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第二十五話「軍師、今後の方針について協議する」

タイトルから「(仮)」を取りました。

 統一暦一二一五年五月四日。

 グランツフート共和国西部ズィークホーフ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 午後五時頃、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥が五千の兵と共にズィークホーフ城に帰還した。


 グランツフート共和国軍一万はまだクルッツェンの町に残り、物資の接収作業に従事しているが、元帥には今後のことを相談したいため、先に戻ってもらうよう依頼したのだ。


 ケンプフェルト元帥がフランク・ホーネッカー将軍を引き連れ、城に入ってきた。

 私はイリス、ラザファム、ハルトムート、ジークフリート王子、そして共和国軍の参謀長であるダリウス・ヒルデブラント将軍と共に出迎える。


「大勝利、おめでとうございます」


 私の言葉にラザファムたちも口々に祝福を伝える。


「今回の勝利は諸君ら王国軍の支援のお陰だ。こちらこそ礼を言わねばならん」


 そう言いながら、私たちの手を一人ずつ握っていく。


「今後のことで相談があると聞いた。王国に帰還する前に法国との交渉の方針を詰めたいということでよかったか?」


「はい。本来であれば、ジークフリート殿下はもちろん、派遣軍の指揮官に過ぎない私やラザファムに外交に関する権限はありません。ですが、王都に戻って外交方針を決め、それを貴国に伝達していては時間が掛かりすぎます。それに国王陛下がご出陣されており、外交方針そのものが決められない可能性もあります」


「確かにその懸念はあるな。ならばどうするのだ?」


「今回は軍を派遣した費用に関する交渉権を得ていますので、それを行使したと強弁するつもりです。エッフェンベルク伯爵家とラウシェンバッハ子爵家が得るべき報酬として、貴国に法国との交渉を依頼するという形であれば、王宮を納得させることはできますので」


 我が領もエッフェンベルク伯爵領も物資については商人組合(ヘンドラーツンフト)に負担させるので、負担は人件費と戦死者に対する補償だけだ。それだけでも金額的には大きいが、どちらの領も豊かであり、負担できないほどではない。


 それに共和国も我々に対し、人質交換の交渉だけで済ませることはないだろうから、ある程度は費用を補填してくれると信じている。


「なるほど。で、具体的にどうすればよい? もっとも儂にも権限はないから、政府に提案するだけだ。お前の策通りにできると確約はできんが」


「それは構いません。共和国政府の方々がお認めになるような方針にするつもりですので」


「うむ。では、会議室に向かうとするか」


 会議室に入ると、すぐに具体的な話に入る。


「貴国にお願いしたいのは、今回得た捕虜と北方教会領軍に捕らえられている我が国の将兵との捕虜交換の交渉です。ヴェストエッケでどれほどの将兵が降伏しているかは分かりませんが、得られた情報から考えるに、守備兵団と義勇兵団のほとんどが抵抗することなく、降伏しているでしょう。具体的には最低でも一万人、多ければ一万二千人と考えています」


「うむ。こちらが得た捕虜はおよそ二万。交換自体は可能だろう。政府も王国兵の解放となれば、無下にはできん。だが、聖都は遠い。それにヴェストエッケは更に遠いのだ。交渉に時間が掛かるが、今後状況が変わることを考えると、早期に動くことが得策か判断がつかん。その点はどう考えておるのだ?」


 元帥の疑問はもっともだ。

 今後、北方教会領軍がヴェストエッケから王国西部の制圧に向かうことは間違いない。しかし、王国騎士団が討伐に向っており、その戦いの結果次第では交渉方針を変える必要が出るかもしれないからだ。


「状況が変わる可能性はありますが、やることは変わりません。我々が望むのは捕虜となった王国の将兵の解放です。それに状況が変わったとしても、貴国と法国との交渉に影響は少ないと考えています」


「我々の交渉に影響が出ないというのはどういう意味でしょうか?」


 ヒルデブラント将軍が質問してきた。


「現在我が国に侵攻しているのは北方教会領軍であり、捕虜の返還を望む東方教会と西方教会には関係がありません。特に東方教会は正規軍をほとんど失い、防衛力が皆無の状況です。貴国の機嫌を損ねて東方教会領に侵攻されたら、法国は多く領土を失うことになります」


「なるほど。東方教会領軍が壊滅し、西方教会領軍も半数以上を失っています。そして、北方教会領軍は王国にいますから、まともに動員できるのは南方教会領軍のみ。我が軍を相手に南方教会領軍だけでは勝利は覚束ないですから、北方教会領軍を呼び戻すしかなくなります。それならば、我が国の要求を呑み、北方教会領軍が王国を攻め取る方が法国にとって利が大きいと考えるということですな」


 知将と名高いヒルデブラント将軍が私の考えを説明してくれた。


「将軍のおっしゃる通りです。捕虜交換は早い方が貴国の負担も少なくなりますし、我が国のリスクも減ります」


「我が国のリスクというのは何なのだ?」


 ハルトムートが聞いてきた。


「今後、我々は北方教会領軍と戦うことになる。戦うにしても、北方教会領軍を率いるマルシャルク団長が捕虜を使って脅してきたら、勝てるものも勝てなくなる。その前に捕虜交換が終わっていればいいし、最悪捕虜交換の交渉だけでも終わっていれば、マルシャルク団長が謀略を実行しようとしても東方教会や西方教会、それに法王が許さない。つまり捕虜を使った謀略が使われるリスクがなくなるということだ」


 ハルトムートが頷くと、ケンプフェルト元帥が懸念を口にした。


「確かにその通りだな。やるべきことと理由はだいたい分かった。その上で捕虜たちはどこに移せばよいと考えているのだ? あれだけの数を管理するのは大変だが」


 これについては考えてあったので、すぐに答える。


「ヴァルケンカンプ市の付近に分散して収容します。大体百名くらいで一つのグループを作ります。そのグループですが、可能な限り出身部隊がバラバラになるようにし、他のグループとは交流させません」


 一箇所に集めておけば、監視は楽だが、非武装とはいえ二万もの敵兵を集めておくことはリスクが大きい。


 それに出身部隊をバラバラにしておけば、脱走計画を立てるにしても、人間関係の構築から始める必要がある。信頼できない者に自らの命は預けられないからだ。つまり、それだけでも時間を稼ぐことができるということだ。


 そのことに元帥も気づいたが、別の懸念を聞いてきた。


「反乱を防止するためというのは理解するが、それだと二百ほどのグループになるな。監視が面倒そうだが?」


「非武装の百名なら一個小隊三十名で充分でしょう。それにただ収容しておくだけではもったいないですから、肉体労働をさせれば、疲れて脱走しようなどと考えなくなるはずです。一応計画書を作っておきましたので、ご確認いただければと思います」


 そう言って、十枚程度の紙の束を渡す。

 元帥はパラパラと見始めるが、すぐに苦笑が浮かぶ。


「相変わらず芸が細かいというか、よく考えてある。これならば我が軍の負担も減るし、我が国の利益にもなる」


 計画書に書いたのは以下のようなことだ。


 まず捕虜にさせる肉体労働だが、ヴァルケンカンプ市周辺の開墾作業だ。

 ヴァルケンカンプ市はエンデラント大陸の大動脈、大陸公路(ラントシュトラーセ)にある商業都市だが、共和国軍の主力、中央機動軍の駐屯地でもあり、食糧需要が大きい。


 周辺には小麦などの穀物を栽培する農地が広がっているが、需要を完全に満たすまではいっておらず、以前から開墾が奨励されていた。しかし、町から離れた場所では入植者を募ってもなかなか集まらず、手つかずの土地が広がっている。

 今回はその土地を開墾させることを提案した。


 捕虜の管理方法だが、各グループに担当エリアを与え、進捗状況を競わせる。その際、面積に応じてポイントを与え、上位のグループには手厚く食糧を配分し、逆に下位のグループの食糧は最小限とする。


 また、反抗的な者や脱走を試みた者は数日間作業に参加させない。こうすれば、作業が遅れるから配分される食糧が減り、仲間の恨みを買うことになる。更に脱走を密告した場合にポイントを加算することにしておけば、密告者が現れ、脱走を阻止できる。


 もし、脱走者と密告者が示し合わせても問題はない。人が減れば作業進捗で得られるポイントが減るので、密告で得られるポイントがそれより少なければ、トータルではマイナスになる。つまり、示し合わせても自分たちの首を絞めるだけだと気づき、実行に移されないということだ。


 それにグループ間の交流を禁止するので、談合してサボタージュすることができなくなる。捕虜全員が手を抜くことを期待しても、どこかのグループが抜け駆けすれば、得られる食糧が減ってしまうからだ。


 また、万が一全員が手を抜いた場合は、公表する順位表に細工して、どこかのグループが裏切ったように見せればいい。各グループに配る順位表を照合する術はないから、自分たちだけが割を食ったと思わせれば、必ず働くはずだ。


 これは全員が手を抜いた場合以外でも使える手だ。

 祖国を裏切り、共和国に媚を売ったグループがいると分かれば、解放された後にしこりが残る。誰がどこのグループに配属していたかは公表しないし、分からないようにする予定だから、疑心暗鬼に陥り、我々よりも味方同士でいがみ合うことになるだろう。


 計画書を見たイリスが微妙な表情で私を見た。


「相変わらず考えることがえげつないわね。まあ、有効ではあるのだけど」


 彼女の言葉にラザファムらも頷いている。

 元帥が将軍たちに目配せし、問題ないと確認すると、今後の王国への援軍派遣について聞いてきた。


「捕虜については了解した。この計画書を基に管理方法を検討する。それよりも王国への援軍だが、どの程度をどの時期に出せばよいと考えているのだ? さすがにすぐには動けぬが、一個師団であれば、一ヶ月以内に出陣させることは難しくないが」


「我が国からの正式な要請が出たら、すぐに動けるように準備をお願いします。と言っても正式な要請が首都に届くのは今月の半ば頃です。貴国内での協議も必要でしょうから、出動命令が出るのは今月末くらいと考えています。可能であれば、一個師団を国境であるゾンマーガルト城付近まで進めておいていただけると助かります」


 王都シュヴェーレンブルクから共和国の首都ゲドゥルトまでは約千三百五十キロメートル。(シャッテン)が親書を運ぶだけなら十日も掛からないが、正式な要請となると爵位を持つ貴族が使者となる。


 国境であるゾンマーガルトまでは海とエンテ河を使うため、比較的短時間で移動できるが、共和国内は馬での移動となるため、最短でも二十日ほどは必要だ。


 王都にはヴェストエッケ陥落の情報が四月二十一日に入っているはずで、すぐに使者を出せば、五月の十日前後となるが、そこまで迅速に対処できるほど我が国の政府は有能ではないので、最短でも十五日頃と予想している。


「承知した。ゾンマーガルトへはロイを送る。第一師団であれば、野戦でも攻城戦でも籠城戦でも使えるからな」


 ロイ・キーファー将軍率いる第一師団は歩兵中心の部隊だ。一方フランク・ホーネッカー将軍率いる第二師団は半数が騎兵で、野戦はともかく、攻城戦や籠城戦では使いづらい。

 帝国への抑えとするなら、第一師団が有効だと元帥も考えたようだ。


「ありがとうございます。それでは詳細をもう少し詰めましょう」


 そう言って、他の計画書の骨子を配り始めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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