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第一話「ヴォルフタール渓谷の戦い:その一」

 統一暦一二一五年五月七日。

 グライフトゥルム王国西部西方街道上。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 私の指揮する北方教会領軍約二万四千は、ヴェストエッケ城を出撃し、王都シュヴェーレンブルクに向っている。


 軍の構成は我が神狼騎士団と餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)だ。世俗騎士軍一万はヴェストエッケに駐留し、連絡線の確保と捕虜の監視を行っている。


 戦力的には低下するが、この後の王国軍の戦いは、狭い山道が大半の西方街道で行われると想定されるため、大軍は不要だ。また、兵站への負担を少しでも減らすため、本国から補給が容易な国境の町ヴェストエッケに置いてきたのだ。


 当初はラウシェンバッハ領の獣人部隊だけを警戒すればよいと考えていたが、王国軍もなかなか侮れないと感じている。

 それは十日前の四月二十七日に、ケッセルシュラガー侯爵領軍と戦ったためだ。


 当時、我々はヴェストエッケ城を出発し、西方街道を東に進んでいた。ケッセルシュラガー侯爵領軍は一万ほどで、我が騎士団と餓狼兵団の計二万五千なら問題なく粉砕できると思っていたが、この時、思ったより苦戦した。


 敵は狭い街道に布陣し、我が軍の進軍を止めると、我々の知らない間道を使って後方に別動隊を送り込み、輜重隊に対し奇襲を仕掛けてきたのだ。


 戦いの結果だが、敵は戦死者約二千、負傷者は二千から三千ほどと推定している。一方、こちらは戦死者約八百、負傷者約三千だ。


 敵の戦死者のほとんどが奇襲を仕掛けてきた別働隊で、餓狼兵団が殲滅している。敵が撤退する時にも追撃を加えているが、狭い街道を上手く使われ、大きな損害は与えられなかった。


 ケッセルシュラガー侯爵であるユストゥスは三十二歳と若く、目立った戦歴はない。そのため、侯爵領軍も大した実力はないと軽視していたのだが、参謀長であるメルテザッカー男爵が思いの外、優秀だった。


 ラウシェンバッハから策を授けられたのだろうが、餓狼兵団がいなければ、輜重隊が全滅し、その後の作戦行動に大きな支障が出た可能性が高い。


 油断していたわけではないが地の利は向こうにあり、思ったより負傷者が多かったことから、一旦ヴェストエッケ城に戻っている。


 そのケッセルシュラガー侯爵領軍との戦いにより、予定より五日ほど出発が遅れた。

 僅か五日で済んだのは、戦闘がヴェストエッケから一日の距離で行われたことに加え、餓狼兵団が輜重隊を守り切ったことが大きい。


 また、ケッセルシュラガー侯爵領軍に半数近い損失を与えたことも結果的にはよかった。もし、彼らが出撃せず、一万の兵が我々の後方に残った場合、補給線を確保するために苦労することになっただろう。


 再出発後は順調で、現在西方街道を百五十キロメートルほど進み、ヴォルフタールという渓谷近くまで進軍している。


 その日の正午頃、王国軍に関する情報が入ってきた。


「前方約三十キロに王国軍を発見しました。王国騎士団が主力の模様です。主力の後方にグライフトゥルム王の旗を確認しました。国王が出陣している模様です」


 餓狼兵団の猫人族の若い偵察兵が報告する。


「了解した。引き続き、監視を行え。よくやった」


「はっ!」


 そう言って偵察兵が下がっていく。


獣人族(セリアンスロープ)の兵士は優秀だ。これを使い捨てにする教団の方針は間違っているな……)


 トゥテラリィ教での教義では、獣人は穢れた存在として忌避されている。そのため、人として扱われることがなく、これまでは家族を人質に取って無理やり戦わせていた。


 当然だが、そんな兵士の士気が高いわけはなく、城壁の突破など危険な任務で使い捨てるような使い方しかしていなかった。

 私はそれを改めさせた。


 合理的に考えれば、身体能力が高く、魔導器(ローア)を使った身体強化を得意とする獣人族は精鋭として軍に組み込むべきだ。


 しかし、軍に組み込むためには国に対する愛国心や忠誠心がなければならない。これまでの獣人族に対するやり方で、愛国心や忠誠心を植え付けることは不可能であり、それを改善したのだ。


 私は法王庁や北方教会に直談判し、“名誉普人族(エーレンメンシュ)”という階級を作り上げ、忠誠を誓う獣人族に与えた。


 その結果、彼らの生活は劇的に改善された。それまで一般の店舗で買い物もできなかったし、正統な賃金も与えられなかった。更に騎士団の中には奴隷狩りと称して彼らを本物の獣のように狩る者までいたが、それらすべてが改善されたのだ。


 もっとも普人族(メンシュ)と全く同じ待遇でないことは知っている。

 私が強権を発動して無理やり認めさせただけであり、トゥテラリィ教の教えを重要視する者は未だに多く、食堂などでは席がないと断られることも多いと聞いている。


 それでも獣人たちは私に忠誠を誓ってくれた。

 そう、私個人に対して忠誠を誓ってくれたのだ。


 彼らは私が将来法王の座を狙っていると気づいている。だから、私が出世すれば、獣人たちの地位も上がると考え、積極的に協力してくれるのだ。


 打算的ではある。

 しかし、私が成功を積み上げ、彼らの地位を守れば、本物の忠誠を捧げてくれるはずだ。


 そんなことを考えていたが、すぐに頭を切り替える。


「明日には王国軍との戦闘になる! 今日は早めに野営し、明日に備えさせろ!」


 命令を受けた副官は各騎士団に命令を伝達するため、伝令に指示を出し始めた。


(明日には王国の命運が尽きる……グレーフェンベルクとラウシェンバッハのいない王国軍など敵ではない。ここに及んで斥候を出しておらぬことがその証拠だ……)


 王国軍はまともに斥候を出しておらず、未だにこちらの位置は把握されていない。ラウシェンバッハがいる時なら、既に我々の位置は特定され、何らかの謀略を仕掛けてきているはずだが、危機感の欠片もない行軍を続けている。


 今日の移動で十五キロメートルほどまで距離を縮められるから、明日は早朝に出陣し、敵が慌てているところで戦いを仕掛ける。


餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)に伝えろ。今日の深夜に出撃。森の中を突破し、敵の後方に出られる位置まで移動せよ」


 西方街道は両側を山に挟まれた狭い道だ。

 特にこの辺りはラーテナウ川が作る深い渓谷で、深い谷に加え、両側の山は切り立ち、険しい森になっていることから、王国軍の連中は通れないと考えているらしい。


 実際、通常の装備の歩兵では森の奥に入ることは難しい。更に森の中にはオーガやトロルといった魔獣(ウンティーア)が出没するため、森に入れたとしても一日当たり数キロメートル進めればいい方だろう。


 しかし、ヴェストエッケがあるヴァイスホルン山脈とは異なり、巨人やキメラ(シメーレ)など、災害級以上の危険な魔獣(ウンティーア)はほとんど出ないという情報があり、身体能力が高い餓狼兵団なら充分に走破は可能だ。


(正面から我が軍が、後方から餓狼兵団。この挟撃にホイジンガーでは対応できまい……)


 私は勝利を確信していた。


 日付が変わる前、餓狼兵団が出発する。

 彼らを見送るため、私の他に神狼騎士団の主だった者たちが集まっていた。その中には必ずしも彼らに好意的でない者もいる。しかし、これまでの彼らの活躍は認めざるを得ないと、私の命令に逆らうことなく、見送りに参加したのだ。


「敵はここより東に十五キロの場所で野営している。諸君らはその後方まで進み、明日の我が軍の攻撃に合わせて、敵後方に奇襲を掛けてほしい……」


 未だに敵の斥候は我々に接触しておらず、奇襲の可能性は高いが、王国は闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)と密接な関係にあるため、既に気づいている可能性がある。


 そうなると、強襲に近い形になり、餓狼兵団といえども苦戦を強いられる可能性は否定できない。

 このことは兵団長であるグィード・グラオベーアに伝えてある。


『国王の首を獲れればよいが、最悪の場合は敵に混乱を与えるだけで充分だ。無理をして兵を損ねるな。まだまだ戦いは続くのだからな』


『はい。肝に銘じておきます』


 グィードは灰熊(グラオベーア)族出身で、身長二メートル、体重百五十キロを超える巨漢の戦士だ。大型のメイスを振るい、狂戦士のように戦うことから野蛮な印象を受けるが、常に沈着冷静で、その時も重大な任務に対しても気負うことなく冷静に答えている。


 そんなことを思い出しながらも、彼らの士気を高めるために言葉を続ける。


「しかし、そこにはグライフトゥルム王国の国王、フォルクマーク十世がいる! 国王を討ち取れば、諸君ら名誉普人族(エーレンメンシュ)の地位は更に確固たるものになるだろう! 諸君らならやってくれると信じている! 神狼のご加護を!」


「「「神狼のご加護を!」」」


 餓狼兵団の戦士たちが私の声に唱和する。

 先陣が出発したところで、グィードに声を掛ける。


「難しいようなら、一度撤退してもよい。王国軍だけなら我が騎士団だけでも容易く蹂躙できるのだからな。だから無理はするな」


「お気遣いありがとうございます。ですが、閣下のご期待に背くようなことはいたしません」


 グィードは低い声でそう言うと、小さく頭を下げた。


「では期待している」


 そう言って彼と握手をし、私は兵団を見送った。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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