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第二十二話「ランダル河殲滅戦:その十四」

 統一暦一二一五年五月一日。

 レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸西公路上。イリス・フォン・ラウシェンバッハ子爵夫人


 突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)西公路(ヴェストシュトラーセ)を西に向かって走っていた。


 目的地はランダル河から十キロメートルほどの場所で、グランツフート共和国軍に追われたレヒト法国軍の東方教会領軍を迎え撃つためだ。


 走りながら、ジークフリート王子の護衛アレクサンダー・ハルフォーフが質問してきた。


「法国軍を攻撃するなら、わざわざ動く必要はなかったのではないか? 戦力を分散しているようにしか見えぬのだが」


「あの場で私たちが攻撃に向えば、法国軍を完全に包囲することになったわ。そうなれば、生き延びるために死にもの狂いで攻撃してきたはずよ」


「なるほど。窮鼠猫を噛むという奴か」


「その通り。彼らも組織的な攻撃はできないでしょうけど、そんな兵の攻撃を受ければ損害は馬鹿にできないわ。だから敵を包囲する場合でも、必ずどこかに逃げ道を作っておくの。そうすれば、その方向に逃げれば生き残れるかもって、希望を持たせることができるし、逃げようとする敵の無防備な背中を攻撃できるから」


 これはマティに教えてもらったことだ。


「なるほど。イリス殿が士官学校の戦術科の主任教官だったということを実感した」


 アレクは納得できたようで大きく頷き、私を称賛する。


「これはマティの受け売りよ」


「さすがは我が国の軍師殿だな。ところで、十キロという距離には意味があるのだろうか?」


「あるわよ。東方教会領軍は今、ケンプフェルト閣下やキーファー将軍、ホーネッカー将軍に三方向から追われて必死に逃げているわ。当然、足の速い者が先頭に立っているから、陣形なんてものはなくなっているはず。それに彼らは朝から十キロ行軍して三時間近く戦っているの。十キロも走れば、へとへとになってまともに戦えないから、こちらはリスクを負うことなく、安全に敵を倒せるわ」


 これもマティが考えていたこと。このために二十キロメートル先まで地図を作らせていたのだから。

 そのことに気づいたのか、アレクが聞いてきた。


「まさかと思うが、マティアス卿は戦う前からこうなることを想定していたのか?」


「ええ。今回の戦略目的は第一に共和国を救うこと。そして、第二は共和国軍を王国の救援に向かわせることよ。敵を撃破することはもちろん、後顧の憂いがあってはいけないわ。だから、法国軍は徹底的に潰すし、敵の物資を確保してそれを使って即座に動けるようにするの」


 ラウシェンバッハ騎士団の第四連隊は二十キロメートル西にある大規模な物資集積所を確保しているはず。だから、それを奪われないように、第四連隊が対応できないほどの大軍を向かわせないようにする必要がある。


「ここまでくると何と言っていいのか全く分からんな。言えるのはマティアス卿がジーク様の軍師になってくれてよかったということだけだ」


 そう言ってアレクは苦笑していた。


 三十分ほどで目的地に到着した。

 ここは緩やかな丘の間を西公路が蛇行しているところで、遠目には軍がいることは分からない。


 到着したが、私を含め、肩で息をしている者が多い。

 十キロメートルという距離は身体強化が使える者にとっては大した距離ではないが、昨夜に出陣し、昼前に出撃命令が出てから僅かな時間休憩したものの、あとは走っているか戦っているかのどちらかで、さすがに疲労が溜まっていたからだ。


「ハアハア……マティに連絡、して、ちょうだい。目的地に到着したと」


 狼人族の通信兵に指示を出すと、疲れた兵たちに指示を出しているハルトと義弟のヘルマンのところに行く。

 彼らも私と同じ条件だが、鍛え方が違うのか、元気いっぱいだ。


突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)は正面を担当する! 俺たちを見て逃げようとする奴がいるかもしれんが、そいつらはラウシェンバッハ騎士団に任せろ! 俺たちに向ってくる奴だけを確実にぶっ殺すんだ!」


 そんな指示を出していると、ラウシェンバッハ騎士団が到着する。

 先頭にいた兄様が馬から降り、私たちのところにやってきた。


「ハルト、ここは君に任せた。ヘルマンは騎士団を配置したら、直属大隊と共に西に布陣。抜けてきた敵に対処してくれ。イリス、お前は私に助言を頼む。ここでハルトに助言することは少ないだろうからな」


「そうね。分かったわ」


 そう答えた後、後ろに控える(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)の護衛、サンドラ・ティーガーに微笑みかける。


「今度は剣を振ることはなさそうよ。ちょっと残念だけど、仕方がないわね」


 サンドラは苦笑気味に頷いている。私が敵と直接剣を交えたことで冷や冷やしていたからだ。


「我々はあの丘の上から指揮を執る」


 そう言って、突撃兵旅団の西側にある低い丘を指差す。

 全体を見回せるほど高くはないが、西公路を外れて逃げようとしても、相当遠くから街道を逸れない限り、見つけることは容易いだろう。


 丘に向かいながら兄様が小声で聞いてきた。


「しかし、敵は街道を逃げてくるのだろうか? 我々の姿が見えなくなったことは彼らにも分かっていると思うのだが」


 兄様は馬鹿正直に街道を通らず、北なり南なりに一度逃げた後、西に向かう者がいると考えているらしい。小声で聞いてきたのはマティの策に疑念を持っていると思われると、兵たちの士気に関わるからだ。


 それでもこの区域の責任者として疑問は解消しておきたいと思ったみたい。なので、私もマティから聞いていたことを分かりやすく答えていく。


「恐らくほとんどの敵がこの街道を使うはずよ。彼らはこの辺りに町や村がないことは知っているから、逃げるなら最も近い町、クルッツェンに向かうでしょうから」


「だが、待ち伏せされていると思えば、街道から数キロ離れたところを逃げた方が安全だ。私ならそうするのだが」


「それはないわ。街道から外れれば下草で走りにくいから、一刻も早く安全なところに行きたいと考えている敵兵が街道を外れることはないわ。それに今の敵に待ち伏せを気にする余裕なんてないわよ。共和国軍が追い立てているのだから」


 その説明で兄様も納得したみたいで、大きく頷いていた。


 私たちがここに到着してから三十分ほど経った頃、丘の上で見張っていると、敵兵の一団が見えてきた。


 騎兵が百騎ほどで、装備の色から白竜騎士団と世俗騎士軍の騎兵と分かる。

 これは事前にマティから聞いていた情報通りだ。彼は偵察兵に街道を監視させており、その情報を共有してくれたのだ。


「後ろにしか注意を向けていないようね」


 望遠鏡で確認するまでもなく、敵兵は馬上からしきりに後ろを振り返り、追手がいないことを確認している。


「あれなら簡単に始末できるだろう」


 兄様が呟いているが、全く同感だ。

 敵は前方に注意していなかったため、二百メートルまで近づいたところで突撃兵旅団を見つけたようで、慌てて馬を止める。


 そして、突撃兵旅団に向かうことは得策ではないと判断し、南に向かった。

 しかし、そこにはラウシェンバッハ騎士団が待ち構えており、騎兵たちは右往左往している。


(指揮官がいないようね。迷って止まるくらいなら、一か八か突破を試みた方がよかったのに……)


 迷った挙句、更に南に向かうが、そこには第一連隊の一個大隊が配置されており、あっという間に殲滅された。


「イリス様、マティアス様より通信が入っております」


 兄様の隊の通信兵が受話器を捧げるように渡してきた。


「こちらイリス。ちょうど報告しようと思っていたところよ。敵の第一陣が到着したわ。騎兵が約百騎でさっきの連絡通り、白竜騎士団と世俗騎士軍の混成部隊だった。第一連隊が問題なく殲滅したわ。以上」


『了解。監視兵の情報では百名ほどの騎兵の小集団が三つほどと、その後ろに歩兵を含む一千ほどの集団がそこから一キロほど東を通過したそうだ。白竜騎士団と世俗騎士軍の混成部隊らしい。対応は君たちに任せる。以上』


 全軍の指揮で忙しいのに、最新情報を自ら連絡してくれたようだ。


「了解。ところで共和国軍の追撃の状況はどうなのかしら? あなたなら状況を把握しているでしょ? 以上」


殿(しんがり)だった黒竜騎士団はほぼ壊滅。赤竜騎士団と青竜騎士団は現在ランダル河から五キロの地点を通過。白竜騎士団と世俗騎士軍の一部を含め、二万五千といったところだ。但し、ケンプフェルト閣下からの情報ではまだ秩序は保っているらしい。以上』


「了解。その集団を仕留めたら、とりあえずの仕事は終わりね。以上」


 二万五千ということは我々の五倍ほど。共和国軍が追撃していると言っても、一万五千くらいはここに来るはず。

 そのことを兄様に話すと、難しい顔をしていた。


「数はともかく、秩序を保っているのが厄介だな。マティはできる限り戦力を温存してくれと言っている。秩序を保ったままここに来たなら、正面から当たらず、足止めに終始すべきだろうな」


「私も賛成よ。多少逃げられることになるけど、幸いなことに逃げるのは東方教会領軍だけ。東方教会と西方教会の間に楔を打ち込む策にも使えるし、ケンプフェルト閣下が追撃してくださるから、一万程度なら逃がしても物資集積所を奪い返されることもないわ」


 マティは戦いが終わった後のことも考えていた。


 今回の出兵に対し、西方教会のトップ、総主教は強く反対したと聞いている。

 それを北方教会のニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長とデュオニュース・フルスト白竜騎士団長、そして、オトマール・カルツ黒鷲騎士団長が強引に出兵させたらしい。


 こんな状況で消極的だった西方教会領軍が全員未帰還で、東方教会領軍が一部とはいえ撤退することができたら、感情的なしこりが残ることは間違いない。


 そこに心理的な揺さぶりをかけ、主戦論の東方教会と北方教会を封じ込めるつもりでいるのだ。


 そんなことを考えていると、敵の第二陣が到着した。

 すぐに突撃兵旅団とラウシェンバッハ騎士団が殲滅する。

 それから三十分ほど経ったところで、兄様が通信兵に指示を出した。


「敵の本隊が近づいてくる! 今回の我らの仕事は敵の足を鈍らせることだ! 無理に戦うなと各指揮官に伝えよ!」


 今回の戦いの最終局面がやってきたと思った。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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