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第二十六話「殲滅戦の結果と考察」

 統一暦一二一五年五月一日にレヒト法国とグランツフート共和国の国境で行われた戦いは、グランツフート共和国とグライフトゥルム王国の連合軍四万二千が、レヒト法国軍六万五千と激突した大規模な会戦であった。


 敗者であるレヒト法国軍は約四万が戦死し、約二万が捕虜になり、全軍の九割以上を失い、“ランダル河殲滅戦”と呼ばれている。


 但し、戦死者や捕虜の多くはランダル河での会戦ではなく、その後の撤退戦で発生しており、研究者によっては“西公路殲滅戦”と呼ぶ者もいる。


 勝者である連合軍だが、戦死者約三千八百、負傷者約一万二千と、戦死傷者の割合が三十七パーセントを越えており、激戦であったことが窺える。


 グランツフート共和国軍は約三万の動員に対し、戦死者約三千、負傷者約一万と、四割を超える損害を出していた。


 一方、グライフトゥルム王国軍は約一万二千が動員され、戦死者約八百、負傷者約千九百と戦死傷者二割強と比較的損害は少ない。

 これは安全な場所にいたということではなく、王国軍の力がそうさせたのだ。


 王国軍が少ない損害で多くの戦果を挙げた鍵は、マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵が考えた戦闘教義(バトルドクトリン)だ。


 彼の考えた戦闘教義の一つは、身体能力が高い獣人族(セリアンスロープ)兵士をその特性に応じて編成し、それを運用する戦術である。


 獣人族は全体に普人族(メンシュ)に比べ、膂力に優れるだけでなく、耐久力も高い。また、魔導器(ローア)の能力も高いため、適切な教育を受ければ、最大五倍程度の身体強化も可能だ。


 但し、獣人族は個人での戦闘を好み、多くても部族単位でしか戦わない。そのため、千人を超える集団戦には馴染まないと言われていた。事実、レヒト法国軍の獣人奴隷部隊は数十名単位でしか運用できなかった。


 マティアス卿は種族特性が近い部族で部隊を編成した後、厳しい訓練を施し、集団戦に対応できるようにした。これが可能であったのは獣人族たちのマティアス卿への強い忠誠心と闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)の全面的な協力があったことが大きい。


 また、どうしても集団戦に馴染めない獣人たちを集めて“突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)”と呼ばれる部隊を編成した。突撃兵旅団は細かな戦術には対応できないが、獣人族の強力な膂力と高い耐久力を生かし、敵陣を力によって粉砕することができる。


 その初陣ではハルトムート・イスターツ将軍の天才的な用兵と相まって、僅か二千名の突撃兵旅団がレヒト法国軍の聖堂騎士団の精鋭を粉砕し、本会戦の勝利の鍵となったことは疑いようのない事実である。


 マティアス卿の戦闘教義は獣人族の特性を生かしたものだけではない。

 それは通信の魔導具を多用したリアルタイムでの情報収集と命令伝達である。


 情報収集は偵察兵と通信兵を組み合わせることにより、敵の位置と動きを正確に知ることができる。


 その情報を基に天才的な戦術家であるマティアス卿が策を検討し、優秀な前線指揮官たちに命令を伝達する。これにより、絶妙のタイミングで多方向から攻撃を行うことなど、多様な戦術を駆使することが可能となった。


 ランダル河殲滅戦では、西方教会領軍が撤退を開始した後に三つの部隊がタイミングを合わせて攻撃を加え、数で劣るにもかかわらず圧倒し、降伏せざるを得ない状況に追い込んでいる。


 この通信兵を使った戦術は共和国軍にも採用され、本会戦でも有効に機能していた。

 共和国軍は会戦の初期、三万の兵で一・五倍の東方教会領軍と対峙した。東方教会領軍は練度が高く、戦意は旺盛であったが、共和国軍はその激しい攻勢を凌いでいる。


 その際、有効だったのが、王国軍が戦果を挙げているという情報だった。

 王国軍が西方教会領軍に奇襲し、大きな損害を与えた情報が前線に伝えられ、耐え忍ぶだけではないという希望を与えた。


 それだけではなく、自国の防衛に王国軍だけを活躍させるわけにはいかないという対抗心を燃やした結果、士気が上がり、数が劣勢であるにもかかわらず、耐えることができた。


 また、東方教会領軍を追撃する際にも非常に有効であった。

 三万を超える東方教会領軍が撤退し、それを一万人弱の師団三つで追撃した。そのため、戦場の幅は一キロメートル以上にわたっている。更に移動しながらの戦闘ということで、師団長同士の連携は非常に難しい。


 総司令部のヒルデブラント将軍は偵察兵からの情報により敵軍の動きを俯瞰的に見て、前線で指揮するケンプフェルト元帥、キーファー将軍、ホーネッカー将軍に指示を出した。その結果、的確に敵を追い詰め、大勝利に繋げることができたのである。


 ランダル河殲滅戦においてレヒト法国軍は、九割以上の兵士が未帰還という人的資源の損失だけでなく、大量の物資も奪われている。


 ランダル河の西二十キロメートルにあった物資集積所からは食糧八千トン、飼料一万トン、一千輌の荷馬車と五千頭の馬、五千張の天幕など、大量の物資を連合軍は接収した。


 また、五月二日にはケンプフェルト元帥率いる一万五千の軍が法国の出撃拠点であるクルッツェンの町を占領した。クルッツェンにも守備隊はいたが、僅か一千名と少なく、城壁も低いため、一戦も交えることなく降伏している。


 進駐した共和国軍は法国軍の施設を接収し、二万五千トンの食糧、四万トンの飼料、軍資金である現金十億レヒトマルク(日本円で約五百億円)、一千輌の荷馬車と四千頭の馬、大量の予備の武具を得ている。


 ケンプフェルト元帥はそれらの物資を輸送した後、クルッツェンに麾下の中央機動軍のうち、一万人を駐屯させた。


 これに対し、共和国政府の議員の一部は、共和国の政策では国境線の変更は行わないとしており、政府の承認を待たずに占領したことを強く批判した。ケンプフェルト元帥はその批判を一蹴している。


『国境線の変更を行わないという政府の方針は当然承知しているが、法国との交渉に際し、敵国の国土を占領しておけば、有利に運べることは明らかである。特に東方教会領は戦力のほとんどを失った状態であり、我が軍が本格的な侵攻を行うことを恐れている。もし、ここでクルッツェンを放棄して帰国したならば、法国は危機感を持たず、交渉が長引く可能性が高い』


 政治に疎いと思われていたケンプフェルト元帥が外交交渉まで考えていたことに、政治家たちは驚いた。


 部下であるダリウス・ヒルデブラント将軍も同じことを感じ、質問している。

 それに対し、ケンプフェルト元帥は豪快に笑いながら答えたという。


『すべてマティアスの考えだ。儂に外交交渉など考えられるはずがなかろう。ガハハハッ!』


 マティアス卿はケンプフェルト元帥に対し、勝利の後の外交交渉も視野に入れた方針を計画書として提出していたのだ。


 そこには共和国が得られる最大の利益と妥協点、交渉すべき相手の候補とその候補者の弱点、王国として譲れない点などが書かれており、ケンプフェルト元帥はそれを信頼できる政治家に渡している。


 それを見た政治家は開戦前に勝利を確信していただけでなく、その後の交渉まで視野に入れて戦略を練っていたことに驚くとともに恐怖したという。


『ラウシェンバッハ子爵が同盟国の軍師であり、我が国に好意的であることは幸いである。もし、彼が我が国に対し敵意ないし野心を抱けば、共和国政府は大混乱に陥ることは間違いない。彼ほど世界の情報に精通し、かつ、それを有効に利用できる者は存在しないだろう。千里眼(アルヴィスンハイト)という異名が事実に即したものであることを再認識した……』


 共和国政府はその後、マティアス卿の計画書に沿って、レヒト法国と交渉を行うこととした。


 極めて合理的な計画書であり、成功率が高いことは誰の目にも明らかだったが、もしそれに反する行動を採って失敗すれば、彼の矛先が自分たちに向くことを恐れたことが大きい。


 選ばれた外交官は勝利国であるにもかかわらず、悲壮な表情で首都を出立したと記録されている。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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