテレイトからの報告では、マルクトホーフェンはラウシェンバッハほど危険というわけではないが、そこそこ優秀であり、グレゴリウス即位のためだけに大きな博打を打つような人物ではないということだった。


 また、グレゴリウスのライバルである王太子フリードリッヒは、フォルクマーク十世と同様に愚鈍で、時間を掛ければ排除は難しくないとも聞いている。


 急ぐ必要も冒険する必要もなさそうに見える。恐らく何らかの勝算があって、我が国に内通したのだろうが、それが分からない。


(奴の掌の上で踊るつもりはないが、王国軍の弱体化は我が国の、そして私の目的とも合致する。少なくとも王都への進撃までは奴の思惑通りに動いてやろう。まあ、その後は別だがな……)


 そんなことを考えながら、指揮を執っていた。


■■■


 統一暦一二一五年五月八日。

 グライフトゥルム王国西部ヴォルフタール渓谷内。王国騎士団長マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵


 撤退戦が始まってから四時間。山間(やまあい)のこの場所では既に暗くなり始め、松明に火が着けられている。


 第二騎士団の犠牲者は既に一千名を超え、士気は大きく下がっている。

 必死に鼓舞していることで、潰走していないだけという状況だ。


「ここで一分でも時間を稼げば、友軍の撤退がそれだけ容易になる! 負傷者を連れた第三騎士団が少しでも遠くに逃げられるように、死力を尽くすのだ!」


 私の鼓舞にも兵たちが応えることはなく、暗闇が広がるにつれ、私の心にも影が差していた。


(そろそろ通信兵を逃がす頃合いか……)


 通信の魔導具の有用性は私でも理解している。これを奪われることは我が軍が持つ優位を失うということであり、敵に奪われることは絶対に避けなければならない。


 このことは通信の魔導具を導入したマティアスから嫌というほど言われており、そのことを思い出し、思わず苦笑する。


(このような地形では即時連絡の優位性は生かせない。そもそもの戦略から間違っていたのだな……)


 マティアスは帝国軍の正規軍団三万人を相手に、僅か千三百の兵で翻弄し、皇都攻略作戦に参加させなかった。その際に有効だったのが通信の魔導具で、その報告を受けた時、我が軍の戦術についても話を聞いている。


『……我が軍の強みは情報伝達の即時性です。二十キロの範囲であれば、時間遅れなく情報や命令の伝達ができますから、機動力を生かせる戦場を設定することが肝要でしょう。もしくは奇襲攻撃を仕掛けられる森林を利用し、敵の輜重隊を潰すなど、敵を翻弄するような戦術を検討すべきです……』


 マティアスの言葉と真逆の戦場を設定してしまった。


『……重要なことは情報の入手と伝達です。偵察兵に通信兵を組み合わせ、敵の状況を探り、適切な戦術を構築することで、局所的に敵より優位な状況を作り、勝利に導くことができるでしょう……』


 この点も私が失敗したところだ。

 敵が西方街道を使うことは自明であり、ここでは大規模な迂回作戦などできないと高を括っていた。


(敗れるして敗れたという感じだな。確かマティアスは“負けに不思議の負けなし”と言っていた。まさにこのことを言うのだろう……自嘲していても仕方がない。少なくとも明日の昼までは粘らねばならん……)


 第三騎士団からの連絡ではようやく十五キロメートルほど後退できただけだ。輜重隊と負傷者を抱えているため、移動速度は一時間に三キロメートルほどと遅く、充分な余裕とは言えない。


 日が落ちてから法国軍が進軍を続けるとは思わないが、少なくとも明日の昼までは粘り、第三騎士団が四十キロメートルほど離れる時間は稼がなくてはならない。


「第三連隊第二大隊は野営地に戻り、食糧を確保した後に戻れ! 残りの第三連隊と第四連隊は夕食を摂り、身体を休めろ! 第一連隊は二時間だけ粘れ! その後は第四連隊と交代する!」


 第三連隊第二大隊が野営地に向かう。

 夕食分は既に運んであるが、明日の朝以降の食糧がない。

 輜重隊は撤退したが、我々の分は残してあり、それを持ち帰るために一個大隊を派遣したのだ。


 距離にして二キロメートルほどなので、一時間もあれば戻ってくるだろうと思ったが、三十分後に通信兵が慌てた様子でやってきた。


「物資を取りにいった第三連隊第二大隊第一中隊の第一小隊長から通信が入っております」


 なぜ小隊長からなのだと思ったが、餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)が残っていたのかもと思い直し、慌てて受話器を受け取る。


「何が起きた。報告せよ。以上」


『大隊長及び中隊長全員が撤退しました。第三中隊と第二中隊第一小隊が命令に従い撤退しております。我々にも撤退するように命令されましたが、友軍を見捨てるわけにもいかず、団長閣下に確認するといって拒否しました。以上』


 小隊長は憮然とした声で報告するが、その言葉に私は愕然とし、言葉が出ない。


「……中隊長以上が全員逃げ出したと言ったのか……もう一度報告せよ。以上だ!」


『中隊長以上が全員逃げ出したんです! 小官は止めたのですが、平民の小隊長の意見など聞いていないと全く聞く耳を持っていません! どのように対処したらよいでしょうか! 以上!』


 小隊長は私が聞き返したことで怒りを思い出したのか、口調が荒い。


「了解した。すぐに食糧を持ち、帰還せよ。以上だ」


 この期に及んで、我が部下から卑怯者が出るとは思わず、力が抜ける。


(何ということだ……王国の盾である誇りすら持っていなかったのか……そう言えば、あの大隊の隊長たちはマルクトホーフェン侯爵派が多かったが、ここまで腐っているとは……)


 そこで二ヶ月半前、マティアスが騎士団本部にあいさつに来た時のことを思い出した。


(あの時、名簿を見て首を振っていたな。演習の見学を拒否されたが、何も言わずに立ち去った。彼にはこうなることが見えていたのだろうな……)


 逃げ出した部下への怒りよりも自分の不甲斐なさに情けなくなった。

 とりあえず、脱走者として文書に記載し、通信兵の一人に渡す。


「貴様はこれを持って、シュタッフェルトのところに向かえ。これは敵前逃亡だ。これ以上ない不名誉行為ということで処刑も許可すると伝えよ」


 通信兵である(シャッテン)は頭を下げると、静かに闇の中に消えていった。

 私は暗澹たる思いを抱きながら、明日の昼までもたせられるのだろうかと考えていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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