第二十一話「ランダル河殲滅戦:その十三」
統一暦一二一五年五月一日。
レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。ゲルハルト・ケンプフェルト元帥
ようやく儂の出番がやってきた。
今回の戦いでは自ら志願し、急造の第三師団を指揮して前線に立っている。儂が前線に出て兵を鼓舞しなければ、危ういと思っていたからだ。
しかし、蓋を開けてみると、マティアスの策が見事に的中し、我ら連合軍より二万以上も多い法国軍を翻弄している。そして、驚くべきことに我が軍の損害は想定していたよりはるかに少なかった。戦前の悲壮感は何だったのかと思うほどだ。
もちろん、六万五千という大軍との会戦であり、我が軍の負担は小さなものではなく、多くの兵が傷付いている。
それでも敵将デュオニュース・フルスト白竜騎士団長を討ち取り、大きく士気が上がっており、個々の兵士の能力では我が軍の方が劣っているにもかかわらず、敗走寸前にまで敵を追い詰めている。
(恐ろしいものだな、マティアスの智謀は。通信の魔導具を使いこなしていることもあるが、相手の心理を読み、巧みに誘導している……)
以前から恐ろしいまでの智謀だと思っていたが、改めてそのすごさに圧倒されている。
(敵の総司令官フルストに対し、不審を抱かせた後、それを怒りに代え、視野を狭くする。言われてみれば、確かにその通りだと納得できるが、儂には絶対にできん……)
それだけではなく、どこからこの状況を考えていたのかと恐ろしくなるほどだ。
(あの突撃兵旅団はいつから考えていたのだろうか? 正直なところ、演習で見た時は使い道に困る部隊だと思った。しかし、この戦いでの最大の功労者は彼らだ。ハルトの指揮とイリスの助言もあるのだろうが、あの部隊を編成することを思いついたマティアスが味方でよかったと安堵するほどだ……)
そんなことを考えながら前線に出ていく。
「王国軍にばかり手柄を立てさせるわけにはいかんぞ! 何と言っても儂らの祖国を守る戦いなのだ! ここで聖竜騎士団を潰せば、長期の平和がもたらされる! 未来のために、愛する家族のために武器を振れ!」
「「「オオオオ!!」」」
兵たちが雄叫びで応える。
(士気は充分だな。では、儂も前に出るとするか……)
兵たちの間を抜け、ランダル河の冷たい水を感じながら、前線に向かう。
直属の兵たちも巨大な元帥旗と共に続き、それに釣られるように他の兵たちも前進を始めた。
儂も剣を振り、敵兵を両断していく。
ここまで指揮に専念していたため、力が有り余っているのだ。
「黒竜騎士団の意地を見せろ! ケンプフェルトを討ち取れ!」
敵の隊長が鼓舞しているが、敵兵の表情に怯えが見える。
十分ほどで激しく戦っていると、敵の戦線が歪み、食い込むことに成功する。
「このまま敵を分断する! 儂に続け!」
目の前には盾を持った敵兵がいたが、防御を固めているが、それを無視して肉薄し、長さ一・五メートルを超える愛剣を振り抜く。
二人の敵兵が盾ごと真っ二つになり、血飛沫が舞う。
直属の兵たちも儂と同じように身体強化を最大にして剣を振るい、敵の戦線を食い破っていった。
「ば、化け物だ!」
「敵うはずがない……」
敵兵の戦意がみるみる低下していくのが分かる。
これで流れはこちらのものだと思ったが、敵の騎士団長ヘンリク・ブフナーが前線に出てきた。
ブフナーは騎士団長としては小柄で、体格はハルトムートと同じ程度だろう。武器は二メートルくらいの短槍だ。漆黒の鎧を身に纏い、敏捷そうな印象を受ける。
「黒竜騎士団の意地を見せろ! 俺に続け!」
ブフナーは槍を振り回しながら前線に飛び込んでいく。
その間に舞うような槍捌きで、我が軍の兵士を次々と倒していくが、その無謀な突撃に儂を含め、両軍の兵たちも驚き、動きが止まっていた。
兵たちが恐れを感じ始めていると直感した。
「相手にとって不足なし! 儂と戦え! ブフナー!」
距離にして二十メートルほどで間に兵がいるため、すぐに対処できないが、兵を鼓舞するために陽気な声で叫ぶ。
「老兵は大人しく退場しろ! もう貴様の時代ではないのだ! ヘンリク・ブフナー、参る!」
好戦的なセリフを吐いているが、その目は冷静だ。兵たちを鼓舞するために無理やり演じている気がした。
「若造というほどではなさそうだが、まだまだ儂に挑むには不足だな。まあいい。掛かってこい!」
大将同士の一騎打ちという芝居掛かった状況で、兵たちも儂らの間から下がっていく。
ブフナーは兵たちが下がると、すぐに突っ込んできた。
しかし、それまでと違い、無駄な咆哮など上げず、儂を貫くことだけを狙っていた。
鋭い突きが繰り出された。あの戦いの申し子、アレクサンダー・ハルフォーフが槍を使った時に匹敵する鋭いものだった。
しかし、そんなことを考える余裕があるほどの攻撃でしかなかった。
「なかなかやるが、儂を退場させるにはまだまだ足りぬな!」
そう言いながら槍を躱し、剣を叩きつけようとした。
しかし、そこで何かがおかしいと本能が叫び、剣を振り抜かずにブフナーに組み付く。
儂の取った行動は奴にとっても予想外だったようで、驚きの表情を浮かべていたが、すぐにもつれるように転がっていく。
その直後、頭の上をシュッという鋭い風切り音が通り過ぎていく。儂の後ろでは太矢を受けた兵が断末魔を上げて倒れていた。
「これでも倒せぬか……何をしている! この隙にケンプフェルトを討ち取れ! 私に構うな!」
先ほどまでは“俺”と言っていたが、やはり演技だったようだ。
我に返った敵兵が殺到してくる。
立ち上がろうとすると、ブフナーが儂の鎧を掴み、動きを阻害しようとしてきた。
「元帥閣下!」
部下の悲鳴に似た声が聞こえたが、儂に危機感はなかった。
すぐに身体強化を使ってブフナーを投げ飛ばすと、落ちていた剣を拾い、殺到する敵兵を斬り伏せていく。
直属の部下たちも我に返り、周辺は乱戦になった。
ブフナーは我が身を犠牲にして隙を作り、後ろに控えさせていた弩弓兵によって儂を殺そうとしたようだ。
「覚悟は見事だ。だが、運がなかったな」
ブフナーは悔しげな表情を浮かべることなく槍を拾う。
「歴戦のケンプフェルト殿に通用するとは思っていなかった。だが、私も簡単に諦めるわけにはいかぬ」
それだけ言うと、槍を繰り出してきた。その突きは先ほどより鋭く、東方系武術の槍術、神狼流であれば皆伝を越え、極伝に達するほどだ。
十数合渡り合うと、ブフナーの限界が見えてきた。
「惜しい腕だが、これで終わりにさせてもらう」
槍を上に弾くと、姿勢を低くしながら懐に入り、回転するように薙ぎ払う。
「み、見事……」
胴を輪切りにされたブフナーはそれだけ言うと絶命した。
「敵将ヘンリク・ブフナーを討ち取った! 第三師団よ! 儂に続け!」
ブフナーを失ったことで、しぶとく戦っていた黒竜騎士団の兵の気力が尽きた。
それまで頑強に抵抗していた戦線が一気に崩壊し、我が軍の兵たちが斬りこんでいく。
通信兵の猫獣人の若い男が通信の魔導具の受話器を差し出していた。
「ヒルデブラント閣下より連絡が入っております」
通信兵は我が軍の兵士ではなく、闇の監視者の影か、ラウシェンバッハ騎士団の兵士たちだ。
これは魔導具を導入したものの、真理の探究者に技術を盗まれることを恐れた叡智の守護者から、通信兵ごと貸与という形としたいと提案があったためだ。
「ケンプフェルトだ。敵将ブフナーを討ち取ったから、これで我が軍の勝利だな」
そこで沈黙ができる。
「閣下、発言が終わったのであれば、“以上”とお付けください」
通信兵に注意される。
何度か使っているのだが、どうしても慣れない。
「以上だ」
すぐにダリウス・ヒルデブラントから返信が来る。
『東方教会領軍全体が潰走し始めました。マティアス殿よりエッフェンベルク伯爵率いる部隊を西に送り込んでいるので、そこに追い込むように追撃していただきたいと要請を受けております。以上』
相変わらずマティアスは打つ手が速いと感心するより呆れる。
「了解だ。ロイとフランクにもその旨を伝えてくれ。儂は聖竜騎士団を蹴散らしながら西に追いやる。以上だ」
第一師団長のロイ・キーファーと第二師団長のフランク・ホーネッカーへの指示を依頼する。
『よろしくお願いします……』
そこで話が終わると思ったが、ダリウスは小言を言い始めた。
『先ほどの一騎打ちはいかがかと思いますぞ。閣下に万が一のことがあれば、勝利の天秤は敵に……』
儂は受話器を通信兵に返した。
「よろしいのですか?」
通信兵は呆れたような表情で聞いてきたが、儂は小さく頷くことで答えるに留める。
「全軍で追撃する! 一兵たりとも逃がすな!」
儂の命令に兵たちが武器を上げて応える。
この歴史的な大勝利に彼らの顔にも笑みがあった。もちろん儂にもだ。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




