第十七話「ランダル河殲滅戦:その九」
統一暦一二一五年五月一日。
レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。エレン・ヴォルフ連隊長
ラザファム様から敵の総大将、デュオニュース・フルスト白竜騎士団長が突撃してくるから討ち取れという命令が届いた。
(ラザファム様もハルトムート様並みに無茶をおっしゃるなぁ……まあいい。我らに名を上げる機会を与えてくださったのだから……)
その唐突な命令に一瞬戸惑ったが、我らラウシェンバッハ騎士団が最大の功績を上げられるとやる気になる。
「エッフェンベルク騎士団の真後ろに着け! 彼らが針路を変えたら敵は目の前にいる! 先頭にいる総大将、白竜騎士団長を討ち取るぞ!」
「「「オオ!!」」」
俺の声が聞こえた兵は総大将を討ち取る名誉を与えられたと喜んでいる。
西方教会領軍の黒鷲騎士団を警戒しつつ、白竜騎士団に向かう。
すぐに通信兵が慌てた様子で近づいてきた。
「マティアス様からの通信です。可能なら連隊長に代わってほしいとのことです」
あの方からの通信に出ないという選択肢はない。
「こちらエレン・ヴォルフ、何かご指示でしょうか。以上」
『敵の先頭集団とぶつかったら、フルスト団長を討ち取れなくともすぐに西に走れ。絶対にその場で立ち止まるな。以上』
マティアス様は早口でそれだけ言うと、俺が了解を言う前に通信を切れた。その時間も惜しいとお考えのようだ。
理由は分からないが、マティアス様の命令は絶対だ。
「敵とぶつかったら、すぐに右に向かう! これはマティアス様のご命令だ! 後ろの者にも伝えろ!」
「了解! 敵とぶつかったら右に向かう! これはマティアス様のご命令だ! 後ろの者へこれを伝えろ」
後ろを走る第一大隊長のルーカスが叫び、その声が後ろに拡がっていく。
ラザファム様の騎兵部隊が敵と接触した。
エッフェンベルク騎士団は左側に針路を変え、すれ違いざまに攻撃を加えている。数人の敵騎兵が落馬するが、まだこちらに向ったままだ。
エッフェンベルク伯爵領の獣人族部隊がそこに突っ込んでいく。
彼らはラザファム様の動きに追従せず、真正面からぶつかった。
獣人族戦士たちは騎兵に飛び掛かり、多くの敵が落馬していた。
なぜラザファム様の命令に従わなかったか、一瞬疑問に思ったが、敵が大きく混乱しており、すぐにチャンスだと思い直す。
「突撃!」
混乱している敵に向かうが、先頭にいるはずのフルストの姿が見えない。
「敵の大将はどこに消えたんだ?」
ルーカスも見失ったようで、そんなことを叫んでいる。
騎兵の中に紛れ込み、どこにいるのか分からないのだ。
「フルストのことは無視しろ! 敵に一撃を加えたら右に行け!」
マティアス様はフルストが後方に下がることに気づかれ、命令を出されたのだ。
そのことに改めて凄いと思うが、今は戦いに集中する。
白竜騎士団の騎兵は獣人族戦士の猛攻を受け、混乱したままだ。
恐らく騎兵同士の戦いや止まっている歩兵への攻撃の経験はあっても、全力で向かってくる歩兵の攻撃を受けたことがないからだろう。
「馬を狙え! 致命傷を与えなくとも落馬させるだけで無力化できる!」
俺は叫びながら目の前に迫る騎兵に視線を向ける。
隊長の兜をかぶる騎兵が槍を繰り出してきた。さすがに精鋭と言われているだけあって鋭い突きだ。
「獣人どもが! 死ね!」
俺はその言葉を無視して冷静に槍を弾き、敵の馬の脚を斬り付ける。
馬は痛みに暴れ、騎兵は振り落とされた。
俺はそれに構うことなく、次の目標に視線を向ける。放っておいても後続の馬に踏み潰されるからだ。
二人ほど敵を倒した後、離脱するため、敵の右側に向かった。
敵の騎兵の壁から逃れ、視界が開けたところで驚く。
「敵の総大将がいたぞ! 俺に続け!」
フルストは怪我を負ったのか、護衛の騎士数名と共に集団から離れていた。当然、ラザファム様の隊とは反対の西側で、俺たちの行く方向だ。
「マティアス様はこれを知っておられたのだ! 敵将を討ち取れ!」
興奮気味に叫んだが、すぐに冷静になるよう自分に言い聞かせる。
(マティアス様は無理をするなとお命じになられた。つまり、ここで功を焦って突貫しなくとも討ち取れるということだ。ならば、連隊長の俺がやるべきことは、次の戦いのために兵の損耗を抑えることだ……)
それでも俺が一番有利な位置にいる。
フルストは俺たちに気づき、慌てて馬を駆けさせようとしたが、その直後に落馬した。どうやら負傷していたらしく、手綱を上手く握れなかったようだ。
「ラウシェンバッハ騎士団第一連隊長エレン・ヴォルフ! デュオニュース・フルスト団長とお見受けした! お命頂戴する!」
俺はそう叫ぶと、フルストに襲い掛かった。
■■■
統一暦一二一五年五月一日。
レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。デュオニュース・フルスト白竜騎士団長
私は絶体絶命の危機に陥っている。
腕を負傷したため、戦場から離脱したところで、敵の後続部隊に見つかってしまったのだ。
私は西方教会領軍を救援するため、エッフェンベルク伯爵が指揮する獣人部隊を粉砕しようと騎兵と共に突撃を掛けた。
エッフェンベルクは私と同じように先頭にいた。奴も私との一騎打ちを望んでいると思い、血が沸き立った。しかし、こちらの勢いに恐れを成したのか、直前で逃げ出した。
『私と戦え!』
思わずそう叫んでいたが、馬を全力疾走させているため、叶うことはなかった。
敵の大物に逃げられたが、西方教会領軍を救出するという目的は達成できると安堵した時、奴らが襲い掛かってきた。
『お袋の仇! 地獄に落ちろ!』
狼の獣人らしい若い男が私に向かって跳躍してきた。
『小賢しい!』
そう言って愛用のポールアックスを振るって両断する。
『娘を奪われた恨み、忘れておらんぞ! 死ね!』
その直後、今度は虎の獣人らしい壮年の男が憤怒の表情で飛びかかってきた。
狼の獣人を両断した直後ということもあり、隙ができてしまった。その間に虎獣人が迫ってくる。
それでも何とか武器を引き戻し、虎獣人の右肩に叩き込む。
しかし、その強引な攻撃は大きな傷を与えたものの、威力が中途半端で大柄な虎獣人を引き離すことができなかった。
『お前だけは道連れにしてやる!』
虎獣人は致命傷を受けながらも左手一本で私のポールアックスを掴み、飛びついてきた。
『俺ごとこいつを殺せ! 頼む!』
虎獣人は肩付近から血を吹き出しながら叫ぶ。
後ろから次々とやってくる獣人たちはその姿を見て勇気づけられたのか、私の方に殺到してきた。
『鬱陶しい!』
私はそう言いながら武器を捨てた。
しかし、その僅かな時間に敵の獣人が群がり、私は左腕を斬り裂かれ、更に足にも傷を負ってしまう。
護衛騎士たちが獣人どもを引き離したが、出血が激しく、意識が朦朧としていた。
『閣下を本隊にお連れしろ!』
副官が叫んでいるが、騎馬突撃中の部下たちには聞こえない。
僅かな護衛と共に何とか敵とは反対の西側に逃れ、後方から走ってくる歩兵部隊に合流しようとした。
しかし、敵は私を逃がすつもりがなかったようだ。
ラウシェンバッハ子爵家の紋章を付けた数百の歩兵部隊が私の方に迫ってきたのだ。
「敵がこちらに向ってきます! 脱出を!」
副官が叫んだため、私は馬を駆けさせようとしたが、腕を負傷し出血で力が入らず落馬してしまう。
その間に先頭を走る狼の獣人が私に追いつき、鋭い視線を向ける。
「ラウシェンバッハ騎士団第一連隊長エレン・ヴォルフ! デュオニュース・フルスト団長とお見受けした! お命頂戴する!」
護衛たちが間に入ったが、エレン・ヴォルフと名乗った戦士は三名の騎士の間を抜け、私に迫ってくる。
「下郎が!」
私は気力だけで何とか立ち上がり、叫びながら剣を引き抜いた。
しかし、敵は何の脅威も感じていないのか、冷徹な目のまま迫り、私の首筋に正確に剣を突き入れる。
焼いた刃を当てられたような痛みを感じ、私はそのまま倒れていった。
「敵将フルストを討ち取った! これ以上、ここでの戦闘は不要! 西に向かい、体制を整えるぞ!……通信兵……」
敵の声が微かに聞こえていたが、すぐに聞こえなくなる。
(聖戦を偽った神罰を受けたようだ……これだけの戦力で勝てぬとは……無念だ……)
そこまで考えたところで急速に意識が遠のいていった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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